67.
ミリーは俺に言われた事をちゃんと頭において、依頼を受ける事ができた。
うんうん、なんかお父さんが娘に『初めてのおつかい』をさせたような気分だったよ。
ま、ミリーは娘というよりは妹って言った方がいいかもしれないけどさ。
本人も依頼を受ける事ができ、俺とスミレから褒められた事が嬉しかったようで、今も尻尾をフリフリと動かしながら通りを歩いている。
「コータ、これから買い物?」
「うん? なんで?」
「だって明日依頼のために出かけるでしょ?」
「ああ、そうだな。もしいるものがあれば買ってもいいよ。でも俺はこれから生産ギルドに行かなくちゃいけないんだよな」
用があるのは俺だけだから、ミリーはどうしよう?
「ミリー、買い物に行って、先に宿に戻るか?」
「コータ、わたし邪魔?」
「そうじゃなくってさ、俺と一緒に生産ギルドに行ってもつまらないと思ったんだけどな」
実際、つまらないと思うぞ。
なんせ話はギルドでメンバー登録する事と、俺がこれまで売りに出した商品の登録だからな。
「いいよ」
「俺が話をしている間は、ミリーの相手をしてやれないよ? さすがにスミレに出てきてもらうわけにもいかないから、そうなると本当にほったらかしにしちゃうんだよ?」
「大丈夫。ちゃんと1人でおとなしくしてる」
「そっか・・・じゃあ、一緒に行こうか」
「うんっ」
やっぱり1人で宿にいる方がつまらないのかもしれないなぁ。
「じゃあ、先に生産ギルドに行こう。それからご飯を食べて買い物に行けばいいかな?」
「3日分?」
「うん、最低でも2泊3日分の食料がいるな。パンジー用の餌も買い足しておいた方がいいか。そうだな、俺が生産ギルドで話をしている間に他にもいると思うものをミリーが考えてくれると助かるよ」
「判った」
あとでミリーにスミレ特製の紙とボールペンを渡しておくか。
「そういやミリー、文字が書けるのかな?」
「うん、文字と数字は書けるよ」
「そっか。じゃあ、また今度スミレに頼んでミリー専用のペンを作ってもらおうか?」
「いいの?」
「いいよ。スミレに頼んでミリーの好きな色や形にして貰えばいいよ」
「コータありがとっ」
おおっ、ミリーの尻尾がひゅんひゅんと音を立てて左右に振られているぞ。
これってそれだけ嬉しいって事なんだろうな。
ミリーが嬉しいと俺も嬉しいよ。
俺は釣られてニコニコと笑みを浮かべて、ミリーと並んで通りを歩いていく。
「せいさんギルド、ここから遠いの?」
「ん? どうだろうな。スミレ、ここからどのくらいかかる?」
『10分ほどですね。もう少し先で左に曲がって真っ直ぐ進めば生産ギルドに着きます』
「10分くらいで着くってさ」
「いいなぁ、コータだけスミレと話せる」
「スミレは俺のスキルだからな」
「じゃあスミレはコータとずっと一緒にいられるね」
そりゃスキルだからな。スミレは俺をサポートするために生まれたようなもんだ。
ってか、スミレがいなかったら俺はすごく苦労しただろう。
『ミリーちゃんもずっと私たちと一緒ですよ』
「ミリー、スミレがミリーもずっと一緒だって言ってるぞ」
「ホント? でもわたし、邪魔じゃない?」
「そんな事あるもんか。ミリーが一緒に来てくれて本当に旅が楽しくなったんだ。スミレもそう思うだろ?」
『もちろんです。もうミリーちゃんがいない旅なんて考えられませんよ』
スミレも一緒になって言ってくれてるんだけど、よく考えたらスミレの姿はミリーには見えないんだった。
なのでとりあえず俺が通訳をしてみたが、間に俺が入るとちゃんとしたスミレの気持ちが届かない気がするのは俺だけか?
「俺としてはずっとミリーにいてもらいたいんだけどな。でもミリーが俺たちと一緒にいられないって言うんだったら仕方ないか?」
「そんな事、言わないもん」
「だろ? じゃあ、これからもずっと一緒だな」
「コータとスミレがいいって言うんだったら、わたしはずっと一緒がいい」
繋いでいたミリーの手がぎゅっと俺の手を握りしめてくる。
もしかしたら、不安になっていたんだろうか?
俺とスミレは一蓮托生だ。俺がスキルを閉じてしまえば、スミレとこうやって話をする事もできない。
でもさ、現実としてはスキルを使わないなんて事は今の俺にはありえない訳で。
そうなるとスミレはいつでも俺と一緒にいる事になる。
でもミリーとはそんな俺とスミレの繋がりのようなものはないんだよな。
だから、ミリーに判らない話をする俺とスミレの事が気になるんじゃないのか?
だったら俺とスミレの話をミリーにも聞こえるようにするのが一番なんじゃないだろうか?
「なあスミレ、依り代みたいなのって作れないんだったっけ?」
『レベルが5になれば。今はまだ無理ですね』
じゃあ、どうするかなぁ。
俺は周りを見回すが特に・・・って、あれ?
「ミリー、ちょっとそこに店によるけどいいかな?」
「どこ?」
「あそこ」
俺が指差す方角を見るミリーの手を握ったまま、俺は小さな露店に向かった。
そこには木造りの大小様々な大きさの箱が置いてある。多分小物入れにしたり大きめのものは衣装ケースとして使うんだろう。
「おじさん、それ1個いくら?」
「ん? おお、あれか? あれは100ドランだ」
俺が指差したのは靴が一足入るくらいの大きさの箱だ。
100ドランって事は小銀貨1枚、1000円くらいか。
「よし買った」
そう言いながら俺はポーチから小銀貨を1枚取り出して露店のおじさんに渡す。
「ありがとうな」
俺はお礼を言うおじさんから受け取った木箱を抱えて生産ギルドに向かって歩き出す。
ミリーは不思議そうな顔で、俺と木箱を交互に見ながら歩いている。
「これ、何に使うの?」
「ミリーにはスミレが見えないだろ? だからスミレには姿を現してもらってその中に入ってもらう」
「スミレ?」
『えぇっ』
要を得ないという顔をしたミリーと、びっくりしたような顔で声を上げたスミレは対照的だな、うん。
「その大きさなら丁度スミレにいいだろ? それをミリーが抱えていれば、小声ならミリーにも聞こえる筈だよ」
『こ、こんなちゃちな箱なんて・・・』
姿を現わす事よりスミレとしては自分が入る事になる箱の質が気になるようだ、まったく。
「また今夜にでもそれを材料に使ってもっといいものを作ればいいじゃん。今のままでも俺とスミレなら話はできるけどさ、ミリーは仲間外れなんだ。多分疎外感を感じてるんだと思う。だから、スミレには申し訳ないけどその中に入ってミリーの話し相手をしてくれないかな?」
『なるほど・・・そうですね。それでしたら。でもっ、今夜必ずわたしに相応しい箱を作らせていただきますね』
「俺の魔力、いくらでも使っていいから、ミリーみたいな女の子が持っていてもおかしくないものを作ってくれよな」
『当たり前ですっっ』
俺は箱の蓋を開けてみる。といっても観音開きにするための蝶番なんてものはないから、本当に箱っぽく木の蓋がついているだけだ。
「んじゃ、ここに入ってくれ」
『・・・仕方ないですね』
しぶしぶと言う感じでふわっと俺の肩から飛び上がると、スミレはそのまま箱の中に横たわる。
といっても実体のないスミレは箱の中に入るポーズをとるだけなんだけどさ。それでも器用にそのまま箱の中にとどまり続ける。一体どうやっているんだろう?
「スミレ、箱から透け出ないのか?」
『入る時に箱の大きさと位置を設定してそこに停止するようにしています』
「なるほど」
どうすればそんな事が出来るのか俺にはさっぱり判らなかったけど、今は他の人に見られないようにする事が一番だ。
俺は箱の蓋がきちんとはまっている事を確かめてからミリーに差し出した。
「ほらミリー、これを持ってくれるか?」
「うん」
手を伸ばして俺から箱を受け取ったミリーは、大事そうにぎゅっと箱を抱きしめる。
「よし、スミレ。姿が見られるようにしてくれていいぞ」
『はい・・・設定しました。ミリーちゃん、聞こえますか』
「スミレ・・・?」
『はい、そうですよ』
「コータ、聞こえる」
嬉しそうに目をキラキラさせて俺を見上げてくるミリー。
う〜ん、可愛いなぁ。
思わずデレっとなりそうな顔の筋肉を引き締めて、俺は真面目な顔を保ちつつミリーの頭をポンポンと叩く。
「そうだな。でもあんまり大きな声で話すなよ? 他の人が変に思うかもしれないし、喋る箱だって思われて盗もうとするかもしれないからな」
「ダメ、スミレの箱はわたしのもの」
ミリーはぎゅっと箱を抱きしめる。
「スミレと話ができるようになって、うれしい」
『私もミリーちゃんと話ができて嬉しいですよ』
ポツリとこぼしたミリーの本音に、スミレはわざと明るく返す。
「そうだな、こうやって3人で話しながら町を歩けるのって新鮮でいいな」
『もちろん小声ですけどね』
「コータ、聞こえるの?」
「ん? ああ、スミレの声はどんな状態でも聞こえるよ。だからミリーに箱を持ってもらったんだ。ミリーにギリギリ聞こえる声の大きさにしてもらっておけば、周りに人がいても聞かれずに済むだろ?」
それに俺とミリーが話していれば、周囲の人間は俺とミリーだけが話をしているように見えるしな。
「もっと早くに思いつけばよかったな」
『そうですね』
「ううん、いいの」
「そっか?」
「コータ、スミレ・・・その、ありがと」
「『どういたしまして』」
照れ臭そうにはにかみながらお礼を言うミリーを見て、我ながらいいアイデアだった、と自画自賛するのだった。
読んでくださって、ありがとうございました。
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Edited 05/05/2017 @15:45 誤字のご指摘をいただいたので訂正しました。ありがとうございました。
だからミリーの箱を持ってもらったんだ → だからミリーに箱を持ってもらったんだ




