66.
朝の8時過ぎだが、ハンターズ・ギルドは忙しい。
今までこんなにたくさんの人をハンターズ・ギルドで見た事がなかったせいで、ハンターがこんなにいるとは思ってもいなかったよ。
ま、ジャンダ村やハリソン村とかだとハンター人口が過疎気味でも仕方ないんだろうけどさ。
「たくさんいるね」
「そうだな。ここは大きな都市だからハンターも多いんだろうな」
ミリーがハンター登録したハリソン村で、ハンター見た事なかったもんな。
「とりあえず依頼掲示板に行こうか?」
「うん、何があるかなぁ」
『コータ様、あんまり難しいものを選ばないように気をつけてあげてくださいね?』
「判ってるって」
俺の肩にとまっているスミレはとても心配そうに依頼掲示板に向かうミリーを見ている。
「あんまり過保護になってても仕方ないだろ? それよりは何かあった時に対処できるように育てないとな」
俺としてはいつまでも一緒にいてもらって構わないんだけど、もしかしたらミリーはいつか猫系獣人と一緒に行動したいと願うかもしれない。
もしミリーがそれを選んだら、俺には止める術はないのだ。
だったらせめてその時に、ミリーが自分の身を守れるくらいには強くなっていて欲しいと思う。
依頼掲示板は床から1メートルほどのところに高さ1.5メートル幅2メートルほどに区切られた板が並んでおり、左から黄色、オレンジ、赤、とカードの色が上部に塗られている。
ハンターはそれぞれのギルド・カードの色の依頼板から依頼を選ぶ事になっているようだ。それぞれの星の数が1個、または5個ある時はその前か後の色の依頼板も選択肢に入れる事ができる。
例えばオレンジの星1つであれば赤の依頼でも受けていいし、オレンジの星5つならば赤の依頼板の依頼でもいい、って事だ。
ただしギルド職員の許可が必要だ。もし職員が無理だと判断したら依頼を受けたくても受けさせてもらえない、なんて事態が発生する事もあるんだとか。
ま、俺とミリーは黄色のほし1つと3つだから関係ないけどな。
一足先にやってきて一生懸命依頼掲示板を見上げているミリーの横に並んでから、俺も一緒になって何か受けてみたい依頼がないか探してみる。
さすがは都市ケートンだけあって、依頼の種類も数も半端じゃない。
けど黄色のカードとなると初級者だから、薬草採取が多いのは仕方ないだろう。
俺としては薬草採取は嫌いじゃないからいいんだけど、ミリーは新しい弓を使いたいとウズウズしていたから採取系の仕事を受ける気はないだろうな。
「なんか知らない薬草も多いな」
『そうですね。この辺りは草原も多いですから、草原で取れるような薬草の種類が増えるんだと思います』
「ジャンダ村は森に入って薬草を採ってたもんな」
『コータ様が最初の1週間を過ごした草原にも同じような薬草はありましたよ? ただ森の中の方が数が多かったのでそちらを優先しましたけど』
そういや、俺、草原で目を覚ましたんだったっけ。
でもあそこだと障害物が何もなかったから、1人じゃムリだったろうしな。
スミレが森の中を優先したのも頷けるよ。
この世界にきたばかりの俺にはハードルが高すぎただろうからな。
「薬草の常時依頼もあるな。時間が余ったら採取すればいっか。スミレ、薬草の名前を覚えておいてくれるかな?」
『判りました』
「黄色のカードの依頼って日帰りできるのか?」
『殆どのものは日帰りで行ける場所が多いですね。でも少数ですが1泊しなければいけない距離のものもあります』
「ふぅん・・・ミリーはどんなのを選ぶんだろうな」
『私としては安全な依頼であればなんでもいいですよ』
安全って事は採取系だぞ?
弓矢を使いたいミリーがそんなの選ぶわけないと思うんだけどなぁ。
「無理じゃないか? スミレだってミリーが弓を使いたいって思ってるの知ってるだろ?」
『そうなんですよねぇ・・・コータ様が作らなかったら、とつい思ってしまいました』
「さすがにそれは無理だろ? 町の中で依頼を受けるって言うんならまだしも、外に出るんだったら自衛手段を持たさないわけにはいかないってスミレも判ってるじゃん」
『仕方ないですね。丸腰で外に出ようなんて言えないですから』
そうそう、解体ナイフで自衛なんてできないからな。
ウサギとかなら安心か?
草原だったらウサギくらいは居そうだもんな。
「コータ」
「ミリー、何かいい依頼があったのか?」
「これ」
俺が上の方の依頼を眺めていると、いつの間にか依頼書を手にしたミリーが戻ってきた。
「これ?」
「うん、それがいい」
どれどれ?
俺はミリーから受け取った依頼書を読んでみる。
「なになに・・・ゴンドランドの羽12枚、色はなんでも可・・・なんだこりゃ」
『コータ様の世界にいたトンボに似た魔物ですね』
「色が決みゃってたら大変だけど、何色でもいいんだったら大丈夫だよ」
「いや・・ゴンドランドの羽って・・」
なんに使うんだ、そんなもの?
「ゴンドランドだったらわたしの弓を使える」
「ゴンドランドを弓で射るのか? 無理だろ?」
「無理じゃないもん」
むぅっとジト目で俺を見上げてきたミリーは可愛いが、それよりも今は依頼だよ。
トンボを弓で射るって無理だろ?
「あっ・・もしかして、ゴンドランドってでかいのか?」
「おっきいよ。みんな弓で仕留めるの」
『そうですね。剣だと羽を痛めてしまうかもしれませんから、弓矢を使って討伐する事が多いですね』
でもさ、弓で狙うようなトンボってどんだけでかいんだよっ。
「本当に大丈夫なのか?」
「うん、おとうさんと一緒に弓で仕留めた事、あるよ?」
「そっか・・・んじゃあ、ミリーがいいって言うんだったらそれでいいぞ」
「ほんとっ?」
「ああ、じゃあ、それを持ってカウンターに行こうか」
「うんっ」
ミリーは俺から依頼書を受け取ると、そのまま跳ねるように歩いていく。
カウンターには5人の職員が並んでおり、キョロキョロと列を見比べたミリーはそのまま一番右端の列の最後尾につく。
それからようやく俺が付いて来ていない事に気づいたミリーが俺の姿を探すので、俺は軽く手を振りながら彼女の横に並んだ。
「コータ、遅い」
「いやいや、ミリーが早すぎるんだよ。そんなに急がなくても依頼は逃げないよ?」
「むぅぅぅぅ」
唇を突き出して威嚇するようにジロリと俺を見上げるが、正直ちっとも怖くない。
それどころか色々な表情が見れていいなぁなんて思ったりするんだよな。
「ちゃんと依頼遂行期間を確認するんだぞ?」
「わかってるもん」
どの辺りでゴンドランドを見つけられるかも聞くんだぞ」
「草原にいるんじゃないの?」
居場所なんて決まってると言わんばかりだけどさ、ここはミリーがいた場所とは違うから確認するに越した事はないと思うよ?
「ミリーはこの辺に住んでいたんだっけ?」
「ううん」
「じゃあどこにいるか判っていないって事だよな」
「でっ、でもっ、ゴンドランドは草原で見つかる魔物だもん」
わたし間違ってないよ、と言わんばかりの態度で言い返してくる。
「そうだな。でもさ、この辺りってどっちの方向を見ても草原があると思わないか?」
「う・・・うん」
「じゃあ、せめてどの方向に行けばゴンドランドと遭遇できる確率が高いかを聞いておいた方がいいと思わないかな?」
「うっ・・・そうだね・・・・ごめんなさい」
耳はぺたんと頭にくっついて、尻尾は力なく垂れている。
そんなミリーの頭をポンポンと叩く事で、気にするなと伝える。
「あとはゴンドランドを仕留めるに当たって、何か注意する点も聞いておく方がいいだろうな」
「どうして?」
「もしかしたら俺たちにとって危険な生き物がいるかもしれないだろ? 俺たちはハンター初心者だからな、少しでも不測の事態に備えておかないとな」
「ふ、そくの、じたい・・・?」
「あ〜、俺の言い廻しが難しかったか。不測の事態って言うのは、そうだな・・・思ってもいなかった事が起きてしまった時、とでも言えばいいかな。例えばゴンドランドを仕留めようとして足を怪我してしまったせいで動きが遅くなる、とか、ゴンドランドにばかり注意が向いていてデッカいイノシシが来ている事に気づかなくて襲われる、とか、そういう事だよ」
なんとか考えて説明したけどちゃんと伝わっただろうか、と思いながら見下ろすと、ミリーは耳をピンと立てて頷いた。
「そうだね。それは大事。ふそくのじたい、ちゃんと考えないとね」
「うん、安全第一だからな」
「コータは物知り」
「そんな事はないぞ? ただ俺は臆病なんだよ」
命のやり取りをするような生活など送った事がなかったんだよ。
ただ毎日流されるように会社に行って働いて、そんな単調な生活には危険な事など無いに等しかったんだ。
ま、無い筈だったのに神様のせいで死んじゃったんだけどさ。
そんな俺が今まで暮らしてきたのとは全く違う環境の中で一生懸命生きているんだ。
「俺は怪我もしたくないし死にたくもない。ミリーにも怪我をしてほしくない。だから、少しでもこうやって情報を集めて危険度を下げる努力をするんだ」
「だから聞くの?」
「そうだよ。ギルドの職員だったら依頼についての事もこの辺りについての事もよく知っている筈だろう? せっかくそういう人と話をする機会があるんだ。利用しないともったいないだろ?」
「ふふっ、そうだね」
軽い口調で言ったのが良かったのかミリーが笑う。
「ほかに聞いておいた方がいい事、ある?」
「そうだな・・・まあ俺たちはパンジーと一緒に出かけるだろうから野営の危険度は低いと思うけど、そのあたりも聞いておいた方がいいかもしれないな。ゴンドランドがいる草原で野営をしても大丈夫かどうか、もし大丈夫だとして何か気をつける事があるかどうか。あとはミリーが考えて色々と聞けばいいんじゃないかな」
「コータみたいに思いつかないよ」
「これも練習だよ。何度も依頼を受ける度に聞いておけば、そのうち考えなくても質問が浮かんでくるようになるよ。この依頼で足りなかった事があれば、その事を頭において次回の依頼を受ければいい、そうだろ?」
「うん」
そんな話をしているうちに俺たちの前に並んでいた人の数はどんどん減っていく。
そしていよいよ俺たちの番となり、俺は1歩だけ下がってミリーに任せるのだった。
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