62.
さて、とまずは大通りに行くんだったよな。
「スミレ、ちゃんと地図はスキャンしたんだよな」
『もちろんです』
だったら安心だ。
悪いが俺が地図を担当したら、きっとすぐにスラムに突入してもおかしくないからな、うん。
『そこの道をまっすぐ行けば大通りに行けますよ』
「オッケー」
頷いてから歩き出した俺の裾をミリーがツンと引っ張る。
「なんだ、ミリー?」
「スミレ、わたしには見えないのに、コータだけ喋ってる」
「そりゃあ仕方ないだろ? まさかこんなに人が多いところでスミレに出てきてもらう訳にはいかないんだからさ」
「ずるい」
「ずるいって言われたったなぁ」
こればっかりは仕方ない。
もともと俺にはスミレは見えていたんだからさ。
ミリーに見えるようにするって事は、誰にでも見えるようになるって事なんだから、さすがにこんな場所でスミレが見えるようにする訳にはいかないぞ。
「スミレは俺の相棒だから俺にはいつだって見えるんだ。ミリーだって最初は見えなかっただろ?」
「うん・・・でも、ずるい」
「ミリー、スミレが見た目が妖精みたいだって判ってるだろ? もしそんなスミレを見られたらどうなると思う?」
納得いかない様子のミリーに、俺は自分で考えるように聞いて見る。
「どうなるって?」
「う〜ん、じゃあさ、ミリーが初めてスミレを見た時、どう思った」
「すごいって思ったよ。妖精みたいで綺麗だった」
「そうだな。きっとみんなミリーと同じように思うだろうな。でも、ミリーはすごい、で終わったけど、これが全く知らない大人だったらどうすると思う?」
「大人の人?」
「そう、特にお金に困っていて、何かすぐにでもお金になりそうなものを探している人だったら、スミレを見たらどうするだろうな」
今のミリーは自分基準でスミレの事を考えている。
ミリーだったらすごい、綺麗、で姿を見れただけで満足できるだろう。
でもみんながみんな見るだけで満足できる訳じゃない。
金儲けしようって考える人間が出てくると思うんだ。
「スミレはちっちゃいから、ミリーじゃ無理かもしれないけど、大人の男なら簡単に捕まえられるな。なんせ見た目は妖精だ。ものすごく珍しいだろうな。そうしたらどうすると思う?」
「えっと・・・スミレは珍しいから、捕みゃえるの? そうしたら・・売っちゃう・・かも・・」
だんだん声が小さくなっていくミリー。
どうやら俺の言いたい事が伝わったみたいだな。
「そう。もし知らない人が見たら、多分スミレを捕まえようって考えると思うぞ。それで多分奴隷商人に売られるだろうな」
「ダメッ。スミレ、売っちゃダメなの」
「うん、駄目だよな。だから、人前に姿を見せないようにしているんだよ」
「コータ・・・」
「前に説明しただろ? スミレは俺のスキルなんだ。だから俺にはいつでも見える。でもミリーに見えるようにすると他の人にも見えるようになるんだ。ミリーはどうするのがいいと思う?」
俺がこうするああするっていうのは簡単だ。
でもそれじゃあミリーのためにならない。
ちゃんと自分で考えて答えを出せるようにならないと、この先俺たちと離れた時に苦労する事になる。
「スミレ、見えない方がいい・・・だって、危ないもん」
「うん、そうだな。偉いな、ミリーは」
俺がポンポンとミリーの頭を叩いてやると、頭をぶるっとさせて俺の手を振り払おうとする。
「でも、やっぱりコータ、ずるいよ」
「ミリー」
「だから、スミレと話したら、わたしにも教えてね?」
「判った」
まだ言うのか、と一瞬イラっとした自分を蹴り飛ばしてやりたい。
ずるいと思うのはミリーの本音だ。でもスミレのために我慢しているんだから、2人で話をするなって言ってるんだろう。
「スミレに道案内してもらってるんだ。ミリー、これからラバン車に乗るぞ」
「らばんしゃ?」
「パンジーみたいな動物が引く乗り物だよ」
「そういえばパンジーはお留守番?」
今更ながら、自分たちが引き車でない事に気づいたようだ。
「ああ、パンジーと車を停める場所がないんだって言われたんだ」
「残念」
「そうだな。でも久しぶりにパンジーもゆっくりできて休めていいんじゃないかな?」
「ん〜・・・そうだね」
少し考えてから頷くミリーと手を繋いだまま、俺たちはスミレの案内でラバン車が通るという通りにやってきた。
『道の反対側に渡ってください』
「オッケー。ミリー、スミレが向こうに渡れってさ」
「でもあっちから乗り物が来るよ?」
「うん。でもあれは反対方向に行くラバン車だよ」
「そっか」
通りを渡った俺たちの前をゆっくりとラバン車が通り過ぎていく。
確かに見た感じはスウィーザさんが言った通りベンチが背中合わせに付いている。でも思ったより幅がないから、あれならラバン車だったら容易に通り過ぎる事ができるだろう。
っていうか、そのためにあの形にしたんだろうな。
「おっ、ミリー、こっちも来たぞ」
「どうやってとめるの?」
「手を挙げてごらん。ミリーが手を挙げたら停まるよ」
「ホント? やってみる」
自分が停めるんだ、と言わんばかりに元気に手をあげるミリーを見て思わず笑ってしまった。
おそらくそれはラバン車の御者も同じなんだろう、思わずといった感じで笑みを浮かべた御者の操るらばんしゃは俺たちの前に停まってくれた。
俺たちは御者に役所に行きたいのでどう行けばいいのか聞いてみた。
すると乗り換えはしなくても役所の前を通っている通りの角に停めてくれると確約してくれた。
そこからなら100メートルも歩けば役所に行けるらしい。
ミリーは鳴らさなくてもいいと言われたベルを名残惜しそうに眺めてから、ラバン車を降りる。
「ほら、帰りはここまで歩いて戻って、さっき乗ったところのそばに来たらベルを鳴らせばいいだろ」
「ん、判った」
俺はミリーの手を握ってかなり先に見える役所の建物を目指して歩く。
役所はこの都市を治めている市長であるソラシア家の住んでいる館から通りを挟んだところにある。
なので役所に入って裏を見れば、そこは市長の館という事になる。
「大きなとびら」
「うん、でっかいなぁ」
建物自体は3階建てなんだけど、入口と思しきドアは高さが3メートルはありそうだ。
その先は吹き抜けになっていて、広々とした空間になっている。
どうして吹き抜けになっているのか、という理由は中に踏み入った俺たちの目の前に広がっていた。
それは、俺たちの真正面の壁を利用して作られている地図のためだ。
2階から3階部分の壁全面を使って描かれた地図は、圧巻としかいいようがない。
「すごいねぇ」
「そうだなぁ。あれが都市ケートンとその周辺の地図なんだぞ」
よく見るとジャンダ村と思しき村がアーヴィンの森の麓に描かれている。
「なあスミレ、あれ、ジャンダ村だよな」
『あれと言われてもどこの事か判りませんが、おそらく同じ場所を見ているのであればそうですね』
よく判らない返事をするスミレをジロリと睨むと、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべて俺を見ていた。
どうやらワザとのようだ、このやろう。
「ちゃんとあの地図をデータにセーブしておいてくれよ」
『もちろんです』
「これからいく先々で集めていけば、いつかこの世界の地図ができるのかなあ」
『できますよ』
「でも先の長い話だよな。ま、別に世界地図がなくても生きていけるからいっか」
『ここまでの情報はありませんが、街道沿いの町や村が乗っている地図ならいつでもお見せできますよ』
そっか、そういや以前そういう地図を見せてくれたな。
でもあの時見せてもらった地図よりも、こっちの方が街道沿いにない村とかも載ってるから見てて面白い。
「コータ」
「なんだ?」
ぼーっと地図を見上げている俺を見上げてミリーが声をかけてきた。
「コータ、どこでわたしを見つけたの?」
「どこで、かぁ。そうだなぁ」
俺はジャンダ村らしき場所から街道沿いに視線を移動させていく。
「ほら地図の右上に森の絵があるだろ? そのすぐそばに村があるのが判るか?」
「うん」
「じゃあ、その村に街道があるのも判るな。その街道をずっと左に向かって移動していくと、最初の村がミリーを見つけたハリソン村だよ」
「あそこがハリソン村・・?」
「そう。その近くでミリーを見つけたんだ」
『ハリソン村の斜め右下の辺りですね』
「ハリソン村の斜め右下の辺だってスミレが言ってる」
姿が見えないようになっているスミレの声は俺以外の誰にも聞こえないから、俺はスミレの言葉をミリーに伝える。
ミリーはじっと地図を見上げている。
俺には彼女が何を考えて地図を見ているのか想像がつかない。
もしかしたら亡くなった父親の事だろうか?
それとも追い出されたと言っていた村の事だろうか?
ただどこか哀しそうな表情を浮かべているミリーにかける言葉すら思いつけなくて、俺はそっとミリーの肩を抱き寄せてやる。
「コータ」
「ん?」
「わたしを拾ってくれてありがと」
「ん、どういたしまして」
ぎゅっと体を押し付けてきたミリーの肩をポンポンと叩いてやる。
「ミリー」
「なに?」
「俺たちと一緒にきてくれてありがとうな」
「うん・・どう、いたしみゃして・・」
涙声になったミリーの顔を見ないように、俺たちはそれからも暫くの間地図を見上げていたのだった。
読んでくださって、ありがとうございました。
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Edited 05/05/2017 @ 15:43 誤字のご指摘をいただいたので訂正しました。ありがとうございました。
俺はそっとミリーの方を抱き寄せてやる → 俺はそっとミリーの肩を抱き寄せてやる




