61.
「パンジーは宿の前に停めておけばいいのかな?」
『おそらく。そのために少し場所が広めに取られているのだと思います』
「うん、じゃあ、ちょっと行ってくる。ミリーはスミレと一緒にそこで待ってるんだぞ」
「大丈夫、ちゃんと待てる」
俺はスウィーザさんから買った地図を頼りになんとか蒼のダリア亭に辿り着いた。
スウィーザさんの言う通り、宿の前には綺麗な空色のダリアの花が描かれている看板が下げられていて、ミリーがすぐに見つけた。
ってか、ミリー、目が良すぎるよ。
俺はパンジーを宿の前に泊めると、手綱をミリーに渡して中に入る。
「いらっしゃいませ」
ドアを開けるとカランとベルの音がして、すぐに声をかけられる。
声がした方を向くと1メートルほどの長さのカウンターがあり、多分30代後半から40代前半と思しき女性が立っている。綺麗な薄緑の髪は日本人の俺としては少し違和感があるが、それでも普通の人っぽい。
「こんにちは、部屋をお願いしたいんですけど」
「お1人様ですか?」
「いえ2人です」
「部屋は別々がいいですか? それともベッドが2つある部屋にされますか?」
「お風呂が付いている部屋がいいんですけど」
「それでしたらベッドが2つあるツィンでしたら内風呂が付いていますよ」
「じゃあそれでお願いします」
即決です。
だって風呂がある部屋がいいじゃん。
「ツィンの部屋でしたら2人で一泊1800ドランです。食事をつけるとなると夕食と朝食がついて2200ドランとなります」
ジャンダ村での素泊まり金額の10倍じゃん。さすが都会。
なんて感心しながらも俺は了承を伝えるために頷く。
「今夜1泊ですか?」
「え〜っと・・・」
何日泊まるか相談してなかった。
「とりあえず2泊でお願いします。もしかしたらもう少し長くなるかもしれませんが構いませんか?」
「そうですね・・・この2−3日であれば大丈夫です。ただ週末になると宿泊客の数が増えると思いますので、そうなるとはっきりとは言い切れませんね」
「う〜ん・・・でもまぁ、とりあえず2泊お願いします。明日市内を見て回る予定なので、それからだったらまだ予定が立てやすくなってると思います。その時にもう暫く滞在しそうだったら、明日にでも戻ってきてから部屋の延長をお願いします」
「判りました」
「それからヒッポリアと引かせている車があるんですが、そちらも預ける事ができますか?」
「もちろんです。ただ、ヒッポリアの厩舎の使用料と飼葉の代金として1泊300ドランいただきますけど、よろしいですか?」
「はい、大丈夫です」
え〜っと、俺とミリーが2200ドランが2つで4400ドラン、パンジーが2晩で600ドランだな。
合計5000ドランって事で、俺はポーチから大銀貨を5枚取り出すとカウンターに置いた。
「えっと、言い忘れていたんですが俺の連れは獣人なんですけど構いませんか?」
「大丈夫ですよ。うちにはたまに獣人のお客様も泊まられますから」
「そう言ってもらえてよかったです」
スウィーザさんの情報通り、ミリーでも安心して泊まれるようでなによりだよ。
「それではお名前を伺えますか?」
「コータです、連れはミリーと言います」
本当はスミレもいるが、彼女の姿は隠す事ができるから言わなくてもいいだろう。
ってか、スミレが姿を見せたら騒ぎになる気がするぞ。
「それではコータ様、お外のお連れ様を呼んできてくだされば、すぐにでもお部屋に案内しますね。申し遅れましたが私の名前はロゼッタと申します。何がご用がございましたら、いつでもお呼び下さいね」
「判りました。でも俺の車はどうしましょう?」
「ああ、すぐに人をやりますので、後は任せていただければいいですよ」
ロゼッタさんは俺にそう言ってから、後ろを振り返ってサム、と声をかけた。
「奥様、ご用ですか?」
「こちらのお客様のヒッポリアと車の世話をお願いできるかしら?」
「判りました」
サムは返事をするとすぐにドアを開けてくれた。
俺は開けられたドアから外に出ると、そのままスミレたちが待つパンジーのもとへサムと呼ばれた男と一緒に向かった。
俺の荷物の大事なものは全部ポーチに入っている。
けど、宿に泊まる時用のカバンというのも一応用意してあるんだよ。もちろんミリー用の小さなカバンもスミレが作ってくれている。
俺とミリーはそれをサムに持ってもらって、ロゼッタさんに部屋に案内してもらう。
彼女が連れて行ってくれた部屋は2階の1番奥の部屋だった。
「こちらになります。まずはこちらの鍵をそこに差し込んで下さい」
そう言って手渡されたのはガラスの棒のようなものだった。
「これ?」
「はい、差し込んでそのまま持っていてください。はい、それで結構です。それでは魔力を流してみてくださいますか」
「魔力?」
魔力を何するんだ?
「もしかしてコータ様は魔力がないのでしょうか?」
「い、いやいや、ありますけど、そのどうして魔力が?」
「鍵にコータ様の魔力を登録するんです。そうする事でコータ様以外はこの部屋の鍵を開けられないようになるんです」
なにそれ、ハイテク?
ちょっと胸がトキめいたが、ここで1人で盛り上がるとロゼッタさんから変な目で見られそうなので、俺はできるだけ真面目な顔で握ったままだったガラスの棒、もとい鍵に魔力を流す。
すると鍵はすぐに一瞬だけ光を放つと、すぐに光は消えてただの棒に戻る。
「はい、登録完了です。コータ様、開け、と念じてください」
「開け、ですね、ってうわっ」
確認のために繰り返していただけなのに、ガチャ、と音がしてドアが開いた。
「はい、うまく作動しましたね」
「はぁ・・」
ってか、びっくりしたよ。
開いたドアを押して中に入ると、部屋の広さは10畳くらいで、ベッドが右の壁に2つ並べて置かれている。
左側にはドアが2つある。
サムは入ってすぐのドアの横に俺とミリーのカバンを置くと、パンジーを移動させるといって出て行った。
「手前側のドアはトイレです。奥側のドアは浴室となっています。使い方の説明は必要でしょうか?」
「はい、お願いします」
できればトイレの使い方も教えてもらいたいところだ。
「あの、わたし・・トイレの使い方、わからない・・」
「ああ、でしたらそちらの使い方も一緒に説明しますね」
「ありがとございます」
いいタイミングでミリーが聞いてくれたよ。
おかげで俺は礼をいうだけで済んだ。
「それではまずはトイレですね。こちらで用を足したら、備え付けの布切れをお使いください。使用後の布はそこの箱に捨てて、それからそこにある紐を引っ張ると水が流れるようになっています」
「あの紐ですね、判りました」
トイレットペーパーはないけど、代わりに布を使うんだ。そういやボン爺のところだとトイレがなかったな。外に出て塀の近くで用を済ませろって言われたっけ。
グレンダさんのところでは布は用意されてなかったから、俺はスミレに作ってもらってたトイレットペーパーを使ったんだった。
「次は浴室ですね。入ってすぐが脱衣所です。はい、そこの棚を使ってください。それからこのドアの奥に風呂場がございます。そちらのコックを下げる事で水が出ます。それを右に動かせばお湯、左に動かせば水が出るようになっています」
失礼します、と言ってロゼッタさんはコックに手を伸ばしてゆっくりと下に下げる。それから右左にコックを動かして見せる。
俺はロゼッタさんに言われて手を伸ばして水の温度をチェックする。
なんか凄いなぁ。
この世界に来て初めてのテクノロジーを見た気がするよ。
ま、これをテクノロジーと言っていいのかどうかは別だけどさ。
「これ、何度でも使っていいんですか?」
「いえ、魔法具ですので1日に1度しかお湯は使えません。ですが、もっと回数を使いたいと言われるお客様にはお湯を作る魔石を別に買っていただく事になっています」
「でも水は使い放題?」
「そうです。と言っても使いすぎると出なくなる仕組みになっているので気をつけてくださいね。もし何度もお風呂に入りたいというのであれば、ここの地下にある浴場を使っていただければいいと思います。そちらでしたら1日中いつでも大丈夫です」
だったらミリーに部屋の風呂を使ってもらうか。
もしまた入りたいって言うんだったら大風呂に行かせればいいし、人がいて嫌だって言うんだったら魔石を買えばいいか。
「ミリー、何か質問はあるか?」
「晩御飯の時間は?」
「ふふふっ、そうでしたね。夕食は日暮れから2時間の間。朝食は日の出から2時間となっています。もし都合が悪いようであればあらかじめ連絡を頂けると、お弁当という形でご用意させていただきます」
「つまりもし朝が早いようであれば、日の出前でもお弁当がもらえるって事ですね」
「はい、その通りです」
それは助かるな。事前に判らない時は仕方ないけど、依頼で明け方出るとなれば頼めば弁当がもらえるんだったらこっちにも都合がいい。
「でも朝早いとヒッポリアを出してもらう時はどうするんですか?」
「厩舎の中に番をする人間が寝泊まりする部屋がありますので、そこに声をかけていただければ大丈夫です」
ちゃんとそこまで考えられてるって事か。
至れり尽くせりってヤツで、いい宿だよここ。
「んじゃ、ミリー。晩御飯まではまだ時間があるから、ちょっと出かけよっか?」
「どこに行くの?」
「そうだなぁ・・・ラバン車に乗って役所に行ってみるか?」
「やくしょ?」
「うん、なんでもこの辺り一帯のでっかい地図があるらしいぞ?」
「行く」
役所がなんなのかミリーには判ってないみたいだけど、それでもでかい地図というのに好奇心がくすぐられたようですぐに行くと返ってきた。
「ロゼッタさん、鍵はどうすればいいですか?」
部屋を出ながら鍵の事を聞く。
このまま持っていても構わないだが、それでもロゼッタさんに聞いた方がいいだろうって思ったんだよ。
「私が管理いたします。戻ってこられましたらカウンターから声をかけていただければすぐに鍵はお渡しいたします」
「判りました」
部屋を出るとドアを閉め、俺は穴にガラスの棒にしか見えない鍵を差し込むと、先ほどど同じように魔力を少し流す。
するとすぐにカチリという鍵が閉まる音がした。
「それではちょっと出かけてきます」
「でかけます」
「はい、お気をつけてお出かけくださいね」
にっこりと笑みを浮かべたロゼッタさんに、俺は鍵を手渡すとすぐに宿を出たのだった。
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Edited 04/05/2017 @ 05:13 Japan 誤字訂正しました。
俺の連れは獣人何ですけど → 俺の連れは獣人なんですけど




