60.
「お待たせしました」
「いえいえ、お忙しそうなので大丈夫ですよ」
ようやく俺たちの番になったようだ。
俺とミリーがカウンターに並ぶと、穏やかそうな笑みを口元に浮かべた職員が声をかけてきた。
なので俺も日本人セールスマン・スマイルを浮かべて言葉を返す。
「私はこのカウンターの担当で、スウィーザといいます。それで本日はどのようなご用件でしょうか?」
「私はコータといいます。ジャンダ村のケィリーンさんからギルドに寄るように言われていたので寄らせていただきました。もしかしたら絵の複製が出来上がっているかもと思ったんですけど、何か預かってないでしょうか?」
「失礼ですが、ギルド・カードを見せていただけますか?」
「あっ、はい」
俺は紐の部分を首にかけてシャツのポケットに入れていたギルド・カードを取り出すと、そのままカウンターの上に置いた。
「少々お待ちくださいね」
スウィーザさんは俺のギルド・カードを受け取ると、そのままそれを持って奥に行ってしまう。
「あの人、どこ行ったの?」
「ああ、多分俺のギルド・カードを調べるために奥へ行ったんだと思うな。カードで本人確認をして、それから多分何かの魔法具を使って俺のところに届け物があるかどうかを調べるんだと思うよ」
そう説明してから、お金の事もついでに頼めば良かった、と思い出した。
あっちゃー。また奥へ行かせちゃう事になるか。
でもまあそれも仕事だから、文句は言われないだろう、多分だけどさ。
「あのカード、っていうか、ミリーのカードもだけどさ、本人に関する情報が入っているんだよ」
「じょうほう?」
「うん、例えばミリーのカード。依頼をこなしたら、それがちゃんと記録されてるんだ。だからあとどのくらい依頼を受ければ星が2つになるか、が判るようになってる。そういう事だよ」
「わたし、依頼受けた事ないよ?」
「うん。だから、今のミリーのカードには何もないね。でもこれから少しずつ依頼を受けていけば、ここじゃない別の場所に移動してもそれがちゃんと判るようになってるんだよ」
「じゃあ、頑張れば、星が2つになる?」
「もちろん。2つどころか3つにも4つにもなるし、カードの色も黄色からオレンジ色に変わるよ」
「判った。頑張る」
ぎゅっと小さな握りこぶしを作っているミリーを見下ろして、俺はそっとフードの上から頭を撫でてやる。
このくらいならセーフだろ、きっと怒られないな、うん。
さっき叱られたので手つきは恐る恐るだったけど、どうやらミリーが怒る事もなくおとなしく撫でられているのでホッとする。
そうしているところにスウィーザさんが戻ってきた。
「お待たせしました。先にカードをお返ししますね」
「はい」
受け取ったカードをまた首にかけ、それからシャツのポケットにしまう。
「まずは、ジャンダ村のケィリーンさんから伝言があります。図鑑の改訂版は2ヶ月後に制作開始、だそうです。それから次に移動する町、もしくは村とその到着予定日を知らせれば、絵はその村もしくは町に届けておく、との事です」
「判りました。暫くはこの都市に滞在させてもらうつもりなので、その間に今後の予定を考えてみます」
「それで結構です。それから制作開始してから売りに出すまでに時間がかかるので、4−6ヶ月後を目安に考えていただけると丁度いいと思います。私も絵を見させていただきましたが、とても判りやすいものでこれからの採取にはとても参考になると思います」
「あれ? 見れたんですか?」
「はい、ギルド間で回覧板のようなものが回ってくるんですよ。その時にジャンダ村のケィリーンさんが購入した絵を図鑑で使うかどうかを決めたんです。少人数よりも多人数の意見を取り入れる方がより良い図鑑を作れますからね」
うん、まあその通りだな。
「本物と見間違うような細かい描写には感心しました。できれば全ての挿絵を描いていただきたかったところですね」
「あ〜・・そういっていただけると嬉しいんですが」
「判ってます。その点についてもケィリーンさんから聞いていますから。ですので、大切な品を提供していただけて、本当に助かっていますよ」
う〜ん、スキルを使ったズルなんだけど、そこまで感謝されると申し訳ない気がするなぁ。
返事に困っていると、スウィーザさんはフッと口元に笑みを浮かべて話題を変えてくれた。
「本日は依頼は受けられますか?」
「いえ、あとで依頼の掲示板を見るつもりですが、せめて明日くらいはのんびりしようと思っています」
「そうですね。働く事も大切ですが、たまには休息をとる事も大切だと思います」
「それで、ですね。幾つか聞きたい事があるんですけど」
「なんでしょう?」
「お勧めの宿ってありますか? 俺としては多少値が張ってもお風呂のある宿がいいんです。それから生産ギルドの場所、都市ケートンの役所の場所、そういった事を教えていただけると嬉しいです」
「あと、美味しいご飯」
「うん、そうだな。あとは食事の美味しいところも教えていただけると助かります」
くいっと俺のシャツの裾を引っ張って自分の主張をするミリーに苦笑しながら、それも頼む。
「そうですね・・・ハンター向けの宿はたくさんありますが、お風呂が付いている宿ですか? 公共のお風呂もありますけど?」
「いえ、できれば風呂付きの宿がいいです」
風呂に入った事がないミリーの事を考えると、いきなりたくさんの人間の中に放り込むわけにはいかないだろう。
それにミリーは猫系獣人だ。もしかしたら風呂に入らせてもらえないかもしれない。
「判りました。それでしたらここから少し離れますが、蒼のダリア亭という宿があります。そこはどちらかと言うと商人の方が使う宿ですが、そこでしたら風呂付きの個室もございますし、宿の中に大きめの共同風呂もある筈です」
おおっ、それならミリーに部屋風呂を使わせて、おれは大浴場に行ってもいい訳だ。
「それに蒼のダリア亭でしたら、食事も満足していただけると思います。ただ、値段の方は1人1000ドランとなるのでかなり割高になりますね」
「1人1000ドランですか? それって食事も込みですか?」
「食事込みとなると泊まり客という事でかなり値引きされていますが、それでも1200ドランになると思いますね」
かなり値引きされていて2食分が200ドラン、つまり2千円って事か?
まぁ確かに普通の宿なら食事込みで400から600ドランだったから、そう思うと確かに値段は倍以上だ。
でも風呂があって美味い食事って言うんだったら、それだけの価値はある。
「大丈夫です。とにかくゆっくりと風呂に入りたいんで、1日はそこに泊まりたいと思います」
「旅の疲れを洗い流すんですね」
「そうです。大衆浴場でもいいんですけど、それだとのんびりできませんからね」
よし、宿は決まった。
いや、まだか?
「あのですね。お勧めいただいた宿がいいなと思っているんですが、俺の仲間であるこの子は獣人なんですけど、それでも泊めてもらえますか?」
「獣人、ですか?」
「はい、猫系獣人の子供なんです。どうもここではあまり、その・・・」
「ああ・・確かにそういう目で見る人は多いですね。でも、蒼のダリア亭なら大丈夫ですよ。あそこは商人が多いと先ほど言いましたが、その中には獣人の商人もいますから。そういう意味では蒼のダリア亭の方が泊まる場所としてはいいかもしれませんね」
「獣人の商人、ですか?」
「ええ、ここから北に行くと獣人比率が多い町や村が結構あるんです。そこからの商人は人種と獣人が半々ですね」
「それを聞いて安心しましたよ。ちょっと門のところでの対応が獣人に対してあまりいいものじゃなかったので心配していたんです」
「それは申し訳ありませんでした。都市ケートンでは人種の割合が9割ですので、どうしても獣人を見下すような者がいるんです。私どもハンターズ・ギルドとしては、獣人の方はとても真面目で仕事もこなしてくださるので問題はないんですけどね。それに力のある獣人の方もいるので、そういった方に力仕事を請け負っていただけて助かっているんです」
ハンターなのに力仕事?
「ハンター、ですよね?」
「はい。ああ、力仕事と言っても獲物が大きいから力仕事なんですよ」
俺の疑問に思い至ったのか、スウィーザさんは苦笑いを浮かべる。
「都市ケートンは人口が多いですから、食用の肉の依頼が結構あるんですよ。この辺りで取れる食用の獲物は大型が多いですから、仕留めても半分以上持って帰ることができないなんていうハンターも結構います。ですので、そう言った方の救済措置として、夕方からの数時間だけ指定された辺りに肉の回収をする依頼があるんです。場所の指定は朝ハンターが肉用の獲物依頼を受けた時に決めます。そして夕方肉の回収のために指定された場所に行くと、多少の位置は変わっている事もありますがそこに行って肉を担いで帰る、という依頼ですね」
「荷車を引いて行く、なんて事はしないんですか?」
「荷車に載せられても引いて帰るのは大変ですよ」
「でも馬とか?」
「馬の維持費は高いんです。毎日荷車が必要なわけでもありませんし、馬を持っているというだけで税金が余分にかかります。それに加えて荷車や馬車があるとそれらも税金対象となります」
自動車税、みたいなもんかな?
でも俺、パンジーを連れてるぞ?
「あの、俺、ヒッポリアに車を引かせて連れてきてるんですけど。もしかして余分に税金を払わなくちゃいけないんですか?」
「いいえ、コータさんはこの都市に住んでいる訳じゃなりませんからね。そういう税金は課せられません。ただそうですね、1ヶ月以 上の滞在となると月割りの税金がかかってきますね」
思わずホッと息を吐くと、スウィーザさんが苦笑いを浮かべる。
「コータさんがヒッポリアを連れているのであれば、やはり宿は蒼のダリア亭ですね。あそこであれば厩舎と馬車を置くための納屋もありますし」
「それを聞いて安心です」
「それから先ほど聞かれた生産ギルドと役所の場所ですが、有料ですが地図を買われますか?」
「高いんですか?」
「それほどでもない、と思うんですけど、人によっては高いという方もおられますね。都市ケートン内の簡単な見取り図なんですが1枚300ドランです」
3000円か、確かに割高だな。
でも道に迷うよりはいいか。
俺はポーチから小銀貨を3枚取り出してカウンターに置く。
「じゃあ1枚ください」
「いいんですか?」
「はい、道に迷って怪しいところに入り込んでしまう事を思えば、300ドランは必要経費ですね」
「ははは、そう考えていただけると助かります」
それでは、と言ってカウンターの下から1枚の羊皮紙みたいなのを取り出してきた。
スウィーザさんは地図を俺の前に置くと、小銀貨を受け取ってカウンターの下にしまう。
それからペンを取り出して地図の説明を始めた。
「少しだけ説明しますね。ここが現在地であるハンターズ・ギルドです。この方向で見ていただければわかりやすいかと思います」
スウィーザさんはそう言って地図を横方向に向ける。
地図はまず石壁である外側の壁が四角く描かれており、それから1サイズずつ均等に四角が4つ描かれている。なんていうのかな、射撃の的の丸が四角バージョン?
んでそれぞれの四角、これはどうやら道のようで、ほかの道らしい線に比べると太く描かれているから大通りみたいなもんなんだろうな。
ギルドの位置は丁度一番外壁に近い最初の四角で、そういやこの建物の前の通りって結構幅が広かったな。きっとあれと同じくらいの幅の道が
それから真ん中に小さい四角が描かれていて、そこはどうやらこの都市を治めている市長とでもいうのか? の住んでいる場所らしい。
「ギルドの前の道を真っ直ぐこちらに移動して、ここで右に曲がって真っ直ぐ行けば蒼のダリア亭に行けます。丸印を入れておきますね。青いダリアの花の絵の看板があるので間違える事はないです。それから、ここが役所です。馬車を置く場所はないので歩いて行かれる事をお勧めします。それと生産ギルドはここですね。こちらも歩いて行かれる事をお勧めします。移動に距離はありますが、有料の交通機関を使われれば宿から10分と掛からずにつきますよ」
「有料の乗り物ですか?」
「はい。ラバン車といいます。金額は市民が気軽に使えるようにと低く設定されています。基本的に都市ケートンの住人はそれを使うように推奨されています」
そう言ってスウィーザさんが説明してくれたのは、ロバみたいな動物に牽かせた乗り物だった。
荷台の上には7−8人が乗れるようなベンチが背中合わせに置かれていて、一番端の部分には板で作られた壁がある。これは無賃乗車防止のためのようだ。
屋根が付いていて、丁度乗客の頭上に紐が1本張られていて、それを引っ張ると御者台の横のベルが鳴るようになっている。これを使って乗客が降りる場所を知らせるようになっている。
「値段は1回5ドランです。それぞれが右回り左回りで移動するようになっていて、希望する方角に合うように乗っていただければいいんです」
「でも道ってたくさんありますよね?」
「はい、そこの地図を見ていただけますか? 外壁から均等に四角い道が記されていますよね? その道がラバン車の路線となっています」
なるほど。つまりこの線に沿って道があって、そこをラバン車とかっていう乗り物が走っているって事か。
それに1回乗れば降りるまでどこまでも行けるし、値段は5ドランのまま。
5ドランって50円くらいか? やっす!
んじゃ、ここにいる間はパンジーにはゆっくりして貰えばいっか。
依頼を受けて出かける事もあるかもしれないけど、それまではのんびりさせよう。
「すごく丁寧な説明、ありがとうございました。早速宿に行ってみますね。依頼はまた落ち着いたら受けにこさせていただきます」
「お役に立てたようでなによりです」
俺は手を伸ばしてスウィーザさんと握手を交わすと、カウンターの上の地図を受け取ってからギルドを出たのだった。
読んでくださって、ありがとうございました。
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Edited 12-31-17 @20:54 CT 誤字訂正しました。




