59.
都市ケートンの門の前には10人くらいの人が門から中に入るための列ができていた。
今まで立ち寄ったのは村だったからか、そこでは門に並んでいる人を見た事はなかったんだけどな。
けどさすがに人口が約8000人もいる都市となれば、人の出入りもそれなりにあるって事なんだろう。
とはいえ10人ほどしか列に並んでいなかったから、あっという間に俺たちの番が来た。
「次」
「はい、お願いします」
門の前に立っていた男は簡単にだが武装をしている。身長は俺よりもはるかに高くて190センチはあるんじゃないか? おまけに髭が生えてるから、門番というよりは山賊と言った方がいいような風貌をしている。
パンジーの横を歩いていた俺は、パンジーを停めると懐からハンター・カードを取り出した。
「ハンターか。ここには何の用だ?」
「はい、旅の途中です」
「旅? どこに行くんだ?」
「大都市アリアナを目指しています」
とりあえず、だけどな。
無理に大都市アリアナに行く必要はないからさ、他にも面白そうな場所があればいつでも方向変換するよ〜。
ま、そんな事はいうつもりはないけどさ。
門番は俺のカードを裏返して何かを確認してから、おもむろに御者台に座っているミリーに視線を向けた。
「そこの獣人は? お前の奴隷か?」
「いいえ、彼女は俺のチームメンバーです」
「チームメンバー? 獣人をか? 変わってるな」
この辺では獣人は奴隷がデフォなのか?
ムッときたがそれを口に出して文句をいうほど、俺は考え無しじゃないつもりだ。
だから曖昧な日本人スマイルを顔に貼り付ける。
「その獣人は身分証を持ってないのか?」
「持ってます。ミリー、カードを出してくれないか?」
「はい・・・」
俺は御者台に座るミリーのところに行くと、彼女のハンター・カードを受け取ってから門番のところに戻る。
「なんだ、黄色の星1つかよ。おめえも黄色の星3つだしな。大した事ねえな」
「そうですね。まだ登録したばかりですから」
「ま、おめえは商人みてえだから、弱っちくてもしょうがねえか」
ムカッと来るのをぐっと堪えて、俺は顔に営業スマイルを張り付けたままだ。
「ふん、よし、通んな」
「ありがとうございました」
俺は門番から2枚のカードを受け取るとぺこりと頭を下げる。
それからすぐにミリーに合図をしてパンジーを歩かせると、すぐに門から都市の中に入った。
俺はその横をパンジーの速度に合わせて歩く。
最初は中に入らせてもらったら御者台に移動しようと思ったんだけど、思ったよりも人が多いからそのままパンジーの横を歩く事にした。
「コータ・・・」
「なにかな、ミリー?」
「わたしのせい?」
「何が?」
どこか済まなさそうなミリーの声音に俺は頭を傾げて、少し歩みを緩めて御者台の横に並ぶ。
何がミリーのせいなんだ?
「あそこでコータ、馬鹿にされた・・それって、わたしのせい?」
「ミリー。馬鹿な事言ってんじゃないよ。ミリーのせいである訳ないだろ?」
「でも・・・獣人を連れてるって・・・」
ああ、ミリーには聞こえちゃったんだなぁ。
まあ獣人は耳がいいらしいし、あの門番の声はデカかったしな。
「あのな、ミリー。あんなヤツのいう事は気にするな。別に俺を馬鹿にしたんじゃないよ。ああいうヤツは誰が相手でもああやって嫌味を言うんだと思うよ? それでいて身分が上の人間が来たら媚びへつらうんだ。別にミリーが一緒だったから、っていう訳じゃない」
「でも・・」
しょぼん、とさっきまで揺れていた尻尾まですっかり萎れている。
「それにミリーはハンターに登録してから一度も依頼を受ける機会がなかっただろ? だから黄色の星1つでも仕方ないよ」
ここに来る前に立ち寄ったニド村では、1日泊まっただけで依頼を受けるどころかギルドに足を運ぶ事もしなかったんだよな。
なんか門のところで番をしていたヤツが御者台に俺と並んで座っていたミリーを見て、露骨に嫌そうな顔をしたからだ。
ミリーは俯いていて男の顔を見ていなかったのが幸いだったけど、それでも門の中に入ってからも彼女に向けられる視線が気に食わなかったのだ。
ジャンダ村はどうか知らないけど、少なくてもハリソン村ではそんな事はなかったんだけどな。
「そういやどこに宿があるか聞かなかったなぁ」
門番に聞こうと思ってたんだけど、あんなヤツじゃあきちんと教えてくれるとは思えなかったしな。
「とりあえずもう少し先に進んでから、どこかで聞くか・・・って、あれは?」
キョロキョロと周囲を見回していた俺の目に入ったのは、ハンターズ・ギルドの看板だった。
「ミリー、まずはハンターズ・ギルドに行こうか。ちょっとだけ依頼を見てからどこかに良い宿がないか聞こう」
「依頼?」
「うん。もしかしたら初心者向けの簡単な依頼があるかもしれないだろ?」
「うん」
おっ、尻尾が揺れてる。
ちょっとだけ機嫌が治ったみたいだな。
俺としてはそれだけでギルドに行く価値がある気がした。
パンジーはギルドの横にあるちょっとしたスペースに停める。
それからスミレをパンジーにつける事にした。
何かあれば姿を消して俺のところに来る事ができるからな。
左手でミリーの手を握って右手でギルドのドアを開けると、途端に喧騒が聞こえてきた。
どうやら丁度夕方って事で、依頼達成の報告に人が集まっているみたいだ。
とはいえカウンターの前に並んでいるのは10人程度。
カウンターには4人の職員が立っているのが見えるから、それほど並んで待つ事もないだろう。
俺は一番右端の2人並んでいる中年のおじさんのところに列の後尾についた。
それからフードを被って俺の手をぎゅっと握っているミリーの手を軽く握り返してやる。
ちら、と俺の顔を見上げてきた彼女に安心するように笑ってみせると、ようやくミリーも少し落ち着いたのか口元に笑みを浮かべた。
「コータ、依頼、見ないの?」
「ん? うん、大丈夫。あとでもいいよ」
「ここで何するの?」
「ジャンダ村でギルドに寄った時には預け金の確認をするようにって言われてたんだ。すっかり忘れてたから、ここで確認しておこうかなって思ってね」
ついでにお金を少し下ろしておこうと思ってる。
多分手持ちで十分だと思うんだけど、それでも今夜は良い宿に泊まって風呂に入って美味いものを食べたいと思ってるから、軍資金が足りないなんて事にならないようにしっかりと手元に持っておきたい。
「お金?」
「うん。でもまぁ入金はないと思うけどさ。ジャンダ村でケィリーンさんって言うギルドの職員さんに言われたんだよ。もしかしたら入金があるかもしれないので、町や村に立ち寄る事があったらギルドで確認しておいてくださいって」
「コータ、依頼のお金?」
「いや。う〜ん、なんて言えば良いかな? 俺のお婆とお爺の絵を売ったんだ。その出来がすっごく良かったらしくって、新しく作る図鑑に使いたいって言ってくれたんだよ。それで図鑑が売れるとちょびっとだけ絵の使用料っていうのが入るようになるんだってさ」
「コータ、すごい」
尊敬の眼差しで見上げてくるミリーを見て、俺は苦笑を浮かべる。
「俺がすごいんじゃないんだよ。俺のお婆とお爺が凄いんだよ」
「コータ、絵、描ける?」
俺の絵の才能はスミレが作ってくれるプリントだ、うん。
思いっきりズルだな。
「いいや。俺には絵の才能はないなぁ。ミリーは?」
「わたし? 描いた事ないから、判んない」
「そっか、じゃあそのうち絵の道具でも買うか? 旅の間の暇つぶしに描いてみればいいじゃん」
「いいの?」
嬉しそうに目を輝かせるミリーに頷く。
「いいよ。それくらい大した事ないよ。他にもいるものがあれば言えよ? せっかく大きな都市にきているんだから、ここならなんでも揃うだろ。ついでだからギルドで少しお金を下ろしておこうと思ってるんだ」
「わたし・・・お金、ないよ?」
「ミリーはそんな心配しなくていいんだって。俺とミリーはチームだからね、俺がお金をまとめるのは当然だろ? んで、そのお金を俺たちのチームのために使うのは当たり前」
「でもね・・」
「ミリーも依頼を受けるんだろ? そしたらそのお金をチームにいれようか? そしたら安心だろ?」
「うん」
どうやらお金がない事で俺に引け目を感じているようだ。
こんな小さな子なのに、と思ってしまう。
俺がこの年の頃、親からお金をもらって当たり前だったんだけどなあ。
まあ、俺とは血を分けた家族って訳じゃないから仕方ないのかもしれないけどさ、ミリーはほんっとうに水くさいんだよっ。
思わずフードごと頭をぐしゃぐしゃにしてやる。
「コータ!」
「スキンシップだ」
俺は間違ってない。
「やりすぎ」
「すみません」
でも涙目で文句を言うミリーに勝てる筈はないだろ。
俺はすぐに頭を下げて謝った。
そんな俺を見て、ミリーは少し頰を紅くして俯きながら小さな声で続ける。
「でもね・・わたし、コータに頭撫でられるのは・・好き」
「ミ、ミリーッッ」
「でっ、でも今はダメ」
両手を前に出して俺がそれ以上近づけないようにするミリーはほんっとうに可愛いなぁ。
俺の顔はニヤけてしまい、なんとか元に戻そうとするが嬉しくて戻らない。
で、でもっ、俺はロリじゃねえぞ!
ミリーだから、だからなっ!
読んでくださって、ありがとうございました。
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Edited 05/05/2017 @15:40CT 誤字のご指摘をいただいたので訂正します。ありがとうございました。
露骨に嫌そうな顔を下からだ → 露骨に嫌そうな顔をしたからだ




