56.
「よーし、今夜はここに泊まるぞ」
パンジーが休憩所の隅に止まったところで、俺は隣に座っているミリーに告げる。
「ここ?」
「そうだぞ〜。どうやら誰もいないみたいだな」
「わたしたち、だけ?」
「ん〜、もしかしたらあとから馬車や荷車を引いた旅人が来るかもしれないけど、どうだろうな?」
よく考えたら、俺は今まで1度も他の旅人と休憩所で会った事がないなあ。
「なあスミレ、休憩所を使う旅人って少ないのか?」
『そんな事はないと思いますよ? ただ単独での移動をする旅人は少ないですね。大抵は幾つかのグループが一緒になって旅をします』
「あれ? そんな事スミレ、一回も言わなかったよな?」
『そうですね。でもコータ様も聞かれませんでしたよね?』
ニッコリと告げるスミレ。
いや、だって、さあ。この世界に不慣れな俺がそんな事情にまで頭を回せると思っているのか?
「じゃあさ、普通の旅人は都市とかで待ち合わせて移動するって事か?」
『そんな感じですね。ハンターであればギルドの掲示板にどの方面に行きたいかを貼り出したりしてますね。あとは護衛といった形で商人と一緒に移動する人もいますから、そういった商人の依頼を受けるハンターや、依頼は受けられなくても一緒に移動させて欲しいと頼み込んだりしているようです』
「し、知らなかったなぁ・・」
『ただですね、今はシーズンオフという事で、ジャンダ村方面からの移動は殆どいない筈です。実際コータ様がジャンダ村やハリソン村のギルドに行った時に護衛依頼もありませんでしたし、旅人の移動の誘いの掲示もありませんでした』
なるほど。スミレなりに一応チェック入れていた訳だ。
ただそれを俺に言わなかっただけ。
『ですが、都市ケートンから大都市アリアナの移動では旅人とすれ違う事もあるでしょうし、掲示板にも色々とあるかもしれませんね』
「んじゃ都市ケートンに行った時に掲示板をチェックすればいっか」
よいしょ、っと掛け声をかけながら御者台から降りて、俺は手を伸ばしてミリーが降りるのを手伝う。
ミリーは最初自分で降りるって言っていたんだけど、どうにもまだ体力が戻ってないみたいで飛び降りたらふらつくんだよ。
だから元気になるまでは、って事でミリーを説得したんだ。
「んじゃ俺は今夜の薪を拾ってくる。他に何かいるか?」
『ついでに薬草採取もされるんですよね?』
「うん、どうせだからね。ついでに食べられそうなものがあればそれも取ってくるよ。食べる前にスミレがチェックしてくれるだろ?」
『もちろんです』
鑑定能力なんて便利なものは持ってないからな。
この辺は全部スミレに丸投げだ。
「おっと、そうだ。スミレに頼みたい事があるんだ」
『なんでしょう?』
「ついでに雑草も集めてくるからさ、ミリーの着替えを幾つか作ってくれよ。昨日は色々あってそこまで手が回らなかっただろ?」
『ああ、そうですね。ミリーちゃんの服は今着ているものだけですからね。確かに幾つか着替えがあった方がいいですよね』
昨日ミリーが目を覚ます前にスミレが作った服しかないんだよ。
さすがに女の子に着たきりスズメは可哀そうだもんな。
「わたしの、服?」
「うん。ミリーのきがえ、ないだろ?」
「でも服、あるよ?」
「それ1枚だけだろ。汚れたら着替えがいるから、スミレに作ってもらおうな」
頭を傾げるミリーの頭をポンポンと撫でる。
『でもコータ様、ミリーちゃんが寝てから、ですよね?』
「う〜ん、ちょっと考えてたんだけどさ。これからずっと一緒に旅をするんだったらいつかはミリーにもバレるだろ? だったら今でもいいかな、って」
俺のスキルは特殊で変わっている事は判ってる。
だから俺とスミレだけの時しか使った事はない。
でもさ、これから一緒に旅をするミリーからずっと隠せるとも思わないからな。
「コータ?」
「ミリー、そういやミリーのスキルってなんだ?」
「すきる?」
舌足らずな発音でスキルというミリーは可愛い。
けど、どうやら俺の言っている事が判っていないようだ。
「スキル、だよ。誰でも1つ持って生まれてくるんだろ?」
「わたし・・自分の、スキル・・知らない」
「そうか? んじゃあ、もう少し大きくなったらどんなスキルか判るかもしれないな」
ミリーはしょぼんと音がするように俯く。
そんな彼女に気にするな、というように俺はまた頭をポンポンと叩く。
「んじゃ、ミリー。これから俺のスキルを言うけど、誰にも言わないって約束できるかな?」
「内緒?」
「そう。誰にも言わない。俺とミリーだけの内緒だよ」
内緒、という言葉に反応して顔を上げてきた。
子供っていうのは内緒が好きなんだよな。
「スミレ、も?」
「そうだな、俺とミリーとスミレだけの秘密だな」
「ん」
大きく頷いたミリーを見てスミレは苦笑いを浮かべている。
「スミレは俺のスキルだ」
「・・・スミレは、妖精。コータのスキルは妖精?」
「いやいや、違うよ。スミレは俺のスキルの手助けをしてくれる・・そうだな、助手なんだ」
「おてつだい?」
「うん、そう」
「スミレがおてつだい。コータ、よく判んない」
一生懸命理解しようとしているんだけど、俺の説明がマズいようだなぁ。
「う〜ん、俺はスキルを使って物が作れる。スミレは物を作る時の手助けをしてくれるんだ」
「れん、きん、じゅつ、し?」
「おっ、ミリーは難しい言葉知ってるんだな。うん、練金術師か・・・まぁそんなもんだ」
多次元プリンター何て言われても、ミリーには何の事か判らないだろうしな。
でも練金術師と聞いた途端、ミリーの目がキラキラと輝いた。
「すごいっ、コータ。いろんなもの、作れる?」
「ん〜、どうだろうなぁ。なんでも作るって訳にはいかないだろうけど、ある程度いろいろなものは作れるかな?」
「だから、わたしに服、作ってくれるの?」
「うん、服くらいなら簡単だよ。といっても作るのはスミレだよ」
「スミレ、服、作るの?」
慌ててスミレの方を振り返り尋ねるミリーを見て、スミレは力強く頷いた。
『はい、私がミリーちゃんの服を作りますよ。任せてくださいね』
「どんな、服?」
『どんな服でも作りますよ〜。でもとりあえず今夜は旅の間に着れるようなものを作りましょうね』
「旅の、服って?」
『あんまりヒラヒラした服だとどこかにひっかけて破っちゃうかもしれませんからね。シャツとズボンを作りましょうね』
「うん・・シャツとズボンでいい」
ミリーは少し考えてから、同意するように頷く。
「それともミリーは今着ているような服の方がいいのか?」
「これ? これでもいい。なんでもいいよ」
特に服にこだわりはないようだな。
「でもこれ、少し、すーすーする」
『すーすー、ですか?』
「うん、すそから、風が入るの。そしたらね、すーすー、するの」
「あっ・・・・」
『あぁっ・・・』
ミリーの言葉を聞いて俺が慌ててスミレの方を見ると、スミレも俺を振り返る。
『すっかり忘れてましたね・・・』
「うん、だな」
ミリーがすーすーする理由、思い出したよ。
そういやこの子、チュニックの下、なんにもつけてないんだった。
『なんて事でしょうっ! すぐにでもそれだけは作らないといけませんっ。コータ様っ、確かもう1袋雑草の入った袋を持ってましたよね?』
「うっ、うん、持ってるぞ」
スミレの剣幕に俺はどもりながら、手早くポーチからもう1つ残っていた雑草の入っている袋を取り出した。
『ミリーちゃん、早速ですが下着を作りましょう』
「した・・ぎ?」
『そうですよ。それがあればもうすーすーはしませんっ』
「ホント?」
『本当です』
ミリーは下着、つけた事ないのか?
いや、まさかな。いくらなんでもそれはないだろう。
『それに女の子は絶対に下着をつけるべきですよ。そういえばコータ様、ミリーちゃんはいくつですか?』
「ん? そういや聞いてなかったなぁ。ミリーは何歳なんだ?」
「わたし? ん〜っと・・・10歳?」
「なんで疑問形で答えるんだ? 自分の歳を知らないのか?」
頭を傾げながら答えるミリーは可愛いが、自分の歳を知らないなんて事はないよな?
「10歳だって、おとうさんが言ってたの。でもわたしはからだが小さいから、10歳って言うとほんとかって聞かれるの」
「そう言われると10歳にしては身体が小さいかもしれないなぁ。でもさミリー、10歳にしてはでかいって言われる子供だっているんだから、小さいって言われる子供がいてもおかしくないだろ?」
「そ、かな?」
「そうだよ。大体ミリーは今まで苦労していたんだろ? だったら栄養が足りなくって小さくても仕方ないよ。これから大きくなればいいんだからさ」
「うん・・・」
『そうですよ、それにミリーちゃんは小さくて可愛いんです。だから小さいからって気にする必要はないですよ』
キッパリと言い切ったスミレはいつも物を作る時にする仕草で右手をあげた。
『多次元プリンター起動。スクリーン展開します』
スミレは頭を傾げているミリーを横に置いたまま、とっととスクリーンをオープンしてしまった。
あれ? スミレの方がミリーにスキルを見せる事に躊躇いがあったんじゃなかったっけ?
なんて事を思っている俺の目の前に、見慣れた陣が地面に出てきた。
『それではコータ様は雑草をしっかり採取してきてくださいね。もちろん薬草もお願いします。レベルアップした事で薬草も衣服作成に使えるようになりました』
「なんで薬草?」
『種類によりますが、虫除け、防御力アップ、耐久性アップ、などいろいろな効果をつける事ができます』
なんで薬草なのにそんな事ができるんだ?
「それもいいけどさ、それよりも木の実とかで色をつける方がミリーは喜ぶんじゃないのか?」
『はっ・・そうですね。確かに女の子なんですから、可愛い色の服も似合うと思います』
「まあ、それにまだ子供だからな。防御力アップなら安全のためにもいっか」
よく判らないけどミリーの安全のためなら、薬草を取ってくる事も吝かじゃない。
俺はポーチから袋を取り出して手袋もして、採取に出かける準備をする。
『さぁ、ミリーちゃん。準備はいいですか?』
「・・・じゅん、び?」
『これからミリーちゃんの服を作るんですよ』
「うん、スミレが、作る、んだよね?」
『そうです。ミリーちゃんのために体にあったものを作りましょうね』
手袋をはめていた俺の耳に、なんとなく以前聞いたフレーズが聞こえた気がする。
『ミリーちゃんの手伝いが必要です。手伝ってくれますか?』
「うん、わたしで、できることなら」
『もちろんです。ミリーちゃんにしかできませんよ』
自分にしかできないと言われて、ミリーは嬉しそうにニッコリと笑う。
『では、早速ですがその陣の真ん中に立ってもらえますか?』
「じん、って・・・ここ?」
『はい、そうです。もう少し真ん中に・・はい、そこでいいですよ』
スミレに言われるまま、ミリーは陣に入るとスミレの方を向いて立つ。
あれ、やっぱりこの展開、俺は知ってる・・・・ぞ?
『では、服を脱いでください。ミリーちゃんの体のサイズを測りますからね〜〜』
「スッ、スミレッッ」
慌てて止めようとスミレに声をかけた俺の目の前で、ミリーは頭から服を脱ぎ捨てようとする。
「ちょっ、ちょっと待てっっ、ミリーッ」
頭は既にチュニックの中に入り込んでいたが、ミリーは俺の声で目だけ覗かせて動きを止めた。
『なんですか、コータ様?』
「なんですか、じゃねえよっ。お前何やってんだよ」
『何って、ミリーちゃんのサイズを測るんです』
「べっ、別に服脱がなくたっていいだろうが」
『それではきちんとしたサイズが測れませんから』
「いやいやいやいやいやっっ、だ〜か〜ら〜、まだ子供なんだから適当な大きさでいいだろ?」
『いいえ、子供だからこそちゃんとした服を着る習慣をつけるべきです。ミリーちゃんはコータ様と違って女の子、ですしね』
スミレはじろり、と俺を睨みつける。
どうやら以前俺がスッポンポンでサイズを測らせなかったことを根に持ってるのか?
いや、だってさ、あれは無理だったよ。
大自然の中でスッポンポン、あれは無理だ。
けどミリーは服を脱ぐ事に抵抗はないみたいで、半分脱ぎかけた格好で俺たちの話が終わるのを待っている。
俺はそれを見て、がっくりと肩を落とした。
まぁ、ミリーがいいんなら。スッポンポンでも構わないっていうんだったらさぁ。
「スミレ、せめて俺が雑草採取に行くまで待ってくれ」
『・・・仕方ないですね』
「それから、結界も忘れないでくれよ」
『もちろんです』
「じゃあミリー。ちゃんとスミレのいう事を聞くんだぞ」
「うん」
俺はそれだけ言うと、ミリーが服を脱ぎ捨てる前にと慌てて茂みに入ったのだった。
読んでくださって、ありがとうございました。
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Edited 05/05/2017 @ 15:32CT 誤字のご指摘をいただきましたので訂正させていただきます。ありがとうございました。
なんで疑問系で答えるんだ? なんで疑問形で答えるんだ?




