55.
昨日の宿はハリソン村に来た初日に泊まったのと同じだった。
っていうか、宿は1つしかないから迷いようがないんだけどさ。
俺はグレンダさんに挨拶をしてから2人部屋を取り、その時に念のためにミリーが獣人である事を伝えたのだが、彼女は笑って何を気にしているんだと言っただけだった。
それからすぐに夕食を食べて部屋に戻った頃には、ミリーは既に半分夢の世界へと旅立っていた。
これからの事を話そうと思っていたんだけど、まぁ無理に起こすほどの事でもないし、これから先時間は十分ある。
そう思って俺も昨日はとっとと眠った。
そして明けて今朝、しっかり朝ごはんを食べてから俺たちは街道に出た。
ヒッポリアのパンジーが引く車の御者台に乗って手綱を持つ俺の隣に、毛皮を抱きしめたミリーが乗っている。
スミレはパンジーの背中に座って前を見たり俺たちを振り返ったりと忙しい。
「これ、街道?」
「そう、この道は村や町に繋がっているんだよ。途中に休憩所があるから今夜はそこに泊まる事になるな」
「安全?」
「うん、もちろん。休憩所にはちょっとした結界があるからな。それに水があるからそこで水を補給する事ができるんだ」
もちろん100%安全とは言えないが、それでもその辺の道端で野宿をする事を思えばはるかに楽だ。
ハリソン村を出るとすぐに街道に出る。
街道が草原をまっすぐ伸びているのはなかなか凄いと思う。
ミリーは街道の先をじーっと見つめている。
隣で目を凝らして、ミリーが何を見ているのかを知ろうとするが、さっぱりだ。
俺には何を見ているのかすら判らない。
「何を見てるんだ?」
「道」
「あ〜・・・そっか」
道、と言われるとなんて返事をすればいいんだ?
「これ、どこに続くの?」
「いろんな場所に続いているよ」
「いろいろな場所って?」
「街道沿いにはたくさんの町や村があるんだ。もちろん大都市や都市もあってさ、その都市からはさまざまな方向に向かって道が伸びてる」
「違うところに行く道・・・・」
なんとか想像しようとしているみたいだけど、うまくいかないのか眉間に皺を寄せている。
「ミリーは都市ケートンって知ってるかな?」
「ううん」
「そっか。まぁここから一番近い都市はケートンっていうんだ」
「そこに行くの?」
「行くよ。でもその前にニド村っていうところを通るよ。スミレ、ここから都市ケートンって何日くらいかかるんだっけ?」
確か前に聞いた記憶があるが、もうとっくに忘れてるよ。
『パンジーちゃんの速度ですと15日ほどだと思います。ニド村で滞在するのであれば、その分日数が増えますけどね』
「ニド村までは?」
『ちょっと距離があるので、おそらく9日ほどかかるのではないでしょうか?』
「ふぅん。じゃあ、ニド村から都市ケートンまでが6日ってところか」
『はい』
パンジーの速度で9日って事は、1日約40キロ進むんだからハリソン村から360キロ離れているって事になる。
「結構遠いんだな。その間に村はないんだよな?」
『街道沿いにはありません。でも街道から2−3時間ほど離れた場所であれば1日おきくらいの距離にありますね。ただ、そういった村は街道の地図には掲載されていません』
「まあ途中で食料が足りないって事になったら、そういう村に寄ってもいいか」
俺はスミレに日程を確認してからミリーに視線を落とす。
「とまぁスミレが言ったように、9日ほど街道を移動していけば、ニド村っていうところまで行けるんだ。そこから更に移動していけば都市ケートンに行く事になる。そこは昨日泊まったハリソン村に比べるとはるかに大きくてたくさんの人が住んでる。そこまで行けば、今までまっすぐの1本道だった街道が俺たちの進行方向とは違った方角に向かって伸びてる筈だよ。もしかしたら四方八方に伸びている街道を見る事ができるかもな」
「道がたくさん・・・・」
「そうだな。俺たちは大都市アリアナに行こうかって話をしていたんだけど、都市ケートンでどこか面白そうな場所があればそっちに行き先を変更してもいいんじゃないのかな」
『それも面白そうですね』
「だろ? ミリーはどう思う?」
「わたし・・・判んない。でもコータとスミレ、一緒に行きたい」
少し頭を傾げて考えてから、ミリーは俺とスミレを交互に見て言う。
ああっっ、もう可愛いなぁ。
『ミリーちゃんさえ良ければ、ず〜っと一緒ですよ』
「そうそう。俺たちは仲間だろ?」
「あっ・・・チーム?」
「そうそう。だから、さ、行きたいところがあれば言ってくれたらいいよ」
俺がミリーの頭を撫でながら言うと、彼女は少し照れくさそうな笑みを浮かべる。
「ありがと、コータ、スミレ」
『どういたしまして』
着ているワンピースの裾を摘んでお辞儀をするスミレ。
今日泊まる事になるだろう休憩所に早めについたらスミレに羽毛布団を作ってもらおう。
今1組しか布団はないんだよなぁ。
羽毛布団用にブガラ鳥を仕留めといて良かった・・・・
「あっ」
『コータ様?』
「ブガラ鳥、売るの忘れてた」
昨日は色々ありすぎてすっかり頭から抜け落ちてたよ。
『次の村で売ればいいんじゃないんですか?』
「う〜、まぁそうだよな。なんなら都市ケートンまで持っていけば高く買ってもらえるかもしれないしな」
特に金に困っている訳ではないけど、それでも金は余分にあって困るもんじゃないからな。
「ブガラ鳥も俺たちの食料って思えば、1ヶ月くらい道に迷っても大丈夫って事だ」
『街道を移動していれば道に迷う事はないですけどね』
「そういやさ、地図に載る村と載らない村の違いってなんなんだ?」
スミレの話では地図には書いていなくてもそれなりに小さな村は点在しているらしい。
でもだったらなんで地図に載ってないんだろう?
『基本的に街道から見える村や町は街道沿いの村や町として地図に書き込まれます。けれど街道から2キロ、2キラメッチ以上離れている場合は地図に載りません。理由としては街道沿いの村や町を記述するだけで地図が埋まってしまうからです。それ以上の村まで記述しようとすると書ききれないんですよ』
「だったら縮尺を大きくすれば書けるんじゃないのか?」
『そんな大きな地図は持ち運びできませんよ。折り畳めば持ち歩けるでしょうがそんな地図だと移動中に見ることは大変ですからね。そうなるとどうしても街道沿いにある町や村だけが載っている地図になるんです。ですがコータ様の言うような縮尺の大きな地図は都市や大都市に行くとありますよ。都市や大都市は自分のところに所属する村や町を把握する必要がありますからね』
あ〜、そういやあそうだよな。確か都市や大都市に帰属する事で税を払わないといけないけど、代わりに敵から守ってもらえるんだったっけ。
魔獣なんていうのが出る世界だもんな、税金を払う事になっても魔獣から守ってもらえれば大助かりだろう。
「それって俺でも見る事ができるのかな?」
『できますよ。都市にしても大都市にしてもそれぞれの役所機関があります。そこに行けばホールに地図が飾ってありますからね』
「ふぅん、じゃあ都市ケートンに行ったら役所に地図を見に行こうか?」
『それもいいですね。ですが、都市ケートンにあるだろう地図は都市ケートンに所属する村や町は載っていても、それ以外の村や町は載っていないと思いますよ』
「ああそっか。税金を払う町や村の位置は判るけど、それ以外は判らないって事かぁ」
『ふふっ、端的に言えばそうですね。けれど税金を支払っているからこそ、都市側としてはどこに守るべき村や町があるかが判るようにしているという事でもあるんですよ』
ちょっと嫌味っぽい言い方をしたら、スミレに言い返されてしまった。
しかもスミレの方が正論っぽいから、なんか負けた気がする。
スミレにデータセーブしてもらってそれを元に地図を作ってもらおうと思ってたんだけどなぁ。
でもまぁ都市や大都市に寄るたびに地図を作っていけば、そのうちちゃんとした広域地図ができるか。
でも地図の目的が庇護下にある町や村の位置情報のためっていうのは、なんだかなぁって思ってしまう。
「守るべき村や町の位置情報って事かぁ・・・まぁな、きちんと見返りがなかったら村だって税金を払いたくないだろうし、自分の傘下の村や町の数が減ったらそれだけ税金収入も減るから、都市の方もきちんと面倒を見なくちゃいけなんだよな。お互い持ちつ持たれつって事か」
『そうですね。それに都市の保護下にある町や村からはそこの生産品も入ってきますから、それを手に入れるためによそから商人も来ます。そうやって経済も回っていくので、都市としてはよそからの商人を誘致するための商品を数多く確保したいでしょうから、きちんと面倒を見るんだと思いますね』
「なるほどなぁ、一方的な関係じゃないって事か」
元の世界よりよっぽどいいシステムな気がするぞ。
ちゃんと支払った税金が意味を持って返ってくるんだからな。
「そういやこの世界って戦争とかあるのか?」
『戦争ですか? ただ領地を広げるために争う、という事はあまりありませんね。そんな事をしていたらあっという間に都市の力を失ってしまいますし、そんな時に魔獣の襲撃を受けたら壊滅してしまいますよ。領土を増やす事を考えるよりも維持する事の方が大変ですし、きちんと都市としての責務を果たしていれば所属を望む村や町は増えていきます。過去には領土を増やすための争いが多かったと聞いていますが、村や町に所属先を決める権利があるというシステムに変えてからは、そういった無駄な争いは殆ど起きなくなりました』
「ああ、だから村が税金を払う都市を決める事ができるのか。そりゃあ税金を集める先を確保するためにはちゃんと施政するしかないだろうな」
スミレの説明を聞いているととてもシンプルなやり方だ。
だけど、だからこそきちんと機能しているのかもしれない。
「あれ? じゃあさ、俺たちみたいな旅人はどうなるんだ? 税金は払ってたっけ?」
『ハンターであれば依頼金を受け取りますが、それは既に税金を支払った後の金額です。商人ギルドでは売った金額に対して税金がかかります』
「俺、もの売ったけど税金払ってないんじゃないのか?」
売ったって言ってもマッチと薬草のプリントくらいだけどさ。
『コータ様が売ったものはプリントとマッチですよね? あれはハンターズ・ギルドが税金分を負担していると思います。つまりマッチであれば10ドランに対して発生する税金はギルドの儲け分である5ドランから払っているでしょうね』
「俺が税金を支払うのを忘れたからか?」
『いいえ、ケィリーンさんは何も言っていなかったので、おそらく依頼として受理しているのではないかと思いますね。ギルドからコータ様にマッチを作る依頼をして依頼達成金に対しての税金をギルドが支払う。そしてコータ様が依頼達成して依頼金を支払った。そんなところでしょうね』
「ふぅん」
『ケィリーンさんから売買証明書みたいなもの、もらってませんでしたっけ?』
「あ〜・・・貰ったような気がする」
そういや、なんか書類2枚にサインをして、そのうちの1枚貰った気がする。
『それが依頼達成のための売買証明書だと思いますよ。ちゃんとケィリーンさんはその点も考慮した上でコータ様に税金の話をしなかったんだと思いますね』
「じゃあさ、今まではそれで良かったとして、だ。これからはちゃんと税金の事を忘れないように気をつけろって事か?」
『そうですね。あとは常に書面を作る事ですね。あとから税金を払っていなかったから、と言って罰金を取られても困りますからね』
そりゃそうだな。うん、気をつけよう。
「でもさ、俺が払った税金ってどうなるんだ? 村に住んでる訳じゃないから支払い損、とか?」
『いいえ、旅人の税金は街道作りに使われていますよ。ハンターが支払った税金は街道整備に使われます。もちろんハンターだけではなく、街道を使う商人の税金もすべてではありませんが、街道整備に使われます』
俺が今移動している街道もそういった税金で作られたって訳だな。
じゃあ文句言わずに支払わないといけないな。
「あれ? じゃあギルドはどうやって成り立っているんだ?」
「依頼人からの謝礼にはギルド紹介料が入っています。依頼者は依頼達成料金に紹介料1割、税金1割を含めた金額を支払う事になっているんです」
って事は、この前のサーシャさんのウサギの毛皮は100ドランだったけど、実際にサーシャさんは120ドラン払ってるって事か。
「結構高くなるんだなぁ」
『それは仕方ないですよ。その代わりどうしても依頼を受けてくれるハンターを見つけられない時は、ギルドがハンターに強制的に依頼を受けさせますから』
「それってその村や町に定住しているハンターだよな? それって可哀そうっていうか・・・」
『強制的、とだけ言えば確かにそうですが、その代わりに次の依頼で優遇してもらえます。ですので積極的にそういった依頼を受けて、代わりに便宜を諮ってもらう、なんてハンターもいますので、その点は心配いらないと思います』
「ああ、なるほどな。人が嫌がる仕事をしてやるんだから、代わりに割のいい仕事を貰えるようにしたり、自分の目的にあった仕事を回してもらったりって都合よくしてもらえるって事か」
なるほどなるほど。
確かにそういう旨味があれば、嫌な仕事でも受けるかっていう気になるか。
ふむふむ、と顎に手を当てて考えていると、何かがこてんとぶつかってきた。
あれ、と思って見下ろすと、どうやら寝てしまったミリーが頭を俺の腕に凭れさせたようだ。
俺とスミレの話が詰まらなかったんだろうな。
俺はそのまま少しだけ端に移動して、ミリーの頭を膝の上にのせてやる。
その方が寝やすいだろうからな。
そんなミリーを見て、スミレがクスクスと笑う。
俺は同じように口元を緩めたままパンジーの手綱を少しだけ揺らす。
それだけで賢いパンジーは少し歩みを早める。
このままミリーは寝かせておけばいい。
休憩所に着いたら起こしてやろう。
読んでくださって、ありがとうございました。
そして、お気に入り登録、ストーリー評価、文章評価、ありがとうございます。
Edited @ 05/05/2017 @ 15:23 誤字のご指摘をいただきましたので訂正します。ありがとうございました。
パンジーが引く車の御者に乗って手綱 → パンジーが引く車の御者台に乗って手綱
都市ケートンにあるだろ地図は → 都市ケートンにあるだろう地図は
休憩所に起きたら → 休憩所に着いたら
Edited 05/13/2017 @15:18 誤表示のご指摘をいただいたので訂正しました。ありがとうございました。
9日ほど街道を移動していけば、都市ケートンっていうところまで行けるんだ。→ 9日で行けるのはニド村です。なので1文増やして更にその先にケートンがあると変更しました。




