54.
俺がテーブルの上に鍋を10個並べ終えたタイミングで、サイモンさんが紙を片手に戻ってきた。
「おお、たくさんの鍋ですねぇ」
「これで10個です」
「・・もしかしてもっと持っていますか?」
「もっとって言われても、あと2個あるだけですよ」
「それも購入させていただいても?」
「はい、いいですよ」
サイモンさん、ギルド職員よりも商売人の方が向いている気がするのは俺だけだろうか。
俺は苦笑を浮かべながらポーチから残りに2個の鍋を出す。
それをテーブルの上に置いているうちに、サイモンさんは売買証明書に鍋の数と値段を書き込む。
「こちらが鍋12個分の売買証明書となります」
「はい・・ありがとうございました」
ちゃんと売買証明書の方も鍋の数12個と金額が3600ドランになっている。
それを確認してからサインをして、先程と同様に1枚をサイモンさんに渡す。
「それからこちらがミリーさんのギルド・カードとなります」
自分のギルド・カードと聞いて、ミリーはネコミミをピンと立てて手に持っていたクッキーもどきを膝に下ろす。
「ミリーさんは本日登録したばかりですので、一番下のランクである黄色の星1つとなります。この星が5つになったら次のオレンジ、それから赤、紫、青へと順に上がっていきます。最終的には黒の星5つとなりますが、こちらは現段階では3人しかおりません」
ミリーは説明を聞いているのか判らない、なんせもらったばかりのカードをひっくり返したり星を押したりが忙しいからな。
そんな彼女の様子に、サイモンさんは苦笑を浮かべてから俺の方を見る。
「詳しい説明はあとでしてあげてください。コータさんがケィリーンさんから聞いている説明で結構です」
「はい、判りました」
「もし何か質問がございましたらいつでも来ていただければ説明いたします。もしすでに出発されてからでしたら、どこのギルドに言っても説明をさせていただけますので気軽にお立ち寄りください」
サイモンさんはミリーに説明する事を諦めて俺にあとは丸投げにするつもりのようだ。
でもまぁあんな姿を見せられたら、話を聞け、って言えないよな。
まぁギルドに関する質問ならちゃんと答えられるよ、スミレがだけどさ。
なので今は俺が気になっている事を聞いてみる事にした。
「そう言ってもらえると助かります。それでは早速ですが聞きたい事があるんです。とは言ってもこれはギルドとは関係ない事かもしれないんですが、それでも構いませんか?」
「ギルドとは関係のない事、ですか? 私では専門的な事ですとお答えできないと思いますが?」
「いえいえ専門的な事じゃないんです。その・・・ミリーの事なんです」
「ミリーさんの? ああ、もしかして獣人に関する事、でしょうか?」
「はい、そうです」
察しがいい事でなによりだね。
「その、ですね、場所によっては獣人は奴隷とみなされると聞いたんですけど、それって本当なんでしょうか?」
「そうですね・・・そういう場所もないではありませんが少ないと思いますよ。それにミリーさんはハンターとして登録されていますから、無理矢理奴隷に落とされるような事はないと思います。もちろん多額の借金を抱えてその支払いのために、なんていう状況になれば奴隷にされるという事はあると思います」
そっか、無理矢理っていう心配はしなくていいんだな。
「それを聞いて安心しました。でもですね、その・・獣人だからと言って忌避されたりはあるんでしょうか?」
「それはないとは言い切れません。場所によっては人種至上主義者が多いところもありますから、そういう場所へ行けば嫌な思いをする事もあると思います。けれど、獣人は獣ではありません。きちんと話も通じます。そういう相手に見た目が違うからといって差別するような事はない筈です」
ない筈、かぁ・・・なんか中途半端だよな。要はさ、差別はない筈だけど、差別するヤツはする、って事だよな。
「じゃあその、宿で宿泊を拒否されるって心配はしなくても大丈夫ですか?」
「このハリソン村には宿は1軒しかありませんが、あそこなら拒否される事はないですよ。他の村や町については確約はできませんが、それでも全ての宿が拒否する事はない筈です。というより小さな町や村ならほぼ大丈夫です。もともと旅人の数が少ないですからね、自分から断って収入を減らすような真似はしませんよ」
宿は心配いらない、と。
それから俺さえ気をつけておけばミリーを奴隷にされる事はないんだな。
それが判れば安心だよ、うん。
「すみません、色々と聞いちゃって」
「いえいえ、いいんですよ。コータさんはジャンダ村に来るまではどこにも行った事がなかったって聞いてますから、知らない場所の事だと心配になりますからね」
「そうなんです」
「ところで、もしお聞きしても構わないのであればですけど・・・どこでミリーさんと?」
う〜〜ん、これは正直に言ってもいいのか?
いつもであればスミレに聞くんだが、今回はパンジーと一緒に外で待ってもらっているんだよな。
まさかこんなに長い間ギルドにいるとは思ってなかったんだよ。
でもまぁケィリーンさんが俺の魔法ポーチの事とかも教えているって事は、サイモンさんはそれなりに信用できるって事だろうから大丈夫かな?
「そのですね・・実は依頼を達成した後で、依頼人の住んでいる家の奥にある林に薬草採取のために入ったんです」
「ああ、そうでしたね」
「それでそろそろ帰ろうか、と思って引き車の方に戻っている時に倒れていたあの子を見つけたんです」
「倒れていた? おかしいですね。獣人、特に猫系の獣人は仔猫はとても大切に扱うって聞いていますけど」
腑に落ちない、と頭を傾げているサイモンさん。
「まぁその辺はちょっとした事情があったみたいです。とにかく、そのまま放っておく訳にはいかなかったので、とりあえず意識が戻るまではと思って引き車に連れ戻ったんです」
うん、嘘は言っていない。
ただ、喋ってない事があるだけだ。
「それで目を覚まして名前を聞いたら、ミリーって教えてくれました。それでだれか家族が探しているんじゃないか、って聞いたら両親ともに亡くなったらしくって。俺と出会う前に一緒にいた父親があの子を庇って・・・」
ミリーの前で死んだ、と口にしたくなかった俺はそこで言葉を濁したんだが、サイモンさんにはちゃんと伝わったようだ。
「それは・・可哀そうな目に遭ったんですねぇ。確かにあんなところに放ったらかして戻ってくるわけにはいきませんでしたね」
「はい。それでミリーにどうしたいのかって聞いたら、俺と一緒に旅をしたいって言ったんです。それで連れてきたんですよね。ただ身分証があった方が旅での移動は楽だし、俺と一緒にハンターをしたいっていうのでここに連れてきたんです」
ま、スミレの入れ知恵なんだけどさ。
「確かに村や町に入れてもらう時に身分証があった方がいいですね。特に小さな獣人だと入れてもらえないかもしれないし、騙される事もあるでしょうからねぇ」
何気に物騒な事を口にしているが、サイモンさんの言う通りなんだよな。
別に獣人に限らず、子供って言うだけで騙してやろうって考える輩がいないとは限らないんだ。
「でもミリーさんの親類縁者が探しているという事はないんでしょうか?」
「ミリーの話だと、その・・・」
追い出されたらしいんです、と小声で彼女に聞こえないようにサイモンさんに伝える。
追い出された、という俺の言葉でさすがのサイモンさんもビックリしたようだけど、横目でクッキーもどきを齧っているミリーを見てから俺に頷いた。
「判りました。それでは私からの提案なんですが、聞いてもらえますか?」
「提案、ですか?」
「はい。コータさん、ミリーさんとチームを組みませんか?」
「チーム・・・ですか?」
なんだそりゃ?
「はい、今コータさんとミリーさんは個別のソロとしてハンター登録をしてありますが。それをソロではなく2人でチームを組んでいるという事にすればいいのでは、と思います」
「その・・よく判らないんですけど?」
「チームを組めば一度に受けられる依頼の数がチームメンバーの数まで増やす事ができます。今はコータさんが1つだけ受けていますよね? それをミリーさんの分と合わせて2つ受けられます」
「それって別にソロでも2人で2つ受けられるんじゃないんですか?」
全くチームを作るお得感がないんだけどさ。
「その通りです。まあ依頼については触りなのでスルーしてくださって結構です」
「サイモンさん・・・・」
「すみません、ちょっと緊張をほぐそうかと思いました」
誰が緊張しているんだっていうんだよ。
「そのですね、ミリーさんにもしもの事があった時、チームを組んでいれば彼女の身内よりもチームメンバーの方に優先権が与えられるんです」
「それってどういう意味ですか?」
「先ほどミリーさんは住んでいたところを出ざるを得なかった、と言いましたよね? しかしもしかしたらその状況が変わるかもしれないです。その時に彼女がソロのハンターであれば未成年だという事も加味されて、彼女の親戚という人物に連れて行かれる事があるかもしれません」
「そんなバカな・・・」
「ですがもしコータさんがミリーさんとチームを組んでいるのであれば、チームメンバーが優先されます。つまりもしミリーさんが持つお金目当てに身内がやってきても彼女がチームに入っている限り、身内は彼女のお金に手を出す事はできませんし、彼女を引き取るという事もできません。もちろん、ミリーさんが合意であるというのであれば別ですけどね」
「つまり・・俺とチームを組む事で、ミリーの安全が保証されるって事ですか?」
「はい、そうなります。ただ、コータさんがミリーさんの事を気にかけているから持ちかけたんですが、そこまで面倒を見る気はないというのであれば、ソロのハンターのままで構わないと思います」
俺は隣でクッキーもどきを齧っていたミリーを見下ろす。
彼女は既に全部食べ終えたみたいで、今はお茶を飲んでいる。
「ミリー」
「なに、コータ?」
「ミリーは今の話、聞いていたかな?」
「話?」
こりゃ全く聞いてなかったな。
「あのさ、もしも、なんだけどさ。もしもミリーの親戚がやってきたらどうしたい?」
「コータ・・・わたし、邪魔?」
「そうじゃないって。たださ、もしやってきたらミリーはどうしたいのかなって思ったんだ。親戚と一緒にいたいのか、それとも俺と一緒に旅をしたいのか、それが知りたいんだよ」
「わたし・・・邪魔じゃないなら、コータといたい・・よ」
「そっか、判った。変な事聞いてごめんな」
よしよしと頭を撫でると、少しだけ不安そうな表情が消えたけど、まだまだ心配そうに俺を見上げてくる。
「じゃあさ、ミリー。俺とチームを組まないか?」
「チーム?」
「うん、そう。俺とチームを組むと、ミリーは問題なくいつだって俺と一緒に旅をする事ができるんだって、サイモンさんが教えてくれたんだよ。もちろん、旅が嫌になったらいつでもチームを止めていいんだけどさ、とりあえず旅をするんだったらチームを組むのが一番いいんだってさ」
「わたし、コータとチーム組む」
「そっか、判った。じゃあ、サイモンさん、その手続きをしてもらえますか?」
「はい、判りました。すぐに用意しますね。ああ、なんでしたらカウンターの方に来てもらえますか? あそこでカードにチーム登録をしますから」
ホッとしたような顔で頷いたミリーを抱き上げて、俺は先を行くサイモンさんについてカウンターに向かう。
「チーム名を決めてください」
カウンターに入ると同時に、サイモンさんがミリーと俺のチームの名前を聞いてきた。
「チーム名、なぁ。ミリー、なにかあるかな?」
「ううん。コータが決めてくれたらいい」
「俺に丸投げかぁ・・そうだなぁ。俺、そういう才能ないんだよな」
さて困った。チームを組むと決めたけど、さっぱりチーム名を思いつけない。
ふと抱き上げたままだったミリーの髪が目に入った。
鮮やかな赤銅色・・・コッパーカラーか。
俺の目の色はオレンジ色だけど、ミリーの髪の色は俺の目を暗くしたような色と言えない事もないか。
「コッパー、なんてどうかな?」
「コッパー・・・いいよ」
ふとミリーを見ていて思い浮かんだ単語だ。彼女の髪と耳の色はコッパーのようなオレンジ色がかった夕日の色だ。
頭にハテナマークをつけたまま、ミリーは頷いたんだけど、多分ミリーはコッパーの意味は判っていないんだろうけどな。
また宿に着いたら説明してやろう。
「サイモンさん、俺たちのチーム名はコッパーでお願いします」
「判りました。チーム・コッパー。リーダーはコータさんで登録しておきますね」
「よろしくお願いします」
という訳で、俺のハンター・チームができてしまったのだった。
読んでくださって、ありがとうございました。
そして、お気に入り登録、ストーリー評価、文章評価、ありがとうございます。
Edited 02/23/2017 @ 21:51 CT 変換ミスのご指摘がありました、ありがとうございます。
人種市場主義 → 人種至上主義 市場って売り物みたいでしたね、すみませんでした。それこそ人の奴隷市みたいでした。
Edited 05/05/2017 @ 15:18CT 誤字のご指摘をいただきましたので訂正します。ありがとうございました。
他の村は町については確約はできませんが → 他の村や町については確約はできませんが




