52.
結局ハリソン村に着いたのは1時過ぎていた。
って事は、元の世界の時間では2時を過ぎている事になるのか?
まぁいざとなれば村に泊まればいいんだしな。
俺はギルドの建物の横にパンジーを停めると、ミリーを連れてギルドに向かって歩き出す。
最初はミリーを車の中に置いていこうとしたんだけど、1人になるのが嫌だと半泣きになったので一緒に連れて行く事にしたんだよ、しかも毛皮付きで・・・
なんせどうしても毛皮から離れるのも嫌だって言うんだからなぁ。
なんとなくライ⚪︎スの毛布的なものなんだろうな、って思ったから強く置いて行けとは言えなかった。
それにスミレが『できるならハンター登録しておきましょう』なんて言い出した。
奴隷なんてもってのほか、それでも何かしらの身分証があった方がこの先何かと便利だろう、それならハンター登録しておくのが一番ではないか、というのだ。
確かにスミレの言う通り、どこに行くにしても身分証は必要になるからな。
という訳で、俺は頭から毛皮を被ったミリーと手を繋いだままだ。
ギルドのドアを開けて中を覗くと、一昨日と同じように閑散としている。
俺はポーチから取り出した依頼達成書を右手に持ち、左手でミリーの手を握りしめたままサイモンさんがいるカウンターに向かう。
「依頼達成書を持ってきました」
「おや? 確か・・・コータさんでしたね」
「はい」
「昨日のうちに戻ってくると思いましたよ」
器用に片方の眉を上げて問いかけてくるサイモンさんに、俺は苦笑いを浮かべてみせる。
「ああ、昨日はあのまま向こうで野宿したんです。依頼も受けていましたけど、俺としては薬草採取のために林に入りたかったので、こっちに戻ってきてからまたわざわざ向こうに戻るのも面倒だったんですよ」
「そういえば、コータさんは薬草採取もするって言ってましたね」
「はい、ジャンダ村の辺りとはまた違っていてとても新鮮でした。それにやはりたまに場所が違うのはいいですね。なかなかいい経験ができましたよ」
「それは大変良かったですね」
サイモンさんが本当に聞きたいのは俺の薬草採取じゃなくてサーシャさんの事だろうとすぐに察しがついたけど、別に教えなくちゃいけないって事じゃないからすっとぼける事にした。
サイモンさんだってサーシャさんがどんな人が知っていたくせに何も言わなかったんだから、こっちだって全てを報告する義務もないしな。
「これが依頼達成書です。ちゃんとサインをもらっています」
「はい、確認しました。それでは報酬をお渡ししますね」
サイモンはカウンターの引き出しから小銀貨1枚を取り出すと俺の前に置いた。
「報酬は100ドランです」
「ありがとうございます」
金額は小さいけど依頼達成1つって事で、ランクアップのためのポイントになるな。
一体いつになったらもう1つ星が増えるのか判らないけど、まぁのんびりとランクを上げていけばいい。
「それで、そちらのお嬢さんの持っている毛皮を売りに来たのですか?」
「毛皮? ああ、これは売り物じゃない」
売る、という言葉に反応したミリーは俺の手をぎゅっと握りしめてきた。小さな女の子にしてはむっちゃ握力あるみたいで、正直痛いんですけど・・・
「これはこの子の大切なものなので持ち歩いているんですよ」
「そちらはコータさんのハンター仲間ですか?」
「いや・・その、できればここでハンター登録をしたいなって思ったんだけど、こんな小さな子でもできるのか聞きたいと思って連れてきたんだ」
「ああ、なるほど。大丈夫ですよ。ハンターになるのに年齢制限はありません。その代わり全てに関して自己責任となっております」
誰でもハンターになれるけど、こっちは責任持たないから自分で責任持てよ、って事だな。
「判りました、じゃあ、ハンター登録をお願いします」
「かしこまりました」
「ほら、ミリー。毛皮かぶったままじゃ登録できないぞ」
「ん・・・」
ミリーはしぶしぶといった感じで毛皮から頭を出した。
「おや?」
毛皮から顔を出した事でミリーのネコミミが飛び出した。
それを見たサイモンさんは少し驚いたような顔でその耳を凝視する。
けれどさすがはプロ。すぐに視線をミリーのネコミミから外すとカウンターの下から登録のための書類を取り出す。
「それでは名前と出身地を言ってください」
「名前はミリー、出身は・・・ジャンダ村で」
「・・・判りました」
何か言いたそうなサイモンさんと視線を合わさないように、俺はミリーを見下ろして頭を撫でる。
いやだってさ、ジャンダ村じゃないだろ、って言われたって俺には他に村の名前なんて思い浮かばないぞ。
「武器は使えますか?」
「いや、まだ教えていないんだ。これから教えようと思ってる」
「それでは何を教えますか? ハンター登録の基準として、登録者の武器の使用状態を確認しなければならないんですよ」
「何をって・・・」
確かそんな事をケィリーンさんも言ってたなぁ。
でもミリーが使えそうな武器ねぇ・・・?
「・・弓」
「えっ?」
「弓ならちょっと使える。でも今持ってない」
「ああ、なるほど弓ですか? ミリーさんでしたら短弓でしょうね」
「そう、短弓だったら少しは使える」
まさかミリーからどんな武器を使えるか言うとは思っていなかった俺が間抜けな声を上げているうちに、サイモンさんと2人でミリーの武器の話が進んでいく。
「一応ギルドとしては武器の扱い状況の確認をさせていただくんですが、ミリーさん、できますか?」
「弓、持ってない」
「大丈夫ですよ。貸し出します」
「ん、判った」
「ちょっ、ちょっとちょっとちょっと待ってくれよ」
何勝手に話を進めてんだよっ。
「ミリー、お前まだ体力が戻ってないだろ?」
「うん、でも大丈夫」
「何が大丈夫なんだよ。お前まだ体が弱ってんだから、弓なんか引けないよっ」
おまえ、自分がガリガリに痩せこけてるって事、忘れてないか?
「コータ、わたし、ハンターになりたい。だから、ちゃんとやりたい」
「そ・・・」
そんな事を言われると駄目だって言えないだろ。
「それでは裏の練習場に行きましょうか。その前に倉庫によって短弓を選びましょう」
「選ぶって、そんなに色々な種類があるのか?」
「種類というか、ハンターの方が使わなくなった武器を寄付してくださっているのがあるので、その中から選んでいただこうと思っています」
そう言いながらカウンターから出てきたサイモンさんは俺とミリーに手招きをする。
手招きされるままついていくと、最初に連れて行かれたのはサイモンさんが言っていた倉庫だった。
「短弓となるとあまり種類はないのですが、それでも3つ4つはある筈です」
物珍しそうに中を見ている俺とミリーを入り口に置いたまま、サイモンさんはさっさと奥に入ると棚から弓を取り出した。
「これくらい、ですかねぇ・・・あとは矢もいりますね」
サイモンさんが弓を手にしたのを見たミリーは、俺から手を離すとその手に毛皮を押し付けて彼の元へ行って短弓を受け取る。
「どうですか、使えそうですか? 他にもあるのでそちらも見ますか?」
「ううん、これでいい」
「矢はどうしますか?」
差し出された数本の矢を手にとって、ミリーは自分が使いやすいと思える矢を選んでいく。
「えっと・・・・これとこれ?」
「その長さですね。では・・・あと3本ありますからそれも持って行きましょう」
「ん」
ミリーはサイモンさんから矢を受け取ると、倉庫をでる彼のあとをついていく。
俺はそんな2人の後ろを黙ってついて行くだけだった。
そして裏の練習場とやらにやってくると、そこはジャンダ村にあったものと同じような長方形の校庭みたいな更地で、俺たちをそこに置いてからサイモンさんはもう一度中に戻る。
きっと結界を張っているんだろう。
「ミリー、本当に弓を使えるのか? まだ体力だって戻ってないだろ?」
「だいじょぶ。コータがポーション飲みゃせてくれたから」
ハリソン村に戻ってくる前に引き車の揺れで体調が悪くなるんじゃないかと心配した俺は、ミリーに体力回復ポーションを1本飲ませたのだがそれが良かったのか?
「いや、でもさ」
「コータ、わたしはだいじょぶ。心配しないで」
「ミリー・・・」
俺はそれ以上言えなくて、ミリーから預かった毛皮を抱きしめたままその場にしゃがみ込む。
そんなところにサイモンさんが戻ってきた。
「お待たせしました・・・コータさん?」
「気にしないでください、サイモンさん」
「はぁ・・・では、ミリーさん、的はどうしますか?」
「あそこにあるの、狙えばいい?」
「はい、でもどの的を狙うのかを最初に言ってくださいね」
たまに狙ってない的に当たったのに狙った的に当たったと言い張る人がいるんです、と苦笑まじりに説明するサイモンさんにミリーは真面目に頷いた。
「左から3つ目の的」
「ああ、あれですね。ちょっと遠いですけど、大丈夫ですか?」
「最初の1本は試し打ち。この弓、使った事ないから」
最初の1本の矢で弓の癖を知る、という事だろうか?
しゃがみこんだまま2人の会話を聞きながら、俺は弓を構えるミリーを見る。
弓の構えがなかなか様になっているミリーから矢が放たれる。
シュッという音とともに飛んで行った矢は、まっすぐ的に向かって飛んで行ったが少し手前に刺さった。
ミリーは次の矢を構えると今度は先ほどよりも少し強く引き絞ってから矢を放った。
「おおっ」
パシっと音がして、矢が的に刺さっている。
ど真ん中っていう訳にはいかなかったけど、それでも的に当たるだけ凄いよ。
ミリーは足元に置いていた残りに3本の矢も同じように射ったが、その3本もちゃんと的に当たった。
「ミリー、凄いなぁ」
「コータ」
「びっくりしたよ」
「凄いですね、ミリーさん。最初の1本は残念でしたが、それでも残りの4本全てを的に当てる事ができるなんて凄いですねぇ」
サイモンさんも同じようにミリーの腕前に感心したようだ。
ミリーは少し照れくさそうにしながらもニッコリと笑みを浮かべる。
それが凄く嬉しそうな笑みだったので、それを見ただけでもここにきた価値があったよ、うん。
「弓の腕の確認をいたしました。ミリーさんの腕なら十分武器の扱いができると評価できます」
「良かったな、ミリー。これでハンターだぞ」
「うん・・ありがと」
俺はミリーの手に毛皮を渡してから反対に弓を受け取る。
ミリーは右手で毛皮をぎゅっと抱きしめて、左手で俺に抱きついてくる。
俺がそんなミリーを抱きしめ返している間にサイモンさんは的にいって矢を回収してきたようだ。
「それでは中に入って登録をしてしまいましょう」
にこやかに宣言するサイモンさんの後ろを俺はミリーを抱き上げてついていったのだった。
読んでくださって、ありがとうございました。
そして、お気に入り登録、ストーリー評価、文章評価、ありがとうございます。
12-23-2016 @ 22:15 CT
『ま』が発音できないミリーが『ま』を発音できるように書いていたので、『みゃ』に訂正しました。




