51.
俺の言葉の意味が判らない、と言わんばかりにミリーは頭を傾げる。
それでも、なんとなく俺の言葉を一生懸命咀嚼しようとしているように見えて、俺はそのまま黙ってミリーが何かいうのを待つ。
それはほんの10数秒と言ったところだろう。
ようやく俺の言葉が理解できたんだろう、ミリーは少し驚いてから神妙な表情を浮かべる。
「一緒、に?」
「うん。俺たちは旅をしているんだ。とりあえずこれから大都市アリアナを目指している。そのあとの事は全く決めてないけどね」
「でも・・」
「もちろん、ミリーが嫌だって言うんだったら、無理にとは言わないよ。でもこの場に置いていってくれ、なんて事は言わないでほしいかな。どこか行きたい場所があるんだったらそこまで送るよ」
無理矢理連れていくわけにはいかないって判ってる。
でもさ、それならせめて行きたいところまで送り届けないとな。
「いや・・じゃない。でもわたし・・・獣人だよ?」
「うん、知ってる。猫系の獣人だよね?」
「うん・・・コータは人、だよね?」
俺、人でいいんだよな?
自信を持って言えないが、それでも俺にネコミミは付いていないから頷く。
「じゃあ・・わたしは、コータのどれい?」
「・・・・はっ?」
聞き間違いか?
「だから、コータはわたしをどれいにしたいの?」
「なっ、なんでそうなるんだよっっ」
「人は獣人をどれいにしたがる、って聞いた」
「そっ、そうなのか、スミレ?」
『そういう人がいる事は確かですが、必ずしも奴隷とは限らないと思いますよ。地域によって違いますが、町の中を普通に獣人が歩くところもあるようですから』
左手を右腕の肘に当て、右手は頰と顎の間に当てて考えるように答えるスミレの言葉を聞いてホッとする。
「ほっ、ほら、スミレだって言ってるだろ。じゅ、獣人だからって奴隷になるなんて決まってないよっ」
動揺しまくってどもる俺。
「お、俺はただミリーをこの場に置いていくなんてしたくない。でっ、でもだからってミリーと一緒にこのままここにいたって仕方ない。それってミリーも同じかなって思ったんだよ。だったらさ、その、俺たちと一緒に旅をしないかなって思っただけだよ」
「・・・いいの?」
「もちろんだよっ、なぁスミレ?」
『ええ、ミリーちゃんなら大歓迎ですよ』
スミレはミリーの顔の前まで飛んできてから大きく頷いた。
「でもわたし・・・なんにもできないよ?」
「別に何かして欲しい訳じゃないよ」
「でも・・足手みゃといになるかも・・・」
「そんな心配しなくていいんだって。それに俺だって歩いて旅をしている訳じゃないんだ。ヒッポリアって知ってるか?」
ミリーは頭を横に振る。
「え〜っと、そうだな・・・馬みたいな動物なんだけど、それが引く車・・あ〜、馬車みたいなものに乗って移動するんだよ。なんだったらミリーは車の中で寝ててもいいんだ」
「馬が引く・・・? 車・・・?」
どうやらミリーは馬や馬車すら知らないみたいだな。
「ま、見てみれば判るよ。とにかく、足で歩く訳じゃないし、のんびり観光しながら旅をするんだよ。だから、ミリーは邪魔にならないし、足手纏いなんかでもないよ」
『そうですよ〜。もしコータ様が足手纏いなんて言ったら私が叱ってあげますからね』
「スミレぇ・・・」
おまえ、俺のスキルじゃなかったのか?
スミレの言動を聞いていると、どっちがボスか判らないよ、全く。
まあいいや。
「じゃあ、ミリーは俺たちと一緒に行く。それでいいかな?」
「うん・・コータと一緒に行きたい。その・・・邪魔にならないんだったら」
「邪魔なんかにならないよ。むしろ俺もスミレも仲間ができて嬉しいよ」
『そうですよ〜。楽しい旅になりますよね〜』
まだどこか遠慮がちなミリーは、俺とスミレがそこまで言うとようやくホッと小さく息を吐いた。
「よっし、んじゃそろそろ行くか。スミレ俺が鍋を片付けるから他に忘れ物がないか確認してくれ」
『判りました』
「じゃあ、ミリーはちょっとここで待っててくれよ。すぐに片付けるから」
「ん・・」
よいしょ、っと掛け声をかけて立ち上がると、俺は出しっぱなしだった鍋を3つポーチにしまう。
ほかになにか置きっぱなしのものがないか見てみると、スミレがハンドタオルと石鹸を拾っているところだった。
「おっ、ありがと、スミレ。忘れてた」
『ストレージに入れておきますか?』
「いや、ポーチに入れておくよ」
『判りました』
それなら、と俺の方に飛んでくるハンドタオルと石鹸を受け取ってポーチにしまう。
『以上ですね』
「オッケー、じゃあ行こうか」
『ミリーちゃん、立てますか?』
「だいじょぶ・・・あれ?」
大丈夫と言って立ち上がりかけて、フラッとバランスを崩したミリーがその場に座り込んだ。
そうじゃなくても弱っているのに、でっかい毛皮を被ったまま立ち上がろうとしたんだ、そりゃバランスを崩すだろうな。
「ほらほら、無理すんなよ、ミリー」
「で、でも・・」
「このところずっと食べてないんだろ?」
ガリガリに痩せこけているんだ、なにも食べてないに違いない。
「スミレ、パンジーのところに戻ったらランチにしよう。それから村に戻ってもまだ大丈夫だろ?」
『十分ですよ。まだ正午をすぎたばかりですからね。ランチを食べてからでも十分です』
「ん〜、でもさ、そうなると今日の出発はやめた方がいいのかな?」
『どうでしょう? 多分、次の休憩所には行けると思いますよ?』
「そうか? んじゃそうするか」
村に泊まってもいいんだが、ミリーが言っていた『獣人は奴隷』、という言葉が気になるから泊まらない方がいい気がする。
俺はなんとか立とうと頑張っているミリーのところに行くと、そのまま彼女が被ったままの毛皮ごと抱き上げるとそのまま歩き出した。
「コータ、わたし、歩けるよ?」
「うん。ミリーは歩けるだろうな。でもパンジーの事が心配だから急ぎたいんだ。だからこうやって抱いて移動しているんだけどいいかな?」
「・・パンジー?」
「俺の車を引いてくれるヒッポリアだよ。可愛いぞ」
頭を傾げているミリーは、それ以上何かを言うでもなく、そのままおとなしく俺に抱かれている。
「よし、スミレ。道案内頼むよ」
『判りました』
俺はミリーを抱き上げたまま、元気よく俺の前を飛んでいくスミレの後を着いていくのだった。
スミレは迷う事もなく、真っ直ぐにパンジーのところに飛んでいく。
俺1人だったら絶対に道に迷っている自信があるぞ?
なんせ林の中とはいえどっちを向いても似たような景色で、ここで目を瞑って2−3回ぐるぐる回ればそれだけで進行方向が判らなくなるだろう。
ほんと、スミレがいてくれて良かったよ。
『見えてきましたよ』
スミレが振り返って教えてくれる。
林が途切れその向こうに俺の引き車が見えてきた。そのそばに立ってこちらを見ているのはパンジーだ。
「ん? ああ、ほんとうだ。ほらミリー、あっちに箱型の車が見えるだろ? そのそばにでっかい生き物がいるのが見えるかな? あれがヒッポリアのパンジーだよ」
「ヒッポリア・・? おっきい」
「うん、でかいよなぁ。俺も初めて見た時はでかさにビックリしたもんだ」
俺の知ってる馬よりもでかいんだもんな。
パンジーも俺たちに気づいたのか、なんとなく嬉しそうに見える。
思ったよりも戻ってくるのに時間がかかったからな。
『ただいまです、パンジーちゃん』
「ただいま、パンジー。何もなかったかな?」
まぁ、何かあったとしても俺にはヒッポリアの言葉は判らないから、確認のしようがないんだけどさ。
それでもパンジーは目の前に飛んできたスミレを見て、警戒したように後ろに下がる。
「パンジー、大丈夫。それはスミレだよ。多分今まで見た事なかったから警戒してるんだろうけどさ、スミレは今までもずっと俺たちと一緒にいたんだよ」
「ポポポポ」
「うん、そう。仲間だよ」
パンジーがスミレの事を聞いているような気がして返事をする。
「この子も新しい仲間だよ。ミリーって言うんだ」
「よ・・よろしく」
「ポポポッ」
ちゃんと頭を下げてパンジーに挨拶をするミリーに、俺は思わず笑ってしまう。
なんか可愛い。
「ミリーはここに座っててくれないかな。俺はこれから昼飯を作るよ」
『何を作るんですか?』
「ん〜、スープにしようと思ってるんだけど、どうかな? 多分ミリーは暫く食べてないと思うから、お腹に優しいものがいいんじゃないかなって思うんだけど」
『そうですね。スープが無難でしょうけど、一応ミリーちゃんに何が食べたいかを聞いた方がいいと思いますよ? 猫系獣人の食生活を知りませんからね』
なるほど、そう言われると聞いた方がいいかな?
もしかしたら肉食かもしれないもんな。
「なあ、ミリー。何か食べたいものあるか?」
「食べたい・・もの?」
「うん、スープを作ろうかと思ったんだけど、もしかしたら肉の方がいいのかな、なんて思ったんだよ」
さすがに魚は持ってないんで、肉で手を打ってくれるとなんとかなりそうだ。
「スープが、いいかな・・・?」
「肉じゃなくてもいいのか?」
「うん、いつもお肉食べてた訳じゃないもん」
「判った。じゃあスープを作るよ」
スープの材料は何があったかなぁ?
俺はポーチの中に何があったかを思い出す。
「スミレ、さっき仕留めたブガラ鳥って、スープに合うかな?」
『鳥肉だから淡白で食べやすいんじゃないでしょうか?』
「オッケー、じゃあブガラ鳥のスープにしよう。でも1羽全部だと肉が多すぎるだろうから、半分だけスープに使って、残りは焼き鳥にするか」
俺としてはしょうゆだれが好みなんだけど、残念ながら塩と胡椒もどきしかない。
それでもスミレが美味い肉だと言っていたのでちょっと楽しみだな、うん。
俺は引き車の御者台にミリーを下ろした。
いつまでも抱き上げていたんじゃあ、昼飯の準備ができないからな。
「ここでじっとしてればいいよ。もし横になりたいんだったら車の中にいてもいいけど」
「ううん・・ここでいい」
「まぁ、御者台もミリーだったら寝ころべるか」
御者台ならミリーも俺の姿が見えるから安心かなと思って選んだんだけど、いいみたいだな。
俺はミリーがちゃんと毛皮に包まったまま座ったのを確認してから、彼女から姿が見えるように引き車の斜め前10メートルくらいのところに歩いて行くと、そのままそこにポーチから取り出した竃を置いた。
それから同じようにポーチから薪を出して竃の横に置いてから、細い木の枝を10本ほどに木屑の入った皮袋を取り出した。
休憩所での野営の度に竃で火を熾していたせいか、自分でも手際がよくなったなと思うくらい段取り良く準備ができるようになった。
おまけに今では俺専用にケィリーンさんに売りつけたマッチよりも長くて長持ちするマッチを作ってあるから、余計に火を熾しやすくなったんだよな。
竃に火が入ると、俺はポーチから大きい方の鍋を取り出してそれを竃の上に置いて水をいれた。
次に取り出したのはブガラ鳥だ。
俺は内臓を取り出してから胸肉を切り取って内臓と一緒に横に置き、残りを骨つきのまま適当に切ってから鍋に放り込む。
「スミレ、鍋見ててくれ」
『判りました』
俺はポーチから、乾燥野菜の入った袋を取り出して、計量カップ1杯分を鍋に入れた。それから押し麦もどきを取り出すと、同じように計量カップ1杯分を鍋に入れる。
あとは灰汁を取りながら煮込むだけでスープはできる。味付けは当然塩と胡椒もどきのみ。
いつか香辛料を見つけたいなぁと思う。
きっと大きな町に行けば買えるんじゃないかな、と期待しているんだけどさ。
ちら、っと御者台の方を見ると、ミリーが一生懸命こっちを見ているのが判る。
俺はそんなミリーに軽く手を振ってから、今度は残しておいた胸肉を一口大に切ってから串に刺すと、用意していた板の上に置いてから塩コショウを振る。
それから小さい鍋に水を入れてその中に内臓を入れてしっかり洗う。とはいっても全部じゃなくて肝とかハツとかだけなんだけどさ。残りは煮込めば美味いだろうけど、今はそんなに時間をかけて料理できないから今回は捨ててしまう。
それも水を切ってから串に刺しておいた。
焼き鳥はもう少ししてから作り始めればいいか。
俺は手順を頭の中で考えながら、グツグツといい出したスープの鍋の表面に浮いてきた灰汁を取り除く作業にとりかかったのだった。
読んでくださって、ありがとうございました。
そして、お気に入り登録、ストーリー評価、文章評価、ありがとうございます。
Edited 12/23/2017 @22:11 CT
『ま』が言えない筈のミリーなのに『ま』が言えるように書いてあったので、『みゃ』に変更しました。
Edited 02/23/2017 @ 21:48CT 変換ミスのご指摘がありました。ありがとうございます。
異常ですね → 以上ですね とても初歩的なミスですよね。でも意味がすごく違っててヤバイかも。




