50.
「ス、スミレ? おまえ、姿を見せる事ができるのか?」
俺は動揺を隠す事もできないまま尋ねる。
『はい、先ほどレベルアップしましたから、姿を顕現する事ができるようになりました』
「・・・・マジかよ」
そういや、さっきレベルアップしたな、うん。
『おそらく先ほどの修復作業でレベルアップできたんだと思います。かなりスキルを使いましたからね』
「そうなのか? でも使ったのは俺の魔力だろ?」
確か魔力を使うとレベルが上がりにくいって言ってなかったか?
『普通にものを作成するのであればそうですが、今回は魔獣の毛皮の修復でしたから。魔獣の毛皮の修復の場合、魔力がなければ修復しようがないので、この場合は使用した魔力もスキルアップのために必要なものとしてカウントされます』
「ふぅん・・まぁ、これで独り言をいう変人と思われないから良しとするか」
「コータ・・?」
「ああ、ミャリアベルナ、彼女はスミレっていうんだ。俺のス・・そうだな、相棒だよ」
「スミレ?」
『はい、よろしくお願いしますね』
挨拶をしてくるスミレを見上げて、ミャリアベルナは頭を傾げる。
「妖精、じゃないの?」
「妖精?」
「だって、羽、生えてる」
「スミレ、妖精っているのか?」
『おとぎ話ですね』
キッパリと言い切るスミレ。
いないけどそういう話はあるって事か。
ま、元の世界にも妖精がでるおとぎ話はあったもんな。
「とにかく、スミレは俺の相棒なんだ。まぁその、よろしくな」
「うん。スミレ、よろしくね。私はミャ・・ミャリ・・」
名前を言おうとしたものの、そこで言葉を途切らせて俯いてしまう。
一体なんだっていうんだろう?
「ミャリアベルナ、だろ? スミレもちゃんと名前を聞いているから大丈夫だよ」
「ち、違うの・・私・・・」
『もしかして、名前をちゃんと発音できてないのかしら?』
「うん」
あれ、ミャリアベルナじゃないのか?
「全然違う名前って事じゃないよな? じゃあ・・・どの音がちゃんと言えてないか教えてくれるかな?」
「えっとね、ミャが言えないの」
「ミャ、か・・・ミャじゃないんだったら、マ、なのか?」
「そっ、そう。ミャなのっ」
コクコクと嬉しそうに頷くのを見て、スミレの言った通りだったなぁなんて思う。
それにそうだといいつつ『マ』が言えなくて『ミャ』になっているのが可愛い。
「マリアベルナ?」
「うんっ」
『マリアベルナちゃんですか? 可愛い名前ですね』
スミレのヤツ、さっきミャリアベルナが可愛い名前だって言ってたよな。
でもそうか、この世界の猫系獣人は『にゃ』じゃなくて『みゃ』なのか、なるほど。
「じゃあマリアベルナって呼べばいいかな?」
「うん・・でも私、自分で自分の名前、言えない・・・」
『大きくなれば言えるようになるんでしょう?』
「うん・・多分そうだけど、でも・・・」
成長すれば今は言えない『マ』も言えるようになる訳か。
でも今言えない事にコンプレックスがあるみたいだな。
「じゃあさ、マリアベルナが言いやすい愛称を考えようか?」
「・・愛称?」
「うん。マリアベルナって長い名前だろ? だからさ、少し短くって言いやすい渾名みたいなものを考えようって事」
愛称を考える、という事など思いもつかなかったと言うように、マリアベルナは目を丸くしてから嬉しそうに頷いた。
「ん〜、『マ』はない方がいいから・・・ベル?」
『ベルナも可愛いですよ?』
下半分をちょん切った愛称を口にするが、あまりマリアベルナの好みではないようで、彼女は頭を横に振って却下の意を伝えてくる。
「マリア・・・マリー・・・」
『リアもありますね』
ちらり、とマリアベルナを見下ろすと、まだ気に入らないみたいだなぁ。
と言うより、名前から自分を連想されるのが心配しているのか?
「ん〜・・・じゃあ、ミリーなんてどうだ?」
「ミリー・・?」
「うん。ミリーからはマリアベルナの名前は連想できないけど、でも元の音に似た感じで可愛いだろ?」
『そうですね、ミリーちゃん・・・可愛い響きです』
両手を合わせて目をキラキラさせてマリアベルナを見るスミレ。
よく判らないが、ミリーという名前はスミレの琴線に触れたようだな。
「それとも俺たちに呼んでもらいたい名前、ってあるのかな?」
「ううん・・・ミリーがいい」
「そうか? じゃあ、これからはミリーって呼ぶけど、いいかな?」
「うん」
頷いてから、彼女は小さな声でミリーと口にする。
その口元がふわりと笑みを浮かべていたのを見て、俺はホッと小さく息を吐き出した。
これからはミリーだな。
でもマリアベルナという名前も忘れないようにしよう。
「よし、じゃあミリー。さっきの話の続きをするぞ?」
「話の続き?」
「うん。言いたくなかったら無理に言わなくてもいい。ただ俺たちはミリーに危害を与えるつもりはない、って事だけは覚えておいてくれよ?」
「・・・うん?」
ミリーの様子を見て、さっきの事などすっかり忘れてしまっているっていうのが判ってしまった。
思わず苦笑いを浮かべた俺をミリーは不思議そうに見上げる。
「さっき、俺が変な事を言ったみたいだけど、覚えてないのかな?」
「なんだったっけ?」
「誰かミリーを探している人はいないのか、って聞いたんだけど?」
「あっ・・・」
途端に強張るミリーの身体を俺は毛皮ごと軽く揺すってやる。
「ほらほら、落ち着いて。言っただろ、俺たちはミリーに危害を与えるつもりはない、って」
「うっ・・・うん」
「ただな、こんなところに倒れていたミリーを見つけたんだ。だからもしかしたら誰かミリーを心配している人がいるんじゃないかな、って思って聞いたんだよ」
こんな小さな子が1人でいるなんて絶対におかしいよ。
それも町中っていうんならともかく、こんな辺鄙なところでガリガリになって倒れていたんだからな。
「もしミリーがどこかに送って欲しいって言うんだったら言ってくれ。俺たちが送っていくよ」
『そうですよ〜。この向こうに乗り物もあるので、ミリーちゃんはそれに乗って移動すればいいだけですからね〜』
「わたし・・・」
「ここから一番近い村っていうとハリソン村って言うんだけどさ、ミリーはその村の事知ってる?」
「・・・知らない」
う〜む、ハリソン村を知らないとなるとどこから来たんだろうなぁ。
俺もこの周辺の事はよく知らないからなぁ。スミレの話だと街道沿いでなければ小さな村ならいくらでもあるって言ってたけど、街道沿いにある村や町しか地図に乗ってないんだよな。
「ミリーが住んでた場所って名前がある?」
「多分・・でも、知らない」
「そっか」
『ハリソン村の事を知らなかったら、どっちの方角から来たかなんて判らないでしょうからねぇ』
スミレも困っている。
もしミリーがハリソン村の事を知っていれば、自分が住んでいた場所の事というか、せめて方角くらいは判るんじゃないかな、って思っていたんだけどそう簡単にはいかないようだ。
ふむ、と顎に手を当てて考えていると、ミリーが小さな声を続ける。
「でも・・村には帰れない」
「えっ? それってどういう事? もう家族がいないとか?」
「追い出されたの・・・わたしのせいで・・・」
こんな小さな子が追い出されたって?
「おと、さん、わたしを連れて、村をでたの・・・でも、しばらくして魔獣、におそわれたの・・その時、わたしをかばって・・・」
ミリーの目に涙が溜まってポロリ、と1粒頬を流れ落ちた。
俺は思わず毛皮ごとぎゅっと抱きしめて、痩せ細った背中をそっと撫でてやる。
なんか俺、なんでミリーがこんなに痩せ細っているのか判った気がするよ。
「そっか、ミリーは1人でずっと頑張っていたんだな」
「おとうさん・・わたし、のせいで・・」
ああもうっっ、こういう時になんて言って慰めればいいんだ?
困ってスミレを見上げると、彼女は目をウルウルとさせて泣いている。
なんで俺のスキルであるスミレが涙を流せるのかは判らないが、今の彼女は頼り甲斐が全くない。
「お母さんはいないのか?」
「おかあさん・・わたしが小さい、頃に亡く、なったって・・おとうさん、が言ってた」
「ほかに家族は?」
俺に抱きしめられたまま、ミリーは小さく頭を横に振る。
こんなに小さいのに、天涯孤独なんだな。
「誰かミリーが頼れる人っていないのか?」
また頭を横に振るミリー。
村から追い出されて、両親は亡くなっている。ほかに頼れる身内はいない。
「この毛皮は?」
「おかあさん、がミリーに、ってくれたんだって、おとうさんが言ってた・・・」
「そっか、じゃあずっと持っていないとな」
「うん・・・わたしのたからもの・・・コータ、綺麗にしてくれて、ありがと・・・」
うぉおおおおおっっ
ちっくしょうっっ、健気じゃあねえかよぉおお
そっかぁ、ものすごい悪臭を放つ毛皮、そのままほったらかさなくてほんっとうに良かったよ。
ミリーの母親の形見だったのかぁ。
父親もいない。
母親はもっと前にいない。
そして村を追い出されたミリーは行くところがない。
俺はすぐそばをホバリングしているスミレに視線を向ける。
彼女は涙目のまま俺を見返してから、小さく頷いた。
きっと俺の考えている事などお見通しなんだろうな。
俺は口元に苦笑いを浮かべてから、抱きしめられたままじっとしているミリーを見下ろした。
「ミリー、提案があるんだけど?」
「てい・・あん・・?」
「ああ、今後の事だよ」
「・・・・」
俺が今後と言った途端、悲しそうに顔を歪めて俯いてしまった。
きっと俺がミリーを置いて行ってしまう、って思ったんだろう。
俺とミリーは今ここで知り合っただけの赤の他人だもんな。
「ほら、顔を上げて。ちゃんと顔を見て話をしたいんだ」
「・・コータ」
「ミリー」
俺はすうっと息を吸い込んで、一言口にした。
「俺たちと一緒に来ないか?」
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