49.
じーっと見つめてくる子供と、じーっと見つめ返す俺。
そんな2人の視線は交わったままだ。
お互い何も言わずにただ見つめ合っている、そんな感じだった。
『お待たせしましたっっ』
そしてそんな視線が外れたのは、俺の前に毛皮を置いたスミレが大きな声を出したからだった。
『とてもいい状態に修正できていますよ』
「あ、ああ・・うん、良かった良かった」
『それよりっっ、レベルアップしましたねっ』
ウキウキとした声で嬉しそうにレベルアップを喜ぶスミレ。
「そういや、いつもの気の抜けたような音が頭に響いたなぁ」
『コータ様・・?』
レベルアップをあまり喜んでいるように聞こえないスミレが俺に声をかけてきた。
それから今更ながら子供が目を覚ました事に気づいた。
『あら、目が覚めたみたいですね』
スミレは小首を傾げて俺の方を見ている子供を見る。
「スミレ、俺の言葉はこの子に通じるのか?」
『通じる筈ですよ? この世界には言語は1つしかありませんから』
そっか、なら言葉が通じなくて困るって事はない訳だな、うん。
「大丈夫かな?」
「・・・・」
「どこか痛いところとかないかな?」
「・・・・」
怯えさせないように、と俺は平静を装ってできるだけ優しい声音で話しかけてみるが、子供からはなんの反応も返ってこない。
「おい、スミレ、言葉が通じてないみたいだぞ?」
『それはないと思いますけどね? もしかして言葉を教えてもらっていない、とか?』
なんだよ、それ。言葉を教えられていない子供っているのか?
「俺の言ってる事、判るかな?」
俺は少しだけ子供に近づいてみる。
もしかしたら怯えて逃げるかもしれないと思ったけどそんな事もなく、子供は俺の顔をじ〜っと見ているだけだ。
「大丈夫か?」
「・・・」
子供は少しだけ頭を傾げてから、何も言わないけど頷いた。
どうやら意思の疎通はできるようだ。
「俺の言ってる事、判る?」
「・・・」
また何も言わないけど、それでも小さく頷いた。
「もしかして、喋れない?」
「・・・・しゃ、べれ・・る」
なんとなく片言言葉っぽいがちゃんと答えが返ってきた。
「そっか、もし喋れなかったらどうしようかと思ったよ」
「・・しばら、く、しゃべ、ってな、かったから・・・」
「暫くって?」
「わか、んな・・い」
「そっかぁ」
『この子、どのくらい1人でここにいたんでしょうね?』
スミレが眉間に皺を寄せているのを横目に見ながらも、俺も同じ事を考えていた。
人間誰とも話をする事もなく1人でいる時間が増えると、話をするという能力がなくなってくるという。
もしそれがこの子に当てはまるのなら、一体どのくらいの時間、この子はこんなところにいたんだろう?
「あ、そうだ。この毛皮、君のだろう?」
「?」
「ほら、これだよ」
「これ、違う・・・こんな、にきれ、いじゃ・・ない」
毛皮を差し出すと受け取ろうと手を伸ばしてから、指先が触れると同時にすぐに手を引っ込めた。
「あ〜・・うん、ちょっとだけ手を入れたんだよ」
「手・・?」
「あ〜っと・・結構汚れてただろ? だから、さ、綺麗にしたんだよ」
なんと説明すればいいのか判らなくて、曖昧な言葉でごまかそうとしたが、そんな俺の顔をじっと見つめてくる子供の視線に、俺はどうしようかとスミレを振り返る。
『スキルを使った、といえばいいんじゃないんですか? 無理にどんなスキルかを説明する必要はないです。ただ、スキルだから、でいいと思いますよ?』
「なるほど・・じゃあ」
確かにどんなスキルを持っているかをいう必要はないはずだ。
「俺のスキルで元どおりにしたんだよ。ほら、ちょっとボロボロになってただろ」
「・・・うん」
「あのままだと手元に置いておくわけにはいかないんじゃないかなって思ったんだ」
「・・・ありが、と」
どうやら俺の言葉を受け入れてくれたようだ。
そっと小さな手を伸ばして俺から毛皮を受け取ると、そのままぎゅっと抱きしめる。
毛皮を抱きしめる小さな身体が震えているようで、俺はまた困ってスミレを振り返る。
『泣きそうですね。何かあったんでしょうか?』
「な、何かって・・俺が聞いてもいいのか?」
『どうでしょう? でも聞かないと判らないですよ?』
「そりゃそうだけどさ・・・でも、なんて聞けばいいんだよ」
自慢じゃないが、子供とどう接すればいいかなんてさっぱり判らないぞ。
『このままここに置いて行く訳にはいかないんですよ?』
「そ、そりゃ判ってるけどさぁ」
置いていくなんて、そんなつもりならここまで関わってないって。
でもさ、どうすりゃいいんだよっ。
俺は毛皮を抱きしめたまま目をぎゅっと閉じているその子に手を伸ばして、そっと頭を撫でてやる。
ビクっと小さな身体を竦めたが特に抵抗もなかったのでそのままゆっくりと頭を撫で続けてやると、子供は目を開けて俺を見上げる。
彼女の金色の瞳は俺に問いかけているように見えるが、生憎俺には彼女が何を聞きたいのかなんて判る筈もない。
だから、言葉にして聞いてみる事にする。
「誰か君を探している人はいるのかな--って、おいっっ」
何か地雷を踏んだのか、俺?
親か家族が探しているんじゃないのかと思って聞いたのに、その言葉に反応したその子は毛皮ごと俺から離れようと飛び上がった。
けれど、バッと飛び上がって後ろに下がろうとしてそのまま横倒れになる。
「大丈夫か?」
「やっ」
触るなと言わんばかりに身体を捩って俺の手から逃げようとする。
『コータ様、捕まえてくださいっ。逃げられますよっっ』
そんな事スミレに言われなくったって判ってるって。
俺の手から逃げようとするその子の腕を掴むとそのまま毛皮ごと抱きしめて逃げられないようにする。
「やっ・・離してっ」
「大丈夫だからっ」
家族から逃げてるのか?
「とっ・・さんっっ」
「大丈夫。何もしないから」
いや、家族じゃないな。
じゃあ、誰からだ?
「落ち着いて。ほら、深呼吸しようか」
「やっ・・・」
「俺は君が嫌がる事はしないから。約束する」
必死になって抵抗しようとするんだけど、すっかり弱っているせいか胸元をグッと押されても俺の拘束から逃れる事ができない。
「ほらほら、あんまり暴れると無駄に体力を消耗するだけになるから、少し落ち着いてくれないかな?」
「やっ・・・」
「いいから、落ち着いて。俺は君を追いかけてきた訳じゃない。ただ、心配しているんだよ」
「・・・でも・・・」
俺の言葉が信じられないようだが、まぁこれは仕方ない。なんせ初対面だからな。
それでも暴れる事を止めてくれただけマシだ。
これなら少しは話をする事ができるだろう。
「俺の名前は北村幸太。コータ、って呼んでくれるかな?」
「・・・コー、タ・・?」
「そう、コータ」
本当は幸太なんだけど、なぜかみんなコータと伸ばした発音で俺を呼ぶんだよなぁ。
言いにくい名前じゃないと思うのは俺だけか?
「君の名前は?」
「・・・」
「名前を言いたくないんだったら、愛称でも渾名でもなんでもいいよ。名無しだとなんて呼べばいいのか判んないだろ?」
「ミャ・・・ミャリ、アベル、ナ・・」
「ミャリアベルナ? 可愛い名前だね」
ちょっと言いにくい名前だが、いかにも異世界という感じの名前だ。
そう1人で納得していると、複雑そうな表情で彼女が俺を見上げてくる。
「ミャリアベルナ?」
「ち・・・」
「ち?」
「違う、の・・・ミャ、リアベ、ルナじゃなくって・・ミャ、ミャ・・・ミャリ・・」
何が違うんだ?
ミャ、ミャって何度も繰り返しているけど、何が違うのかさっぱりだよ。
スミレは少し心配そうにミャリアベルナの顔を覗き込んでいる。
俺としてはそれよりも、猫系獣人なのに語尾に『にゃ』がつかない事の方が気になるんだけどな。
ラノベの猫系獣人、特に女性は語尾に『にゃ』がつくのがお約束なのに、ちぇっ。
そんな俺の心のうちの声を聞き取った訳じゃないけど、スミレが俺の方を振り返った。
『コータ様、名前の発音が違うって言っているんじゃないんでしょうか?』
「そうかあ? でも自分でミャリアベルナ、って言ったよな?」
『はい、そうですね。でも他に違うと言う理由がない気がするんですけど?』
「ちゃんと発音できないって事か? それって--」
「コータ、誰?」
俺がスミレと話していると、ミャリアベルナが不思議そうに俺を見上げてから、俺の視線の先を辿ってスミレがいるところと俺の顔を交互に見ている。
「あ〜・・誰って、なぁ」
スミレと話していた、っていって信じてもらえるのか?
『コータ様』
「どうしよう、スミレ」
『大丈夫ですよ』
大丈夫ってなんだよ?
今の俺はどう見たって独り言をいう危ない男だよ?
そんなヤツの事を大丈夫なんて思ってもらえる訳ないじゃん。
「だあれ・・?」
『初めまして、ミャリアベルナちゃん。私はスミレと言います』
「へっ・・・?」
「・・・ようせ、い・・・?」
にっこりと笑うスミレはミャリアベルナに小さく一礼をしてから自己紹介をした。
そして、ミャリアベルナにはスミレが見えてるようだ。
一体何が起きているんだ?
読んでくださって、ありがとうございました。
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