48.
スミレは毛皮のところに飛んでいくと、触れる訳ではないけどそれに手を伸ばす。
『かなり時間がかかると思いますけど、それでもよければ修復作業を試してみてもいいかもしれないですね』
「そんな事、できるのか?」
『コータ様のスキルを使います』
うん、俺はスミレがするって言った段階でそうだろうなって思ったよ。
でも俺にはやり方がさっぱりだ。
『まずはスキャンします。それでその毛皮の本来の状態を調べます。そしてそれを最小レベルまで分解してしまいます』
「最小レベルって・・・?」
『元の状態に戻すために分解するって事ですね。毛皮なので最小まで分解する事になります』
機械だったら故障箇所を探す事になるけど、毛皮だからそこまで細かくするって事か?
『その毛皮の元の状態がどんなものであるかはすでにスキャンをする事により判明しています。ですのでその毛皮を最小レベルまで分解します。それからそれを使って元の毛皮の状態に作り上げるんです。もちろん欠損状態が非常に悪いのでコータ様の魔力をかなり使う事になりますが、それでもそれを洗うよりはマシではないでしょうか?』
「うん、あれは洗いたくない」
あれを洗うと俺の手が一生臭くなる気がするんだ。
やっぱりどこかで洗濯機、作れないだろうか?
スキルを使うとしたら、それで作ったものしか洗えないもんな。
『それでは始めますか?』
「うん、よろしく。ってか、俺がやってみたい」
『コータ様の手を煩わせるほどの事じゃないですよ?』
「そうじゃなくってさ、たまには自分でいろいろしてみたいじゃん」
『そうですか? でしたらお任せします。判らない事があれば聞いてくださいね』
「オッケーオッケー」
俺は早速毛皮の真下に陣を展開させる。
それからスクリーンの選択項目を見る・・・が、どれを選べばいいんだ?
「スミレ、どれを選べばいいんだ?」
『先ほど私がしていた毛皮のスキャンの画面に戻ってください。はい、それです・・・そこにスキャンからの流れとして項目があるはずです』
ああ、そっか。
これから新しいものを作る訳じゃないから、ベースとなるもの、つまりスキャンした毛皮をまず選択するのか、なるほどなるほど。
スミレの指示に従うと、そこからの派生先項目が出てきた。
『ここでは修復を選んでください・・そう、それですね。それから次に分解を選んでください』
そういや修復するって言ってたな。つまりゴールをここで設定するのか。
まず修復を押してから画面が変わる。
俺が分解という文字をポチッと押すと、分解のやり方、というかどのようなレベルの分解をしたいのかを選べるようになっていた。
皮と毛、とか、毛皮と菌、とか、とにかくいろいろある。
というか、毛皮と菌ってなんだよ。
俺は思わず毛皮を眺めてみるが、確かにあのヌルヌル感、何かが湧いていてもおかしくはないな、うん。
それらの分解先の最後から4つ目が最小レベルとなっていた。
「毛皮とそれ以外っていうのもあったけど、それじゃ駄目なのか?」
『毛皮の状態がよければそれでもいいんですけど、ここまでダメージがあると汚れを落としても毛皮の質そのものが悪いままとなるんですよ』
「ああ、確かにこんな腐ったような皮じゃあ耐久性とかも全くないだろうしな」
『その通りです。ですので、原子レベルまで分解してから作り直す方が使い道のある毛皮になります』
「んじゃ、最小レベルをポチっとな」
それからスタートボタンを押した。
目の前の陣に光が集まり、それが毛皮の周りをくるくると回っている。
いつもであれば下から少しずつ出来上がっていくのが見えるのだが、今回は分解という事で全体の大きさがどんどんと縮んでいくように見える。
「俺、てっきり上から少しずつ無くなっていくんだと思ってたんだけど、分解すると全体が縮むんだなぁ」
『分解の場合は表層から始まっていきますから、縮んでいくように見えるんだと思います』
「ふぅん。でもさ、毛皮にしていく時は下からなんだろ?」
『そうですね。作成になりますから、下から少しずつ作られていきます』
だよなぁ。
分解している時のビデオの逆回しって訳にはなんないのか、やっぱ。
そうして俺がじーっと見つめる目の前で、約10分ほどかけて分解作業は終わった。
さて次は制作か?
「次は毛皮を作るんだよな?」
『はい、その前に今回の分解時に確保できた材料のみを項目から選んでください』
そう言われてじーっと画面を見ると、分解の次のステップの中に作成がある。そこで選べる材料という事で選択欄を最新から並べ直すと、いろいろと思いもしなかったものが項目に並んでいる。
「なぁ、スミレ。これって毛皮だけじゃなくってさ、その・・・腐ってた部分から回収できたものも選択できるようになってるんだけどさ・・」
『当然ですよ。分解なんですから』
「は、はぁ・・・」
さいですか。
『それは後で私がストレージに仕舞っておきます。もしかしたらいつか必要になるかもしれませんからね』
「いや、それはない・・と思うぞ」
絶対にない、と言い切れない自分が情けない。
だって判んないんだよ。
『それより必要な材料を全部選んでくださいね』
「はい」
俺は視線をスクリーンに戻すと、毛とかタンパク質、繊維、などなどおそらく毛皮から分解されたんだろうと思しきものを選んでいく。
「こんなもんかな? スミレ、確認して」
『はい。材料の項目は最新から並べ直してますね。では・・・はい、大丈夫です』
「んじゃあ、次は、っと」
作成を押しかけて、スミレに声をかけられて慌てて修復を探す。
ちゃんとあるな、うん。
「修復、でいいのか? でもさ、ここまで最小レベルにしちゃうと別に作成でもいい気がするんだけどさ」
『作成では魔獣の毛皮を作る事はできますが、この子が持っていた毛皮にはならないんですよ』
「あ〜・・っと、それってどういう意味?」
『つまりですね、作成とすればこの毛皮の熊型の魔獣であるグランズランの毛皮を作る事になります。しかしそれはあくまでもグランズランの毛皮であって、この子が持っていた本来の毛皮ではないものが出来上がるんですよ。けれど、修復を選べば私がスキャンしたこの子が持っていた毛皮を作り上げる事ができるんです』
「ああ、そっか。つまりさっきまでここにあったものの状態のいいものがが欲しければ修復で、同じ種類のものならなんでもいいっていうんであれば作成、って事なんだ?」
『まぁ、そういう事になりますね』
苦笑いを浮かべならもスミレは俺の言葉を是正してくれる。
「今回はこの子のためだから、ここにあったものと同じものがいい、って事なんだろ? だからスミレは修復する方向でスキルを使ってるんだな」
『結局は気休め程度かもしれませんけどね。でもコータ様の言う通り先ほどまでのあの毛皮は状態があまりにも劣悪化していました。それでもあの毛皮がいいとあの子が言ったとしてもそれほど長い間持ち歩く事はできなかったでしょうから、きちんとした状態にしてやる事が一番だと思います』
「だといいんだけどな」
『それにおそらくですが、あの子が持っていたのがグランズランの毛皮だったから、獣や魔獣に襲われる事なく無事だったのではないでしょうか?』
「それってどういう意味?」
グランズランの毛皮だから、なんだっていうんだ?
『この毛皮には微量ではありますが、今もグランズランの魔力が残っています。大抵の獣や小型の魔獣であれば、好んで凶暴肉食魔獣であるグランズランに近づきたいとは思いませんからね』
「そりゃあ・・俺だって凶暴肉食魔獣なんかに近づきたくないよ」
この腐りかけた悪臭を放つ毛皮が子供を守っていたっていうのか。
そんな事を言われると、あんまり文句はいえないな。
ま、とにかく修復を始めるか。
「んじゃあ、次に進むかな」
俺はスクリーンから修復ボタンを選んでポチッと押す。
と、途端に何かが身体から抜けていくような感覚がする。
「スミレ?」
『コータ様の身体から魔力を消費したんです』
「でも俺の魔力ってたくさんあるんじゃなかったのか? 今まで何を作ってもこんな感覚になった事ないぞ?」
脱力した、という感覚が1番今の俺の状態にぴったりしている。
『今回の修復に使用したコータ様の魔力は総魔力量の63パーセントですね。今までで1番魔力を使用した時は37パーセントでしたが、あの時は1つずつ作成をしていたので使用魔力は少量ずつだったので魔力消費を感じなかったのではないでしょうか』
「それっていつだっけ?」
『コータ様がスキルに慣れるためにたくさんの剣やナイフを作った時です』
「ああ、あの森での時かぁ・・確かにいろいろ作らされたよなぁ」
あの時は確かこの世界に来てまだ3、4日経ったくらいの頃だった。
とにかくスキルを使ってレベルをあげろって言うんで、スミレに言われるままにものを作ったんだよ。
あの時に作った物の殆どは今も俺のポーチに入ったまんまなのがちょっと笑えるが、それでもいい練習にはなったんだよ。なんせ同じ物ばかり作らされたからなぁ、あの時。
ただ1回1回作る度にセッティングからやらされていたから、一気に魔力を消費したわけじゃなかった。
「でもさ、なんで60パーセントも魔力が必要だったんだ? そりゃ100パーセントって訳じゃないけど、それでも今回はそれなりに材料もあっただろ?」
『はい。これが普通に毛皮であればコータ様の魔力は殆ど必要ありませんでしたけど、これは魔獣の毛皮ですので形成、そしてその状態を維持するのに魔力が必要だったんです。魔獣の毛皮は魔力がなければ作れません。ましてやグランズランのような強力な熊型魔獣となれば、必要とする魔力も半端ではありませんから』
「それってさ、魔力が無くなったら毛皮がなくなるって事なのか?」
『無くなりはしません。ただ、魔獣の毛皮ではなくただの毛皮になってしまうんです。ですので魔獣の毛皮の状態を保持するためには定期的に魔力を流す必要があるんです』
「なんか、めんどくさいな」
『それでも魔獣の毛皮の方が需要は高いんですよ。なんといっても防御率はただの毛皮とは比べ物になりませんからね。このグランズランの毛皮を使った装備の前では大抵の獣の毛皮で作られた装備は紙と変わりませんから』
なにそれ、っぱねえじゃん。
「そんなにすごい毛皮だったのかよ」
『グランズランは魔獣の中でも上位の魔獣ですからね』
「なぁ、だったらさ、なんでそんなすっごい毛皮をこの子が持ってたんだ?」
そんな凄い毛皮、俺だったらこんな子供に持たせないぞ。
ましてやあのすっごい悪臭を放つシロモノと化していた事を考えると、とてもそんな凄い毛皮に思えないんだけどさ。
「グランズラン、だっけ? って魔獣はたくさんいるって事なのかな? いくら強くても簡単に狩る事ができる、とか?」
『いいえ、グランズランは単独では無理だと思います。とにかく魔力を通した毛皮が剣の刃すら通さないので、大抵は10人以上での討伐になると思います』
「じゃあ余計に変だよ。そんな凄い毛皮、子供が持つ訳ないじゃん」
10人で討伐って無茶苦茶強いって事じゃん。
俺は陣の中で形成されていく毛皮に視線を向ける。
グランズランの毛皮はかなり出来上がっている。
その毛皮はさっきの状態からは考えられないほど光沢を放っている。少し赤みがかった黒い毛皮は、その光沢もありとても上品に見える。
はっきり言ってさっきまでの状態からはとても想像ができない上等の毛皮だ。
「綺麗な毛皮だったんだなぁ」
今更ながら悪臭は全くしなくなっている。
「あれなら持って歩くにしてもポーチに入れるにしても問題ないな」
『それは良かったです』
「でもさ、アレ、少し大きく見えるんだけど?」
『ああ、それはですね、先ほどまでの毛皮は現物の2割程度の大きさでしたので、修復するのであればもう少し大きい方が使い道が増えるだろうと思って現物の3割程度の大きさに変更しておきました』
「スミレェ・・・おまえ、そんな事するから俺の魔力の6割がぶっ飛んだんじゃねえのか?」
そう俺に言われて初めてその事に気づいたというように目を大きく見開いたスミレは、一瞬硬直してから両手で口を押さえている。
「まったく・・いいよいいよ。スキルアップが早くできるかもしれないって事だよ」
『すみません』
「それより、できたみたいだぞ?」
しょぼんと眉尻を下げて謝るスミレに、俺は彼女の背後の陣を指差した。
すでに光は収まっていて、陣の真ん中には大きな毛皮が残っている。
『すぐにとってきますっ』
スミレが慌てて飛んでいくのを見送っていると、ふと視線を感じた気がして周囲を見回した。
でも誰もいない。
気のせいかな? と肩を竦めてから視線を落とすと、そこには目を開けた子供がじーっと俺を見ていた。
ててれてってれ〜〜〜
そしてじーっと子供を見つめ返す俺の頭に響いたのは、いつもの気の抜けたようなレベルアップの音だった。
読んでくださって、ありがとうございました。
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Edited 04/10/2017 @ 06:01 JT誤字訂正しました。ご指摘ありがとうございました。
同じ種類にものならなんでもいい → 同じ種類のものならなんでもいい




