46.
どうやらセッティングが終わったようで、スミレがスクリーン越しに俺を見る。
「それで、どうするんだ?」
『コータ様が集めてくださった石を使ってタライもどきを作ります。それからその中に鍋に入っている水をお湯に変換して溜めます』
なるほど、簡易のお風呂を作るわけだ。
「風呂かぁ、いいなぁ。また俺にも風呂作ってくれる?」
『そうですね・・・タライのお風呂でよければできますよ。それでは、作り出したタライはまた再使用するという事でストレージにでも仕舞っておきましょう』
「嬉しいな。ありがとう、スミレ」
どういたしまして、と笑みを浮かべたスミレはそのままスクリーンに浮かんでいる多次元プリンターのスタートボタンを押した。
いつものようにポゥッと光が集まってきたかと思うと、中心をくるくると回り始める。
陣の上には直径が約1メートルほどの板みたいなものができてきたかと思うと、そのうちに外周のみがどんどんと高くなっていく。
その外周が50センチほどの高さになったところで、くるくると回っていた光が消えた。
『はい、タライができました。次はお湯を作ります』
なるほど、あれが石を材料にしたタライかぁ。なんか重そうだな。
だけど、ちょっと俺が入るには小さすぎないか?
多分、俺だったら正座して座ったとしても足が入らない気がするんだけどなぁ。体操座りだったらなんとかなるかもしれないけど、そんな格好で深さ50センチの風呂に入るのは虚しい気がするぞ。
そんな俺の心配をよそに、スミレは着々と作り続けるようだ。
スミレは既にお湯の方のセッティングも済ませていたようで、ポチッとスタートボタンを押した。
先ほどタライの周囲をくるくると回っていた光は、今度はタライの中でくるくると回っている。
「湯気がでてる」
『当たり前ですよ。お湯を作っているんですから。湯気がなかったらお湯じゃないですよ』
はい、その通りですね。
でもさ、つい声に出ちゃったんだよ。
ここまでくるとプリンターとは呼べないと思うのは俺だけか?
ってか、 俺が欲しかった3Dプリンターとは性能が違うなぁ、って随分以前から気付いていたんだけどさ。
『水の量が少なかったので、これだけのお湯しかありませんが、熱湯にしてあるので川から水を汲んで足せば丁度いい温度になると思います』
「んじゃ、すぐに汲んでくる」
もうもうと湯気が上がっているタライの下にあった陣がゆっくりと消えていくのを見ながら、俺はそのそばにある空っぽの鍋を手に川から水を汲んだ。
それをまずは鍋1杯分入れてから手をいれてみる。
「ん〜、なんかまだ熱い気がする」
もう1杯汲んできて半分入れてみるか。
『少し温いくらいの方がいいかもしれないですね』
「そうかな?」
『おそらく体が冷え切っていると思いますので、あんまり熱いと低温火傷を負ってしまうかもしれません』
ああ、なんかそんな話聞いた事あったなぁ。
でもすっかり忘れてたぞ?
「んじゃこれくらいか? ちょっと温いくらいがいいんだよな?」
『はい、そうしてあげてください。もし温すぎたらまたお湯を作ればいいだけですから』
もう1杯水を足すと温い湯になった。
俺は熱くない事を確認してから、タライから3メートル離れたところに倒れたままの子供のところに行く。
近づくと俺の鼻を襲う悪臭。
だがここで怯んでは子供を洗ってやる事ができない。
俺はぐっと息を止めてから、悪臭を放つ毛皮から子供を引っぱり出すとそのまま脇に手を入れて持ち上げると、服を着たままの状態でタライまで連れてくる。
「あっ、服、どうしよう?」
『とりあえずそのまま入れてから脱がしてください。その方がタライの縁を使って支えられるので楽だと思います』
「でもそんな事したら湯が汚れるぞ?」
『どうせ最低でも1度はお湯を取り替えた方がいいと思いますので』
まぁ確かにこんな悪臭を放つ子供がタライのお湯1杯分だけで綺麗になるとは思えないもんな。
『ああ、その前に鍋に水を汲んでおいてくれませんか? コータがその子を洗っている間に新しいお湯を作っておきます』
「ん? ああ、そうだな、その方がいいかも」
俺はタライの横にその子を寝かせてから、鍋3つ全部に水を汲んで少し離れた場所においた。
そうしておけばスミレが陣を展開しても邪魔にならないだろう。
んじゃ、洗っちゃいますか。
そっともう一度持ち上げて、俺はその子の下半身を湯につける。
水の感触に身じろぎしたが、目を覚ます様子はない。
俺はその子の背中側に回ってタライを両足で抱えるような格好で座る。子供のザンバラに切られた髪が俺の胸元に当たるが、まぁあとで着替えればいいか。
それからその背中をタライの縁に凭れさせるようにして片手を自由にして、その手で着ているチュニックもどきの腰の部分の紐を解く。
とはいえ紐は藁で作られたような荷紐で、固く結ばれていて解くのに一苦労だった。
おまけに紐と格闘している間に水がどんどん汚れていく。
それでもなんとか紐を解いてからチュニックを頭から引き抜くと、汚れた体が現れた。
「うっわ、この子、どのくらい風呂に入ってなかったんだろいう」
なんていうか、垢まみれ?
タオルで擦ったらボロボロと音を立てながら落ちそうな、そのくらい汚れているのだ。
「あっ、石鹸がいるなぁ」
すっかり忘れてたよ、石鹸。もちろん、スミレ印の石鹸だ。
俺はポーチに手を入れて石鹸を取り出した。
これは俺のイメージを元にスミレが再現してくれた、元の世界でばあちゃんが使っていた牛乳石鹸だ。
この石鹸を作った時、俺はまだレベル1だったからこれしか作れなかったんだよ。
でもこの世界風呂がないからさ、体をお湯で拭くだけとなるとあんまり石鹸も減らない。
なので未だに最初に作った石鹸を使っているんだけど、今度スミレに新しいのを作ってもらおう。
「ハンドタオルもいるな」
俺はタオルを思い浮かべながらポーチに手を突っ込む。
それだけで指先に柔らかいハンドタオルの感触が当たる。これももちろんスミレ印。
ハンドタオルを湯につけて濡らし、石鹸を塗りつける。
それからもう1回お湯につけて石鹸を泡立たせてから子供の腕をハンドタオルで擦る。
石鹸が泡立っていたタオルはあっという間に茶色くなり、おまけに石鹸の泡はあまりの汚さに泡立つ事もなかった
石鹸って汚いと泡立たないんだな、知らなかったよ俺。
「スミレー、水交換したい」
『お湯、できてますよ』
「ありがとー」
振り返った視線の先にある鍋3つともから湯気が上っている。
「どうしようこの子」
『そのままお湯を足せばどうでしょう?』
「いや、それマズイぞ。だって、タライのお湯、まっ茶っ茶なんだよ。それに俺まだ腕しか洗ってない」」
『あ〜・・・そうですねぇ。腕だけで茶色くなっちゃったんですか?』
「うん、びっくりだよ」
いや、マジでさ。
それでもどうしようもないから、俺はとりあえず子供の両脇に手を入れてからタライを足を使ってなんとかひっくり返して水を捨てる。
それからまた足を使ってタライを元に戻していると、スミレが鍋をフワフワと浮かべてお湯を持ってきた。
どの鍋にも適温のお湯が入っている。どうやらさっき俺が水を入れて温くした時の温度を参考にして作ったようだ。
まず大きい鍋のお湯をタライに足した。それから小さい鍋に入っていた分をいれる。
それから子供をお湯の中にそっと入れてから頭をタライの縁に置くと、立ち上がってまた鍋3つを使って水を汲んでからスミレのところに持っていく。
「これもまたお湯作っておいて。多分これだけだと足りないと思うからさ」
『判りました』
俺は汚れたハンドタオルを少し茶色が薄くなったタライの湯につけてからまた石鹸を塗った。
ちょっと汚れを落としたせいか、石鹸の泡が立つのを確認してから今度は背中に手を入れて洗ってやる。
「う〜・・・なんか背中はザラザラしてる気がする」
『頑張って綺麗にしてあげてください』
「あれ、このザラザラって毛に汚れがついているからかな? なんか背中が毛深いよ、この子」
ちょっとタライから離して見下ろすと、背中は全体的に毛で覆われている。それほど長い訳でも剛毛っていう訳でもないだけど、すべすべの肌とは言い難い。
なんていうのかな、猫のお腹くらいの毛の量?
ほら、猫のお腹って毛の密度が薄いじゃん、そんな感じだよ。
猫系獣人だからきっと背中に毛が生えているんだな、うん。
そんな風に1人で納得していると、スミレが爆弾を落としてきた。
『コータ様、女の子に毛深いと言っては駄目ですよ』
「・・・・女の子?」
『はい、その子は女の子ですよ?』
何を今更、と言わんばかりのスミレを振り返ってから、俺は視線をタライの中にいる子供に落としてガン見する。
「・・・・・マジか」
『気づいていなかったんですか?』
「うん・・・てっきり男の子だと思ってた」
『私は女の子だから服のままお湯に入れる事に同意したんだと思ってたんですけど?』
まさか。
俺がそんなに気がきくわけないじゃん。
「ス、スミレッッ、どっ、どうしようっっ」
俺、変態じゃないよな。
知らなかったんだよ。
女の子だって知ってから裸に剥いていないっ。
それに体にだって触ってないぞっっ。
『コータ様?』
途端に動揺してあたふたし始めた俺を見るスミレは可愛いが、全く問題解決になってないっ!
「俺っ、知らないで体を洗っちゃったよ」
『でも綺麗にしてあげるつもりだったんですよね?』
「そっ、そりゃそうなんだけどっっ」
じゃあ何が問題? と言わんばかりのスミレの視線を受けて、おれは問題ばかりだよっっっ、という気持ちを込めた視線を返す。
「俺、男だぞっ。お、男が女の子の体触っちゃ駄目だろっ。と、特にこんなちっちゃな女の子の体なんか絶対に駄目だっっ。お、俺は変態じゃないっっ」
『コータ様、だれも変態だなんて思いませんよ?』
「いっ、いやっ、変態だろ。小さな女の子の裸を見て喜ぶような男に思われたくないんだよっ」
俺はぜ〜〜っっっったいにロリコンじゃない、と言い切れる。
だが今の俺のシチュエーションはどうみたって、ロリコンと間違われてもおかしくないじゃないか。
フィギュアは愛しているが、ロリコンではないのだと、ここに誓おう。
『コータ様、考えすぎですよ』
「そんな事ないぞっっ」
『コータ様が来た世界ではそうかもしれませんが、ここは全く違い世界です。女の子の体を触って1人でうはうは言っているっていうのでなければ、誰もそんな事思いませんってば』
スミレッ、ハードルが一気に上がったぞ。
そ、そんなっ・・・うはうはなんてっ絶対に言わないぞ、俺。
『それよりも、早く洗ってしまってください』
「でっ、でもっっ、この子は女の子だぞっっ」
『そうですね。でもここにその子を洗える人はコータ様だけですよ。まさかそのまま放置するなんて事、言わないですよね?』
「そっ、それは・・・・・」
俺はチラリ、と視線をタライに戻す。
お湯のおかげか体をハンドタオルで擦ったせいか、子供の顔に朱がさすようになってきたのだ。
これならこの子も大丈夫、って言える気がする、と思える程度に見えるのに、今更このまま放置なんてできるかよっっ。
「そっ、そのっ・・・ハリソン村に戻ってから終わらせるっていうのは--」
『却下です。お湯につけたままハリソン村に行けません。それに濡れたまま放置するともっと具合が悪くなる可能性があります。コータ様が中途半端な風呂にいれたせいで体温が落ちて、そのせいでこの子が肺炎になってもいい、というんですか?』
「そっ、それは・・・・」
『今その子にとって一番必要なのは、綺麗に洗ってから乾いた布で乾かして、ゆっくりと寝かせる事ですよ』
あまりにも堂々とした理に適ったスミレの言葉に、俺は一言も返す言葉を思いつけなかった。
読んでくださって、ありがとうございました。
お気に入り登録、ストーリー評価、文章評価、ありがとうございます。
Edited 04/10/2017 @ 05:59 JT 誤字訂正しました。ご指摘ありがとうございました。
そんな格好でふkさ50センチの風呂 → そんな格好で深さ50センチの風呂




