43.
パンジーが引いてくれる車の中でスミレが作ってくれた布団に包まって眠った。
宿のベッドよりも寝心地がいいのはなぜだろう?
そんな事を思いながらもようやく目を覚ました俺は、もぞもぞと布団から顔を出した。
『コータ様、お目覚めですか?』
「ん〜、おはよう、スミレ」
『もうだいぶ陽が高くなってきてますよ』
「何時?」
『そろそろ8時ですね』
昨夜は結構遅くまで起きてたからなぁ。
サーシャさんが家に走り去ったあと、俺とスミレは焚き火をそのままにして車に戻った。
もちろんスミレが結界を展開してくれているから、パンジーも安全だ。
なんだかんだと言いつつ、パンジーは俺の可愛いペットとして認識している気がするよ。
「今朝はまずはサーシャさん家の裏にある林に入って薬草採取をするんだったよな」
『そうですね。せっかくここまで来ているんですし、この林にはアーヴィンの森では見なかった薬草も生えてますから』
スミレの話では今はまだ作れないが、レベルアップしたら作れるようになる中級のポーションの材料になる薬草がこの林で採取できるらしい。
俺としてもレベルアップしたら当然作ってみたいからさ、ここでそのための材料を集める事に否やはない。
「そうだ、ついでに葉っぱも集めようか。スミレがお茶を作ってくれるんだろ?」
『もちろんです。集められるだけ集めてくださいね。全部を使っていろいろなお茶を作ってみますから』
「楽しみにしているよ」
俺はよっと掛け声をかけて掛け布団をはね退けると、そのまま枕元に畳んで置いていたシャツとズボンを身につける。
それから車から外に出ると、すでに焚き火は消えていた。
ま、当たり前か。
仕方ない、って事でポーチからマッチを取り出して、焚き火の燃え残りにその辺の落ち葉や乾燥した草を乗せて火を熾す。
それから小さな鍋を直接焚き火の上に置いた。
いつもなら竃を出すのだが、いつサーシャさんが出てくるか判らないから仕方ない。
湯が湧いてきたところでリュックサックの中に入れていた野営用のスープの素を取り出した。
これは乾燥野菜と香辛料、それに塩胡椒が入っていてお湯に入れれば10分でできるという異世界のインスタントスープなのだ。
味もまあまあなので、俺としては結構気に入っている。
これに干し肉を入れると更に味がよくなるんだよ。
残念ながら今は干し肉を持ってないから、乾燥野菜だけなんだけどさ。
それでも空腹に野菜スープはとても染み入る。
「静か、だな」
『静か、ですか?』
「うん、もしかしたらサーシャさんが飛び出してくるんじゃないか、って心配してたんだけど」
食事の邪魔をされるのは腹立たしいが、あの人なら有り得るって思ったんだ。
「ああ・・・おそらくまだ寝ているのではないか、と思います」
「寝てる? もう8時過ぎるのに?」
「明け方まで家の中で動きがありましたから」
明け方まで頑張ってたのかよ。
「それって、さぁ」
「はい、ずっとコータ様が教えたGPSマップのための魔法式にクリスタルの加工、それらを錬金術で仕上げたりと、とても忙しそうでしたね」
「スミレ、もしかしてずっと見てたのか?」
『いいえ、中には入ってませんよ。私の探索能力を使って様子を伺っていました』
「そ、そっか・・・じゃあ、俺たちはこのまま荷物をまとめてすぐに出るかな?」
『はい、それでいいと思います。依頼書にサインを貰ったんですから、薬草採取が済めばそのままハリソン村に戻って報酬を受け取りましょう。上手くいけば午後の早い時間に村を出発する事もできますよ?』
「そうだな・・・ま、その辺は臨機応変にいこうか」
まだ朝の8時という事は2時間ほどあるから採取に使っても昼にはハリソン村に帰り着くだろう。
それからギルドに入って報酬を貰っても、十分出発できそうだな。
ちなみにこの世界は1日が20時間だ。
といってもスミレ曰く、元の世界の24時間を20時間に区切ったようなもの、だそうだ。
なので今8時だとスミレは言ったが、元の世界では9時をすぎてるって事だな。
最初のうちは元の世界の時間で話していただが、それだとこの世界の人と話す時にこんがらがるだろうって事で、時間だけはこの世界基準で話す事にしたんだ。
俺は立ち上がってパタパタと土を叩き落としてから焚き火の火を消すと、カップと鍋を手に車に戻った。
さあ、出発だ。
できればサーシャさんと顔を合わせたくなかったので、俺たちはとっとと荷物を纏めて移動する。
べ、別に疚しい事がある訳じゃないんだけどさ、あの人変た、いや、個性的だからどう対応すればいいのか判んないんだよ。
という訳で、パンジーを進める事15分、林の外れの方にやってきた。
サーシャさんの家は村の東にあり、そして今俺たちはそこから更に南東に移動した。
周囲には家はもちろんの事、ハンターと思しき人間も姿もない。
「スミレ、周囲に誰もいないのか?」
『いませんね、大型の生物反応もありません。小型のみです』
「小型って、ウサギ、とか?」
『ウサギはいませんけど、大きさで言えばそうです』
んじゃあ大丈夫か。
俺は御者台から降りてパンジーを軛から外す。
知らなかったんだけど、スミレの話ではヒッポリアっていうのは頭がいいらしい。
こうして主人、俺の事ね、と自分が引く車を認めると、そこから遠くに移動しないんだそうだ。
なので、俺はもしもの時にパンジーが自由に動けるように、止まる時は軛を外してやる事にしているんだ。
なんたってヒッポリアは蹴りが強くて、それなりに自衛ができるんだとサランさんが教えてくれた。
「んじゃ、パンジー。スミレと薬草採取に行くからさ、少しここで待っててな」
『すぐに戻ってきますからね〜』
「ポポポポ」
パンジーが返事代わりに鳴く。
俺、パンジーが初めて鳴いた時に、名前の由来が判ったんだよな。
ヒッポリアって、ヒッポポポポとか、ポポポポって鳴くんだよ。
初めて聞いた時はビックリだったけどさ、何気に可愛い鳴き声だろ?
さて、ふわふわと俺の前を飛ぶスミレの後について林の中を進む。
もちろんその辺の木から葉っぱを毟り、その辺の草を毟り、ついでに薬草を丁寧に採取しながら、だ。
『コータ様、そこの木の実も取っておいてくださいね。お茶の材料になりますよ』
「これ? でも変な色してるぞ?」
どこか毒々しい紫色の木の実だ。
俺は見た目でスルーしたんだけどスミレがそんな俺を見咎めた、ちぇっ。
『その赤いきのこも採取しておいてください。レベルが上がると毒薬も作れるようになりますから』
「ど、毒薬って・・別に作んなくてもいいんじゃないのか?」
『レベルアップのためです』
「はい・・・」
毒薬は作っても俺のポーチの肥やしにしよう。
絶対に日の目を見せちゃあ駄目だ。
『そこの苔、集めましょう』
「苔? あ、あれか?」
そこの苔と言われてキョロキョロしてみると、岩がゴロゴロと5つくらい転がっている場所があり、その岩は苔生している。
きっとあれの事だろうと見当をつける。
林の中は比較的日当たりはいいんだけど、その岩が集まっている辺りは木が密集している。
だから苔が生えやすくなっているんだろう。
ポーチから中身の入っていない採取用の皮袋とスコップを取り出す。
苔は少ししっとりしたように見えるオレンジと黄緑色をしている。
「なあ、これ、一緒に纏めていいのか? それとも色別に集めなくちゃ駄目か?」
『一緒でいいですよ。それ、色が違っても同じ種類ですから』
へ、そうなの?
まぁどちらの色も禍々しいから効果が一緒だと言われても肯ける気がする。
「これ、なんに使うんだ?」
『それは中級の魔力回復ポーションの材料です。コータ様は運がいいですね。普通だったらこんなにたくさん一度に見つけられないんですよ?』
俺はスコップの側面を使ってゴリゴリと岩から苔を削り取る。
なんかさ、キクラゲみたいな苔なんだよ。
それに湿ってるからか、摘もうとするとすぐに千切れるんだ。
だからスコップの側面を使うのが手っ取り早い。
「これ、干さなくてもいいのか?」
『そのままの方が効能が高いんですよ。長持ちさせるためには乾燥させた方がいいんですが、コータ様のポーチに入れておけば鮮度は保てますから』
「ふぅん。ま、それならいいんだけどさ」
あっという間に皮袋いっぱいになったので、俺は皮袋についている紐を引っ張って中身がこぼれないように開口部を閉める。
この皮袋の大きさはそうだな・・・多分1リットルくらいか、ジャガイモ1キロ入りの袋が入るくらい、とでもいうんだろうか?
それほど大きくはないんだが、丁度いいくらいだと思っている。
だってさ、これ以上皮袋が大きかったらきっといっぱいにするまでに心が折れる気がするんだよ。
俺はそれからも皮袋8つ分、つまり8種類の薬草(苔を含む)を集めた。
だけどあまり人が入らないのか、それともスミレの探索がすごいのか、その辺は判らないけどさ。
「あっ、鳥」
『あれは・・・ブガラ鳥ですね。美味しいですよ』
「美味いの?」
美味いと聞いたら獲らねば。
見た目はスリムな茶色と黒のニワトリ?
ただデカい。地面からの高さは1メートルといったところで、きっと重さは20キロくらいあるだろう。
デカいが見た目通りの鶏肉だとすれば、そりゃ美味いだろう、うん、楽しみだ。
俺は右手を腰のパチンコに手を伸ばし、左手でポーチから玉を取り出した。
この玉はスミレが俺が拾った石ころを真ん丸の石玉にしてくれたものだ。
『結界展開しました。ただいま結界内に12羽のブガラ鳥が入っています』
「って事は、逃げられない?」
『はい、ですのでしっかり仕留めてください』
「頑張る」
たださ、林の中だから木の陰とかに入り込まれると仕留められないかもしれないんだけどね。
でもまあ、結界に阻まれているからあっという間に遠くに飛んで逃げられるって事はなさそうだ。
「でもさ、12羽全部いるのか? 俺しか食わないんだから1羽で十分じゃね?」
『美味しいので結構いい値段で売れる筈です。それにあれだけいるブガラ鳥の羽を全部集めれば、コータ様の羽毛布団が作れますよ』
「よし、今すぐ殺ろう」
一気にテンションマックスだ。
待っててくれ、俺の羽毛布団!
読んでくださって、ありがとうございました。
Edited 04/10/2017 @ 05:56 JT 誤字訂正しました。ご指摘ありがとうございました。
スミレ、もしかしてずっと見えたのか? → スミレ、もしかしてずっと見てたのか?




