表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/345

42.

 「探索クリスタルって、ようは探し物を見つけてくれる魔法具ですよね?」

 「そうよ」

 「だったら、それってクリスタルボールよりも板状の方が使い勝手はいいと思いますよ」

 板状、という言葉に反応して眉間に皺を寄せるものの、サーシャさんは黙って話の続きを待っている。

 「つまり、ですね。探索する時って、探すものがある方向が判る事が第一だと思います」

 「当たり前じゃない」

 「ですけど、もし探し物の方角を指し示してくれるものが丸い球状だと、真上から覗き込んでから方角を考えなくては判らないと思うんです。そうなると方角が判るのはクリスタルを持っている人間だけです」

 もしクリスタルを違う角度から見ると、絶対にそれによって赤い点の位置が変わる訳だから方角が判らなくなる筈だ。

 「ですけど、もし探索クリスタルが板状だったらどうでしょう。クリスタルでできた板の上に現れる赤い点、それが進むべき方角を教えてくれるんですよ」

 「・・・見やすい、かしら? 板だったら周囲の仲間からも進む方向が判りやすい、のかしら?」

 「そうです。俺は探索クリスタルがどんなものか知らないからなんとも言えませんが、俺が考えている探索クリスタルではサーシャさんの能力が生きてくるんですよ。というか、同じ錬金術師でもサーシャさんのように板状のものを自由自在に作れる人の方がいいんです」

 ようは、だ。サーシャさんがいう探索クリスタルっていうのはスマフォのGPS機能の事だ。

 それをサーシャさんの板しか作れないっていう錬金術を使って作ればいいんだよ。

 っていうかさ、GPS機能なら板の方がいいじゃないか。

 「そうですね・・・先ずは土台になる板を金属か何かで作ります。それからその上に板状になった探索クリスタルをはめ込むんです」

 「土台もクリスタルも板なのね・・・」

 「そうですよ。それから持ち手の体の方になる部分には穴を開けて紐でも通して、首からかけるようにしましょう。そうすれば落とす心配もないですし、取り扱いもしやすいんじゃないでしょうか?」

 「首に紐をかけているから持ち上げた時に紐側が体の方なのね」

 「その方が扱いやすいと思いませんか? そして探索クリスタルの大きさはこのくらいにすれば、周囲の仲間にも見やすいですよね。そうそう、現行の探索クリスタルでは見つけたいものは赤の点としてクリスタルの中に現れるんですよね。じゃあ、自分の位置を緑の点で示す事ができるようにすれば、大体の距離感も掴めるんじゃないでしょうか?」

 「なるほどね・・・自分の位置もクリスタルで判るようにすれば、進行方向は更によく判るようになるわね」

 俺の言葉を頭の中で反芻しながら、色々と考えているようだ。

 「自分の位置が判るようにするのって、大変ですか?」

 「ううん、そんな事ないわよ。材料が少し余分に必要になるかもしれないけど・・・でも2つの術式を1つのクリスタルに入れるのは難しい・・かしら?」

 「だったらクリスタルを2枚重ねればいいんじゃないんですか? 1枚は探索したいものが現れるようにして、もう1枚に自分の位置が現れるようにすればいいんですよ。サーシャさんの錬金術は板状にしかできないから使い道がないって言いましたけど、この場合板状にできるからこそこういう事ができるんですよ」

 ガバッ、と音がするような勢いで俯いて考え事をしていたサーシャさんが顔をあげた。

 それからその勢いのままテーブル越しの俺のシャツの胸の部分を掴み上げる。

 「サ、サーシャさんっっ」

 「コータちゃん、あなたって、天才よおおおおおっっっ!」

 サーシャさんはそのまま俺をひょいっと持ち上げたかと思うとテーブルの上を乗り越えさせて、そのままぎゅううううっと抱きしめた。

 「うぉおおおっっ、きついっ、死ぬっっ」

 絞め殺されるっっ!

 俺はサーシャさんの背中をバンバンとタップするが、プロレスを知らないサーシャさんにその意味が伝わるわけもなく。

 俺がようやくサーシャさんから解放されたのは、半分落とされてぐたっとしている俺にサーシャさんが気づいた時だった。






 パチパチと焚き火が弾ける音を聞きながら、俺は肉を焼いていた。

 ポーチの中に入れっぱなしにしていた肉だが、入れた時の状態のままだから十分新鮮だよ。

 「肉、焼けましたよ」

 「あら、ありがとう」

 にっこりと笑みを浮かべて肉を受け取るサーシャさんの顔は焚き火に照らし出されて、初めて見た時よりも更に凄みを増しているように見える。

 「でも、コータちゃんの食事くらい私が作ってあげるのに。それにうちに泊まればいいのに」

 「いえいえ、そこまでサーシャさんにご迷惑をかけるわけにはいきませんし大丈夫ですよ。野営にも慣れてますからね。それにパンジーだけを外に置き去りにする訳にはいきませんからね」

 どこか拗ねたような口調で文句を言ってくるが、それだけは勘弁してください、だよ。

 サーシャさんの家に泊めてもらうなんて、俺の貞操の危機のような気がするのは俺だけか?

 ちら、と車の方に視線を向けると、そこには暗闇にぼんやりと焚き火の明かりを受けて浮かび上がるパンジーのシルエットが見える。

 あれから興奮したサーシャさんは、俺が締め付けで落ちかけている事に気づいて慌てておろしたものの意識を飛ばしてしまっていたようで、俺は目をさますとリビングルームと思しき部屋のカウチで横になっていた。

 オロオロと取り乱していたサーシャさんは、俺が目を覚ましたのをみてまた抱きついてこようとして、そのせいで俺が気絶した事をすんでのところで思い出してくれた。

 謝るサーシャさんの手にはサインを済ませた依頼書があり、俺はそれを受け取ってそのまま辞去するつもりだったのだが、探索クリスタルについてもっと詳しい話を聞かせてくれとせがまれて帰るタイミングを失ってしまったのだ。

 ようやく外に出ると既に日は暮れてしまっていて、こうなると慣れない場所だから村に帰れるかどうか判らなかった。

 そんな俺にサーシャさんは泊まるように言ってくれたのだが、俺はパンジーが心配だからといって彼の蟻塚のような家の前で野営をする事になったのだ。

 寝るのは車の中で十分だし、という事で早速焚き火を作ってそこで肉を焼いていたら、家からサーシャさんが出てきて、今こうやって俺の前に座っているのだ。

 「それにしてもよく思いついたわねぇ。私、クリスタルは丸いものだっていうイメージしかなかったから、それをわざわざ板状にして使うなんて考えもしなかったわ」

 「そうですか? ほら、本や図鑑だって平べったいじゃないですか。何かを読むというか、そういう行為をする時はああいった形の方が判りやすいなって思ったんですよ」

 な〜んてさ、本当はスマフォだよ、スマフォ。

 「想像力は常に持て、って事ね。元からあったものがこうだから、っていう固定観念を持っていちゃなんにも新しい物を作る事ができないんだって、今回の事でよ〜く判ったわ」

 「俺で役に立てて良かったです」

 「役に立てたなんてもんじゃないわよぉ。すっごく助かったわ」

 両手で頬を押さえているサーシャさんの姿を視界に入れないようにしながら、俺は肉を焼いているふりをして焚き火に視線を向ける。

 そんな俺の反応が面白くなかったのか、サーシャさんは両手を頰から離して肉に噛り付いた。

 「早速明日からでも頑張らなくっちゃ」

 「明日からって、確かウサギの毛皮を使った注文があったんじゃないんですか?」

 「ああ、あんなのちょちょいのちょいであっという間に作れちゃうわよ。ウサギの毛皮がなかったからできなかっただけ。ちゃんと練金手法を練り上げてあるもの」

 「そういえば俺、練金をする所って見た事ないんですけど、難しいんですか?」

 ふと思いついた事を尋ねてみる。

 「そうでもないわよ。でも、練金って魔法陣が必要なの。魔法陣に作るものの製法を書き込むのよ。それからその上に材料となるものを載せるの。それからスキルを発動させるだけ。簡単でしょ?」

 「魔法陣に製法を書き込む時に、形を指定できないんですか?」

 「できるわよ。ちゃんと毎回三角だとか丸だとか形を指定しているわ」

 「そ、そうなんですか・・」

 「それでもなぜかできる形は平べったいの。まんまるがいい、って指定してあってもできるのは丸い板状のものよ」

 ムスッとした声で返事をしてくれるサーシャさん。

 やばっ、また俺、地雷を踏んだのか?

 「でもまぁ、コータちゃんのおかげでものは考えようだってよく判ったわ」

 「そうですか?」

 「うん、そう。今までは丸くなくちゃ、とか何を作るにしても板じゃあなんにもできないだって思っていたんだもの。なのにコータちゃんがくれたアイデアを使った探索クリスタル・ボード、あれって画期的よ。絶対に売れるわ」

 「そう思いますか?」

 「あったりまえじゃない! さっさと術式を完成させて、試作品を作って特許を取るわ。私の錬金術スキルを使えばクリスタルを板状にする事なんて簡単なんですもの。探索クリスタルよりも安い価格で提供してやるつもりよ」

 それって、仕返ししてやる、って言ってるように俺には聞こえるんですけど。

 そんな事をしたって意味がないって事はサーシャさんだって判っているんだろうけど、きっと今までの鬱憤が溜まりすぎて抑えきれないんだろうなぁ。

 という事で、それならもっと研究に没頭してもらおう、と思うのだ。

 人間、何かに没頭していればそれで結構満足できるのだ。

 「サーシャさん、もう1ついいアイデアがあるんですけど、聞いてみます?」

 「アイデア?」

 「はい、サーシャさんじゃなければ作れないような強力アイテムです」

 吠えるように言いながら拳を握りしめていたサーシャさんは、ジロリと俺を睨みつけながらも続きを待っている。

 「サーシャさん、地図って見た事ありますよね?」

 「・・・当たり前じゃない」

 どこか馬鹿にするような視線を向けてくるサーシャさんに、俺は苦笑いを浮かべながらも言葉を続ける。

 「地図ってあると便利ですよね。自分の周囲にどんな町や村があるか判るし、ある程度の旅程も地図があれば見当をつける事ができる」

 「だから?」

 「だけど、旅の途中では地図を見ただけでは自分がどこにいるかなんて判らないですよね?」

 「街道と休憩所があるから今がどこなのかなんてそれで判断できるじゃない。コータちゃんは旅人初心者だから判らないって事? なんなら私が教えてあげましょうか?」

 おっと、すっごい上から目線のサーシャさん。

 「いえいえ、そうじゃなくて、ですね。もしも、ですよ。もしも魔獣か何かに追われて街道から外れてしまったらどうしますか? 必死に逃げていて自分が進んでいる方角も判らなくなっている時に、どうすれば正しい方角を知る事ができるんでしょう?」

 「それは・・そうねぇ、なんとかしてでも街道に戻るしかないわね。でも方角が判らないんだったらどっちの方向に街道があるか判らないのよねえ・・・街道に魔獣がくる事なんて滅多にないけど、そんな話を聞いた事あるわね、そういえば。でも、ほんっとうにそんな事、滅多にないわよ」

 「でも全く無い訳じゃないですよね。もしそんな人を助けられる魔法具を作れるとしたら? それに旅の途中で自分がどこにいて周囲に何があるかが判る、そんな魔法具があれば凄く便利だと思いませんか? そしてそんな便利なものをサーシャさんが作ったとしたら、名誉大挽回になりますよね?」

 「そりゃあ・・・んっもう、コータちゃん。回りくどい言い方はやめて」

 「はははっ、すみません」

 「ねぇ、本当に私にそんなものが作れると思うの?」

 「というか、板状のものが作れるサーシャさんじゃなければ無理だと思いますよ」

 「・・・一体何を私に作らせようっていうのかしら?」

 鼻の頭に皺を寄せて、ジロリとサーシャさんが俺を睨みつけてくる。

 「サーシャさんの発明した探索クリスタルの事を聞いて思いついたんですよ。サーシャさんは自分のいる位置を示すものを作る事ができるっていいましたよね。じゃあ、それに地図を重ねる事はできませんか? 下側のクリスタルで地図を浮かび上がらせるんです。それで、その上のクリスタルに自分のいる位置を示す緑の点を表す事ができれば、それを使う事で自分が今地図の上でどこにいるのか知る事ができますよ」

 「地図? それって範囲が広すぎない?」

 「だから、部分的に拡大するんですよ。クリスタルの上に表示される地図の大きさを100分の1、250分の1、それに500分の1の3段階で表示できるようにして、その上に自分が今いる位置を知らせる緑の点が表れれば、自分が今ハリソン村からどちらの方角に進んでいるのかとか、ハリソン村から都市ケートンまでの道のりを表示しながらどこまで進んだのか、とかそういった事が一目で判るようにできるんじゃないかな、って思ったんですよ」

 つまりスマフォのマップ機能を作れないかな、って思っているんだ。

 「旅をする人って多いと思うんです。特にハンターや商人は常に移動していると思います。そう言った人たちが手軽に自分の位置を知る事ができる、それってすっごく便利だと思いませんか?」

 「コ・・・」

 「こ?」

 「コータちゃんって、天才よおおおっっっ」

 いきなり立ち上がったサーシャさんは焚き火を飛び越えたかと思うと、そのまま俺に抱きついてきた。

 そんなサーシャさんを両手を突き出す事で抱きつきを阻止する。

 俺は今日の失敗から学んでいるのだ。

 もうあんな酷い目には遭いたくないのだ。

 「落ち着いてくださいってば」

 「これが落ち着けると思う? んっもお〜、すっごいんだもの。コータちゃんってどうしてそんなにすごい事ばっかり考え付くのかしら?」

 「そんな事ないですよ。たまたま、です。俺も多分サーシャさんみたいななんでも板状に加工できる人がいなかったら、こんなもの思いつきませんよ」

 「十分よ、すっごいわぁ」

 「それで、できると思いますか?」

 「作って見せようじゃないの。こんなすっごいアイデアを出してもらったんだもの。ここでできないなんて言ったら負け犬よっっ!」

 別に負け犬じゃあないと思うんだけどさ。

 っていうか、負け犬の使い方、間違っていないか?

 「あああああああっっっ、もうっっっ。すっごく閃いてきたわよおおおおおおっっ」

 ズザっと音がしそうな勢いで立ち上がるサーシャさん。

 「悪いけど、私、中に戻るわね。今から色々とアイデアをまとめてみるわっっ」

 「そんなに急がなくても・・・って、聞いてないか」

 俺はあっという間にドアの向こうに消えてしまったサーシャさんを見送ってから、盛大な溜め息を吐いた。

 「まぁこれで、今夜はのんびりできるな、うん」

 俺は気を取り直して、サーシャさんの突進で地面に転がった串肉を食べるために、軽くパタパタと土を払ってからもう一度焚き火であぶるのだった。

 いや、だってさ、もったいないじゃん。






 読んでくださって、ありがとうございました。


Edited 04/10/2017 @ 05:54 誤字訂正しました。ご指摘ありがとうございました。

人間、何かの没頭していればそれで結構満足 → 人間、何かに没頭していればそれで結構満足

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] サーシャとの絡み、くどすぎ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ