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41.

 ポーチから出したのは、さっき受け取ってもらえなかった依頼書だ。

 俺はそれをテーブルの上に置いて、そのままスッとサーシャさんの前に滑らせた。

 「申し訳ありませんが、村に戻ってこれを提出しなければいけないので、サインしていただけませんか?」

 「そんなに急がなくったって、村はすぐそこじゃない」

 「はい、ですが私も旅の途中なので、そろそろ村を出なければ休憩所に辿り着けませんので」

 今夜はグレンダさんのところにもう一泊しようと思っているけど、そんな事は絶対に口にしない。

 「んっもう、コータちゃんったら仕方ないわね。旅なんてものはね、そんなに急いで移動するもんじゃないのよ。時間をかけて楽しみながら移動しなくっちゃ」

 ぶつぶつ言いながらも、サーシャさんは俺が差し出した依頼書を自分の手前に移動させる。

 それから一通り読むようだ。

 自分で依頼したんだからわざわざ読む必要はない気がするんだけどな。

 「そういえば、さ。あなた、どうやってこのキッチンの天井が魔法具で明かりを灯したようになってるって判ったの?」

 「それは・・・」

 『天井全てが魔法具だと魔力の消費量がすごく多くなるので、魔法具を使って天井が光っているように見せているのだと推測した、と答えてください』

 返事に困って言葉を詰まらせていると、スミレが耳元でサーシャさんに返す言葉のお手本を囁いた。

 「そのですね。天井全部を魔法具にすると、魔力の消費量が半端じゃないですよね。それってすごく大変じゃないですか。だからきっと魔法具があって、それを使って使う事で魔力の消費量を抑えているんだろうな、って思ったんですよ」

 スミレが、だけどな。

 「そうなのよ〜。最初はね。天井全部を光らせちゃえ、って思ってたの。でもね、作ってみたら私の魔力なんてほんの10分で使い切っちゃったの。おかげでぶっ倒れちゃってねぇ、丸一日気絶してたわ」

 「はぁ・・」

 「これは大変って思って、じゃあどうしようって考えたのよ。すぐに思いつかなくってねぇ、3ヶ月ほどず〜〜っと考えてたのよ。うふふっ」

 「あの・・・天井から照明をぶら下げるってやり方じゃあダメだったんですか?」

 「そうね。普通の家だったら光の魔石を使った照明をぶら下げているわね。でも、それってすっごくダサいじゃな〜い。そんなだっさい家、住みたくないもの」

 「はぁ・・・」

 「なんたって私は天才錬金術師ですもの。そんなありふれた照明の家なんてダサくって住めないわよ」

 自分でいう天才ほど怖いものはない気がするのは俺だけか?

 「だからね、魔法具を作って、それを使って明かりを天井全体に照射する方式にしたの。それなら普通の照明並みの魔力で十分だからね。それで、もしかしたら廊下の壁が光ってる事に気づいたかしら?」

 「はい、ほんのりと光っていましたよね」

 「そうそう、あれはね〜、光の魔石を粉にしたものを板状にしてね、それを壁板として張ってあるのよ。それでね、魔法具を使って日中の陽輝石を使って貯めた太陽の光をあの壁の魔石に流し込んで光らせているの」

 ソーラーパワーってやつか?

 それにしては威力が弱い気がするけどな。廊下、すっごく薄暗かったぞ?

 「ただねぇ、あんまり光らないのよね。どうもうまく太陽の光を使いきれていないみたい」

 「どうやって太陽の光を集めているんですか?」

 「それはねぇ、この家のドームの部分に陽輝石を並べて置いてあるの。そうすれば日中ならお日様が当たるでしょ?」

 「陽輝石って?」

 「太陽に当たる事で光を集めてくれるの。それを夜家に置いておくと明かりの代わりになるのよ」

 太陽電池で夜になると明かりが灯るって事か?

 「じゃあ、陽輝石を並べてるって、どんな感じに?」

 それはねぇ、とテーブルの上に屋根ドームの上の光の魔石の配置図を指で書いて教えてくれる。それからその石をどうやって固定させているのかも聞いてみる。

 「ああ、なるほどね。でもそれだと陽輝石の殆どを固定させるために埋めているんですよね。それだと太陽が当たらない部分が多すぎるから、それで太陽光を充電できないんじゃないのかな。それだったら同じ固定するんでも屋根に直接固定するんじゃあなくって、こんな風に屋根から持ち上げて--」

 俺は陽輝石をチューリップの花の部分のように茎で屋根から持ち上げて、それを針金かなにかで固定する方法を示す。

 そうすれば屋根に埋め込んで表面に出ている部分が4分の1だった頃に比べれば、陽輝石の表面積のほぼ全てが太陽に晒されるようになる。たとえ針金を使っていても、以前のように4分の3も覆われる事はないだろう。せいぜいが1割程度だと思う。

 「あっら〜、いいアイデアねぇ。あなた、すっごく頭いいんじゃないの?」

 「俺ですか? いえいえ、まだまだですよ」

 「そんなに謙遜しなくたっていいじゃない。私の問題をあっという間に解決してくれたんだもの、凄いと思うわよぉ〜」

 たったあれだけの事ですごいと言われても、あまり褒められている気がしないのは俺だけだろうか?

 俺は天井を見上げて、きっとあれも同じように光の魔石を粉にしたものが板になっているんだろうなぁ、と思う。

 「あの板、錬金術で作ったんですか?」

 「えっ? あ〜・・・うん。そうなの」

 あれ? なんか急に歯切れが悪くなったな?

 「凄いですね。だったらすでに既存の天井にあの板を張るだけで、光る天井ができるって訳ですか」

 「そうよ。便利でしょ? でもね、そう思ってくれる人っていないのよねぇ」

 「そうなんですか?」

 「だって、天井に板を張るよりは照明をぶら下げる方が楽なんだって」

 そりゃそうだ。わざわざ天井板を張り替えるなんて事をするよりは、照明を1つ吊るす方が楽だしお金もかからないだろうしな。

 「まったく、こんな画期的な発明を受け入れないなんて、原始的な人たちばっかりでいやんなっちゃう」

 「あ〜・・・はぁ。でも、錬金術師さんだったら、仕事は色々とあるんじゃないんですか?」

 「・・・普通〜の錬金術師、なら、ね」

 ありゃ、地雷を踏んだんだろうか?

 「私はねぇ、普通じゃないの。せっかく錬金術のスキルを持って生まれたっていうのに、中途半端な錬金術でまったく使い物になんないの」

 錬金術ってスキルだったのか?

 知らなかったよ。

 「中途半端って、どういう意味ですか?」

 「私が作れるものっていろいろあるのよ。それこそほかの錬金術師よりも幅が広いの。ただねぇ、私が作れるものって、板なの」

 「はっ? 板・・、ですか?」

 「そう。板、というより板状のものだけ、って言うべきね。何を作っても板みたいな平べったい板みたいなものになっちゃうのよ」

 「もしかして、それで天井の明かりは・・・」

 「そーよ。板照明よ。どーせそんなものしか作れないわよ」

 錬金術というと、何もないところから金を生む! みたいなイメージがあったんだが、どうやらここでは発明家と錬金術師は同等みたいだな。

 「これでもね、錬金術の学校に通い始めた頃は、色々と将来に希望を持っていたのよ。偉大な発明家であり錬金術師になるんだ、ってね。だけど、授業で出された課題の全てがいくらやっても板になっちゃうのよ。加工できないものなんてないの。金属だって宝石だって、ほかにも扱いが難しいとされるものもなんでも扱えたわ。ただその形が板みたいになっちゃうだけ・・・・」

 「その・・でも学校では何を作ったんですか?」

 一体どんなものを学校で作る事を習ったんだ?

 「明かりのような生活道具、武器、調理器具、あとは卒業単位のための発明魔法具。ほんっとうにいろんなものを練金術のスキルで作らされたわ。だけどね。武器は剣なら作れたけど平べったい刃の部分しか作れなかったし、調理器具は包丁だけは作れたけどそれも持ち手はないものだけ。明かりの道具は見ての通り照明板だけよ。学校を卒業するまで、クラスのみ〜んなに馬鹿にされたわ」

 それは・・・大変だったろう、としか言えないなぁ。

 「で、でもこの家は丸いじゃないですか? これは錬金術で作ったんじゃないんですか?」

 「作ったわよ。でも板をくるっと丸めただけで、天井のドームの部分も板を曲げて作ったの。板、板、板、それだけでできた家よ」

 なるほど。錬金術で作った板を貼り合わせてできた家、って事か。

 板だけって言ってるけど、それでも凄いと思うけどなぁ。

 「私ね、これでも座学では成績が良かったのよ。錬金術の理論を使って色々な開発論文も書いたの。だけど、せっかく書き上げた論文を自分で実験する事ができなかったから、ちゃんと認めてもらえなかったのよ。それどころか私の論文を横取りして、いかにも自分が発見した風を装ってその功を認められたヤツだっていた」

 ぐぬぬ、と拳を握りしめているその姿はまるで仁王様のようで怖かった。

 「私の頭脳を利用しようとした輩は、私が卒業する時に一緒に仕事をしようって誘ってくれたの。だけど利用されるだけだって判っててそんな提案に乗るほど愚かじゃないわ、私」

 「はぁ・・・」

 「だからね、学校を卒業してからすぐにここにやってきたの。ハリソン村って私のおじいちゃんが住んでた村でね、最初の頃はおじいちゃんが一緒に住んでいたんだけど、おじいちゃんが亡くなってからは村に居場所がなくなっちゃってね・・・それでここに1人で住むようになったの。幸いな事に時々加工が難しいもので板状にしたいものがあるっていう人がここに来て仕事を依頼してくれるから、なんとか食べていけるのよね」

 「あれ、じゃあ、あのウサギの毛皮も?」

 「そう。あれも私にきた依頼ね。依頼内容は言えないけど、おかげですぐにでも仕事に取りかかれるから助かっちゃったわ」

 ウサギの毛皮で何を作るんだろう?

 確か二束三文の値段しか付いていないものなのに、それを使って錬金術で何を作るのか興味がある。

 でもまぁサーシャさんのいう通り仕事だから、無理に聞き出せないしな。

 「そういえばあなた、ハンターよね」

 「はい。といってもハンターになったばかりですけどね」

 「じゃあ、探索クリスタル、って聞いた事ない?」

 「探索クリスタル、ですか?」

 う〜ん、聞いた事ないなあ。

 俺は頭を横に振った。

 「そう・・・結構売れてるって聞いたんだけど」

 「あの、それってどんなものなんですか?」

 「あのね、パッと見た感じは丁度手のひらに乗る大きさの普通のクリスタルなのよ。だけど、それの下に探したいものを置いて記憶させるとね、クリスタルの中に小さな赤い点が出てきて、その点が指す方向に進めば探しているものを見つけられるっていうモノなの。たとえば特定の魔獣を探している時なんかに便利よ」

 魔獣かぁ・・・そんな怖いものを獲物にする気はないからなぁ。

 それに俺にはスミレがいるからな。いつだって探索してくれるからそんなもの必要ないし。

 でもそれってGPSよりすごいんじゃね?

 ハンターだったら垂涎ものだろうな。

 「あら、興味ないのかしら?」

 「そうですね・・・俺はまだまだ駆け出しのハンターなので、今は薬草採取専門ですから。もしかしたらそのうち獣の依頼も受けるようになるかもしれませんけど、今はまだまだ弱いです」

 「あら、ちゃんと自分の実力を理解しているのね。ハンターにしては珍しいわ。大抵のハンター、特になりたての連中って訳の判らない自信を持っているから、そんな謙虚な事言わないわよ」

 「あ、ははは・・俺は自分が弱いって判ってますからね」

 現代日本人がそんな怖い自信なんか持っている訳ないだろ。

 「それで、その、探索クリスタルですか? それがどうしたんですか?」

 「あの研究開発論文を書いたのは私なの」

 「えぇっ、すごいじゃないですか」

 俺が思わず声をあげると、ふふん、と胸を反らしたサーシャさんだけど、すぐに俯いてしまった。

 「そうね。私も自分ですごいって思ったわよ。だけど、ほら、私、板みたいな平べったいものしか作れないじゃない。だから、教授が他の人に作成許可を与えちゃったのよ。それも私に事後承諾でね・・・だから、あの功績を挙げたのは私じゃなくて、当時のクラスメート・・・」

 「それは・・・」

 「まったく、いやんなっちゃうわよね」

 どこか自嘲気味の笑みを浮かべたサーシャさん。その笑みは怖いが、気持ちは判る。

 俺だって社畜時代に、何度か同僚に俺の功績を誤魔化されて奪われた事があったんだ。

 あの時の悔しい気持ちは忘れられないぞ!

 あれ、でも、探索クリスタルって、丸いクリスタルボールよりは板状の方が使い勝手がいいんじゃないのか?

 「あの、サーシャさん」

 「サーシャって呼び捨てでいいわよ」

 「いいえ、初対面の方に向かってそれはできないですよ」

 「んっもう、堅苦しいんだから」

 クネクネっと体をくねらすサーシャさんから視線を逸らして見ないようにする。

 「探索クリスタルの作り方は判るんですよね」

 「もちろんよ。私が開発したんだもん」

 「じゃあ、面白い提案があるんですけど、興味ありますか?」

 ちらっとサーシャさんに視線を向けると訝しげな顔をしていたが、少し逡巡してからコクンと頷いたのだった。






 読んでくださって、ありがとうございました。

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