40.
「私のお客様、かしら?」
もう一度小首を傾げて訪ねてくる声に、俺はようやく現実に戻ってきた。
あまりにもビジュアル的な暴力を振るわれたから、つい意識を逃していたようだ。
ハッとしてから頭を軽く振って、目の前の多分依頼人に顔を向けた。
そこには身長が2メートルに届きそうなガタイのいい大男がおかっぱのショッキングピンクの髪をふわりとさせて頭を傾げている姿があった。
「ゆ・・夢じゃなかった・・・」
思わず俯いて呟いてしまったが、これは許されると思う。
「何か言ったかしら?」
「いっ、いいえ、なんでもないです」
「そお? それで、お客様、かしら? ここは錬金術師である私、サーシャの家なんだけど?」
「あっ、その、ギルドからきました、コータと言います。ウサギの毛皮を1枚依頼されていると聞いたんですけど」
「あらっ! もう持ってきてくれたの? 仕事が早いのねぇ。助かるわ」
両手で頬を挟んでクネクネと腰が動くのを見て、俺はその場に跪きそうになったがぐっと堪えるとリュックから用意していたウサギの毛皮を取り出した。
「こちらです」
「ありがとっ」
うふ、っと言いながら俺から毛皮を受け取った目の前の変た、いや、サーシャと名乗った男は、そのまま両手で毛皮を広げて表と裏をじっくりと検分している。
サーシャさんの視線が俺から外れた事で少しだけ息ができるようになった気がした俺は、そのまま大きく深呼吸を2回する。
「うん、これでいいわ」
「そ、そうですか? それではこちらの紙に依頼達成のサインをお願いします」
どこか及び腰になりながらも、俺はポーチから取り出した紙を差し出した。
しかしサーシャさんはそれを受け取ろうとしないで、代わりにドアを大きく開けた。
「じゃあ、中に入んなさい」
「いっ、いえ、ここで大丈夫です」
「だぁめ、ドアを開けっ放しだと危ないでしょ? いいから入んなさい」
中に入ってあんたと2人きりになる方が危険なきがするのは俺の気のせいだろうか?
「あの、ですね。俺が乗ってきたパ、ヒッポリアがいるので、ほっとくわけにはいかないんで・・」
「ヒッポリアなら大丈夫よ。ちょっとした獣なら蹴散らせるから。いいから早くはいんなさい」
「・・・・はい・・・」
サーシャさんはドアを大きく開けて俺に顎をしゃくって中に入るよう促す。
俺はそれ以上逆らえなくて、ドナドナの気分で男に言われるまま開かれたドアに足を踏み入れた。
薄暗い中に入って目が暗さに慣れる前に、ガシャンとドアが閉まる音がした。
ああ、閉まっちゃったよ。
俺、無事にここから出られるんだろうか・・・・
「ほら、こっちよ。付いてきなさいな」
「はい・・・」
どなどなどーなー どーーーなーーーー
・・・はぁ。
頭に響くのはあの有名な子牛を市場に連れて行くメロディーだった。
ドアから中に入ってから薄暗い室内に目が慣れて最初に見えたのは、なんとなく薄く明かりを発しているような壁だった。
それでもまだまだ薄暗いのだが、家の中に慣れた目にはその明かりだけでなんとか男の後を着いて行く事ができる。
廊下の長さは多分4、5メートル程度で、ドアからまっすぐ伸びている。
行き止まりにくると、正面と左右の3つのドアが見えた。
サーシャさんは左のドアを開けて中に入っていく。
俺はその男のあとに着いて中に入ると、そこはどうやらキッチンのようだ。
「ほら、そこのテーブルに座りなさいな。私はペンを取ってくるわ」
「はい、ありがとうございます」
席を勧められて礼を言うと、サーシャさんはパッと振り返ったかと思うとそのまま何も言わずにまじまじと俺の顔を見つめる。
「・・・・」
「あの・・・?」
「ああ、ごめんなさいね。お礼を言われてびっくりしちゃった」
うふっ、と片手を口に当てて笑う姿に俺は硬直してしまったが、サーシャさんはそんな俺を気にも留めずにそのままドアから出て行ってしまった。
はぁ〜〜〜〜〜〜
勧められた席に座ると、途端に出てきたでっかい溜め息。
できればそのまま突っ伏したいが、他人のそれも全く知らない人間の家でそれはさすがにできないぞ。
『なかなか個性的な依頼人ですね』
「あ? ああ、スミレかぁ。うん、そうだなぁ」
どうやらスミレはパンジーのところに残らずに、そのまま俺に着いてきたようだ。
「スミレ、パンジーは大丈夫だと思うか?」
『多分大丈夫ではないかと思います。あの依頼人も言っていたようにヒッポリアはそれなりに自衛ができる動物ですから』
「そっか・・・」
スミレがそう言うんじゃあ、安心だな。
サーシャさんが言った時はちょっと信用していなかったが、なんでも知っている俺のデータバンクであるスミレの言葉なら信用できる。
「それにしても変な家だよな」
『ええ、そうですね。変わった家です』
キッチンと思しき部屋は天井の全体が光っているので、それが明かりになっているのだ。
なんだか日本でもSF映画とかでしか見た事がないような近代的な技術に見えるが、その仕組みは俺には全く見当もつかない。
「なあ、スミレ。この天井、どうやって光っているんだと思う?」
『天井、ですか?』
俺に言われて初めて気づいたかのようにスミレは天井を見上げた。
『スキャンしてみますね・・・はい、スキャン終了。これは魔法具の仕組みを使って作られた明かりのようです』
「天井全部が魔法具なのか?」
『いいえ、どこかに魔法具を設置して、それを使って天井全体を光らせているみたいです』
「ふぅん・・・魔法具を使って天井を光らせてんのかぁ・・・凄いなぁ」
超ハイテクじゃん。
って、テクノロジーじゃないんだけどさ。
「あら、見ただけでそこまで判るなんて、あなた、凄いわね」
「へっ?」
スミレじゃない声に振り返ると、そこには変た・・・もとい、サーシャさんが立っていた。
その手には髪のようなショッキングピンクではないが薄いピンク色の大きな羽根が付いたペンを持っている。
「お待たせ、やっとペンが見つかったの」
「は・・はぁ」
「じゃ、サインをする前にお茶を入れるわね」
「い、いえ、結構です」
「遠慮なんかしなくてもいいわよ〜。お湯はいつも沸いてるからすぐに淹れられるわ」
別に遠慮したわけじゃなくてさ、とっとと帰りたいから断ったんだけどな。
そんな俺の内心なんか聞こえないのは判ってる。
俺は仕方なくふんふんとハミングしながらお茶の用意をしているサーシャさんの後ろ姿を眺める。
「はい、お・ま・た・せ❤︎」
スタッカートの効いた声でお茶を俺の前に置くと、そのまま自分のカップを持って俺の前に座る。
「ほらほら、遠慮しないで。体があったまるわよぉ」
「はぁ・・・ありがとうございます」
これはお茶、なのか?
ぱっと見の色はなんというか濃い緑色をしている。
そしてどことなくドロっとして見えるのは気のせいじゃないだろう。
「あの、これは?」
「お茶よ。私が丹精込めてブレンドしたお茶なの。見た目はちょっとアレだけど、味は保証するわよ」
バチンと音がするようなウィンクを決めたサーシャさん。
しかしその目つきは鋭く、俺に絶対に飲むのだと命令している。
俺は意を決してカップを手に取りじっとその中身を見つめる。
こうしてみているうちに量が減っていくとか、そんなうまい事ないかなぁ。
『コータ様、毒物反応はありません』
小さなスミレの声が聞こえた。
どうやら俺が難しい顔でカップを眺めていたから、スキャンで調べてくれたようだ。
ついでにほかに何か変な物質が入っているかどうかも調べてくれないだろうか?
『お茶の成分以外は、薬効成分が少量含まれるだけで、特に怪しい物質も反応はありません』
よっしゃ、スミレ。
俺は心の中でガッツポーズをとってから、思いきって1口飲んだ。
口いっぱいに広がる青臭い風味。まるで雑草をそのまま口に入れたような味だった。
「お口に合わないかしら?」
俺は無意識のうちに眉間に皺を寄せていたようだ。
「ははは・・・そうですね。とても個性的な味で、慣れない俺としてはちょっと苦手です」
「あら・・残念だわ」
引きつりそうになる口元をなんとか笑みの形にして答えると、俺はそっとカップをテーブルの上においた。
「薬効成分もあって、体にはと〜〜〜ってもいいのよ」
「そんな風味がしますね」
「でしょ、苦味を取り除くのがすっごく大変だったの。それをやっと飲みやすくできたのよ〜。もうほんっとうに私、頑張ったん・だ・か・ら」
これ以上にまずかったのか?
それ、絶対に飲みもんじゃねえよっ。敵対する相手に対して飲ませる嫌がらせのリーサルウェポンだよ。
それより俺はそろそろこの変な家から出て、外で待っているパンジーのところに行きたいぞ。
とっととサインをもらって出て行こう。
俺はサーシャさんのスタッカートが効いたセリフを聞き流すと、ポーチに手を伸ばしたのだった。
読んでくださって、ありがとうございました。




