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37.

 ハリソン村のハンターズ・ギルドは、木造平屋の小さな事務所のような大きさの建物だった。

 俺はそっと木製の扉を押して中を覗いてみると3メートルほどの長さのカウンターがあり、その前に2人のギルド職員と思しき男性が2人座っているだけだった。

 1人は年配で薄茶色の髪を短く切ったがっしりとした体型のハンターだと言ってもおかしくない強面をしているが、なぜか頭の上には短めのウサギの耳が付いている。

 そしてもう1人の方は若く中肉中背で特に変わった耳などはないのだが、その代わりに髪の色が見事な黄緑色をしており、それを腰の辺りまで伸ばして後ろで縛っている。

 そんな2人の姿に一瞬目を奪われたものの、ここは異世界だから、と自分に言い聞かせてから建物の中を見回した。

 時間的にはハンターが依頼の換金をしていてもおかしくないのだが、カウンターの中の職員以外に人はいないようで閑散としている。

 俺は意を決して中に入った。

 「いらっしゃいませ」

 俺が入ってきた事に気づいた2人の男のうちに若い方が声をかけてきた。

 「ここ、ハンターズ・ギルドですよね?」

 「はい、そうですよ。ハンターの方ですか?」

 「あっ、はい」

 俺とそう変わらない身長の男は、人当たりのいい笑みを浮かべて頷く。

 「旅の途中ですか?」

 「そうです」

 「こちらで何か依頼を受ける予定でもありますか?」

 「えっと、依頼を見せてもらいたいな、と思って来たんです」

 「それでしたら、あちらに依頼板があるので見ていただけますか?」

 「あっ、はい」

 俺は男が指差した方を振り返ると、確かに何枚か紙が貼ってある依頼板があった。

 俺は軽く会釈をしてからそちらに向かう。

 どれどれ、っと。

 ジャンダ村に比べると依頼の数が少ないなぁ。

 それに大した依頼もなさそうだ。

 「あの」

 「なんでしょう?」

 「あまり依頼はないんですね」

 「ええ、そうですね。もう暫くすれば外部からの依頼の数も増えてくると思うんですが、今はこの村の中での依頼くらいしかありませんね。どちらから来られたんですか?」

 「俺は・・えっと、ジャンダ村からです」

 一瞬ローデンって言いかけて、ジャンダ村に言い換えた。

 なんせ知る人がほぼいないっていう集落だったらしいからさ、ローデンと言ってどこなんだって問い詰められても困るよ。

 「なるほど。ジャンダ村だったらアーヴィンの森が近いから依頼も多いでしょうねぇ。羨ましい限りです」

 苦笑いを浮かべて答えてくれるのを聞きながら、ふと目に止まった依頼があった。

 「ウサギ、って、あの金にならないヤツ、だよな?」

 『そうですね、確か皮が10枚でお昼ご飯になるかどうか、って言ってましたよね』

 「うん。でも、これ、皮が1枚だけの依頼で、しかも100ドランだって」

 ジャンダ村の10倍だよ。

 ま、それでもしれてるんだけどさ。

 「あの、これ、どうして高いんですか?」

 「どれでしょう?」

 これ、と指差してカウンターの向こうから見える筈がなかった。

 ちょっと恥ずかしかったが、依頼板から依頼を外してそれを手にカウンターに向かう。

 「このウサギって、あのでっかいウサギですよね?」

 「このウサギってとあのウサギの違いが判りませんが、基本ウサギと言われる獲物は1種類ですから、きっと同じものだと思いますね」

 「・・・すみません」

 「いえいえ、こちらこそ変な言い方をしましたね。申し訳ありません」

 バカな事を言った俺の事をからかっているのかと思ったのだが、謝る男の顔は真剣なので本気で謝っているんだろう。

 「と、とにかく。ウサギの毛皮1枚で100ドランなんですか?」

 「えっと・・・ああ、そうですね。その依頼人は郊外に住んでいるんですが、何かの実験のためにウサギの皮が必要になった、と言って今朝依頼して来たんですよ」

 「実験・・・・」

 「ちょっと変わった錬金術師なんですよ。まぁ害はないですから心配しないでください」

 それはどういう意味なんだろうか?

 錬金術師イコール害があるという事なんだろうか?

 「郊外に住んでいるんだったら自分でウサギくらい獲れそうなんですけど・・・?」

 「あ〜・・・彼には無理ですね。そういう事に向いていませんから。本人もそれが判っているのでこうやって依頼してきたんですよ」

 「そ、そうなんですか・・・」

 なかなか合いの手に困る返事だった。

 「それで受けていただけるんですか?」

 「受けるっていうか、丁度ウサギの毛皮を1枚持っているんです」

 「それはよかった。売っていただけますか?」

 「は、はい」

 にっこり、と笑みをかべた目の前のギルド職員は、すっと俺の前に手を差し出してきた。

 それを見て俺は慌てて彼の前だというのにポーチを開けて中からウサギの毛皮を取り出した。

 「あっ・・・」

 ヤバッッ! 

 ケィリーンさんにあれだけ人前で使うなって言われたのに。

 でも、彼もギルド職員だからいいのか?

 おそるおそる上目遣いで目の前のギルド職員を見ると、彼は特に気にした風もなくニコニコと笑みを浮かべて俺を見ている。

 う〜ん、それはそれで怖いような・・・

 「その・・これが毛皮です」

 「はい、確認させていただきますね」

 そっと手渡した毛皮を手に取り、彼はじっと表と裏を検分してから頷いた。

 「これなら大丈夫です」

 自分で解体をしたから粗いところがあるんじゃないかと心配したが、どうやら大丈夫らしい。

 「じゃあ、依頼達成ですか?」

 「はい。ただですね」

 そこで言葉を止めて、目の前のギルド職員は少し済まなそうな表情になる。

 「依頼人の希望で、直接この毛皮を届けて欲しいんです。この依頼達成金には配達料も含まれているんです」

 「配達って、どこですか?」

 「この村の塀から1キラメッチ(1キロメートル)ほど南東に行ったところにちょっとした林があるんですが、その手前に彼の家があります」

 「えっと・・・村の外、に住んでいる、って事ですよね」

 「はい、郊外に住んでいる錬金術師です」

 郊外って、そういう意味かよっっ。

 てっきり村の外れの塀のすぐそばかと思ってたよ、俺。

 「あの、ですね。そこまでに手強い魔獣が出る、とかって事、ないですよね?」

 「この周辺には大型の魔獣はいませんよ。草食獣が魔獣化したものがたまに出ますが、大きさはそれほどではありません」

 草食獣の魔獣か、じゃあ大丈夫かな?

 「判りました。届けてきます。あっ、それ、明日でもいいですか?」

 「もちろんです。もう夕方ですからね。今から出かけると帰ってくる頃には真っ暗になっていると危険ですからね」

 片道1キロなら往復で2キロ。なんならパンジーに乗って出かければいいとは思うんだが、それでも何があるか判らないからな。

 それに宿で夕飯の金を払っているんだから無駄にはできないぞ。

 「ではそれを直接依頼主に届けてください。こちらの依頼票を持って行って、依頼主からサインを貰って帰って来た時に報酬をお支払いします」

 「判りました」

 わざわざ帰ってくるのは面倒くさいが仕方ない。

 少しでも依頼を受けておかないとハンターレベルが上がらないからなぁ。

 「あっ、そうだ。この村に商人ギルドはありますか?」

 「商人ギルドですか?」

 「はい。ジャンダ村で商人ギルドに登録しておいた方がいいって言われましたので」

 「なるほど」

 ケィリーンさんが何かを作って売るのであれば、商人ギルドと生産ギルドに入っておいた方がいいと言ったのだ。

 卸業おろしぎょうギルドというのもあるらしいのだが、そちらは大きな都市や市に行かなければないので、それまで待たなければいけない。

 なんか税金の関係で、自分で商売をするのでなければ卸業ギルドの方がお得なんだとか。

 「それでしたらここで登録できますよ」

 「えっ、でもここってハンターズ・ギルドですよね?」

 「はい。この村は小さいですから、ギルドが2つあっても経営が難しいんです。ですので、ハンターズ・ギルドが商人ギルドの登録を兼業しているんです」

 「ああ、なるほど」

 小さな村だから2つのギルドを維持するのが難しいって事か。

 じゃあなんでジャンダ村になかったんだろう?

 「それでは登録されますか?」

 「あっ、はい、お願いします」

 「ではハンターズ・ギルドのカードを出してもらえますか? そちらを身分証明書として発行手続きに使わせていただきます」

 そう言われておれは首にかけていたギルドカードを取り出して、カウンターにおいた。

 「コータさん、ですね。出身はローデン集落、ですか? 聞いた事ありませんがジャンダ村のハンターズ・ギルドがこうして発行しているので大丈夫です。ギルドレベルは黄色の星3つですね」

 「はい、つい2週間ほど前に登録したばかりです」

 「なるほど。それなら黄色レベルでも仕方ないですね。でもちゃんとレベルアップの努力をされているようなので、これからも頑張ってくださいね」

 黄色は初心者カラーだからな、ちゃんと言い訳はしておこう。

 「それではこちらを使って商人ギルド登録をしますが、カードを分けますか? それともハンターズ・ギルドのカードと併用されますか?」

 「そんな事できるんですか?」

 「はい、できますよ。商人の方が自分で材料を取りに行く事もありますし、ハンターの方が自分で加工して物を売る事もありますからね」

 どっちがどう違うのかよく判らないが、よくある事、という事なんだろう、うん。

 「でもどうやってギルドランクの違いを見分けるんですか?」

 「商人ギルドの方にはランクはありませんので、ハンターズ・ギルドのカードの裏に商人ギルドに所属している旨を表記するだけなんです。商人ギルドでは支払う税金が決まっていますからね」

 ふぅん、としか反応できない俺だが、あとでスミレに説明してもらおう。

 「ただ中には自分がハンターである事を隠したいと言われる方もいますので、それでお尋ねしました」

 「それって、何かメリットがあるんですか?」

 「そうですね。特にメリットがあるとは言えませんが、敢えて言えばハンターである事を隠して駆け引きをする時に有利な時がある、かもしれないという程度でしょうか?」

 なんだそりゃ、よく判らんぞ。

 「そういえば判らないんですけど、商人ギルドは税金を取るって聞いてますけど、その税金はどうやって徴収するんですか?」

 「それは、それほど難しくはないんです。商人ギルドのみなさんはカードを持っています。一度登録するとそのカードがみなさんの売買履歴を全て記録します。そのカードをギルドに持ってくる事で、それぞれの商人がいくらの税金を払わなければならないかが分かる仕組みになっています」

 自動で記録するって事か?

 それって確かハンターの方も俺が獲物を獲ったらそれを自動的に記録していくから、それを使ってレベルアップしたかどうかが判るって説明してくれたっけ。

 「なるほど、そうやってきちんと正確な税金が判るって事ですね。でも俺は都市を目指して旅をしていて、そこで卸業ギルドに登録しようと思っているんですけど、その時に商人ギルドと卸業ギルドの両方に入っていても大丈夫なんですか?」

 「その点も大丈夫ですよ。商人ギルドの税金は商人ギルドカードを持っていない相手との売買取り引きに対して適用されます。そして相手がギルドカードを持っていれば、その売買取り引きは卸業ギルドの税率が適用されます。もちろん卸業ギルドに登録していなければ、どのような相手が取り引きの時でも商人ギルドの税率が適用されますけどね」

 つまり卸業ギルドに登録していなくても商人相手の取り引きはできるって事だな。

 ただ、支払う税率を考えると卸業ギルドに入っていた方がお得、という訳だ。

 「税率はどうなっているんですか?」

 「税率ですか? 商人ギルドでは売った物に対して20パーセントの税金を課しています。そして卸業ギルドでは税率は10パーセントですね。どちらも徴収した税金には国に支払う分も含めていますので、改めて国から税金徴収されるという心配はありません」

 「ああ、それは助かりますね」

 10パーセントとか20パーセントって言われてドキッとしたけど、それを払っておけば国からまた取られるって事がないっていうのは楽でいいな。

 「あれ? カードを併用できるんだったら、どうしてジャンダ村では商人ギルドの登録ができなかったんだろう?」

 そうだよな、同じカードを使う事ができたんだったらジャンダ村でも登録できてもおかしくないのになぁ?

 「ああ、あそこは仕方がないんです。今はまだシーズンが始まっていないんですが、アーヴィンの森には9ヶ月間の特別採取シーズンというのがありまして、その時に臨時の商人ギルドが開かれるんです。あそこの森に関しては税率が難しいんですよ。基本的に素材というものであれば商人ギルドの税率が適用されるんですが、あの森で獲れる魔獣に関しては税率が魔石の種類や魔獣の部位によって税率がマチマチになるので、そのために特別な魔法器具を持っていく事になっているんです。ただしシーズンオフは全てに対して一律20パーセントになるので、ジャンダ村に関してはハンターズ・ギルドには商人ギルドの登録を行っていないんです」

 「そういえばシーズンが来てないから、って言ってました」

 「そうでしょう。どういう仕組みなのか判っていないのですが、シーズンオフには殆ど魔獣を獲る事ができないんです。魔獣がどこかに隠れて魔力を蓄えるために眠っているのではという説もありますし、繁殖のために森の奥深くに入り込んでいて人が入れる浅い地域から姿を隠しているという説もありますが、どれも確証はありません」

 「じゃあ、シーズンオフだと森は安全だけど、お金を稼ぐハンターの仕事にはならない、って事なんですね」

 「そういう事になりますね」

 じゃあ俺がライティンディアーと遭遇したのは本当にたまたまだったって事だな。

 運が悪かったって事なんだろうけど、いい報酬にはなったから結果オーライ、ってところか。

 「それでは商人ギルドの登録をされますか?」

 「あ、はい、お願いします」

 「商人ギルドの登録には3000ドランが必要になりますが、手持ちはありますか?」

 「は・・はい」

 たっけぇっ!

 登録するだけで3万円かよ。

 でもまぁ先行投資って思うしかない。

 俺はポーチの中から小銭の入った袋を取り出すと、その中から大銀貨3枚を取り出してカウンターに置いた。

 「はい、ありがとうございます。それでは奥で手続きをするのでしばらくお待ちください」

 俺の返事を待つ事もなく、サイモンさんはお金とカードを持ってとっとと奥へと歩いて行ったのだった。





Edited 02/23/2017 @ 21:42CT 変換ミスがありました。ご指摘ありがとうございます。

自分で材料を取りに行事 → 自分で材料を取りに行く事 = 変換ミスでした。


Edited 04/10/2017 @ 05:46 JT

南東に言ったところにちょっとした林が → 南東に行ったところにちょっとした林が

カードの裏に商人ギルドの所属している旨 → カードの裏に商人ギルドに所属している旨

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