36.
俺のパンジーはクリーム色のヒッポリアだからそれほど足は速くない種類だと言われていたんだけど、1日に休憩所2つ分くらいは移動してくれる。
大体50キロくらいかな?
それって歩く事を考えれば倍の距離を移動してくれているって事になる。
サランさんの話ではクリーム色のヒッポリアだと1日30キロくらいが妥当だと言っていたから、1日置きに街道で野宿的な野営をする事になるだろうって覚悟していたんだけど、毎回休憩所で野営をする事ができたんだよ。
ラッキーだったよ、ホント。
そうしてジャンダ村から1番近いと言われるハリソン村が見えてきたのは旅を初めて5日後の夕方前だった。
「思ったより早く着いたな」
『そうですね。パンジーちゃんが意外と速くて助かりました』
「ちゃんと毎晩ゆっくり休めたのがよかったんだよ」
『それだけじゃないと思いますけどね。コータ様のポーションのおかげだと思いますよ』
「ホントだな。やっぱり毎日ポーションの入った水を飲ませたのが良かったんだよな、うん」
『そうですねぇ。普通は家畜であるヒッポリアに低級とはいえポーションなんか飲ませませんからね』
クスクス笑うスミレを横目でジロリと睨んでみたものの、彼女のいう通りなので言い返す言葉はない。
そうなのだ。俺は旅に出た初日に作った体力回復ポーションをパンジーが疲れを出さないように、と水に混ぜて飲ませたのだ。
そしたら次の日は初日よりももっと元気に車を引いてくれたから、ついつい毎晩水の中にポーションを混ぜたんだよ。
パンジーだって疲れが溜ったら可哀そうじゃん。
「だってさ、パンジーだって1日歩けば疲れるだろ。そうじゃなくても俺だけじゃなくて車まで引っ張ってくれてるんだからさ」
『それ、普通ですよ。というか、コータ様の引き車は箱形ですから荷車よりは重いですけど中は殆ど空ですからね、それほど重くはない筈ですよ。普通の行商人の荷車だと本当に積めるだけ積んでますから』
確かに何度かすれ違った馬やヒッポリアが引いていた荷車はすごかった。車の車輪が壊れるんじゃないか、と余計な心配をするほどの積載量だったよ。
あれから比べると確かに俺の引き車は軽いかもしれないなぁ。
それでもそんな荷車を苦にならないといった感じで牽いていたヒッポリアは凄いよな。
「でもおかげで毎晩ちゃんと休憩所で休む事ができただろ? もしポーションを飲ませてなかったら途中の街道沿いで野宿だったかもしれないんだぞ」
『そうですね。確かにそうなっていたかもしれませんね。パンジーちゃん、コータ様のポーションのおかげで毎日頑張ってましたからね』
「どうせ休憩所で毎晩ポーションを作ってたんだからさ、少しは俺たちで使ってもバチは当たらないだろ?」
毎晩休憩所に着くと、すぐに1−2時間ほどその周辺で薬草採取をしたのだ。そして日が暮れて夕食を食べてから作れるだけのポーションを作ったんだよ。
スミレが張り切っちゃって、俺としてはその分美味い晩御飯を作りたかったっていうのに、スキルアップをしなくてはっていうスミレの手前、簡単なスープや焚き火で炙った肉ばかりだったよ。
まぁおかげでそろそろレベルアップしそうだ、とスミレが言っていた。
『そういえば、ポーションはここで売られるんですか?』
「あ〜・・そうだな。とりあえず村に入ったら宿を決めよう。それからギルドに行ってみるよ」
まずは宿だよ。
この引き車の中で布団にくるまって寝たからテントよりはマシだったけど、やっぱり狭苦しくって寝苦しかったんだよ。
今夜はベッドで伸び伸びと寝たいよ。
そういや、よく考えたら俺、この世界に来てからベッドで寝た事ないぞ。
ジャンダ村にいた時はボン爺のところで世話になっていたけど、床に雑魚寝だったもんな。
「宿に泊まりたいなぁ・・・部屋が空いてるといいなぁ」
気がついたら途端にベッドで寝たくなってきた。
『大丈夫じゃないですか? 早めにハリソン村に入れそうですから、きっと宿は空いていると思いますよ』
「だといいなぁ。ふっかふかのベッドじゃなくてもいいからさ、手足を思い切り伸ばして眠りたい」
『そういえば引き車の中は少しコータ様には狭かったみたいですね』
「うん、少しだけ、な。それでも安心して寝れる場所っていうのがあるだけありがたいって判ってるんだけどさ、やっぱ窮屈だったからなぁ・・・」
別に俺がデカイ訳じゃないと思うんだ。
でもさ、車の中は高さが180センチで俺の身長は175センチ。立ってても頭が当たらないくらいは高かったけど、天井からの圧迫感は半端じゃなかった。
それに両手を伸ばせば両方の壁に手をつく事ができるくらいの広さだったから、それも圧迫感に拍車をかけていたのかもしれない。
『あっ、コータ様、見えてきましたよ』
「えっ、どれどれ? ああ、ホントだ。ジャンダ村みたいな塀に囲まれてるんだな」
『魔獣がいますからね、安全のためには仕方ないですよ』
「それでも畑は塀の外なんだな」
『流石にそこまで大きく囲めないんじゃないんでしょうか? その代わりにあちこちに見張りの櫓が建てられているようですよ』
街道沿いの畑の向こうに高さ3メートルほどの櫓が4箇所ほどに建っているが、スミレのいうとおり見張りなんだろうな。
「そっか、あそこに見張りを立てて警戒しながら、他の人たちが畑の手入れをするって事なんだな」
『過去には畑ごと塀で囲んだ村や町もあったようですが、やはり維持が大変でその方法は廃れてしまったようですね。あのような櫓を使う事で畑を更に広げる事もでき、見張りにハンターを起用する事でハンターのための仕事も作る事ができますからね』
「ああ、ここにはアーヴィンの森のような狩りができる場所があんまりなさそうだからな」
『はい。有事にハンターが全くいないという事になると大変ですからね』
「魔獣がいるもんな、この世界には」
まぁ元の世界にも害獣なんて言うのはいたけど、魔物じゃないから熊さえでなければ命の危険を犯して農作業をする事はないだろうけど、ここじゃあそうはいかないもんなぁ。
俺が知ってる魔獣は森で出会ったライティンディアーだけだけど、あれも十分ヤバい魔獣だったよ。俺を獲物としてロックオンしてからは絶対に引かなかったもんな。
スミレの結界がなかったら、俺はあいつに食われただろうって思えるぞ。
「ま、まずは宿だよ」
『門番の人にどこの宿がいいか聞いてみればいいですね』
「おっ、そうだな。地元の人に聞くのが一番だもんな」
安全でいい宿を教えてもらおう。ついでにうまい食堂も教えてもらいたいな。
贅沢をする気はないけど、こういう機会にこの世界の食事を堪能したいぞ。
俺は近づいてくる門に向けてパンジーを歩かせながら、ベッドと食事に思いを馳せるのだった。
門ではギルド・カードのおかげでほんの少しの職務質問を受けただけで中に入れてもらえた。
やっぱり身分証明書って大事だな。
その時に世間話のノリで美味い食堂と安全な宿を教えてもらった。
もちろんパンジーを預ける事ができる宿だ。
とはいえこの村は人口が300人ちょっとらしく、宿は1つしかなかった。
おまけに食堂は村に1つしかなく、それは宿の1階だった。
つまり、宿屋が食堂も兼業しているって事だ。
ちょっとがっかりしたものの、門番のおっちゃんは味は保証するって言ってたから楽しみだ。
「こんにちはー」
宿の前にパンジーを停めて、俺は食堂のドアを開けた。
「はーい」
「部屋はありますか?」
奥から手を拭きながら出てきたのは、ちょっとコロッとした体型の50歳くらいのおばさんだった。ただし髪の色は金色というよりも黄色だったが、それを頭のてっぺんにまとめている。
ドアから顔を覗かせている俺に気づいて、にっこりと笑みを浮かべた彼女は俺に向かって手招きをする。
「お1人さまですか?」
「はい」
「個室と2人部屋、それに4人部屋がありますけど?」
俺が1人だって判ってて、なんで聞いて来るんだ?
「俺1人なんだけど・・?」
「はい、そうですね。ただ相部屋でよければその分安くなるんです。個室だと300ドラン、2人部屋だと250ドラン、4人部屋だと220ドランになります」
なるほど、予算がない人は相部屋に泊まるって事か。
あとはグループなら安くなるっていうのはいいな。1つの部屋で仲間とワイワイ楽しむっていうのもいいだろうな。
ま、どうせ俺は1人だけどさ。
「えっと・・・じゃあ個室で」
「はい、わかりました。食事はつけますか? 夕食と朝食込みですと400ドランになります」
「じゃあそうしてください」
「1泊ですか?」
「えっと・・とりあえず今夜だけでお願いします。あっ、それからヒッポリアと引き車があるんですけど」
「うちの厩舎と納屋を使われますか? もしそうならヒッポリアの厩舎と引き車を入れる納屋の料金は両方で50ドランとなります」
俺はポーチから小銭が入った皮袋を取り出して、その中から小銀貨5枚取り出して彼女に渡す。
「はい、500ドランお預かりします。お釣りは50ドランですね。部屋は2階の奥から2つ目の左側の部屋になります」
お金を受け取った彼女は大銅貨5枚のお釣りを俺に手渡すと、そのまま屈んでテーブルの下から鍵と思しきものを取り出して手渡してくれた。
彼女が手渡してくれた鍵は3センチ幅の5センチくらいの金属製の板で、上の部分にぶら下げるための革紐がついている。真ん中に数字と思しき線が入っている。
そして下の部分は刃こぼれした昔のノコギリの歯のようになっていて、なんとなく銭湯とかで見る下駄箱の鍵のような代物だった。
「これをドアのノブの上にある隙間に差し入れると、鍵が開くようになっていますからね」
「あ、はい。ありがとうございました」
「夕食はすぐに食べられますか?」
「いいえ、これからギルドに行こうと思っているので帰ってからにしたいんですが、それだと遅すぎますか?」
「大丈夫ですよ。夕食の時間にはまだ少し早いんですが、もしかしたらお腹が空いているかもと思って聞いたんです。うちでは夕食は6の鐘から7の鐘の間にご用意しています。朝食は1の鐘の前後ですね」
鐘、と言われて、ああ、と思い出す。
この世界では時計はあるのだが、高価だとかで大抵の人は広間に設置されている鐘の音を聞いて今が何時なのかを知るのだそうだ。
1の鐘は午前7時で音は1回。2の鐘は午前9時で音は2回。と、2時間おきに鐘の名前の数だけ鳴るようになっている。
つまり、音の数がどの鐘なのかを教えてくれる事になっているのだ。
なので彼女が言っている6の鐘は午後5時で7の鐘は午後7時という事になる。
「じゃあ、その時には戻っている筈ですので、その時に食事はいただきますね」
「はい、判りました。食事はここで提供します。もし私がいない時は部屋の鍵を見せてください」
ビジネスホテルの朝食形式みたいなもんかな。
「そうそう、私の名前はグレンダと言いますので、何かあればいつでも来てくださいね」
「はい、ありがとうございます」
俺は銭湯の下駄箱カギを受け取ると、とりあえず2階の部屋を観に行く事にした。
グレンダの指差す先にあった階段を上り、奥から2つ目の部屋の前に行くと、そのまま言われた通りカギを差し込んだ。
カチリ、という音がしてそのままノブを引くとドアが開く。
そろっと中を覗き込んで、その狭さに俺は唖然とする。
『せ、狭いですね』
「ああ・・・でもこの世界じゃこんなものなのかな?」
『どうでしょう? もう少し大きな街に行けばもう少し広い部屋があるかもしれないですね』
「だといいなぁ」
驚いたスミレに返事をしながらドアからカギを抜いてから俺は中に入ってみる。
多分3畳ほどの細長い広さで、ドアの右側にベッドが1つあり、ベッドの足元側に木箱が置かれており、ドアと同じスロットがついている。
蓋は開けられていて中が見える。木箱の横幅はベッドと同じ、奥行きは60センチくらいで深さは70センチくらい。
俺は蓋を閉めてドアを開けるのに使ったカギを差し入れてみるとカチリという音がした。
「ふぅん、部屋のカギと同じ、か」
それからベッドをぐっと押してみる。
「・・・硬いなぁ・・・」
日本のホテルのベッドを想像しちゃ駄目だって判ってるけどさ、それでもお金を払うんだからもう少し寝心地がいいんじゃないか、と期待したんだよ。
でもやっぱり硬い。っていうか、硬すぎるよ。
なんか板間に煎餅布団を敷いた、そんな感じか。
それでも部屋にカギをかけて寝れば安全だろうから、休憩所みたいに夜中に変な動物の鳴き声やガサガサっていう音で目を覚まさないだけゆっくり眠れるだろう。
俺は気を取り直して、まずはパンジーを厩舎に置かせてもらってからギルドに行く事にしたのだった。
読んでくださって、ありがとうございました。
Edited 02/23/2017 @ 21:00CT 間違いを訂正しました。ご指摘ありがとうございました。
大体40キロ → 大体50キロ 4と5を打ち間違えてました。すみません。




