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35.

 ガタガタと車輪から音がする。

 でかい石を轢いた時、思わず引き車を止めて降りて車輪をチェックしてみたが、特にダメージはなかった。

 ヴァンスさんが頑丈に作ってくれたおかげだな。

 村の門の前から真っ直ぐ伸びた街道は舗装こそされていないものの、結構きちんと整備された砂利道って感じだった。

 村を出たのは昼前だったから、今日の目標は休憩所にしている。

 ボン爺の話だとそこはジャンダ村に近いから泊まる人が殆どいないらしい。

 そこに泊まるよりは無理をしてでもジャンダ村までやってこようとする人が多いからだそうだ。

 それを聞いた俺は、そこを今夜の野営地に決めたんだ。

 だって、都合がいいじゃん。

 運良く誰もいなければ、スミレと話していてもおかしいと思われないだろ?

 なんせ今のスミレの姿は誰にも見えないらしいからな。

 次のレベルに上がれば、任意で姿を現わしたり消したりができるらしい。

 「早く休憩所に着いたら薬草集めに行かないか?」

 『薬草ですか?』

 「うん、そう。少し集めてポーションを作ってみたいなって思ってるんだ」

 少しでも物を作ればそれだけ早くレベルアップできるってスミレが言っていたから、それなら人目がなければとにかく物を作っていきたいって思ってる。

 ついでにそうやって作った物をギルドで売れば、それだけ旅の資金も潤沢になるしね。

 「そういえばどんなポーションを作る事ができるんだっけ?」

 『体力回復のためのポーションと魔力回復のためのポーション、それに解毒のためのポーションですね。ただまだレベルが低いのでどれも低級の物しか作れません』

 「ふぅん、それってどのくらいの値段で売れるのかなぁ」

 『私のデータでは低級のポーションは300ドランから500ドランで取引されているとあります。ただこの値段がこの辺りで確実なものかどうか判りません。』

 スミレが言った値段が正しいとして、ポーション1本につき3000円から5000円ってところか。 

 う〜ん、高いのか安いのか判らない値段だよな。

 「んじゃあさ、とりあえず300ドランとして、どのくらい作れる?」

 『材料次第ですね。この辺りですと・・・イズナを10本とシャギタを10本集める事ができれば、コータ様の魔力を使ってボトルを作る事で低級の体力回復ポーションが5本作れます』

 「シャギタがどんなものか判んないけど、休憩所に着いてから薬草集めはできそうかな?」

 『大丈夫だと思いますよ。このままのペースで行けば2時間くらいは薬草採取をする時間はありそうですね』

 ふむ、十分だな。

 2時間あればイズナなら100本は集められたもんな、もちろんスミレの探索機能を使えば、だけどさ。

 「でもさ、ボトルは俺の魔力を使わないと作れないのか?」

 『材料があれば作れますよ。でもこの辺りにはボトルの材料になりそうなものがあまり無いんです』

 「ああ、そっか」

 ガラス作りの材料なんて良く判らないけど、その辺の石や雑草じゃガラスを作れないって事は判る。

 『でもレベルが5まで上がれば、本当にその辺の物を材料として使えるようになるんですよ』

 「なんで? さすがに雑草でボトルは作れないだろ?」

 『今のレベルでは雑草を使うとその中にある繊維などを使えば布などは作れますし染色もできます』

 そういや俺の服も雑草製だったな。

 『そして更にレベルを上げる事で、その素材を細かく分解していく事により作れる物が増えていくんです。分子レベルまで、といえば判るでしょうか?』

 「あ〜・・・多分。つまり、さ。皮袋を作る時に皮がなくてもタンパク質があればそれを皮に変える事ができてそれを皮の代用にして皮袋を作れる、って事かな?」

 俺が言いたい事がスミレに伝わっただろうか?

 『はい、そんな感じですね。今のレベルではそこまで分解及び結合ができませんので、せいぜいが雑草から布を作るところまでしか無理です。でもレベルがマックスになれば、たいていの物は、その辺にある物で作る事ができるようになります。レベルマックスですと分解、結合だけでなく溶解、変容、質量変化もできるようになり、精密度も上がりますから。』

 なんか難しい説明だが、ようはレベルが5になればなんでもできる、って事か?

 それって3Dプリンターって言えるのか?

 いや、今は多次元プリンターだけどさ。

 「なんかスミレの話を聞いていると、それってプリンターじゃなくて錬金術みたいな気がしてきた」

 『そうですね・・・そう思っていただいてもいいかもしれません。ただ錬金術よりも多次元プリンターの能力ははるかに上ですよ。それにコータ様の魔力があれば、本当に作れない物はなくなるだろうと思います』

 「ふぅん・・・でもま、今はまだ無理なんだろ? じゃあ地道に頑張るしかないよな」

 『そうですね。頑張って下さい』

 「・・・はい」

 にっこりと笑みを浮かべて言われると、素直に返事をするしかなかった俺だった。







 ポーチから取り出したかまどの上では鍋がグツグツと音を立てている。

 この竃はこの世界に来て最初の夜に作った物の1つだ。

 出来はまぁまぁなんだが、やっぱり初めて作った物の1つだと思うと思い入れがあって捨てられない。

 それに俺のポーチはほぼ無限大だから、とりあえず今は残したい物は全部入れる事にした。

 もし一杯になってきても、レベルが上がったスミレのストレージに入れる事だってできるからな。

 そんな鍋を横目に、俺は先ほど展開した陣を使う。

 この休憩所に停まっているのは俺の引き車だけ、つまり俺しかここにはいない。

 ボン爺の言った通り、ここまで来たんだったら一気にジャンダ村に行こうっていう人が多いようだ。

 「じゃあ、まずはボトルを作るんだな」

 『はい、1つでいいですよ。ボトルができれば、そのまま次のポーションの中身を作成します。ボトルをその場に置いておく事で、ポーションはボトルの中に作られる事になりますから』

 「なるほど。それってそのうちボトルとポーションをまとめて作る事ができるようになるって事?」

 『いいえ、さすがにそれは無理ですね。レベルが上がってもボトルと中身は別々に作る事になりますが作成速度が上がりますので、作成量は2倍3倍増しになります』

 ほうほう、って事は同じ時間をかけてもできる数が断然増えるって事なんだな。

 『では、ボトル作成します』

 スミレがスクリーンに触れると陣がぼんやりと光りだした。

 いや、陣の上に現れた光がくるくると回っているからぼんやりとして見えるんだろう。

 作る物が小さいせいか、陣の大きさも小さい。

 「そういや陣の大きさって変わるのか?」

 『そうですね。レベルが3になった事で用途に合わせてサイズが変わるようになりました』

 「じゃあさ、もしかしたら引き車の中に陣を展開させて物を作る事もできるかな?」

 『引き車の中ですか? そうですね・・・移動中は無理ですけど、どこかに停車した状態では引き車の中に展開できる陣の大きさの物で作れる物はできるみたいですね』

 ささっと調べてさっと答えるスミレ。有能だなぁ。

 「って事は宿に泊まったりした時も部屋の中で作れるって事だ」

 『その時は多少割り高になっても個室を取ってくださいね』

 「もちろん。他の人がいる部屋でなんてしないよ。ただ宿に泊まっている間に物が作れるんだったら、それだけ早くレベルアップできるかな、って思ったんだ」

 とにかく今の俺の目標はスキルをレベル5まで上げる事だな。

 そうすればなんでも作れるみたいだし。

 「あれ? って事は、もしかしたらそのうち食べ物も作れるかもしれないって事か?」

 だってタンパク質まで物質を分解できるんだったら、皮を作る代わりに肉ができるかもしれないのか?

 『できない事はありませんが、味の方は保証しませんよ?』

 「なんで?」

 『私のデータには肉は肉というだけで、どの程度の脂質があって繊維があって、などというような情報はあるだけですから、そのデータの中にはどのような旨味があるのかなどという物はありません』

 「そっかぁ・・・あっ、でもさ、だったらスキャンすればいいんじゃね?」

 『スキャン、ですか?』

 不思議そうに頭を傾げて俺を見上げるスミレに、俺はうんと頷きながらも説明する。

 「そうそう、例えばさ、ウサギを獲った時に肉を陣に置いてスキャンすればその成分とかもデータになるんじゃないのか?」

 『なるほど。そうですね・・・ああ、今のレベルでは無理です。レベルを4まで上げれば食べ物をスキャンする事によってスキャンした物と同じ物であればいろいろと作る事が可能になりそうです』

 「おっ、マジか! 言ってみるもんだな。それを聞いたらますますレベルアップ頑張ろうって思えるよ。レベルが4になったら俺が食べる物はなんでもスキャンしような」

 『このシチューもでしょうか?』

 「あ〜・・いや、それはいい。自分で作れる物はスキャンする意味ないじゃん。それよりも行く先々で出てくる美味いものをスキャンして、いつでも食いたい時に食えるようになりたいよ」

ここに来てからはあんまりたいしたもん食ってないからなぁ。

 そりゃ飢えるよりはマシだけどさ、それでも日本で食った食物が懐かしいよ。

 焼き鳥、焼肉、トンカツ、ステーキ。

 食いてえなぁ。

 そこまで考えて、ガバっとスミレに顔を近づけた。

 「あーっ! スミレッッ。もっ、もしかして、焼き鳥とか俺の記憶から作れるのか?」

 『焼き鳥、ですか?』

 「俺の記憶のデータになかったか? 焼肉、いや、トンカツでもいいよっ」

 俺の記憶でナイフが作れたんだ。焼き鳥だっていけんじゃね?

 「少々お待ちください・・・はい、サーチ完了、焼き鳥を検索しました・・・・食べ物ですね。これは・・・っと、申し訳ありませんが今は無理です」

 「おおぉぉぉぉ・・・・・」

 がっくりとそのまま両手を地面についてから寝転んだ。

 チックショウ、期待したじゃねえかよ。

 そっか〜、焼き鳥は無理なのかぁ・・・・トンカツも、焼肉も無理なのかぁ・・・・

 『コータ様?』

 「スミレぇ・・・気にすんなぁ・・・」

 俺が勝手に落ち込んでるだけだからさ。

 ちょっとだけ時間をくれ。

 すぐ、気を取り直すから・・・・多分、な。

 『あの・・・?』

 「気にすんなって・・・焼き鳥が食えない事が判って落ち込んでるだけだよ」

 そこまで好きか? と聞かれても返事に困る程度に好きなだけだが、それでももう2度と食べられないと思うとショックなわけだ、うん。

 『食べられますよ』

 「・・・へっ?」

 『ただ、今のレベルでは無理です、と言ったんです。こちらもレベル4まで上げる事ができれば、コータ様の記憶をスキャンし直してデータを使って作る事ができるようになります』

 「ほ・・・ホントに?」

 『はい。ただですね、以前いただいたデータは、私がレベル1の時のものでしたから精度が落ちます。ですのでレベル4になってからもう1度データのスキャンをやり直す事で、コータ様の記憶の中にある9割のものは作れるようになります』

 「へ・・・・・あれをまたやんのか? あれ、もう1回やられたら、俺、死ぬぞ、確実に・・・」

 あの痛みは忘れられない。

 脳を泡立て器でガンガン泡立てられたような、そんなかき回される痛みだった。

 あれをもう一回体験・・・は、したくねえなぁ。

 しかも全部じゃなくって、まだ9割だ。

 って事は、俺の記憶の中のもの全部を作ろうと考えたら、きっとレベルが5になった時にまたやるって事だよなぁ・・・・

 「なぁスミレ」

 『はい?』

 「レベル4で9割のデータ取得って事はさ、レベルが5になった時にまたやんのか?」

 『そうですね・・・すぐにする必要はありませんが、必要になった時にされるよりはレベルが上がった時にしておいた方がいざという時に慌てないで済むので楽ですね』

 「・・・そっかぁ・・・」

 『コータ様?』

 あんな痛い事は2度としたくない。

 が、だ。痛くても焼き鳥が食えるんだったらそれだけの価値はあるんだ。

 それにあと1回、いやレベルが5になった時にもしなくちゃいけないから、あと2回。それだけ我慢すれば焼肉でも焼き鳥でも、なんだったらあの有名な牛丼屋の牛丼でも作ってもらえるんだ。

 俺の記憶にある食べ物ならなんだって作ってもらえるようになる。

 そのためならこの体、犠牲にしても惜しくはない!

 ・・・・・・多分。

 「うん、判った。俺、頑張るよ」

 『あの?』

 「ああ、すまん。スミレが最初に俺の記憶をスキャンした時の事を思い出しただけなんだ。あれをもう2回体験するかと思うとちょっと・・・いや、かなり気が滅入るけど、それだけの価値はあるもんな・・・ははは」

 心配そうに俺を見上げるスミレを安心させようと笑ってみせるが、自分でも弱々しい笑みだって事くらい判ってる。

 でもさ、それが今の俺に出来る精一杯の強がりなんだよっ。

 『コータ様、あの時は本当に申し訳ありませんでした』

 「いやいや、スミレだって俺から記憶のデータが無かったら困っただろ? だから仕方ないって」

 『いえ、その・・でもですね。レベル4の時と5の時は大丈夫ですよ』

 「うん、そうだな、うん、判ってるよ」

 あの時もちょっとだけ痛い、って言ってたんだよな。

 スミレのちょっとがあの痛みだとは思ってもいなかったけどさ。

 『今度は痛くないです』

 「あ〜、うん、そうだね」

 スミレ、気を使ってくれてるんだな。

 『ちょっとコータ様、真面目に聞いてくださいっっ。レベルが上がればそれだけ私の性能も上がるんです。だから次の記憶のスキャンの時は、おそらくほとんど痛みは感じない筈です』

 「そうなのか?」

 『はい、それに次回は急ぐ必要もないので、コータ様が寝ている間にゆっくりと時間をかけて行う事になりますから』

 「あれ? って事は、前回は急いだから痛かった、のか?」

 『それだけではなくレベルが低かった事もありましたが、急激な記憶のスキャンだったという事もありました。ですが、ゆっくりとコータ様の脳に負担をかけないように気をつけて行えば、数時間かかりますが痛みを感じる事なく出来ると思います』

 やけに自信満々のスミレ。

 でもその言葉、信じていいのか?

 『とにかく安心してください。もしコータ様が痛みを感じれば、さらにスキャン速度を落としますので』

 俺はじ〜っとスミレの顔を見て、彼女が嘘を吐いているかを見抜こうとしたのだがそんな才能が俺にある筈もなく、ただニコニコと笑みを浮かべているスミレの顔を見ていただけだった。

 「判った。でももし痛かったら、ほんっとうに手加減してくれよ?」

 『判ってます』

 今1つ、いや、今3つほど納得できていないが、それでも今はここで矛を納めてスミレが作るポーションを眺める事にしたのだった。






 読んでくださって、ありがとうございました。

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