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海は広いな大きいな 10

 寄木細工でできた小箱を片手に戻ってくる俺を見つけたミリーが手を振ってくる。

 「何を買ったの?」

 「これ、ミリーにあげようと思って」

 「あら、可愛い小箱・・これ、嬉しい」

 受け取ったミリーは小箱の底にヘキサグラムの模様を見て、俺がどうしてそれを選んだのか判ったみたいだ。

 そのせいか、話し方が成長する前に戻った気がする。

 そんなミリーをみて、ジャックが興味を示す。

 「なんだ、それ」

 「小物入れだよ。ミリーの髪飾りを入れておくのにいいかな、って思ってさ」

 「嬉しい、ありがとう、コータ」

 笑顔全開のミリーに思わずホッコリした俺は、立ち上がろうとした2人に手を振って座り直させた。

 「いや、もう少しここにいよう」

 「なんでだよ」

 もう飽きた、とブツブツ言うジャックに思わず苦笑いを浮かべながら、俺は2人の前に転がっている丸太に座る。

 「あのな。お前に話がしたいって言う人がいるんだ。だから、その人が来るまで待っててくれるか?」

 「俺? あ・・・」

 自分に会いたいと言う事で頭を傾げかけたジャックだけど、すぐにその相手というのに思い至ったんだろう。少し嫌そうな表情を浮かべる。

 「俺たちが一緒でもいい、って言うから了承しておいた」

 「なんで勝手に決めんだよ」

 「ちゃんとした海ケットシーと話しておいた方がいいだろ?」

 「もう十分話した」

 「いや、あの子を基準にしちゃほかの海ケットシーに失礼だと思うぞ」

 「めんどくせえよ」

 心底嫌だ、と眉間に皺を寄せるジャックの肩をミリーがポンポンと叩く。

 「そう言わないで。話くらいいいじゃない」

 「えぇぇ・・・仕方ねえなぁ」

 ミリーを見上げてから、肩を竦めて見せるが、背後の尻尾が左右に揺れているのが丸見えだ。

 嫌だと言いながらも、やっぱり気になってるんじゃないのか、おまえ。

 まぁジャックが素直だったら、それはそれで心配なんだけどさ。

 海ケットシーたちは商売が済んだのか、茣蓙ござを丸めて片付けている。

 そしてそのうちの1人だけが仲間と言葉を交わしてから、俺たちの方に向かってやってくるのが見えた。

 彼は俺と話していた海ケットシーだな。

 「お待たせしたな」

 「いいえ、どこかに場所を移動しますか?」

 「いやいや、ここで十分だ」

 キョロ、とミリーたちの丸太と俺の丸太を見てから彼は俺の隣に座る事にしたようだ。

 「俺はボルターと言う。ここからそれほど遠くないところにある海ケットシーの集落からやってきたんだ」

 「俺はコータ、そっちはミリー。そしてその隣の彼はジャックです」

 ボルターと名乗る海ケットシーが自己紹介をしたので、俺もとりあえず全員の名前だけを紹介する。

 「あんたら、どこから来たんだ?」

 「都市ケートンを知っていますか? そこからここまで1ヶ月ほどかけて移動してきました。それ以前はもっと田舎にいましたね。ジャックとは旅の間に知り合って、それから一緒にチームとして行動しています」

 「ケットシーとチームを組んでいるのか?」

 「ええ、俺とミリー、そしてジャックの3人で、ですね」

 ホントはスミレもチームメンバーだけど、さすがにこれは俺たちのトップシークレットだからな。

 「なるほど・・・ケットシーを利用している訳でもないんだな」

 「そうですね。3人で仲良くやっていると思っています」

 「コータは俺を利用してねえよ」

 ボルターのセリフが気に食わなかったのか、フン、と横を向いたままボソッと文句を言うジャック。

 そんな彼に心配そうな視線を向けていたボルターだったけど、俺の返事を聞いて少しホッとしたようだ。まぁ確かにケットシーと言うだけでギルドに登録もできなかったんだもんな。それは心配してもおかしくないかもしれないのか。

 「この辺りの海ケットシーはみんなお互いを知ってるんだ。だから見慣れない海ケットシーがいたから、気になって話がしたくなったんだ」

 「・・・俺は別に話なんてねえよ」

 相変わらず目を逸らしたまま答えるジャックを見て、俺の隣に座ってるボルターが苦笑いをする。

 「おまえ、うちの村のタルナが話していたヤツか?」

 「タルナ・・? 誰だ、それ」

 「誰だ、って・・って事は、違う海ケットシーだったか・・?」

 ジャックとボルターが同じように頭を傾げている。

 つい俺も頭を傾げかけて、岩場で出会った海ケットシーの事を思い出した。彼女は俺たちに名乗る事はなかったけど、多分そうじゃないかな?

 「あの、それってもしかして海で泳いでいた女のケットシーの事なんじゃあ」

 「おう、海で会った、と言ってたぞ」

 「じゃあやっぱりあの子だよ、ジャック」

 「あのワガママなやつかよ」

 途端にムッとした表情になるジャックだけど、まぁその気持ちは判らないでもない。

 でもジャックがどうしてそんな顔をしたのか、隣に座るボルターには判らないみたいだ。

 「ワガママ、とは?」

 「あいつ、いきなり俺たちの前にやってきていっぱい文句を言いやがったんだ。そんでいきなり俺を海に引きずり込みやがった」

 「あのですね。俺たちは釣りをしていて、釣り針があの子が持っていた白い布に引っかかっちゃたみたいで怒らせたんですよ。それでまあそれは誤解だって判ったようなんですが、そのあとで有無を言わせずジャックを海に潜らせたんです」

 「海ケットシーが海に潜るのは当たり前の事だが・・・」

 いきりたったジャックの代わりに詳しく説明をする俺。

 それのどこが悪い、と訝しげに聞き返す彼の言い分も判るんだけど、こっちにだって言い分はあるんだ。

 「そうですね。海ケットシーとして考えれば当たり前なんでしょうが、ジャックは山で育ったケットシーなんです。なので海を見たのはこれが初めてで、当然海で泳いだ事もなかったんですよ。だからいきなり海に引きずり込まれたのを見た俺たちは、とても心配しました」

 とりあえず溺れる事がなかっただけでも、俺たちとしてはホッとしたんだよ。

 「あいつ、そんな事をしたのか?」

 「おう、全く人の話、聞きゃあしねえで無理やりだったぜ」

 「無理やりか」

 「おうよ。おまけに名前なんか聞いてねえ」

 「そりゃあ礼儀がなってねえな。すまん、悪かったな」

 「あんたが謝る事ねえよ」

 フン、と横を向いたままのジャックと済まさなそうにへにょ、と眉間に皺を寄せたボルター。

 「それにしても山で育ったのか・・・」

 「なんでえ、山で悪かったな」

 「ジャック」

 ムッとしたジャックをたしなめてから代わりに説明する。

 「先祖返りみたいですね。周囲には海ケットシーの事を知っている仲間もいなかったみたいで」

 「ああ、山で住んでるケットシーは移動しないからな。大抵はそこから出ないでずっと山で暮らすんだ。俺たち海ケットシーはたまに村を離れるヤツもいるから、山にケットシーがいる事は知っているんだがな、俺は会った事がねえ」

 「山ケットシーと交流はないんですか?」

 「お互い暮らし方も違うからな。わざわざお互いの村に行くなんて事ねえな」

 ああ、それで山ケットシーはジャックが海ケットシーの先祖返りだって知らなかったのか。

 もしかしたらジャックの先祖に当たるケットシーがいた頃はそういう毛色のケットシーがいたって事も知っていたかもしれないけど、何代か世代が変わっていたら覚えていないものかもしれない。

 「なあ、ジャック、って言ったか?」

 「おう」

 「おまえ、海ケットシーの暮らしを知りたいか?」

 「・・・別に」

 ボルターがずい、と身を乗り出してジャックに尋ねる。

 「山ケットシーと暮らしていたんだったら興味ねえかもしれねえが、もし海ケットシーの事を知りたいんだったら、うちに来ればいい」

 「・・・なんであんたんとこに行くんだよ」

 「先祖返りでも海ケットシーは海ケットシーだ。海ケットシーならではの暮らしっていうもんもある」

 ボルターはそこで言葉を切ってから俺の顔を見上げた。

 「この人はケットシーだからと言っておまえを利用していないってのは判った。ただまぁ、海ケットシーならではの暮らしっていうのを知っておくのもいいんじゃないか、ってな」

 「別に知らなくったって平気だ」

 「そりゃそうだな。でもまぁ、知らないよりは知ってた方がいいか、って思ったんだ」

 「・・・・」

 「おまえだって気になるからここまで来たんじゃねえのか?」

 「そりゃ・・・」

 素直じゃないジャックは俺たちにすら海ケットシーの事が気になるとはっきり言った事はない。

 でもさ、気にしているらしい事はミリーが教えてくれたからな。

 「俺たちの事を気にしなくてもいいぞ」

 「コータ」

 「気になるんだろ?」

 ボルターの言うように知らないよりは知っていた方が断然良いに決まってる。

 「俺・・・いらないのか?」

 「ジャック?」

 「違うわよ」

 ボソッと口にした言葉がよく聞こえなくて聞き返した俺より先に、ミリーがジャックの肩に手を置いて頭を横に振った。

 「そうじゃないの。ジャックが海ケットシーの事を知りたいなら、少しだけ海ケットシーの村にお邪魔すればいいんじゃない、って言ってるのよ」

 「でも行ったら俺、置いてかれる・・」

 「待ってるわよ。彼らはここで定期的に市を開いているのよ。だからね、次の市まで彼と一緒に海ケットシーの村に滞在すればいいの。それでね、次の市までに自分がどうしたいのかを考えればいいの」

 「そ、そうだぞ。俺たちの事は気にしなくてもいいんだ。次の市まで村でのんびり過ごせばいいんだからさ」

 どうやらジャックはここに置いていかれるんじゃないかって心配していたらしい。

 ミリーが説明するまで気づいてなかったよ、俺。

 「・・・コータたちは一緒に来ないのか?」

 「人族ヒトを村に入れる事はできん」

 「なんでだよっ」

 「海ケットシーを守るために、村の場所は守秘しなくてはならん」

 一緒に行ってもらいたそうなジャックの言葉をバッサリと切り捨てたボルターの理由は、頷けるものだから俺もミリーも否やはない。

 「山ケットシーの村も人種ヒト禁止だって言ってただろ? それと一緒だよ」

 「けどさ・・」

 「気にすんなって、俺たちはここで待ってるからさ」

 「えぇぇぇ・・・」

 「それより、ちゃんと次の市にはここに来るんだぞ?」

 もうジャックはボルターと一緒に行く、と決めつけてビシッと指をさして言ってやる。

 優柔不断なところのあるジャックだから、こうやって言えば遠慮なく海ケットシーの村に行けるだろう。

 「でもあんなヤツしかいねえんだろ。だったら俺、別に・・・」

 「あんなヤツってタルナの事か?」

 「名前なんて知らねえよ。聞いてねえからな。でも俺が会ったのは自分勝手なヤツだった」

 「判った。あいつにはおまえに近づくな、って言っておくさ。まぁお互い自己紹介してから、どうするかを決めればいいさ」

 「じゃあ俺が話したくないって言ったら?」

 「話す必要はない。それを決めるのはおまえだ。名前を名乗りもせず傍若無人な態度をとったのはタルナだからな」

 「それなら、まぁ、うん」

 あの子に振り回されなくて済むんだったらいいや、とジャックなりに納得したようだ。

 でも個人的な荷物は宿に置いたままなんだけど。

 「ジャック、バックパックは?」

 「ああ、別に手ぶらでかまわん。いるもんは全部俺が用意しよう」

 それでいいのか、とジャックを見ると、俺とミリーを見てから頷いているからいいんだろうな。

 「コータ」

 「うん?」

 「ぜってえ、ここに来いよ」

 話が決まった、とばかりに立ち上がったボルターに続いて立ち上がろうとしたジャックが俺を指差して命令する。

 「判ってるって」

 「置いていかないわよ」

 そんなジャックに苦笑いで答える俺とミリー。

 見ると、ほかの海ケットシーたちがこちらの様子を伺っている。

 どうやらボルターが話し終わるのを待っていたようだ。

 どことなくトボトボした足取りでボルターについていくジャックは、茂みの向こうに姿が見えなくなるまで何度もこちらを振り返りながら歩いて行った。







 読んでくださって、ありがとうございました。


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