海は広いな大きいな 9
今日は話に聞いていたケットシーの市、みたいなのが開かれる日だ。
という事で、俺たちは朝食を済ませると宿を出て、のんびりと歩いて門に向かう。
「結構人が多いなぁ」
「そうね。あの人たちもみんな同じ目的なのかしら?」
「だろうな」
8日に1度やってくる彼らが持ってくるものを手に入れたいと考えるヤツは多いだろう。
なんせ持ってくるのは海で取れる貴重なものが多いからだ。
海に船を出して魚を獲る事はしているらしいけど海の中に潜る事は殆どしていない、そういう話を俺たちは『青いカモメ亭』の女将さんに聞いている。
なんでも海には人を襲うというでっかい生き物がいるらしい。
らしい、っていうのは遠くから襲われている人を見た事がある人はいるものの、それが魔物なのか普通の生物なのか誰にも判らないからだそうだ。
なんとなく話では超デカイ魚っぽいヤツらしいけど、確かにそんなのに襲われるんだったら怖くて潜れないよなぁ。
でも船は襲わないって言うんだから、その辺も謎だけどな。
なので、海の底でしか見つけられないものを手に入れるには、8日に1度のケットシーがやってきた時だけだ。
「ミリーは何か欲しいもの、あるんだっけ?」
「ん〜、別にないけど、でもどんなものがあるかは見てみたいわね」
「ジャックは?」
「俺は別に・・・」
あまり乗り気じゃなかったジャックを説得して連れてきたのはミリーだ。
あの海ケットシーの女の子との出会いがあまり良くなかったせいか、ジャックは関わり合いになりたいと思わないみたいだ。
まぁな、確かにあの子とのやりとりを思い出すと、ジャックの気持ちも判る気がするしな。
「まぁ、他の海ケットシーと話すのも悪い事じゃないと思うからさ」
「おう・・」
どこかトボトボという感じで歩いているジャックを振り返ると、苦笑いを浮かべるミリーと目があった。
ま、行ってみるか。
ギルドの職員さんが言っていた敷物っていうのは・・・・うん、どう見ても茣蓙だな。
畳1畳分くらいの大きさの茣蓙を2枚長く並べて、その上に村から持ってきた売り物を並べていく。
茣蓙の材料であろうイグサっぽいもので作られたカゴやカバン、よく判らない何かで編まれた布、それに色々な木で作られた細工物、などなどが所狭しと並べられている。
あの木で作られた細工物、って寄木細工ってヤツか?
「あれ、なんで編んであるんだ?」
『あれは海藻ですよ』
「海藻? 編めるのか?」
『少し特殊な加工をしているみたいですね。どうやらあれに包む事で、魚の鮮度を長期間保つ事ができるみたいです。といっても1週間程度のようですが、それでも十分他の町に持っていく事はできますからね』
へぇ、海藻の布かぁ。あれだったら買ってもいいかもしれないな。
他にもサンゴや真珠で作られた細工物もいろいろある。
よく判らないけど、海ケットシーは手先が器用なんだろうな。
まぁ、うちのジャックは不器用だけどな。
1つの茣蓙に3人ずつのケットシーが並んでいて、彼らが売り子のようだ。そしてそんな彼らの後ろにそれぞれ2人ずつ立っているケットシーたちが、前で売り子をしている護衛しながら交換した荷物を持つようだ。
性別は・・・さすがに俺にはパッと見ただけじゃあ男か女かなんて事は全く判らない。
でもなんとなく半分以上は男のような気がするんだけどさ。
俺は列に並んで少しずつ茣蓙に近づきながら、売っているものをじっと見る。
ケットシーから買いたい人は列に並ぶ事、1人1個買って、まだ欲しい人はまた列に並ぶ事、というのがケットシーの商売のルールなんだとか。
そうする事で1人の人がまとめ買いしてしまわないようにするらしい。
これもまた過去に揉めた事が原因で作られたルールだとか。
「コータ、何か買うの?」
「あの布が欲しいかな、って」
「あの布?」
「うん、スミレの話だとあの布で包んだ魚の鮮度を保ってくれるらしいからさ」
『布で鮮度を保たなくてもストレージに入れておけば鮮度はそのままなんですけどね』
「うん、まぁそれは判ってるけどさ。でもあの布があれば、いろいろと手の内を見せなくて済むかな、って思ってさ」
「ああ、なるほどね。それならあっても困らないわね」
いや、ミリー。俺は頭に浮かんだ言い訳を言っただけで、別に本当にそう思ってるわけじゃないぞ。
ってか、魔法バッグがあれば、無理にあんな布を使わなくても済むんだからさ。
なんだかんだと喋っているうちに、いつのまにか俺たちは列の先頭にやってきた。
茣蓙の前にやってきた俺たち、特にジャックを見て驚いた顔をしているケットシーもいたけど、彼らはジャックに話しかけるでもなく黙って見ているだけだ。
俺としては話しかけられないか、と期待したんだけどそう簡単にはいかないか。
仕方なく俺は目の前の商品に目を移す。もちろん、俺が欲しいのは海藻で編まれたという布だ。そんな俺の隣でミリーは珍しそうにサンゴを使った髪飾りを眺めているし、ジャックはなぜかイグサもどきで作られたカゴをじっと見ている。
そんな俺たちに声をかけてきたのは、言葉遣いと声、それにヒゲが白いから年配のオs、いや男のケットシーなんだろう。
「何か欲しいものは?」
「俺はその布が欲しいかな。魚が新鮮なまま食べられるのは嬉しいからさ」
「魚、好きか。そりゃあいい。これは使い勝手がいいぞ」
うん、俺もそう思う。
「ミリーは、それがいいのか?」
「うん。これが欲しいかな」
濃いピンクのサンゴの珠が7個並んだ髪飾りをミリーから受け取り、ついでにとジャックがじっと見ていたカゴを手に取ると、それらを目の前のケットシーに手渡した。
「それで、あんたらはなんと交換してくれるのかな?」
「そうだな・・・いくつかあるけど、干し肉なんかどうだ?」
「ほぉ、干し肉か」
「うん、チンパラっていうやつの肉なんだけど、これで足りるかな?」
ポーチから引っ張り出したのは幅30センチ、深さ50センチくらいの皮袋で、その中には2キロ以上の干し肉が入っている。
この辺は魚は豊富だけど魔物を含む動物は少ないとスミレが言っていたので、あらかじめ交換するものは干し肉にしようと話し合っていたんだ。
でもこれだけだと足りないかもしれない。なんせミリーのはサンゴの髪飾りだもんな。
元の世界での値段を考えると、さすがに干し肉1袋じゃあ安すぎ利だろう。
「これ、全部もらっていいのか?」
「ああ、でも足りるか?」
「もらいすぎだ」
この半分でもいい、というケットシーに俺は頭を振って袋を手渡した。
この半分でいいって、安すぎる。
「俺たちはまだ持ってるから全部受け取ってくれればいいよ」
「そうか・・・すまんな」
「いや、こっちこそ。交換してくれてありがとう」
目尻にシワを寄せて嬉しそうにお礼を言われると、交換したこっちも嬉しい。
俺は髪飾りをミリーに手渡してカゴをジャックに手渡すと、そのまま茣蓙の前から移動する。
後ろにはまだ並んでいる人がいるからさ。
「おい、コータ。俺別にこれいらねえよ」
「まぁいいからいいから。俺とミリーだけが買ったんじゃ不公平だろ?」
「んな事思わねえって」
どこか不服そうな口を利くジャックだけど、それでもしっかりとカゴを握りしめてる姿を見ると思わず笑いそうになる頰の筋肉を引き締める。
「もう1回並ぶか?」
「もういいよ」
「私ももういらないわ」
そぉか? まぁ俺も他に何か欲しいものなんてないからなぁ。
「コータが欲しいものがあるんだったら、また並んでもいいけど?」
「ん〜、別に欲しいものはないんだよなぁ」
「もう1枚布が欲しい?」
「あの布は面白いからあってもいいけど、他にも欲しい人はいるだろうしな」
買い占めはできないからこそ、他の人も手に入れてもらいたいって思うんだよな。
『あの人たちの殆どは商人ですから、きっとここで仕入れたものをほかの場所に持って行って売るだけですから気にしなくてもいいと思いますよ?』
「そうなんだ?」
『地元の人はとっくに必要なものは揃えていると思います』
あ〜、確かにそうかもな。
毎回違うものが並ぶっていう訳じゃないだろうし。それに値段が良心的だから、商人はここで仕入れたものをスミレが言うようによそに持って行って売るんだろう。
「んじゃあ、俺はもう1回並ぶよ」
「えぇぇ」
「ジャックはその辺で時間つぶしてればいいよ。なんだったら先に宿に戻るか?」
「・・仕方ねえな。待っててやるよ」
相変わらず憎たらしい言い方だけど、あのセリフが出るって事はまだまだ元気だって事だ。
「私も一緒に並ぶ?」
「ん? いや、別に俺だけでいいよ。ジャックと一緒に待っててくれるかな?」
「判った」
うん、と頷くミリーとそっぽを向いてるジャックに軽く手を振ってから、俺はもう1度列に並び直した。
列には10人ほどしか人がいないから、あの布は売り切れていても何か買う事はできるだろう。
ミリーたちは、と周囲を見るとジャックと2人でベンチとして置かれているみたいな丸太の上に並んで座っている。
2人の手にはカップがあるので、おそらくミリーのポーチに入れておいた水筒から飲み物を取り出して飲んでいるんだろう。
ちぇっ、俺も並ぶ前に貰えば良かった。
でもまぁ、と気を取り直して列が進むのを待つ事20分くらい。いよいよ俺の番だ。
と言っても俺が興味を持っていた布はとっくに売り切れてて、ほかに残っているもので俺の興味を惹きそうなものは・・・・お、寄木細工が残ってる。
俺は手のひらに乗る10センチX15センチ角で深さが3センチほどの小箱を手に取る。
4色くらいの材木を使って作られたそれは、そこの部分にヘキサグラムの模様が入っていて、その模様はいつも使っている陣にとても似ている。
「これは?」
「それはタバコ入れだな」
俺の質問に答えてくれたのは、さっき買い物をした時に話したケットシーだった。
「タバコ入れ?」
「ふむ、人種は使わんのか? ここにタバコ草を入れておいておくんだ。それで必要な分だけを詰めて使うんだな」
あ〜、多分パイプタバコの事かな?
正直タバコ入れには向かない形のような気はしたけど、デザインが気に入ったのでこれは買おう。
これの代わりに何を交換するかなぁ。
「なぁ、お主はあそこにいるケットシーの知り合いか?」
「うん? ああ、仲間だよ。だからさっきも一緒に買い物してただろ」
「・・・ケットシーが仲間、と?」
「ずっと一緒に旅をしているからね。それにハンターズ・ギルドでチームとして登録してるから、やっぱり仲間って事になるかな」
俺は相手に見えないブルースクリーンを使って手持ちの交換できそうなものを探しながら答えていたから、相手がどんな顔をしていたかなんて全く見ていない。
「ケットシーはギルドに登録できないぞ」
「うん、普通はそうみたいだな。でもさ、いろいろあって都市ケートンのギルド・マスターが登録してくれたんだ。なんでもギルド始まって以来初めてのケットシー登録だってさ」
「ほぉ・・・若いがやるもんだな」
「そうだな。いろいろとやらかしてもくれるけど、良い仲間だと思ってるよ」
視線を話しかけるケットシーに向けてからジャックのやらかしたいろいろを思い出しながら苦笑いを浮かべると、目の前のケットシーは嬉しそうな笑みを浮かべた。
「大事にしてくれておるんだな」
「仲間だからな、当然だ」
「なら、あのケットシーと話す機会を作ってくれるか?」
へ、と変な声を漏らす俺に、さっきの笑顔を消した真剣な表情のケットシーが目を合わせてきた。
「話がしたい」
「嫌な思いはさせたくないんだけどさ」
「無理難題は言わん。お前とあの獣人も一緒で構わん」
「なんで?」
「ケットシー、だからだ」
きっと同じケットシーとして俺たちと一緒にいるジャックが心配って事なんだろうか?
チラ、と後ろを振り返って丸太に並んで座っている2人を見る。
この前の事があるからちょっと心配だけど、このケットシーだったら大丈夫かもしれないか。
「判った。あそこに座って待ってるよ」
「ありがとう」
「あ、その前にお代を払わないとな」
「いらん。口を利いてくれる礼だ」
「そうはいかないって。ほら、これでどうだ」
「これは?」
「火をつける魔道具、とでもいうのかな。使いやすいよ、ほらこうやって使うんだ」
カチ、と音を立ててからポッと火がつくライターをみて驚く彼に、そのままポイッと投げて渡した。
「そんなすごい魔道具などもらいすぎだ」
「気にすんなって。じゃあ、あっちで待ってるからさ」
相手が俺に返そうとする前に立ち上がると、俺は軽く手をあげてから丸太に並んで座っている2人のところに向かったのだった。
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