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海は広いな大きいな 8

 すみません、体調を崩していて書けていませんでした。 

 ノンビリとシートの上で積み上げたクッションを背中に置いて、できればそのまま寝てしまいたいところだが、さすがにジャックが戻ってくるまでは我慢した方がいいだろう。

 ただそれだけの気持ちで、閉じそうになる目をお茶を飲む事でなんとか開き続ける俺。

 そんな俺を苦笑いで見るミリーと、呆れた目を向けるスミレ。

 ふん、ほっといてくれ。

 『おや、戻ってきたみたいですよ』

 「おっ?」

 いい加減待つのも飽きた、と思っていた俺にスミレが声をかけてきた。

 起き上がるのとほぼ同時に岩場からにょきっと腕が上がり、シュタッッという音と同時に俺たちの前にケットシーが立つ。

 そしてその後ろからモタモタと岩を掴んで上がってくるジャックが見えた。

 「大丈夫か、ジャック」

 「お・・・おぅ・・・」

 なんとなく息も絶え絶えといった感じのジャックを見て、ミリーが立ち上がって助けてやっている。

 それから彼の手を引いてシートに連れてきた。

 「な、なんか大変だったみたいだな」

 「おぅ・・・」

 シートに突っ伏したままピクリとも動かないジャックは、短い返事をするのでやっとのようだ。

 それに比べてケットシーの方は、キリッと背筋を伸ばして立ったまま俺たちの方をじっと見ている。

 「泳ぎが下手っちゃ」

 「あ〜、今まで泳いだ事ないからなぁ」

 あまりにも酷い言い草なので思わず口を挟むが、そんな俺を歯牙にかける事もなく更に言葉を重ねてきやがった。

 「まさかあんなに泳ぎた下手だとは思わなかったちゃ」

 「おい」

 「海ケットシーのくせに、情けないちゃ」

 「うっせぇ・・・」

 肩を竦めるケットシーにジャックがなけなしの気勢をぶつけるけど、本当になけなしの気力だから声はとても弱々しい。

 2人が海にいる時、スミレがジャックの方が男だから体力だけは勝ってる筈だ、と言ってたけど、今のジャックを見ている限りそうは思えないぞ。

 まぁ、初めて泳ぐって言う事で、普段と勝手が違ってその分体力を消耗したのかもしれないけどさ。

 どうやらミリーも同じ事を思ったようで、少しムッとした口調でジャックを擁護する言葉を口にする。

 「海で泳いだ事もない相手に無茶はどうかと思うけど?」

 「無茶じゃないちゃ。海ケットシーならできて当たり前ちゃ」

 「そうね、海ケットシーなら当たり前かもね。でも海で育った訳でもない、ただ海ケットシーだってだけで無理難題を押し付けてその挙句が『情けない』の一言だなんて、そっちの方が聞いてて情けないと思うけど」

 「なんちゃ、文句あるちゃ?」

 ジャックの横に膝をついたミリーがケットシーに話しかけるが、その言い方はなんとなくケットシーを挑発しているように聞こえる。

 「あら、文句は言ってないわよ。あなたと同じ、情けない、って言っただけ」

 「ふん、海ケットシーを知らないトラに言われたくないちゃ」

 「そうね、でもジャックは私の仲間なの。仲間でもないあなたに情けないなんて言われたくないわ」

 「海ケットシーは他の種族とは仲間にならないちゃ」

 「あら、でもここにいるジャックは私たちの仲間よ。私たちはケットシーじゃないけどね」

 カチンときたのか、海ケットシーがミリーを睨むが、ミリーはそれを屁とも思っていないみたいだ。

 「大体、どうしてジャックをいきなり海に引きずりこんだのかしら?」

 「初めて見る海ケットシーっちゃ。どのくらい海で泳げるのか確認するのは当たり前ちゃ」

 「へぇ・・・当たり前、ね」

 「そうちゃ」

 フン、と胸を張って答える海ケットシーと、目をすっと細めるミリー。

 う〜ん、なんかヤバい予感がするぞ。

 女同士の戦い・・・ってか?

 「相手の合意を得る事もせずに勝手に海に引きずり込んで、その挙句にたいして泳げない、とバカにする。それが海ケットシーの流儀だとしたら、私たちは関わり合いになりたくないわね」

 「なっっ」

 「自分勝手を当たり前の権利だと主張するような種族なのね、海ケットシーって・・・残念だわ」

 心底残念そうに頭を左右に振って見せるミリーと、そんなミリーをケットシーはムッとした顔で睨みつける。

 でもミリーは全く相手にしていないと言わんばかりにすっと視線を反らすと、そのまままだ突っ伏したままのジャックを見下ろした。

 「それより、ジャック。大丈夫?」

 「お、おぅ」

 「コータ、そろそろ帰りましょうか?」

 「あ? あ〜、うん、そうだな」

 ジャックの肩に手を当てて様子を伺いながら、ミリーが帰ろうかと言い出した。

 いきなりそんな風にこっちに振ってくるミリーに、俺は曖昧に答える。

 ってかさ、そこに立っている海ケットシーの事は、ほっとくのか?

 そう口にしかけたものの、俺としてもそろそろ帰るのに異存はないから立ち上がる。

 「立てる? なんか無茶されたんじゃないの?」

 「むっちゃ・・・泳がされた・・・」

 「そんなに泳いだの?」

 「あ〜・・・・俺、泳いだ事ねえから・・・それに無理やり・・・海ん中引きずり込まれてさ・・・」

 引きずり込まれたと言いながら、ジャックの尻尾がプルプルと震えた。

 こりゃ、ちょっとトラウマになってるかもしれないなぁ。

 いつにない満身創痍状態のジャックを見ると、早めに宿に連れて行って休ませた方がいいかもしれない。

 「自分で歩ける?」

 「お、おう・・・多分」

 「ミリー、そっちにクッション1個持って行ってジャックを座らせとけよ。その間に俺はここを片付けるからさ」

 「判ったわ」

 「ついでにお茶か水でも飲ませとけよ」

 海で泳ぐと喉が乾く筈だからな。

 ふらつくジャックを支えながらミリーはクッションを1つ岩の上に置いてそこにジャックを座らせると、腰のポーチから予備のカップを取り出してお茶を入れてジャックに手渡す。

 「ありがと・・・」

 「ゆっくり飲みなさい」

 「おう」

 俺はジャックがカップに口をつけるのを見てから、シートの上に積み重なっているクッションをポーチに仕舞い、テーブルと魔石コンロ、それからカップを片付ける。それからシートを少し振って石や砂を落としてから畳んでポーチに突っ込む。

 あとはテントだけだな。

 テントは足を畳まないといけないから少し面倒だ。普段であれば触れるだけでポーチに仕舞う事ができるんだけど、知らないケットシーがいるからさすがにそれはしちゃダメだろうと自分を自戒して片付ける事にする。

 そんな俺たちをじーっと見つめる海ケットシーの視線を感じながらも、なんとか俺は片付けを終わらせた。

 一応、念のためと思いつつ振り返ると、思った通り彼女はこちらを見ている。

 ジャックはともかくミリーはあの視線に気づいている筈だけど、完璧にそれを無視してジャックの世話をしている。

 まぁさっきのジャックの様子を思えば、腹を立てても仕方ないと思うけどさ。

 「あんた」

 どうしようか、と思った俺にケットシーが声をかけてきた。

 「うん?」

 「あんた、村に来るんちゃ?」

 「村?」

 ソーラン市はケットシーにとっては村なのか?

 「あたしん村に来るんちゃ?」

 「ああ、ケットシーの集落の事か」

 「そうちゃ。でも人種ヒトは来れないちゃ」

 あ〜、ジャックを連れてるから、俺たちがケットシーの集落に行きたがっていると思ってるのか。

 そりゃまぁ興味がないといえば嘘になるけどさ。

 なにがなんでも行きたいって訳でもないしな。

 「別に行くつもりはないよ」

 「ならなんで海ケットシーを仲間なんて言ってるちゃ?」

 「旅の途中で知り合って仲間になったんだよ。ってか、俺たちは最初はジャックが海ケットシーなんだって事も知らなかったよ」

 ってか、ケットシーっていうのは全部同じだと思ってたよ、うん。

 「それ、嘘ちゃ。みんな海ケットシーの村に来たがるちゃ」

 「はぁ?」

 「人種ヒトは海深く潜れんちゃ。でもあたしん村に来れば海の宝石が手に入るちゃ」

 「海の宝石・・・?」

 なんだそれ?

 『真珠とか珊瑚の事ですね』

 海ケットシーの言ってる事がよく判らなくて頭を捻っていると、スミレが肩に止まってきて教えてくれた。

 「人種ヒトは強欲ちゃ」

 「まぁそういうヤツもいるだろうな」

 「そんなヤツばかりちゃ。だから隠れてるちゃ」

 なんか色々あったんだろうなぁ、と思わせるセリフだけど、そこに当て嵌められるのは面白くない。

 「あんたらはダメちゃ。村に連れてけないちゃ」

 「いや、誰も連れてけなんて言ってないぞ?」

 「でも、そっちのケットシーは村に連れてけるちゃ」

 「だから、誰もお前らの村に・・・いや、おい、ジャック、お前行きたいか?」

 いやいや連れて行ってもらっても嬉しくないから断ろうとして、ジャックを振り返る。

 「ここだったらお前も受け入れてもらえるぞ?」

 山ケットシーの集落では周囲と毛色が違うと言う理由でいろいろあったジャックだけど、彼女のいる海ケットシーの集落だったらそういう問題は起こらないんじゃないだろうか。

 「行かねえ」

 「・・・いいのか?」

 「いいよ」

 でもジャックはきっぱりと切り捨てた。

 潔いな、おまえ。

 「だってさ。俺たちはケットシーじゃないから行けない。ケットシーのジャックは行きたくない。って事で、俺たちは宿に帰るよ」

 「えっ・・なんでちゃ?」

 「だから、ジャックは行きたくないんだってさ」

 「あんたら、このケットシーを騙してるちゃ?」

 「何言ってんだよ」

 「ケットシーがケットシーの村に来たくないなんてありえないちゃ。きっとあんたらが行くなって命令してるちゃ」

 胡乱な目を向けるケットシーに、思わず溜め息を零しそうになるのをグッと咬み殺す。

 「あのな、じゃあ自分で聞けばいいだろ?」

 「聞いてもあんたらがおったら素直に行きたいと言えないちゃ」

 「あのね、勝手に想像でものを言わないでくれるかしら? 私たちは仲間なの。ジャックの事を奴隷のように扱ってるみたいな言い方はやめてもらいたいわ」

 「奴隷みたい、じゃなくて奴隷ちゃ。だから行きたいって言えんちゃ」

 あ、ダメだ。こいつは人の話を聞かないタイプのヤツだ。

 メンドくさいのに引っかけたなぁ。

 釣りには来たけどさ、こんなのを引っ掛ける予定なんてなかったのになぁ。

 「おい、いい加減にしろよ」

 「ジャック」

 「俺は奴隷じゃねえ」

 「騙されてるちゃ」

 「うるせえっ!」

 きっぱりと騙されてると言い切る彼女に堪忍袋の尾が切れたのか、カップを手に怒鳴りながら立ち上がった。

 「さっきから奴隷だとか仲間じゃないとか、勝手に決めつけんなよっっ」

 「決めつけてないちゃ。本当の事を言っただけちゃ」

 「だから、それが決めつけてるってんだよ。さっきから人の話を聞かねえでガタガタ言いやがって。おめえがなんて言おうが俺は行かねえよ。おめえみたいなのがいる村なんか行く気になるかよ」

 「なっっっ」

 「俺はそんな偉そうな態度でしか迎え入れねえっていうケットシーの村には、これっぽっちも行きたくねえんだよ」

 きっぱりと言い切ったジャックの気迫に、海ケットシーは信じられないという表情を浮かべた・・・んだと思う。

 「大体、人の事無理矢理に海に引きずり込みやがって、いい迷惑なんだよっっっ」

 「泳ぎの腕を確認するのは当たり前ちゃ」

 「あ〜はいはい、そっちの常識をこっちに押し付けんなっての。いい迷惑だよ、ったく」

 ブツブツ文句を言いながら、ジャックはクッションを拾い上げる。

 「こんなヤツほっといて帰ろうぜ」

 「いいのか?」

 「いいよ。それより宿で休みてえ」

 かなり疲れてるみたいだもんな。

 「村に行くちゃ」

 「だから行かねえ」

 手を差し伸べてくるケットシーから1歩下がって、手にしていたクッションを俺に手渡す。

 「ほら、行こうぜ」

 「あ〜・・おっけ」

 その場に立ち尽くす海ケットシーの方をチラとも見ないまま、ジャックは釣竿を手に歩き出す。

 俺はミリーと目を合わせてからジャックの後を追いかける。

 「大丈夫かしら?」

 「どうだろうな。でもジャックが行かないっていうんだからなぁ」

 「そうよね」

 ジャックの後を追いかけながら小声で話す俺たちがそっと肩越しに振り返ると、同じ場所に立ち尽くしている海ケットシーが見えた。






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