33.
目の前にはデカイ箱、いや、俺が頼んだ引き車がデンッとその存在を主張している。
「思ったより大きいですねぇ」
「そうか? コータの言ったサイズ通りだぞ?」
そうなのか? それにしては存在感がありすぎる気がするんだけどな。
「ほら、こっちに来い。ここから中に入るんだ」
ヴァンスさんと一緒に引き車の後部に移動すると、彼は観音扉開きのドアを両側に開く。
「最初はドアをつけようと思ったんだが、大きなものを入れる事もあるかもしれないだろうからな、こうして後ろの部分を全部開く事ができる形にしたんだ」
「いいですね。確かに大きなものを入れる事があるかもしれませんから」
「まぁ出入りするだけの時はどちらか片方を開ければいいだろう。それから風通しをするだけなら扉を閉めても上の部分だけを開ける事もできるから、閉塞感を感じる事はないだろう。中は注文通り1.5メッチx2.5メッチだ。高さはバランス良くと言われたんで1.8メッチにした。地面からだと約2.5メッチってところだな」
どうやら内側の大きさを俺の注文の大きさにしてくれたみたいだ。道理で少し大きく感じたわけだな。
それから言われて観音扉を見上げると、上部3分の1くらいだけを下に下ろして開ける事もできるようになっている。下の部分とは閂のような物で一体化させているみたいだな。
なんか馬用のトレイラーみたいな作りで面白い。
それにこれなら確かに中で寝る事になっても、わざわざ扉を全部開けなくて済むから助かるよ。
「凄く便利な作りになってますね、助かります」
「おう、俺も便利な方がいいだろうって思ってな。それから棚は取り外しができるようにしておいたぞ。ほれ、こことここを外せば棚を取り外せる。取り外した棚はそのまま向こう側の棚に上下逆にしておけば嵩張らないだろう。それにこうしておけば引き車の左右についている窓を開ける時の邪魔にならんだろうしな」
なるほど、L字型の棚を逆L字にする事で出っ張りを減らせるように工夫してくれてるんだな。
それに左右に高さ50センチほどだけど左右に引っ張れば1メートルほどは開きそうな木の窓が取り付けてある。これなら中に誰かが乗っていても外を見る事ができる。
これを見るまですっかり引き車の窓なんて思いもしなかったよ。
頼んでいなかったのに気を利かせてあちこちに細かい工夫がされているのを見て、その気遣いがとてもありがたい。
「いろいろと考えてくれたみたいで本当にありがとうございます。これで安心して旅ができます」
「おう、喜んでもらえてなによりだ。それからおまけで車輪を1つ予備で作っておいたぞ。そいつは屋根に乗っているから、おろすときは気をつけろよ」
言われて見上げると、車輪が1つ乗っかっている。それもわざわざ屋根に車輪のための台が作ってある。
「屋根には銅板を取り付けてあるんだ。ただ太陽を反射しないように加工してあるからな」
「加工、ですか?」
「太陽を反射してピカピカ光るとライバンがやって来るんだ」
ライバン?
一体なんだろう?
「なんだおまえ、ライバンを知らないのか。ライバンは鳥、いや、鳥型の魔獣だよ。大きさは翼を広げた状態で2メッチほどあるんだ。1羽1羽は弱えんだけどな、あいつらは群れるから危ねえんだよ」
2メートルもある鳥かぁ、後でスミレの検索してもらおう。
「そんなヤツらにたかられたらめんどくせえからな、加工して日光を反射しないようにしておいた。ついでに加工の色は薄茶色にしておいたからそれほど目立たないと思うぞ」
「わざわざすみません。でも、ありがとうございます」
「いいって事よ。んで、明日出発か?」
「はい、旅のためにいろいろと買い込んだので、明日の朝ボン爺のところによって積み込むつもりです」
「もう出るのか?」
「明日の朝、出発しようかなって思ってます」
この村にはもう1週間以上いるからな、そろそろ違う場所にも行ってみたい。
「そうか。まぁここに戻ってきたら、またいつでも寄ってくれ」
「はい、是非とも寄らせてもらいます。サランさんもヒッポリアを見せに寄りなさい、って言ってました」
「ああ、あいつは自分の売った動物がちゃんと扱われているか気にするヤツだからな」
虐待はするな、とコンコンと30分は言われたのだ。おかげでさっきようやくここに来れた時にはすっかり疲れていた。
「で、続きだ。御者台の背中部分は木窓になっているから、そこを開けて後ろの上の部分の扉を下げれば風通しもいい筈だ。これだったら休憩所で中で寝る事もできるだろう」
「移動中に木窓を開けて後ろも開けておけば、洗濯物がよく乾きそうですね」
「はっはっは。なんだ、洗濯物を干すつもりなのか? まぁ確かによく乾くと思うぞ」
「いや、だって1人で移動ですからね。途中で洗濯もしないと着替えが足りなくなっちゃいますよ」
「そんなん途中で立ち寄った村にある洗濯屋に頼めばいいのさ」
あれ、洗濯屋なんていうのがあるのか? 知らなかったから、俺自分で毎日洗ってたぞ。
「それは知らなかったです。じゃあ、次に立ち寄った町か村で試してみます」
「おう、男1人の旅ならウジが沸くかもしれねえからな」
「いや、さすがにそれは・・・」
「宿に泊まるんだったらそこで洗濯を請け負ってくれるかもしれねえからな、まずはそこで聞けばいい。やってなくてもどこで洗濯しているかを教えてくれるだろうよ」
「判りました」
反論仕掛けた俺の言葉など無視で、ヴァンスさんは楽しそうに話を続ける。
こりゃ駄目だ。
「まぁあんまり汚さない事だな。汚れがひどいものは高くつくぞ。汚すような事をするんだったら、高い金を払って洗濯屋に任せてその分頑張って稼ぐんだな」
「はぁ・・頑張ります。でも俺、薬草採取をするつもりですからそんなに汚さないですよ」
「何言ってんだよ、ライティンディアーを倒した凄腕ハンターだっていうヤツの台詞じゃねえよ」
「あっ、あれはたまたまというか偶然というか・・とにかく運が良かっただけですよ。逃げる事ができてたらすぐにでも飛んで逃げてましたって」
俺がライティンディアーを倒したっていう話はあっという間に村中に広まった。
まぁ村の門でバッチリ見られたし、通りをズルズルと引き摺ってギルドに行ったからなぁ。
でもま、おかげで余所者である俺を見る目が少しだけ柔らかくなった気がするから良しとしている。
「コータ、お前もっと自慢してもいいんだぞ?」
「いやいやいやいや、今回運を使い果たしたんで、次はヤバイです。なのでできるだけそっとしといてください」
どこか呆れたような目でヴァンスさんは俺を見るが、スミレの結界がなかったら俺は死んでたよ。
それが判っているのに自慢なんてできる訳ないじゃん。
「まあいい。じゃあ明日の朝、引き取りに来た時にでもヒッポリアに繋ぐやり方を教えるな」
「はい、お願いします。お金はサランさんにさっき払ったんですけど、あれでよかったんですか?」
「おうよ、あれで十分だ」
「でも2万ドランも安くなってましたよ?」
「鉄の延べ棒を5本余分に貰っただろう? 物が凄く良いって言って喜んでな。おかげで加工賃と相殺になったんだよ」
ここに来る前にサランさんのところに行って残りの金を渡した時に、2万ドラン返してくれたのだ。
いいのかな、って聞いたらダンナに聞けと言われたんだけど、それが理由だったのか。
つまり予定していた加工賃は2万ドランだったって訳か。
スミレに余分に作ってもらってて良かったな。
「それで、だ。もし余分に持っていたら売って欲しい、って言ってたぞ?」
「あ〜・・すみません。あれで全部でした」
スミレに作ってもらっても良いんだけど、わざわざそのために森に行きたくない。
「気にするな。とりあえず聞いておくと言っておいたんで聞いただけだ。あれだけでも十分助かったよ」
「そう言って貰えると助かります」
「じゃあ明日な」
「はい、朝ごはんを食べたら来ますね」
「おうよ」
機嫌良さそうに返事をするヴァンスさんに軽く頭を下げて、俺はボン爺の家に帰った。
ただいま、と言ってボン爺の家のドアを開けると部屋で寝転がっていたボン爺が起き上がってきた。
「早かったの」
「うん、今日は買い物と引き車の代金を支払うだけだったからね」
「いよいよ明日じゃのう」
どこか淋しそうなボン爺の声に申し訳なさがこみ上げてくる。
ボン爺には本当に世話になった。この世界の事を全く知らない俺に1から色々と教えてくれたんだもんな。
俺にとってボン爺は本当の祖父のような存在だった。
それにこう言ってはなんだが彼も俺の事を本当の孫のように扱ってくれてたと思う。
「明日の朝引き車とヒッポリアを引き取りに行ってから、荷物を積むためにここに戻ってくるよ。それから出発しようと思っているんだ」
「もっとゆっくりしとってもええんじゃぞ?」
「判ってるよ。でもさ、せっかく引き車が完成したんだから、早くあちこち見て回りたいんだ」
「全く若いもんはせっかちじゃのう」
ブツブツと文句を言うボン爺に苦笑いを浮かべてから、俺はこの家の隅に積ませてもらっている荷物の中から目的のものを取り出した。
「まぁまぁ、また機会があればここに来るよ」
「当たり前じゃ。お前の家族はもうおらんなったが、それでも墓参りにはたまには行かんと駄目じゃろうが」
「うん・・そうだね」
そういえば俺の出身地はローデンの集落って事になってたんだった。
すっかり忘れてたせいで、少し返事を返すのが遅くなってしまった。
ボン爺はそれを辛い事を思い出したせいだと勘違いしたようで、小さな声で済まんと呟いた。
「謝らなくていいよ。ボン爺の言う通りだからね。そのうちローデンを訪ねるために戻ってくるよ。それより渡したいものがあるんだ」
「渡したいもの?」
「うん。ほら今までお世話になったからさ、そのお礼」
「お礼なんかいるもんか。お前はその対価を既にわしに払っただろうが」
眉間に皺を寄せるボン爺の前に、俺はスミレに作ってもらったダッチオーブンスタイルの深い鍋をおいた。
「ちょっと重くて使い勝手が悪いかもしれないけど、少々荒く扱っても壊れない安心鍋だよ」
「なんじゃその言い様は。わしはそんなに荒い扱いはせんぞ」
「言い方が悪かったかな。俺が言いたかったのは少々では壊れない丈夫な鍋だって事なんだよ。そんな怒らないでよね」
「ふんっ。コータの言い方がおかしいのが悪いんじゃ」
ムッとしてジロリと睨みつけてくるボン爺に叱られて俺は頭を掻いた
「とにかく、これならたっぷりのスープが作れるだろ?」
「わし1人でどれだけスープを作れというんじゃ、おまえは」
「たっぷり作れば何日も作らなくて済むじゃん」
「あほか。おんなじもんばっかり食えるか」
ああ言えばこう言う。ボン爺の口の悪い事は知っていたけど、こうポンポンと言われると笑ってしまう。
思わず笑ってしまった俺を見て、更にブスッと膨れるボン爺だったが、そのうち彼も笑い出してしまった。
「全く、コータにはかなわんな」
「それはこっちのセリフだよ。打てば響くボン爺の悪口雑言には敵わないよ」
「ふんっ、まぁ鍋はありがたく貰う事にするぞ」
「うん。まぁ機会があれば使ってよ」
「機会なんぞ自分で作るもんじゃ。待っておったらいつまでたっても使う機会なんぞ来んわ」
手を伸ばして鍋を持ち上げたボン爺は、そのまま鍋を頭の上まで持ち上げて底まで確認している。
それでも俺があげた鍋を気に入ってくれたのか、なんとなく鍋に触れている手つきが優しい気がする。
俺はそんなボン爺を肴に、最後の夜を彼と過ごしたのだった。
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Edited 04/10/2017 @ 05:36JT 誤字訂正しました。ご指摘ありがとうございました。
それはそんなボン爺を肴に → 俺はそんなボン爺を肴に




