海は広いな大きいな 6
悲鳴をあげたジャックは激突された勢いのまま岩場に後ろから倒れこんだ。
そしてシュタッッッ、と戦隊もののヒーローのようにジャックがいた場所に凛々しく立つ1つの小さな影。
キリッと顔をあげて立つその姿は小さな猫。
猫・・・・・?
「ケットシー・・?」
『ですね』
でもどこから?
頭にハテナを乗せたまま、俺は転がったジャックを冷たく見下ろしているケットシーを見る。
身長はジャックと同じか少し低いくらいで、毛並みというか毛色はジャックよりも少し暗目のグレイの縞々模様。
グレイって事は海ケットシーって事だよな。
「いってーーっっっ、なんだよっっ」
転がったまま少しだけ硬直していたジャックは打ち付けたお尻のあたりを摩りながら文句を言いつつ、なんとか上半身を起こしてその場に座り込んだ。
それから俺を怒鳴りつけてきやがった。
「コータッッ!」
「いや、俺、なんにもしてないから」
なんで俺がしたって決めつけんだよ、ったく。
「突き飛ばしただろっっっ!」
「いや、それ、俺じゃないから」
「じゃあ誰がしたんだ--って・・・・あれ?」
そこまで文句を言ってから、ようやくさっきまで自分が釣りをしていた位置に立っているケットシーに気がついた。
しかもそのケットシーは自分をじーっと見つめている。
「な、なんだよ」
「・・・・・」
何も言わずに自分を見つめているケットシーの視線に居心地の悪さを感じたみたいなジャックなりに虚勢を張っているように見えるけど、へたり込んだままだとちっとも強く見えないんだよな。
「あっ、俺の釣竿・・・」
え、とジャックの視線を追うとケットシーが釣竿、というか、釣竿に引っかかっていた白い布をぎゅっと握りしめている。
それを見て、ピンときた。
ジャックの釣竿に引っかかっていたのは、あのケットシーの持ち物なんだろう、と。
でもまだ一言も口を開かないケットシー。もしかして言葉が通じないのか?
言葉が通じなかったらどうやって意思疎通しよう、と考えているとケットシーは視線をジャックから外す事なく白い布を釣り糸から外し、もう片方の手で釣竿を持ち上げた。
そしておもむろに口を開いた。
「これ、あんたんちゃ?」
いきなり声をかけられたジャックはビックリして尻尾の毛を逆立てたまま固まっている。
そんなジャックにもう一度ケットシーが声をかけた。
「これ、あんたんちゃ?」
「お、おう・・・」
なんかよく判らない訛りがあるけど、あれはきっと「ジャックの持ち物か」って聞いてるんだと思う。
弱もそう思ったみたいで素直に自分の釣竿だと頷くと、それを見たケットシーも大きく頷いた。
「なるほど・・・あんた、これ盗もうとしたっちゃか?」
「・・・は?」
「これ、あたしんちゃ」
「えっ・・」
それは見たら判るよ、うん。
きっとジャックもそう思ってるだろう。
でもなぜそれを念押しするんだ、とジャックがよく判っていない事が俺には手に取るように判る。
なんせ俺にもよく判らないからさ。
「人のもん盗んじゃあかんて教えられとらんちゃ?」
「人のって、俺は魚を釣ってただけだぞ」
「魚?」
「お、おう。その釣竿で魚を釣ってたんだ」
魚、と言われて顎に手を当てて少し考えるような仕草のケットシーと、ようやく立ち上がったジャック。
あ〜、ジャックの方がほんの少し背が高いかな。
「あんた、潜れんちゃ?」
「えっ?」
「あんた、ケットシーちゃ?」
「お、おう」
「なんで潜らんちゃ?」
え、海ケットシーって泳げるの?
猫って水が苦手なんじゃなかったっけか?
ってかさ、なんだよ、あの「ちゃ」って。「にゃ」じゃないのかよっ。
見た目は小さな2足歩行の猫だから、てっきり語尾に「にゃ」がつくんだとばっかり思ってたよ。
そんなくだらないツッコミを心の中でしていた俺に比べて、ミリーはすぐに状況を判断したようで動揺しているジャックの隣に移動した。
「あのね、ジャックは山で育ったから泳げないのよ。海を見たのもこれが初めて」
「あんた、誰っちゃ?」
目を細めてジロリ、という感じでミリーを見上げるケットシーを安心させるようにミリーが笑みを浮かべてみせる。
「私はミリー。ジャックの仲間よ」
「ケットシーがケットシー以外の仲間といるちゃ?」
「おかしいかしら?」
「聞いた事ないっちゃ」
頭を横に振るケットシーに思わず苦笑を浮かべるミリー。
「そう? でも私たちはジャックの仲間なの。そういうケットシーもいるのよ」
「・・・・」
にっこりと笑みを浮かべたミリーの顔を見てから、ケットシーが頭を傾げてから黙って頷く。
なんか、可愛い。
「それから、あなたの大切なその布を釣り針に引っ掛けちゃってごめんなさいね。ジャックが言ったみたいに私たちはここに魚を釣りに来たのよ。そうしたら何か白いものがかかっていたの。あなたのものだとは知らなかったの、本当にごめんなさいね」
「・・・いいっちゃ。わざとじゃないなら気にせんっちゃ」
「ありがとう」
少し考えてから頭を振って気にしないと言ってくれたケットシーに、俺も思わず笑みが浮かんだ。
「ここで潜っていたの?」
「そうちゃ。ここはあたしの漁場っちゃ」
「それは知らなかったわ。ごめんなさいね。それとその布は大丈夫? 破れなかった?」
釣り針に引っかかってたから、もしかしたら破れてるかもしれないな。ジャックが結構強く引っ張ってたからなぁ。
ミリーに言われて手にしていた釣竿をジャックに放り投げ、それから手元に布を両手で広げて確認する様子を見ていると、俺たちの方を見上げて大丈夫だと頷いた。
「よかった。わざとじゃないけど、もし破れていたらどうしようか、って心配したのよ」
「大丈夫ちゃ。これ、丈夫ちゃ」
丈夫だと聞いてホッとする。もし破れていてもどうやって直せばいいか判らないからさ。まぁいざとなればスミレに丸投げすれば直してくれるだろうけどさ。
「それ、漁に使うの?」
「そうちゃ」
え、それ、漁に使うの? どうやって?
思わず口に出しかけて、賢く黙る。
初対面でそこまで突っ込んで聞いても教えてもらえないだろうからさ。
でもそう思ったのは俺とミリーだけで、ジャックはそうじゃなかった。
「それで魚とれんのかよ、どうすんだ?」
「ジャック」
余計な事を言うな、という気持ちを込めて名前を呼んだけど通じてない。
「だってよ、コータ。あれで魚がとれるんなら簡単じゃん」
「ジャック」
今度はミリーが名前を呼んだ。
「なんだよ」
「初対面の相手にとる態度じゃないわよ」
「なんだよ、それ。ただ聞いただけじゃん」
いつにない強い口調のミリーに咎められたからか、どことなく不機嫌な口調で言葉を返しやがった。
『あれはダメですね』
「スミレ?」
『きちんと教育が必要なようです』
俺の肩に座っているスミレが笑みを浮かべているけど、なんかすごく笑みが黒いぞ。
「いや、まぁ、気になったから聞いただけじゃないかな」
『それは判ります。ですが空気を読めない仲間では困りますからね』
「は・・はぁ・・」
うん、教育は決まったみたいだな。頑張れ。
「なぁ、それどうやって使うんだ?」
「海に潜れないケットシーには関係ないちゃ」
「はぁ?」
「あんた、ケットシーのくせに海に潜れないんちゃ? その変な道具を使わないと魚を取れないっちゃケットシーなんかに、これが使いこなせる訳ないちゃ」
ふん、と鼻をならして馬鹿にしたようにジャックに返すケットシー。
まぁその通りなんだよな。
海から弾丸のように飛び出す事ができるケットシーに比べたら、まぁジャックは・・・・なぁ。どう見たって比べようもないからさ。
「これが使いたいちゃ? なら、泳げるようになるっちゃ」
「はぁ? 泳げるし、俺」
いや、おまえ、泳げないだろ?
ってか、今まで泳ぐところなんか見た事ないから判らないけどさ。
でも風呂以外で水に入るところ、見た事ないぞ?
でも、目の前で白い布をヒラヒラと揺らしている姿はどう見てもジャックを挑発しているようにしか見えないし、その挑発にジャックは完全に乗ってるんだよなぁ。
困ったような視線をミリーに向けると、ミリーはその視線を受けて肩を竦めるだけだ。
さてどうしようか、と思う俺の目の前でケットシーが更にジャックを挑発するような事を口にする。
「泳げるちゃ?」
「おうっっ、馬鹿にすんなよっっ」
「どのくらい泳げるちゃ? ここ、深いちゃ」
うん、砂浜じゃないからな。岩場からでもすぐに深くなっていくのが見えてたしな。
「深さとか関係ねえよっっ! 俺だってケットシーだからな」
「ふぅん」
「なんだよ、それ。馬鹿にしてんのか?」
「確認しただけちゃ。泳げないちゃ言うなら説明しようと思ったちゃ。でも泳げるなら大丈夫ちゃ」
「えっ?」
ニッコリと小さな牙を見せて笑うケットシーを見てヤバいと思うのと、彼女が一歩前に出てガッとジャックの手首を掴んだのは同時だった。
当の本人は状況が判っていないようで戸惑ったような声を出したものの、彼女に手首をつ噛まれたまま。
「じゃあ、実地で教えるちゃ」
「うぉっ?」
「ジャックッッ!」
ぐいと手首を引かれたジャックは彼女に引っ張られるままに岩場から海へと転落した。
ミリーが慌ててジャックを呼びながら手を伸ばしたものの、少し届かずそのまま2人は海へと落ちていく。
「あぁっっっっ!」
バシャンッッッッッ!!
ジャックの悲鳴が聞こえ、2人が海に飛び込んだ音がした。
慌てて岩場の縁に行って海を覗き込んでみたけど、その時既に2人の姿はここからは見る事ができなかった。
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