海は広いな大きいな 5
イ〜カッッ!
イ〜〜カッッ!
心の中で拍子をつけて叫びながら一心不乱に釣り糸を巻き上げる。
ついさっきジャックが釣ったのだ。
俺にだって釣れるに違いないっっ!
足場は岩がゴロゴロしていておまけに尖っていて危ないのだが、それでも人があまり来ないでなかなかの釣果を上げる事ができる、と『青いカモメ亭』の女将さんが教えてくれた釣り場だ。
彼女のいう通り、釣り糸を垂れてそれほど待つ事もなく、ミリーが黒鯛に似た魚を釣り上げた。
俺も小さめのスズキっぽいのを釣り上げたが、そのあとでジャックが釣り上げたのは紛れもないモンゴウイカ。
まぁもどきかもしれないけど、スミレが食用になるというので、今はそれだけを狙っている。
なんせこの世界に来てから魚は何度か川や湖で釣り上げて食べたけど、だ。
イカはまだ食べてない。ってか、イカがいるなんて、ジャックが釣り上げるまで知らなかったよ。
あれを見て思ったのだ。
イカの刺身とまでは言わない。
でも焼きイカは食べたいぞ!
そんなイカへの欲望に塗れた俺の隣で、ジャックも同じように糸を巻き上げている。
どうやら同時に当たりがきたようだ。
お互いに相手をジロリと見て、更に糸を巻き上げるために腕に力を込める。
「よっしゃあぁ〜〜っっっっ!」
「負けるかぁ〜〜っっっ!」
うっすらと海面下に影が見えた。
1つは白、もう1つは黒っぽい魚だ。
だけど両方が近づき過ぎているのでどっちがどっちの獲物なのか判らないぞ。
「コータッッ、あっち行けよっっ! 俺の糸に絡まんだろっっっ!」
「うっさいぞ、ジャック。お前の方こそ俺の糸に絡めんなよっ!」
2人して言い合いながらも 、お互い3歩ずつ離れる。
これでどっちがどっちの獲物か判るってもんだ。
けど、離れて気づいた。俺の獲物は黒い魚だ。
ガッカリしながらも、それでもなんとか釣り上げる。
「これは・・・さっきの黒鯛もどきだな」
『そうですね』
俺の釣り上げた魚の前に飛んで行ったスミレが頷く。
『でもさっきよりも大きいですよ』
「あ〜、うん。まぁな」
スミレが気を使うように褒めてくれるが、ちっとも嬉しくないぞ。
ちぇっっ、イカを釣ったと思ったんだけどなぁ。
とはいえ黒鯛も美味い魚だ、文句を言ったらバチが当たるだろう。
俺は釣り上げた黒鯛もどきをバケツに投げ入れてから、ジャックの方に向き直った。
ジャックはまだ梃子摺っているようで、一生懸命糸を巻き上げようとしている。
でも白い物体はかなり抵抗しているのか、それとも見た目よりもはるかに重いのか、ジャックはなかなか糸を巻き上げる事ができないみたいだな。
ジャックの横で海を覗くが、白い物体だという事は判るものの、それがどんなものなのか見分ける事はできない。
とはいえ、イカにしては引きが良すぎる気がするんだけどな。
「手を貸そうか?」
「いらねえよっっっ!」
せっかく手を貸そうかと声をかけたのに、バッサリと切り捨てられたぞ。
そっか、じゃあ、ここで釣り上げるのを眺めていよう。
俺は手に持っていた釣竿を横に置いて、そのままゴツゴツした岩に座ってジャックが釣り上げるのを見る。
ちょっと休憩だ。別に黒鯛もどきだったから気落ちしてる訳じゃないぞ。
「コータ、手伝わないの?」
「ん? ジャックが手助けはいらないって言うからさ」
「でも大変そうよ?」
手伝う事もせず座り込んだ俺のそばにやってきたミリーは、心配そうに足を踏ん張って糸を巻き上げようとしているジャックを見る。
「手伝えって言われたら手伝うよ」
「そうね・・・ジャックも自分で頑張りたいんでしょうね」
「そうそう。それにさっきスミレに聞いたけどさ、あの釣り糸は切れないって言ってたからそのうち獲物も疲れて上がってくるよ」
「そうなの? じゃあ、安心・・・」
なのかな、と小さく口の中で呟くミリー。
まぁな。安心だと確信が持てないのは俺も一緒だけどさ、それでもジャックの気がすむまでやらせるのがベストだよ、うん。
そんな俺たちの前で、必死の形相で奮闘するジャックを眺めていると、釣竿がぐんっと上がった。
ぐいっとジャックが釣竿を立てた表紙で、一気に上がってきたようだ。
そのタイミングでジャックが釣り糸の巻き込みをすると、さっきから見えていた白い物体がようやく海面に姿を表した。
「・・・あれ?」
「おっ・・・」
「えっ・・・・」
思わず声が出たジャックとハモるように声を出してしまった俺とミリー。
3人の視線は海面に上がってきて姿を見せた白い物体に向けられた。
あれは・・・・・どう見てもイカじゃないなぁ。
ジャックが必死になって引き上げた釣り糸の先に付いていたのは・・・・白いヒラヒラ・・・?
いつの間にか釣り糸もさっきのようにピンと張る事もなく、ジャックは片手で釣竿を持って海を覗き込む。
「コータ、これ、なんだよ?」
「なんだよって・・・なんだろうなぁ?」
釣り針に引っかかっているのは、どうみても白いタオル? いや、そんな厚みもなさそうだ。あれはどう見てもただの白い布切れだ。
さっきまではすごく重そうに見えていた釣り糸も、重さを感じさせる事なくヘロンと糸が垂れ下がっているだけになっている。
「コータ、あれ何かしら?」
「白い布?」
「そうよね、私にもそう見えるわ」
「でもっっ、あれっっ、すっげー勢いで引っ張ってたぞっっっ!」
そうなんだよな。でっかい魚がかかってもおかしくない引きだったよ。
「岩にでも引っかかっていたとか?」
「そんなんじゃねえよっっっ!」
「でもだったらどうして動いてないの?」
地団駄を踏みながら、頭を傾げるミリーを否定するジャックだけど、だ。
確かにさっきまでの引きを思い出せば、岩に釣り針が引っかかっていた、とは思えないんだよなぁ。
「あの中に魚が入っていたとか?」
「へっっ・・・ばっかじゃねえのかっっ」
思いつきで言った言葉をフンと鼻を鳴らして否定するジャック。
クッソかわいくねえ猫だぜ、ほんっとこいつは。
「じゃあ、あれなんだって言うんだよ」
「知らねえよっっっ!」
だったらそんなにきっぱりと否定しないでもらいたいもんだ。
「でもコータの言う通り魚があの中に引っかかっていたのかもしれないわよ?」
「それはあり得る、かな?」
「それで魚だけ逃げて、あれだけが残ってるのかも?」
ミリーが少し眉間に皺を寄せて顎に手をあてて考えている。
なんか一生懸命考えてるミリーも可愛いな、うん。
思わずミリーに見とれていると、ついに切れたのかジャックがドン、と足を踏み鳴らした。
「なんでこんなもんが引っかかってるんだよっっ!」
「いや、そんな事を俺に言われてもなぁ」
俺の方を睨んでブチブチと文句をいうジャックの態度は理不尽だと思うぞ。
別に俺が引っ掛けた訳じゃないからな。
ジャックはそれ以上引き上げる気をなくしたのか、白いヒラヒラは海面を漂ったままだ。
「あっっ」
「えっ?」
不意にジャックが声を上げ、思わず声を出した俺が彼の目線を追いかけると、さっきまで海面を漂っていただけのヒラヒラが海に潜っていくところだった。
「うわっ! っくっそーっっ」
ヒラヒラが海に潜る勢いで釣竿を持っていかれそうになったのか、ジャックが必死の形相で踏ん張っている。
いったい何が起きているんだ?
「コータッッ、手伝えっっっ!」
「ん?」
訳が判らないまま潜っていくヒラヒラを見つめていると、ジャックが助けを求めてきた。
珍しいなと思って振り返ると、なるほど、踏ん張っている足がどんどん岩の端っこに引きずられているな。
必死になって海に引きずり込まれそうになっているジャックの左横から手を伸ばして、ジャックが握っている竿の先を掴んで一緒に引っ張ってやる。
「スミレ、こんな事してて糸は切れないのか?」
『もちろんです。私が作った釣り糸がそんなに簡単に切れると思いますか?』
「あ〜・・・うん、そうだな」
きっとサメが食いついても切れないだろうな、うん。
「何のんきに喋ってんだよっっ! いいから引っ張れよっっっ!」
「判った判ったって」
ちゃんと手伝ってるのにこの言われようだもんな。
思わず小さな溜め息を1つついてから、糸を巻き取ろうとしているジャックの邪魔にならないように釣竿を固定してやる。
「無理すんなよ。いつでも代わってやるから」
「へんっっ、俺がぜってーあげてやるっっ!」
ああ、こいつはムキになっちまってるな。こうなるとジャックは何が何でも自分で釣り上げようとするだろう。
こいつが釣り上げるまで付き合う事になるのか、と思わず漏れそうになった溜め息を飲み込んでから軽く頭を振る。
まぁ仕方ない、と諦めるしかないか。
あれ?
ふと海に目を向けると、白いヒラヒラの下で何か動くものが見えた気がした。
「おい、ジャック」
「なんだよっっ」
「なんかあの下にいたような?」
「はぁっっ?」
グッと踏ん張ったまま海を見下ろすけど、さっき見えた影のようなものはいなくなっていた。
「コータ、ボケてんじゃねえよっっっ!」
「あれ? なんか見えたと思ったんだけどな」
「いいからっ手伝えって」
「手伝ってるじゃん」
言いながら、竿を引き上げるジャックに合わせて力を込めてやる。
そのタイミングでほんの少し巻き上げる事に成功したジャックが竿を海に傾ける。
少し緩めてからまたあげるつもりなんだろう。
そう判断した俺も一緒に下げてやる。
「あっっっ!」
そうして緩めた瞬間、白いヒラヒラが海面に上がった。
上がったかと思う間もなく、何かが白いヒラヒラの下の海から一気に飛び出して、その勢いのままジャックに激突した。
「うみゃっっぐぇえっっっ!」
そして俺の耳に聞こえたのは、情けないジャックの鳴き声だった。
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