328.
孤児院の敷地の奥まったところに、2つの竃が作られていく。
俺が用意したのはブロックだけで、あとは孤児院の子供達とジャック、それにミリーたちで鉄板サイズに積み上げて竃を組んでいく。
その周りにいた小さな子供達が泥を捏ねたような接着剤もどきを積み上げたブロックの隙間に詰めている。
「なんか俺、いらないな」
『仕方ないですよ。子供たちが自分たちで作りたいって言ったんですから』
ぼーっと子供たちの作業を見ている俺の肩に座っているスミレが、する事なくただ立っているだけの俺に慰めるように声をかけてくれる。
「まぁな、自分たちで作ったんだったら、これからも大事に使ってくれるだろうしな」
『そうですよ。それに材料を用意したって事だけで、十分感謝してくれますよ』
うん、特に孤児院の職員はお金がかからないから助かるだろうな。
「焚き木でいいんだろ?」
『十分でしょうね。もし面倒であれば炭を買ってくればそれで十分だと思います』
「でもさ、魔石コンロもどきにしてもいいんだけどな」
『魔石がなくなったら、それを買い足すための費用が必要ですよ』
「そりゃそうなんだけどさぁ・・・でも、それくらいは俺が出してもいいんだけどな」
『駄目ですよ、セレスティナさんがそれを受け取りません。それに焚き木だったら拾って来れますし、炭だって安価で手に入れられます。でも魔石はそれなりの値段がしますからね。もし魔石で作り上げたら、きっと特別な日だけしか使わなくなっちゃいますよ』
そりゃ駄目だ。滅多に使わないんだったら作る意味がないじゃん。
気軽に使える設備じゃないと邪魔になるだけだ。
『それに焚き木なら私のストレージにも今まで集めた分がたくさん入ってますからね、それを提供すれば喜ばれると思いますよ?』
「そうか? じゃあそれをどこかに積み上げておこうか」
『それがいいと思いますよ』
んじゃ今からするか、と周囲を見回して焚き木を積み上げておける乾燥した場所を探す。
でもそんな都合のいい場所がある筈もなく。
「セレスティナさんに焚き木を積み上げてもいい場所を聞いてみるよ」
『ちょっと距離が離れていてもいいんでしたら、パンジーちゃんが使っている厩舎の隅っこでもいいんじゃないんですか?』
「ん? ああ、そっか」
新しく孤児院の門近くに作られたパンジー用の厩舎は屋根と壁が付いているから、確かに焚き木を積んでおくにはいい場所だ。
広さも十分あるから、焚き木があってもパンジーには十分スペースはある。
「あとでセレスティナさんに聞いておくよ。焚き木だったらあっても困らないだろうしな」
『鉄板も予備を作っておいておきますか?』
「ん〜、だな。あれ、結構デカいから買うとなると高くつくよな。それならスミレが作ってくれるんだったら助かるよ」
『判りました』
嬉しそうに笑みを浮かべて返事をするスミレ。
なんか俺たちに関係ない事なのに嬉しそうに手伝ってくれて助かるよ、うん。
とりあえず今日使う分の焚き木を取り出すと、竃を作ってるみんなの邪魔にならない場所に積み上げる。
多分竃にあれを入れて一気に炭にしてから、鉄板を使ってのバーベキューが始まるんだろう。
まぁその辺りのタイミングは、セレスティナさんたち孤児院にいる大人に任せればいい。
そんな事を考えながら竃に目を向けた時、物言いたげなジャックと目があった。
あれ、なんか問題でもあったんだろうか?
ハテナマークを頭に浮かべていると、トコトコとジャックが近づいてきて俺のシャツを引っ張る。
「なんだ?」
「あのさ・・ちょっと話があるんだ」
「話?」
「うん・・・」
しおらしいジャックなんて、こいつらしくないぞ。
「ここで?」
「え〜・・どこか2人になれる場所がいい」
「そっか」
と言われてもここは孤児院。2人きりになれるような場所なんて限られているんだよなぁ。
「あっ、丁度パンジーの厩舎に行こうと思ってたんだ。そこでいいか?」
「うん」
素直に頷くジャックっていうのも珍しくて思わず揶揄おうかなんて思ったけど、さすがに神妙な顔をしている相手に軽口は叩きにくい。
俺は思わず肩に座ったままのスミレに視線を落としたけど、彼女は何も言わずにただ肩を竦めただけだ。
それから視線をミリーに向けると、彼女はどこか心配そうに俺とジャックを見ている。
いつもであれば一緒にって言うところだけど、今日はジャックが俺と2人きりで話をしたいって言うからな。
さすがにそんなところにミリーを連れて行けない。
「スミレ、ミリーのそばについていてやってくれ」
『いいんですか?』
「うん。ジャックも俺と2人で話がしたいって言うからさ、ミリーにちょっとだけ2人で話をしたら戻ってくるって伝えてくれるかな?」
『・・・判りました』
なんとなく渋々ではあるものの、スミレは俺の言葉に従ってそのままミリーのところに飛んでいく。
俺はその後ろ姿を見送ってからジャックを促して、パンジーの厩舎に向かった。
パンジーの厩舎に行くと、その外に作られている柵の中にいたパンジーが顔を上げて俺たちが近づくのを見つけた。
「ポポポポポッッッ」
「元気そうだな、パンジー。って昨日も顔見たもんな」
「ポポーッッ」
頷くパンジーの首をポンポンと叩いてやると、嬉しそうに頭を俺に擦りつけてくる。
その仕草が可愛くて、思わずパンジー用のおやつを取り出してあげる。
途端に嬉しそうに食べ始めるパンジーの頭をもう1度撫でてから、俺はジャックと一緒に厩舎の中に入る。
「ここで何すんだ?」
「ん? ああ、竃用の焚き木をおく場所に丁度いいかなって思ってさ」
入ってすぐ右側の壁に1列分の焚き木を並べても、これだけ広ければパンジーも邪魔には思わないだろう。
「んで、話って?」
「お、おう・・・・」
焚き木を置ける場所を確認してから尋ねると、ジャックは歯切れ悪く返事をしただけだ。
やっぱりいつものジャックらしくないんだよなあ。
「どうした?」
「な、なんでもない」
「そうか?」
「おう」
俯いて爪先を見ているジャックの耳はぺたんと頭にくっついて、尻尾も力なくたらんと垂れている。
まるで途方にくれていると言わんばかりだな、おい。
「ジャック?」
「あ、あのさ・・・その・・・」
「なんだ?」
「俺、ここに残ろうと思ってるんだ」
「・・・・・はっ?」
なんだって?
今、ジャックはなんて言ったんだ?
「なんて言ったんだ?」
「だから、さ。俺、このままここに残りたいんだ」
「なんで?」
「なんでって・・・その・・・」
ジャックは孤児院に残りたいって言ったのか。
聞き間違いじゃなかったって事か。
俯いたままのジャックを見下ろすけど、彼は顔を上げて俺の顔を見ようとしない。
だから、それが本当の事なのかどうか判らない。
俺、てっきりジャックも俺たちと一緒に旅をする事が好きなんだって思ってたけど、もしかしてそれって俺の勝手な思い込みだったのか?
「俺たちと一緒に旅する事が辛かった?」
「ちがっ・・・・」
「それとも根無し草みたいに移動ばかりの生活が苦になったとか?」
「そっ・・・」
小さな一声だけが俺の耳に届く。
でもさ、それってもしかして『違う』と『そうじゃない』と言ってるんだろうか?
「それとも、狩りが大変でもうハンターをやりたくないって事かな?」
「・・・・・」
今度は小さな一声すらなかったよ。
でもなんとなくだけど、歯を食い縛ってるような気がするのは俺だけか?
「なぁ、ジャック」
「・・・なんだよ」
「理由を教えてくれるかな?」
「べ、別に理由なんて・・ただ俺はここにいたいだけなんだ」
尻尾が揺れて、ジャックの言葉が本気じゃないって事が判る。
これはしっかりと聞き出さないとな。
「なぁ、本当にここに留まりたいのか? 俺たちと一緒にはいたくないって事か?」
「そ・・そう言ってる」
「じゃあさ、理由を教えてくれよ」
「それは・・・」
「一緒にいたくないような事を俺がしたって事だろ? だからそれを教えてくれないかな」
ここに来てようやく顔を上げたジャックだけど、困ったように眉間に皺を寄せている。
俺はジャックの前に跪いて下から顔を見上げる。
「ほら、話してくれよ」
「お、俺・・・」
「うん?」
泣きそうに顔がくしゃっとなるジャック。
本当に何をそんなに思い詰めているんだろう、こいつは。
読んでくださって、ありがとうございました。
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10/19/2018 @ 20:43CT 誤字のご指摘をいただいたので訂正しました。ありがとうございました。
ジャックが俺と2人斬り → ジャックが俺と2人きり




