325.
アリアナの中になんとか入れてもらってからも、のんびりと馬車の速度に合わせて進み、そのまま農地が広がっている地域にある孤児院までようやく辿り着いた。
開いた孤児院の門の中では庭を走り回る子供が見える。
でもアラネアが門を潜ったところで、全員が足を止め俺たちを凝視する。
とはいえ、最初にアラネアから飛び降りたジャックを見たところで誰がやってきたのか判ったんだろう、数人の子供たちが俺たちの方に走ってきて、残りは孤児院の建物の中に駆け込んだ。
多分セレスティナさんたちを呼びに行ったんだろう。
「「「「「ジャックッッッ!」」」」」
アラネアに向かって走ってきた5人の子供たちは、先に降りたジャックに飛びついていて、小柄なジャックがあっという間に子供たちの中に消えてしまう。
もみくちゃにされてるんだろうな。
歓声が聞こえ、ジャックの小さな悲鳴が聞こえ、なんとなくあの輪の中で何が起きているのか知るのが怖いよ、うん。
でも、次にアラネアから降りたミリーを見て静かになってしまった。
そりゃそうだろう、みんなが知ってるミリーじゃないもんな。
困ったような顔で俺を振り返るミリーの隣に移動すると、ジャックを取り囲む子供たちに手をあげる。
「コータ?」
「よぉ、久しぶりだな」
そのうちの1人が俺の前までやってくるから、思わず頭をガシガシと撫でてやる。
「元気にしてたか?」
「うん、みんな元気だよ」
頷いた子供はそのまま視線をミリーに向ける。
「ねぇ、誰?」
「ミリーだよ」
「うっそだぁ〜。ミリーちゃん、もっとちっちゃかったもん」
「デッカくなったんだよ」
「急にそんなにおおきくならないもん」
そんな事も知らないのか、という目を俺に向けてくるから思わず苦笑いが浮かんだ。
「なる種族だったんだよ」
「えぇぇぇ」
「別に一晩でデッカくなった訳じゃないんだよ」
「でもさ、それでも・・・えぇぇぇ」
ミリーと俺の顔を交互に見返している子供のそばに、残りの4人の子供たちが集まってきた。
「あれ、ミリーちゃんだって」
「えぇぇぇぇぇ」
「うっそだぁ」
「ぜってー違うよな」
ウンウンと頷きあう4人は、自分達より先に来ていた子供を突く。
「でもさ、そうだって言ってるよ」
「ミリーちゃん、俺より小さかったんだぜ?」
「私と同じくらいだったのに」
あれ、ミリーじゃない、って事が問題っていうよりもミリーだけが他の子供たちより大きくなった事に門区があるのか、こいつら。
「ミリーちゃん、どうやっておっきくなったの?」
「えっ? どうやってって・・・その・・・」
「教えてくれよ、俺だってデッカくなりたいんだ」
「そうそう、早くデカくなって一人前になりてえんだよ」
なんだよお前ら、いっちょ前の事言ってんじゃん。
「秘密なら誰にも言わねえよっっ」
「もし秘密って言うんだったら、ここにいるみんなだけの秘密にするから」
いや、それもう秘密じゃないから。
心の中で子供たちのセリフにツッコミを入れながら、俺はミリーがなんて答えるのかをワクワクして待っている。
でも肝心のミリーは困ったように子供たちの顔を見てから、困った顔で俺を振り返った。
「ほらほら、そんなにみんなから聞かれてもミリーは答えられないよ」
「じゃあ、順番に聞けば教えてくれる?」
「おう、ちゃんと1人ずつ並んで待つぞ」
そういう意味じゃないんだけど、と思いつつ俺はしゃがんで目線を子供たちに合わせる。
「ミリーは、そういう種族なんだよ」
「えぇぇぇっっ」
「そんな種族、聞いた事ねえよっ」
お前俺たちをバカにしてんのか、と睨みつける子供たちに頭を横に振る。
「ミリーは本当に少数の数が本当に少ない種族なんだよ。なんだったらセレスティナさんに聞いてみればいいよ」
「孤児院先生に?」
「院長先生、知ってるかな?」
「秘密だったら教えてくれないぞ」
「大丈夫だって。ここにミリーがいるからね。目の前にそういう種族がいれば教えてくれるよ」
ミリーがいなかったら教えなかったかもしれない、と思い込むような言い方をしてみる。
すると、すぐに釣られて聞いてきた。
ちょろいな、お前ら。
「いなかったら?」
「内緒だったかもね。だって、見た事もない種族の事を聞いても、みんな、信じられないだろ?」
「あ〜・・・」
「う〜・・・」
「・・・そうかも」
5人が顔を見合わせて頷いた。
「だろ? だから今まで聞いた事もなかったんだよ。それより、中に入ってもいいかな?」
「もう? 遊ばないの?」
「そうだよ、一緒に遊ぼうよ」
「そうだなぁ、それも楽しいよな」
「だろ」
でもさ、と言ってから言葉を切る。
子供たちは「でもさ」の続きが聞きたいから黙って俺の言葉を待つ。
「途中でチンパラを狩ってきたんだよなぁ・・・せっかく今夜の晩御飯にしてもらおうと思ったんだけど、遊んでいたらチンパラの肉は明日かなぁ・・・」
「だめ」
「ダメだよ、コータ」
「肉くいたいっっ」
孤児院だからって、普段は粗食って訳じゃないと思う。でもやっぱり子供たちの人数が多いだろうから、肉の量は少ないんだろう。
俺が肉、と言った途端に俺の手を引いて孤児院に向かって歩き出した子供たち。
思わず吹き出したけど、引っ張られるままに孤児院の建物の方に向かって歩く。
ジャックも同じように子供たちに手を取られて、俺たちの前を引っ張られている。
「なぁ、ラッタッタの肉って言っても、反応は同じだったかな?」
「どうかしら? 私はあんまり好きじゃないけど・・・」
でも普段からあまり肉を食べないんだったら、ラッタッタでも喜んで食べるかもしれないな。
「まぁ、ラッタッタはたくさんあるから、あとで余分にあげよう」
「そうね、きっと喜ぶわ」
「美味くない肉でも煮込めば柔らかくなって食べやすくなるだろうしな」
「ラッタッタのシチューは美味しいわよ」
そういや、確かにラッタッタのシチューは美味かったな。
「じゃあ、明日にでもシチューの具材を買ってこよう」
「たくさん?」
「うん。たくさん。余分にあっても困らないだろ?」
「そうね、きっとたくさんある方が助かるでしょうしね」
子供の数は増える事はあっても、あまり減る事はないだろう。でも孤児院経営資金は子供の数が増えたって変わらないだろうから、食材ならいくらあっても困らないと思う。
元気に手を引く子供たちが建物に向かって手を振る。
見ると、玄関のところにセレスティナさんが立っているのが見えた。
「ほら、セレスティナさんが待ってる」
「本当ね」
「さ〜て、何を聞かれるかな?」
「コータ・・・」
俺の言いたい事が判ったのか、ミリーの頰が赤くなる。
「ちゃんと話をしような」
「うん」
子供に引っ張られていない左手で隣を歩くミリーの手を繋ぐ。
きっとこれだけでセレスティナさんには俺たちの事がバレバレだろう。
「先生っっ」
「コータたちが来たよっっっ」
「肉だってっっ」
「今夜、肉だって」
肉だ肉だ、と騒ぐ子供たちの後ろで思わずぷっと吹き出した。
隣でミリーも同じように吹き出している。
「あらあら、落ち着きなさいな」
「だって、先生っっ、お肉だよ」
「そうだよ、俺、腹一杯食うんだ」
「私だってっ」
俺やジャックとは手を繋いでいなかった子供たちが、セレスティナさんに一生懸命報告している。
「あなたたち、行儀が悪いわよ」
「えぇぇ・・・」
「だって・・・」
「ほら、とにかく中に入りなさい」
駆け寄ってきた子供たちのお尻をぽん、と叩いてセレスティナさんは彼らを中へと促した。
それからもう目の前までやってきた俺たちに視線を向ける。
「おかえりなさい」
「ただいま戻りました」
「ただいま」
「ただいま」
おかえりなさい、と言われる事がなんとなく擽ったい。
でもその言葉は俺を温かくしてくれる。
なんか、ここって俺たちの居場所になっているのかもしれないな。
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