323.
馬車隊が見えなくなったところまで移動してから、俺たちはサイドキックに乗り換えた。
うん、やっぱりこっちの方が広々としていていいよな。決して隣にミリーが乗れるから、じゃないからな。
それから野営をすると決めた場所までは蛇行しながらサイドキックを走らせて採取活動をし、獲物を見つけたら停めていつものようにスミレの結界に守られながら狩りをした。
1度などはチンパラの群れを見つけ、俺たちは20匹分の肉を確保する事ができた。
そして、今夜の夕飯はもちろんチンパラの焼肉だ。
嬉しそうにベンチに座って肉肉言いながらフォークを振り回しているジャックと、率先して魔石コンロの上に置いた鉄板で肉を焼いているミリー。
そして俺はそんな2人を眺めながら、さっき自分で入れたお茶を飲んでいる。
ついさっきまではミリーの武器のサイズ調整をしていたのだ。決して遊んでいた訳じゃない。
でもそんな俺の前に揶揄うような表情を浮かべたスミレが飛んできた。
『食事作りが楽になりましたか?』
「ん? そうだなぁ・・・・なんでも1人でしなくてもいい、っていうのは良いかな」
『そういえば野営の時はコータ様が毎回食事を作ってましたね』
「まぁお子ちゃまだった2人にナイフをもたせて料理させるのは怖かったからな」
なんせナイフを扱う手が肉じゃなくて自分の手を切りそうだったからなぁ。
それが、だ。
たった一晩で育ってしまったミリーは、誰が教えた訳でもないのに上手にナイフを使って肉を切り分けたのだから大したもんだ。
いや、多分だけどさ、ちゃんと扱うだけの技術はあったんだと思う。解体の時にそれ専用のナイフで器用にやっていたからさ。
ただ子供の身体だったからナイフを扱いがうまくいかなかったんだと思う。
「コータ、晩御飯できたわよ」
「えっ?」
「ジャックもフォークを振り回してないで、お皿をよこしなさいよ」
「お、おう」
手を伸ばしてジャックから皿を受け取ると、ミリーは上手にそこに焼き上がった肉と野菜を盛り付けていく。
それから俺に手を伸ばすので目の前の皿を渡すと、同じように肉と野菜を盛ってくれる。
「ありがとう」
「どういたしまして」
にっこりと笑みを浮かべたミリーは、そのまま自分の皿にも肉と野菜を盛り付けるとテーブルに置いてから座る。
もちろん、俺の隣だな、うん。
3人で手を合わせてから食事を始める。
「コータ、弓はできたの?」
「ん? ああ、弓は多分あれで大丈夫だと思うから、明日にでも試してみれば良いよ」
「判ったわ、ありがとう」
「それからカラー・ガンもサイズを一回り大きくしといたよ。多分あれでいけると思う」
「そうね、コータのカラー・ガンだとちょっと大きかったものね」
大人になったとはいえ、やっぱり女性だからか俺のカラー・ガンはミリーの手にはちょっとだけ大きかった。
だから、俺とミリーが持っていたカラー・ガンの間くらいの大きさで作り直したのだ。
「そういや、スミレ、お前なんか作ってたよな? 何作ってたんだ?」
『テントです』
「テント・・・?」
今夜はコテージを出して、そこで休むんじゃなかったっけか?
頭を傾げていると、ニンマリと笑みを浮かべるスミレ。
あっ、これ、ヤバいやつじゃね。
『今までのテントはいちいち設置しないといけませんでしたからね、魔石を使って魔法具にしました』
「テントの魔法具・・・なんだよ、それ」
魔石の無駄じゃないのかよ。
スミレが取り出して見せてくれたのは、長さが50センチくらいの見た目は太い折りたたみの傘
『この先端の部分を地面に突き刺すんです。それでこっちのボタンを押すとポンッと開きます』
やってみせましょう、と言ってスミレは俺たちの座っているテーブルから10メートルほど離れると、傘、もといテントの魔法具の先端部分を地面に突き刺した。
それから持ち手部分についているボタンをテーブルの方に向けてから、俺たちによく見えるようにゆっくりと押した。
ポンッッ
すると音と同時に魔法具は2メートルほどの高さまで伸びると、そのままドーム状に広がっていく。
ってかさ、傘が広がってそのまま下に伸びていく、って感じだな。
そして地面に突き刺した部分からは床部分が伸びていき、そのまま上から降りてきた部分と接着していく。
それから俺たちの方に高さ1.5メートル、幅は1メートルの半円が見える。
『あの半円形の部分が出入り口になります。といってもただ2重になっているだけなんですけどね』
「2重って・・ああ、地面の部分はくっついてないんだな」
『そのとおりです。ですからこうやって右側から入る事ができます』
スミレが器用に右側の出入り口部分の布を持ち上げて見せる。
ようは2枚の布を重ねる事で出入り口にしてあるって事だな。
『内は4メッチの楕円形になっていて、5−6人は入れると思います』
「いやいや、5−6人には狭すぎるだろ?」
『大丈夫ですよ、どうせ寝るだけですから』
興味を持って立ち上がり、俺はそのままテントの中を覗いてみる。
4メートルの円の真ん中にはポールが立っていて、その両脇に2人ずつならなんとか寝れるか?
ってか、まん丸じゃないんだな。確かにスミレの言う通り楕円形だ。
傘から伸びていくところを見ていたけど、まん丸になっているように見えたんだけどな。
「丸くないんだな、中」
『そうですね。奥行き2.5メッチ、幅を4メッチにしてあります』
なるほど、それから無理をすれば6人くらいは入れるのか。
『それの小さいバージョンも作ってあります。そちらは幅が2.5メッチで、奥行きは2メッチ弱で、2人用です』
そう言いながらも小さいテント魔法具というのを取り出して、大きいテントから10メートルほど離れた地面に突き刺してボタンを押した。
そっちは高さも少し低めの1.7メートルらしいけど、寝るだけだからそれで十分だろう。
『という事で、今夜はこれで寝てもらいます』
「えっ?」
「テントで寝るの?」
「マジかよ」
今夜はコテージは無し、かぁ・・・とほほ、だな。
『テントの使用具合を確認したいんです』
「いや、でもさぁ、それってアリアナに戻ってから孤児院の庭先でもいいんじゃね?」
「そっ、そうだぜっ」
「馬車隊と離れたんだからさ、疲れが溜まらないようにちゃんとした寝床で寝たいよ」
いや、ホント、マジで頼むよ。
『ご安心ください。ちゃんと寝床を入れますから』
「あ〜・・それってもしかして試作品?」
『もちろんです』
キッパリと胸を張っていうスミレに、俺たち3人は顔を見合わせる。
『こちらも魔法具です。ボタン1つで空気を注入する事で、柔らかい寝床が出来上がります』
「エアー・マットレスって事か」
『はい。ただしこれは大小のテントに合わせたサイズです』
なるほど、エアー・マットレスなら、寝心地はそんなに悪くないって事か。
『小さい方はジャックが使ってくださいね。大きい方はコータ様とミリーちゃんでお使いください』
ぶふぉおおおっっ
丁度一口飲んでいたお茶を勢いよく噴き出した。
「ゲホゲホッッッ・・・いやいや、それはマズいだろ?」
『どうしてですか?』
どうしてって・・・いや、だってさ、年頃の男と女が同じテントの中っていうのは、やっぱり色々と問題があると思うんだ、うん。
とはいえ、それをはっきりとジャックの前で口にするのはなんとなく憚る。
そんな俺の心の葛藤を読み取ったのか、ミリーがふわっと飛んできて俺の肩の上に降りるとそのまま耳元に顔を寄せる。
『アリアナに戻る前に、きちんとしておいた方がいいですよ』
「なっ、するって何をだよ」
『ミリーちゃんはまだトラ族に狙われているかもしれないですよ? もしかしたらアリアナに彼女を狙うトラ族がいるかもしれません』
「でもそっちはスミレのお仕置きで懲りたんじゃないのか?」
『そうだといいんですけどね。ですが子供の姿を脱したミリーちゃんを見て、考えを変えるかもしれません』
そうか、ミリーが望まないと大人の姿に成長しないんだったっけか。
もし今も子供の姿のままだったら安心だったけど、今は成長しているから気が変わる事だってあるかもしれないのか。
『ですから、ちゃんとしてください』
「だから、ちゃんとって、なんだよ」
えっ、判らないの、と言わんばかりのスミレの顔にムカッときたものの、俺にはスミレが何をちゃんとしろと言っているのか判らないんだよ、悪かったな。
『ミリーちゃんの気持ちを受け入れたんですよね?』
「そ、そりゃあ・・・・」
『ミリーちゃんの事が好きなんですよね』
「そ・・もちろん」
ミリーからの告白だけど、俺だって成り行きで受け入れた訳じゃない。
ちゃんと、その、一応考えた上で彼女の気持ちを受け入れたんだ。
どもってしまったけど、ちゃんと頷く事でスミレに俺の本気の気持ちを伝える。
『じゃあ、最後までやっちゃってください』
「・・・・・・はっ?」
『ですから、ミリーちゃんを受け入れたって言うんだったら、最後までやっちゃてください』
「スッ、スミレッッ、おまっ・・おまえっ、なんつー事言うんだよっっっ」
どこのやり手ババアのセリフなんだよっっっ!
最後までやっちゃえって・・・・それって、一線を越えろって事だよな?
つまり、その・・・・セッ・・・・言えないっっっ!
「何考えてんだよっっっ」
『ミリーちゃんの安全です』
「だからさっ、それのどこが安全のためなんだよっっ」
『今のミリーちゃんは成長したトラ族の娘です。まだ誰の色にも染まっていない彼女は狙われる確率大なんです。ですが、コータ様と関係を持つ事で、その確率は一気に下がるんですよ』
どういう事だ?
俺と、その・・・最後まで関係するって事でミリーを守れる?
『つまりですね、金虎が欲しいのは銅虎ですが、手付かずの銅虎だけです。つまり今のミリーちゃんですね。ですがもしミリーちゃんが既に他の男のものになっていれば、金虎の対象にはなり得ません』
「いや、でもさ、それは別に俺と今すぐ関係を持たなくたってだな・・・」
『駄目です。コータ様は獣人の嗅覚を舐めてます。彼らにはちゃんと判るんですよ』
「それって・・・・」
『はい、そういう行為をしたかどうかも、ちゃんと判ります。特にミリーちゃんは特殊な銅虎ですからね。その辺りは普通の獣人よりも顕著に現れる筈なんですよ』
ちらり、と視線を向けると、こっちを見ている赤い顔のミリーとバッチリと目があった。
聞こえてんじゃんっっっ!
でも、視線を外す事なく頷くミリーを見て、スミレの話があながち外れていないって事が判る。
『そのためにテントを用意したんですよ。試作テントのテストって事にすれば、ジャックと別の屋根の下で眠る事に言い訳ができますからね』
「・・・だからわざわざテントを離して立てたのかよ」
『当たり前じゃないですか。声、聞かれたくないですよね?』
当たり前じゃ、ボケェェェェッッッ。
思わず叫びそうになる自分をグッと抑える。
「スミレ、おまえ、やり手ババアみたいだな」
『なんですか、それ? ちょっとひどいですよ。どうせなら恋のキューピッド、って言ってください』
「それはない」
キッパリと言い切る俺の肩から飛び立ったスミレは、そのまま腰に両手を当てて怒ったふりをする。
『失礼ですね、コータ様は』
「スミレほどじゃない」
『ほら、またっっ。でも今夜は許してあげます』
何それ、超〜上から目線なんですけどっっっ。
『ミリーちゃんの事、大切なんですよね?』
「うん」
『ミリーちゃんの事、守りたいんですよね』
「うん」
『じゃあ、肚を括りましょう』
うっっ・・・・・顔を赤くしたミリーと目を合わせると、表情は恥ずかしそうだったけど尻尾は素直にヒュンっと左右に揺れている。
ここは、男、コータ、肚を括る場面なのか?
「ミリーは・・・いいのか?」
俺で、いいのか? 俺はヘタレで、スミレの手助けなしでは何にもできない男だぞ? そんな気持ちを込めて尋ねると、視線の先のミリーが小さく頷いた。
「コータが、いいの」
「・・・・そっか」
俺でいいのか。
ミリーの言葉にホッとする俺。
そっと手を差し出すと、躊躇いがちに俺の手のひらに自分の手を載せるミリー。
成長してもまだ俺の手よりも小さな手は、少し震えている気がした。
そんなミリーの手をぎゅっと握る。
今夜から、俺たちの関係は更に変わるんだろう。
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