320.
なんか、フニフニする。
手のひらに感じる柔らかい感触と、なんとなく甘い香りが鼻先を擽る。
なんだろう?
今までに無い感触なんだけど、それがあまりにも心地よくていつまでも目を閉じていたい。
手をわきわきと動かすと、指先にやっぱり感じる柔らかい感触。
あれ?
ゆっくりと目を開けると、そこは俺がテントに仕込んだソファーベッドだった。
いや、だってさぁ、せっかく寝心地のいいソファーベッドを作ったんだから、馬車隊の目を欺くためのテント生活とはいえちゃんとしたソファーベッドで寝たいじゃん。
もちろん、もう1つのテントにはジャックとミリー用の小さなベッドが設置されている。
だからソファーベッドに寝ていてもおかしくはないんだよ、うん。
でもすぐそばに温もりを感じるんだよな、と思ったところで、そういえば昨日はミリーと一緒に寝たんだったっけ、と思い出す。
ミリーと一緒に寝るのは旅の最初の頃以来で、お互いくすくすと笑いながらそのまま寝たんだったっけか。
んじゃ、この腕枕にのっている柔らかい感触はミリー?
いや、でもな、と頭を少しだけ傾げる。
ミリーってこんなに柔らかかったっけか?
かなり覚醒した目を腕枕をしている柔らかい感触に向けると・・・・うん、俺に背を向けて眠っているミリーの赤銅色の髪がベッドの端っこに広がっている。
あれ・・・・広がっている?
確かミリーって肩までの髪の長さじゃなかったっけ。
目を閉じてから開けて、それからもう1度見下ろすと、やっぱり見えるのは赤銅色の長い髪がベッドシーツの上に広がっている。
それから腕枕をした手の位置を考えると、どうも俺の手のひらが触っているのは彼女の・・・・あれ?
腕枕をした相手の体を抱き寄せるようにした俺の手は・・・うぉっっ!
飛び起きるようにして起き上がった俺の腕から彼女の頭がコロン、と転がって枕の上に乗っかった。
それでも少し身じろぎをしただけで、まだ目を冷ます気配はない。
俺はゆっくりと体をずらしてから、隣に眠っている彼女を見下ろした。
髪の色はミリーと同じ赤銅色。そこから出ている耳はミリーより少し大きいのか?
いや、そんな事は些細な事だ。
それよりも大変なのは、彼女がミリーよりも大きいって事だ。
ミリーはどう見たって12歳くらいの女の子だった。
でも今俺の隣で眠っているのは、もっと大人の女性。
何がどうなっているか判っていない俺の頭はパニックでぐるぐる高速回転している。
だからって何かが判った訳じゃない。
そこでハッとして、俺は自分の体を見下ろした。
「よかった・・・・」
ちゃんとパジャマを着ている俺がいて、思わずホッと胸をなでおろした。
それでもまだ問題が解決した訳じゃない。
俺はそろーっとベッドから降りて、着替える事もしないままテントの外に出た。
キョロっと見回すと、スミレがテーブルの端っこに座っているのが見えた。
「スッ、スミレッッッ」
『おはようございます、コータ様』
「おはよう・・・じゃなくって、大変なんだよっっ」
『大変?』
俺と違ってちっとも大変そうじゃないスミレにその場で地団駄を踏んでしまう。
「だっ、だからさっ、大変なんだってっっ」
『コータ様、落ち着いてください。ほら、深呼吸して。そうそう。それから何が大変なのか教えてください』
スーーハーー、と深呼吸を2回してから1度目を閉じると少しだけ落ち着いた気がする。
そのせいか少しだけ頭がクリアになった気もする。
『それで、どうしたんですか?』
「お、俺のソファーベッドに知らない女性が寝てる」
『知らない女性?』
「うん、若い女性が隣に寝てた」
目が覚めたら俺が腕枕をしていた事までは言わなくてもいいだろう。
『若い女性、ですか?』
「うん」
頭をガクガクと縦に振っている俺と対照的に、スミレは下顎に人差し指を当てて頭を傾げている。
可愛い仕草だけど、今はそれどころじゃないんだぞ、おい。
『テントの中にはミリーちゃんしかいませんよ?』
「いや、それはないって。そうじゃなくって、いるんだってば」
『そうですか? 私の探索には1人以外反応がありませんけどねぇ・・・・』
おかしいですねぇ、とスミレはのほほんと返事をする。
「じゃあさ、とりあえず中に入ってみろよ」
『中ですか?』
「うん、俺のソファーベッドで寝てるから」
『・・・判りました』
少し考えるそぶりをしてから、スミレはテーブルから飛び上がって俺の顔の前でホバリングをする。
『でも2つのテントにはそれぞれ1人ずつしか寝ていないんですけどねぇ・・』
「いいから、とにかく来いよ」
ここまで来てもまだ誰もいないと言い張るスミレを先導するように俺はホバリングするスミレの横を通り、そのまま静かにテントの前まで歩いていく。
それからゆっくりとテントの入り口を開いた。
そーっと中を覗いてみると、さっきの女性はまだ俺のソファーベッドで寝ている。
「ほら、スミレ、あれ・・・」
『どこですか?』
「ほら、俺のベッドの上だよ」
テントの入り口から俺が指差す先のソファーベッドの上には、こんもりと盛り上がったブランケットとそこから覗いている赤銅色の長い髪が見える。
『コータ様・・・・』
「ほらな、いたろ?」
振り返ったスミレは何か言いたそうな顔で俺を見上げている。
「一体どこからきたんだろうなぁ・・・」
『コータ様・・・・』
「スミレ、結界は張ってるんだろ? その結界をくぐり抜けて入ってきたって事は、俺たちに害がある人じゃないって事だから心配はしてないんだけどさ」
スミレの結界は俺たちに害意を持っているものは一切抜ける事はできないのだ。
まぁ時と場合によっては一切のものを通さない時もあるけどさ、馬車隊と合流してからは悪意、害意がない人は通れる、っていうものにしているらしい。
「もしかしたら巫女様と一緒にきている人なのかな?」
『コータ様・・・・』
シェリは精進料理しか食べさせてもらえないからといって俺たちのテントにご飯を食べに来ていたから、もしかしたら彼女も同じようにご飯が食べたくてきたんだろうか?
『あのですね、コータ様』
「なんだよ、スミレ。やっぱり彼女が来た事に気づいてたのか?」
『いいえ、そうじゃなくてですね』
「俺たちに害意がないから通したんだろうけどさ、俺のベッドに潜り込まないようにくらいは言っといて欲しかったよ」
ドキドキしたんだぞ、俺。
目が覚めたら腕の中にいたんだからさ。
『コータ様、話を聞いてください』
「なんだよ」
『彼女が誰か、判らないんですか?』
「誰か、って俺の知り合いか?」
目を閉じてぐっすりと眠っている彼女を見下ろして考える。
今は目を閉じているけど、整った顔立ちを見ればとても美人さんだって事は判るよ。
俺の知り合いに美人さんなんていたっけっか?
ってか、女性の知り合いって仕事に関係する人以外だとセレスティナさんくらいしかいないんだけど?
「う〜ん、どこかで会った事あるかなぁ・・・・」
『・・・・はぁ』
「アリアナで会ったって事か?」
『いえ・・』
じゃあ、どこで会ったんだろう、俺。
頭を傾げているとスミレが頭の上に飛んできて、そのままポカリと叩かれた。
「いてっ」
『よーく見てください』
「いやいやいや、寝ている女の子の顔を覗き込んじゃダメだろ?」
それは犯罪だよ、多分。
『いいから、見てみなさい』
「え・・・はい」
もう1度ポカリと頭を叩かれて、俺はそぅっと顔を近づけて彼女の顔を覗き込んだ。
赤銅色の髪がだんだん明るくなってくるテントの中で綺麗な光沢を見せている。
なんていうか、さ。ちょっと金色混じりの赤銅色の髪の色はとても綺麗だ。
「やっぱり、美人さんだよなぁ・・・」
『コータ様・・・・』
「あっ、いや、別に悪い意味じゃなくってだな」
『判ってますよ。でも、本当に誰か判らないんですか?』
「誰かって? 俺の知り合いか?」
『あ〜・・そうといえばそうと言えますけどね』
「なんだよ、歯切れの悪い言い方だな」
いつだってズバズバ言い過ぎるほど言うくせに、なんで今は歯切れが悪いんだ?
『コータ様の知っている人に、この髪の色の人、いませんか?』
「この髪の色? 赤毛って事か?」
いたっけか?
『赤銅色、っていうんじゃなかったでしたっけ?』
「赤銅色? うん、ミリーの髪の色そっくりだよな」
『そっくり、ですか・・・・』
どこかがっくりと肩を落とすスミレ・・・なんでだ?
「あれ、似てない?」
『そっくりじゃないですよ』
「そおかぁ?」
『違います』
キッパリと言い切るスミレの言葉に、ベッドに潜り込んで寝ている彼女に視線を向けた。
「いや、そっくりじゃん」
『違いますよ。そっくり、じゃないんです』
「なんだよ」
『ミリーちゃんそっくりの髪の色、じゃなくて、彼女はミリーちゃんですから』
「・・・・・・・・はっ?」
『ミリーちゃん本人なのに、ミリーちゃんの髪の色そっくりなんて言わないでしょう?』
「・・・・・・・・えええええぇぇぇぇぇっっっっ」
スミレの言葉を頭の中で反芻してから、思わず口から叫び声が出た。
慌てて口を抑えたけど、我ながらでかい声だったせいかブランケットの中身がモゾモゾと動いた。
そのまままた寝るかな、と思ったブランケットの中身はそのまま手を外に出して上に伸ばして伸びをすると、ゆっくりとブランケットから這い出した。
閉じていた目をゆっくりと開いてから、焦点の合わない目で周囲を見回した。
そして、俺を視界に入れると焦点があう。
「コータ・・・」
「・・・・」
「おはよ」
彼女は目をこしこしと擦りながら、ミリーと同じ話し方でにっこりと笑みを浮かべた。
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