317.
「やっきにくっ、やっきにくっ」
「やっき肉っっ、やっき肉っっ」
テーブルの端に設置した魔石コンロの上に置かれた鉄板の上で焼かれている肉のジュージューという音と、なぜか尻尾の動きとマッチしたミリーとジャックの変な歌声が宵闇の中に響いている。
フォークを握りしめ皿を前にした2人は、肉が焼きあがるのを今か今かと待っている。
そしてそんな2人の隣にちゃっかりと座っている巫女様、シェリも同じようにフォークを持ってじっと焼ける肉を見つめている。
「よし、この辺はもう食えるぞ」
俺は菜箸を使って焼けた肉を摘むと3人の皿に1切れずつ載せてやる。
「ソースはこの2種類な。少しだけ皿に載せて、試してみればいいよ」
「わかった」
「おう」
「試すのじゃ」
3人が頷いたのを見て、俺は自分の皿にも1切れの肉を載せてから、残りの肉をひっくり返して次の肉を載せる。
俺は胡椒が効いたソースを皿に少しだけ出すと、そこに肉をつけてから口に運んだ。
「おぉぉ・・・・」
見た感じは豚肉みたいな色だったんだけど、口に入れると上質の牛肉みたいな肉質だ。
霜降り肉っていうのか? そんな口当たりなのに、脂っぽくないからスルッと喉を通っていく。
「・・・美味いな」
思わず肉が載っていた皿を見つめながら呟いて、それからハッと顔をあげると目の前の3人も至福の表情を浮かべて肉を噛みしめている。
俺は3人にせがまれる前に、と慌てて菜箸で鉄板の上の肉をひっくり返し、それから切った野菜にも火を通していく。
チラ、と視線を3人に向けると既にフォークを握りしめて次を待っているのが見えた。
とりあえず焼けた肉を3人の皿に載せるが、残りはさっき載せたばかりだからまだ焼けていない。
その代わりに野菜がいい具合に火が通ったようだ。
「ほら、野菜も食えよ」
「えぇぇぇ」
「俺、そんなに野菜いらねえよ」
「駄目だ。ちゃんと野菜を喰わないんだったら肉も食わせないぞ」
「・・・・食べる」
「・・・・食やいいんだろ」
いつもの「肉を食わせないぞ」という言葉で素直に皿の上の野菜をフォークに刺す2人。
それを見てシェリも慌てて野菜を口に運んだ。
なんだかんだ言いながらも3人は俺が皿に載せたものを食べている。
そうやって用意していた肉や野菜を食べ終えた俺たちは、鉄板を下ろした魔石コンロを使ってお茶を淹れる。
焼肉のせいか少し口の中が脂っぽくなっていたけど、お茶のおかげで口の中もスッキリだ。
「それにしても美味い肉じゃったのう」
「うん、美味しかった、ね」
しみじみ美味しかったというシェリとミリーの2人はお互いの顔を見合わせて頷きあう。
「何の肉だったんじゃ?」
「さぁ?」
「さぁ?」
「今日の狩りで仕留めた魔物だよ。でも今まで見た事もない魔物だったから、なんていう魔物なのか判らなくってさ」
あっけらかんと何の肉か知らないと答えると、シェリが慌てて立ち上がった。
「ちょっ、お主ら自分たちが食った肉が何か知らないというのか?」
「うん」
「知らない、ね」
「美味けりゃなんでもいいんだよ」
頷く俺たち3人を呆れたように眺めてから、シェリは頭を振り振りまたベンチに座った。
「魔物なら毒を持つものもおるんじゃぞ。もしかしたらこのまま我らは毒で死ぬかもしれんぞ」
「あっ、それはない」
「うん、だいじょぶ」
「死なねえよ」
キッパリと死なないと言い切る俺たちを見るシェリの目はとても疑い深いものだった。
「そんなに心配しなくたって大丈夫だよ。少なくとも毒はないから」
「なぜそれが判るのじゃ?」
「それは言えないけど、毒がない事は俺が保証するよ。ってかさ、毒があるかどうか判らなかったら、ミリーやジャックに喰わせる訳ないだろ?」
スミレが毒がない、って鑑定してくれたから安心して今夜の晩飯になったんだからさ。
って言えないんだけどな。
「むむむ・・・まぁもう食べてしまったのじゃ。騒いだところで今更じゃな」
「だな。でも悪かったな」
「何が、じゃ?」
「食べる前に未知の魔物の肉だって言えば、無理して食べなくて済んだのにな」
「ぬぬぬっっ・・・コータは意地が悪いのう」
えっ? 俺?
未知の魔物の肉だったから嫌だったんじゃないのか?
「こんな美味いもの、我にだけ食うなというつもりじゃったんじゃな」
「そんな事言ってないだろ?」
「いいや、言っておるぞ。もし最初にそんな話を聞いておったら、あんな風に腹がはち切れんほど食えんかったじゃろうからな」
確かに物凄く食ってたよな。ミリーやジャックは獣人だったりケットシーだったりするから肉食だっていうのは知ってたけどさ、人であるシェリがあんなに肉を食うとは思わなかったよ、うん。
「それにしてもどんな魔物じゃったんじゃ?」
「うん? そうだな、確かここに絵が・・・」
白々しくポーチからスクリーンを使って描いた絵を取り出した。
これ、スクリーンの向こうが透けて見えるっていう特性を生かして描いたものなんだよな。
つまり、展開したスクリーンの向こうにボール・アルマジロがくるようにして、その輪郭と特徴的な部分を描き写しただけなんだよな。
でもスミレからは似ている、とお墨付きをもらったんだぞ。
「これか? なんじゃこれは・・・・・ふむ・・・」
地べたに押し潰されたアルマジロに見えるその絵をマジマジと見ながらも、シェリは顎に手を当てて考え込んでいる。
「本で見た事もない魔物じゃのう。これはどんな魔物じゃったんじゃ?」
「見た目はでっかい緑の毛玉ボールだったよ。最初はさビョーンって飛び上がったんだ。それからくるっと丸くなってそのまま転がってきたんだよな」
そう、アルマジロみたいだったのはまん丸になるところだけで、実際は鎧みたいな外見じゃなくって毛が生えていたんだよ。色も若草色っていうのかな、もしあのままじっとしていたら俺たちは全く気づかなかったと思う。
「大きかったのか?」
「うん、体長は尻尾込みで7メートルほどあったかな。」
「なんとっ。でかいのじゃのう」
「だな。だから解体が大変だったよ」
スミレが、だけどさ。
「ほう・・という事はまだ肉は・・・」
「うん。あるな」
なんせ尻尾部分を抜いても5メートルちょっとはあったからなぁ。肉だけはたっぷりと取れたよ。
孤児院にいい土産ができたよ、うん。
「その肉は・・・」
「悪いけど、売らないぞ。ミリーやジャックが世話になっている孤児院があるからさ、そこの子供たちにあげようと思ってるんだ」
「そ、そうか・・・そうじゃな、子供たちが喜ぶじゃろうな・・・」
孤児院にあげる、という俺の言葉にウンウンと頷くミリーたちを見て、シェリはそれ以上何も言えなかった。
きっと欲しいと思ったんだろう。
でもさ、シェリにあげるのは吝かじゃないけど、他の神官たちの事を思うと分けたくない。
それよりは美味しそうに食べる子供たちにあげる方がよっぽどいい、と思う。
「それで、検証は済んだのか?」
「なんとか今日中に終わらせたようじゃな」
「んじゃ、明日は浄化か」
「そうじゃ、我も明日は朝から馬車から出るように言われるじゃろうな」
「そっか。じゃあ、朝から浄化をするって事か?」
「いや、準備もあるから午後からになるじゃろうな」
あれ、意外とのんびりしてるってか?
「本当は準備もいらんのじゃ。じゃが見た目は必要だといって聞かんのじゃ」
「あ〜・・・箔付けに来たんだもんな」
「そうじゃな・・・」
はぁ、と溜め息を吐く俺を見て、シェリも同じように溜め息を吐いた。
「まぁそういう事だったら、俺たちは予定通り朝出発するよ」
「そうか・・・残念じゃのう」
しみじみと本当に残念そうなシェリには悪いけど、俺たちとしてはやっと帰れるとホッとしているんだよな。
「お主らは大都市アリアナに戻るんじゃな?」
「とりあえず、はね」
「どういう意味じゃ?」
「俺たちはハンターだからさ、あちこちの街を移動しているんだよ。だから今はアリアナにいるけど、いつまでもいる訳じゃないからさ」
「そうか・・・・」
まぁアリアナにはセレスティナさんがいるから、違い場所に旅をしても遊びに戻ってくる事はあるだろうけどね。
でもそんな事をいう義理はないから、今は賢く黙っておく。
「我もあと2年で巫女の役目を終える」
「家族の元に帰るのか?」
「いや、我は孤児じゃ。帰る場所はない」
へぇ、孤児でも才能があると神殿が認めれば巫女になれるのか。いや、孤児だから他の巫女よりも扱いが悪いのかもしれないな。
金持ちの子供だったら、もっと大切にされていた可能性もありそうだな。
少なくとも俺が見てきた神官を思い出すと、巫女でもその出自によっては扱いが違う、っていう事をやっていてもおかしくないもんな。
「あの、な。頼みがあるんじゃ」
「えっ?」
「お主にな、頼みがあるんじゃ」
ぼーっとそんな事を考えていた俺に、シェリが真面目な顔で声をかけてきた。
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