314.
馬車がゆっくりとこっちに近づいてくるのを見て、なんか違和感を感じた。
何だろう、と思ったところで気がついた。
馬車の隊列が短くなっていたからだ。
「スミレ、馬車は何台見える?」
『6台ですね』
「確か10台だったよな?」
『そのくらいでしたね』
だよなぁ。やっぱりウェイメラの襲撃のせいかなぁ。
「ウェイメラの攻撃で何台か駄目になったって事か?」
『そうでしょうね。でもあのまま私たちが助けなかったら、もっと数を減らしていたでしょうね』
「そうなんだけどさ」
ウェイメラの襲撃で誰か死んだ人とかもいるんだろうか?
今更ながらそんな事を思ってしまった。
あの時はとにかくウェイメラを引き離す事しか考えてなかったし、そのあとはコテージに戻って疲れてすぐに寝たからすっかり忘れてたよ。
だから馬車隊の野営用の場所作りも10台分で用意してたなぁ。
「コータ、あの人」
「あの人?」
考え込んでいたところにミリーが声をかけてきたので馬車隊の方を見ると、先頭の馬車の御者台から手を振る人が見えた。でも俺からはまだ遠すぎて誰が手を振ってるのか全く判らない。
「誰が手を振ってるんだ?」
「ローガン、さん」
「ローガンさん? なんでローガンさんが先頭?」
『おそらくこの場所に移動するにあたって、ここの位置を一番理解しているからではないでしょうか?』
「あ〜・・・なるほどね」
俺が馬車隊から離れた時に地図で教えた気がするな、うん。
「えらそうな人、来たね」
「めんどくせえな」
「もともとの依頼だったからな、仕方ないよ。でもさっさと終わらせてアリアナに帰ろうな」
「うん」
「おう」
素直に頷く2人は本気でそう思っているようだな。
思わず苦笑いを浮かべた俺は、そのまま馬車隊が俺たちのところまでやってくるのを待ったのだった。
「コータッッ!」
「ローガンさん、無事に逃げられたようですね」
「おう、お前らのおかげだよ」
御者台から飛び降りたローガンさんは、その勢いのまま俺のところまでやってくるとでかい手で肩をバンバンと叩いてきた。
「いっ、痛いですっ、ローガンさんっっ」
「おう、そうか、すまんすまん」
ガハハハッッと笑ってから、もう1度肩を叩いた。
いや、だからさ、痛いんだって。
「おまえら、ちゃんと無事だったんだな」
「当たり前ですよ。なんですか、それ」
「いっや〜、ウェイメラがすごい勢いでお前らのあとを追いかけたからなぁ、もしかしたら追いつかれてやられたんじゃねえかって心配してたんだ」
「大丈夫ですよ。そんなドジは踏みません」
豪快に笑いながらもその目が心配そうに俺を見ていたから、本当に心配してくれてたんだな、と感じられる。
「それで、どうやって逃げ切ったんだ?」
「ローガンさん」
「それからあれはなんだったんだよ? あんな乗りもんは見た事ねえぞ」
「ローガンさん」
「あんなのがあったんなら俺たちをこっちに連れてくるんだって楽だったろうが」
「ローガンさんっっ」
マシンガントークを続けるローガンさんは、俺が呼んでいる事にも気がつかない様子だったので、彼の腕を掴んで注意を引く。
「なんだよ、コータ」
「だからさっきから呼んでたのに1人でベラベラ喋らないでください」
「いや、だからさ、ずっと気になってたんだよ」
「ギルドでした取り決めの事を覚えていますか?」
「はぁ・・・ギルドで、か?」
頭を傾げて考えているローガンさんは、そのまま頭を掻き毟ってから俺をじっと見る。
マジかよ、本当に忘れてるってか?
「俺たちの移動手段については一切聞かない、触れない、とお願いしましたよね? それに俺たちは神殿の人たちと関わる気はないとも言いましたよね?」
「そ・・そうだったか?」
「そうですよ。俺たちは神殿の人たちと関わりたくないし、俺たちに関して詮索される事すら嫌なんです。それに旅の間中あんな風に扱われてきてたんです。そんな人たちにどうして俺たちがわざわざ移動手段を提供しなくちゃいけないんですか?」
「そりゃそうだけどよぉ・・・」
「はっきり言って、俺としてはあの場であなたたちのために野営地からウェイメラを引き離しただけでも十分手助けをしたって思ってますよ?」
むむむ、と口をへの字にしたローガンさんは、どうしようかといった風に後ろの馬車が停車している辺りを振り返った。
きっと神殿の連中に何か言われてきたんだろう、って事が今の仕草でバレバレだよ。
「とにかく、俺たちにこれ以上文句を言わさないように抑えてくださいね。それからあの辺りに馬車を停める事が出来るように整地しておきましたから」
「お、おう・・・」
「もしこっちの方がいいというんであれば、俺たちはさっさと移動しますからいつでもそう言ってください」
「お、おい、コータ。移動するってもしかして帰るってのかよ」
「それも視野に入れていますね。どっちにしてもここがニハッシュを見つけた場所ですから。調査をするというのであればいつでもどうぞ」
今の俺の態度は取りつく島のない、ってヤツだと思っているだろう。
でもさ、ここでまた下手にでれば相手をつけ上がらせるだけだ。
事なかれ主義で相手に合わせるタイプが多い日本人である俺も、さすがに今回はもうこれ以上関わりたくないっていう気持ちの方が大きいよ、うん。
「ここで見つけたのか?」
「そうですよ。といってももう少し向こうですけどね」
「向こうって・・・ああ、あの辺か」
「ええ、さすがに俺たちも同じ場所で野営をしようっていう気にはなりませんでしたからね」
「そりゃそうだろうなぁ・・・なるほどな。判ったよ」
ローガンさんは俺が指差した方角をじっと見てから頷いた。
俺たちのテントがある場所は沼から50メートルほど離れた場所で、同じくらい沼から離れた手前に野営地を作ってある。
そしてニハッシュを仕留めたのは馬車隊の野営地と沼の間だ。
もちろん、わざとそうする事に決めたんだよ・・・・スミレが、だけどさ。
そうすれば俺たちの野営地に邪魔しに来る事はないだろう、ってスミレに説明されて納得したよ、うん。
「んじゃあ、とりあえず馬車の連中には野営の準備をしろって言っとくわ」
「そうですね、少し早いですけど、今夜くらいはのんびり休むのもいいんじゃないんですか?」
「うんうん、その通りなんだよ。ウェイメラから襲撃を受けてからさ、神殿の連中が大慌てでさぁ。ったく早くしろって急かしてうるせえんだよなぁ」
そんなにビビってるくせに偉そうなんだよなぁ、と小声でぼやきが聞こえてきたけど聞こえなかった振りをする。
「でもあの人たちの手助けがないと浄化ができないんですよね。頑張って下さい」
「あ〜っ、てめぇ、他人事だと思いやがってよ」
「えっ? だって他人事ですもん」
このやろう、と言って俺の首に腕をかけようと伸ばしたローガンさんの腕を叩き落としてから1歩下がる。
「とりあえず様子見でこの場にいましたけど、今の俺たちはもう依頼関係もないですからね、他人事です」
「ぁあっ? くっそ、はぁ・・・判ったよ。俺が我慢すりゃあいいんだろうが」
「別にそんな事は言ってないですよ? でもまぁ、頑張ってください」
「おまえ、容赦ねえなぁ」
ジロリ、と睨みつけてきたものの、俺はそれをしれっと流す。
「そういやおまえら、なんで俺たちがウェイメラに襲撃されているって気づいたんだよ」
「えっ?」
「いくら対岸にいたって言ったってさ、距離があっただろ?」
そんなに距離って離れてったっけか?
頭の中で地図を思い浮かべるけど、縮尺をちゃんと覚えてないからどのくらい離れていたのかさっぱり判らない。
「それになんなんだよ、あの乗り物は? ありゃあ反則だろう」
「ローガンさん?」
「あ〜、判ってるって。もう言わねえよ」
「そうしてください。もしいつまでもしつこく聞かれるようでしたら、俺たちはもう2度と助けませんよ?」
「冷てえ事言うなよ、コータ。俺たちの仲じゃねえかよ」
どんな仲だっていうんだ?
「・・・・俺たちはこのままここを引き上げてもいいんですよ?」
「判った、悪かった」
「まぁ、今日明日はここにいます。でも明後日には引き上げますから」
「なんでだよっっ?」
引き上げると言うと途端に慌てたように声をあげるローガンさんだけど、俺たちの気持ちを変える事はできないぞ。
「もともと1週間くらいって言われてたのに、もう10日以上になるんですよ? 俺たちの食料がもう心許ないです。それにもう依頼じゃなくなったんだから、これ以上ここにいる必要はないですからね」
「いや、だからって」
「いくつか欲しい素材があるので、帰り道でそれを採取しながらのんびり行こう、という話もしています」
「素材なんかアリアナに戻りゃあ買えるだろ?」
「帰り道で採取できるのになんでお金を出して買わなくちゃいけないんですか? とにかく、明後日には出ます。これは決定事項ですからね」
「・・・・判ったよ」
ったく俺に全部押し付けやがって、と呪詛を吐くローガンさんだけどさ、自業自得だと思うんだ、うん。
そんな彼の言葉に乗せられた俺も自業自得だけどさ。
「明日の朝にでも詳しい現場での状況の説明をしますよ」
「ああ、助かるよ」
「では、頑張って野営の準備をしてくださいね」
「・・・・おう」
いやいや返事をしてから、足取り重く馬車隊に向かって歩くローガンさんを見送りながら、俺たちも今日はノンビリと過ごそうと思う。
ミリーとジャックがつまらないって言うんだったら、ボードゲームを出してやればいいだろう。
その代わり、今夜はとっておきの肉をだしてやろう。
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