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30.

 足音は聞こえないって言われたけど、それでもやっぱり忍び足で進むから少し時間はかかった。

 おまけに結界の掛け直しのために20メートル進む毎に立ち止まったので、余計に時間がかかったかもしれない。

 それでも安全が確保されていると思うと、少し気楽に森の奥へと進む事ができたのも確かだ。

 そうして視界にウサギが入った時、俺は思わずパチンコを構えてしまった。

 どう考えても届くわけない距離だったのにな。

 振り返って俺を見るスミレと目があって、俺は自分が随分と緊張しているんだって事に気づいたんだ。

 『コータ様?』

 「あ〜・・すまん。なんか緊張してる」

 『大丈夫ですよ? ウサギだったら今までにも数回捕まえてるでしょう?』

 「う、うん」

 そうなんだけど、なんでか緊張してんだよな。

 俺は2回ほど大きく深呼吸をしてから、ゆっくりと歩みを進めてそのままウサギから20メートルのあたりまで移動して、片膝をついてパチンコを構えた。

 ウサギはスンスンと生えている草を嗅いでは齧り、それから数歩移動してまた同じ事をしている。

 20メートルの距離からウサギを狙うって結構難しいと思うんだ。

 でもさ、このウサギ、日本では考えられないほどデカイんだよ。

 ギネスブックを見れば載ってたかもしれないけど、大きさで言えば中型犬くらいはあるんだよ。

 だから狙う的としては、ケィリーンさんの的と同じかそれより少し大きいから外す事はないと思う。

 「でもあのでっかいウサギの皮が10枚でも昼ごはん代くらいにしかならないってのは、やっぱ詐欺だよなぁ・・・」

 まぁ確かに触り心地はゴワゴワしてたから仕方ないかもしれないけどさ。

 でも肉も売れると聞いている。値段までは聞いてないけど、それと皮を合わせれば少しは今日の収入になるかもしれない。

 俺も試しにと思って、あのウサギの肉は食べた事がある。

 でもさ、あんまり美味しくないんだよ。なんて言うの、野生の味っていうのかさ、ちょっと臭みが強くてなぁ。おまけに噛み応えがありすぎてすぐに顎が疲れるんだ。

 なので鍋でスープみたいに煮込んでみたら柔らかくなるかもと思ったんだが、3時間ほど煮込んだ肉は更に固さが増していたというとんでも肉だった。

 一番柔かい状態が生肉って、どうよ。

 俺に食うなって言ってるようなもんだよな、うん。

 でも囲炉裏で炙るながらであれば、食えない事もないって事は判ってるんだ。

 なのでど〜〜〜しても獲物が捕れなかったらあれを持って帰るよ、ボン爺には笑われるだろうけどさ。

 俺はウサギをじっと観察しながらそんな事を考えていた。今ウサギは俺に尻を向けている。俺としてはこっちを向いてくれた状態が一番狙いやすいんで、そのタイミングを待っているところだ。

 後ろ向きだと異変を察知してそのまま前進して逃げられてしまうし、横向きだと同様にあっという間に移動してしまうんだよ。見た目の大きさに比べて以外と動きが早いんだ。

 でも前向きの時だと前進できないから横か後ろになるんだが、この時は前進に比べると動きが遅いので狙いやすいのだ。

 って事で待っていると、ぴょんと少し跳ねながら体をこちらに向けて目の前の草を嗅ぎだした。

 よっしゃ、今が狙いどころ。

 俺は左手でパチンコを構え、右手でホルダーに鉄の玉を設置してグッと引っ張る。

 それを目の高さに持ってきて軌道を確認する。

 グッと引っ張った時の反発力で少し手が震えていたが、その震えが止まるのを待ってから頭の中でカウントダウンする。

 3、2、1、行けっっっ!

 パッと手を離すと同時に勢いよく飛んでいく玉をその体勢を保ったまま目で追う。

 ウサギはまだ気づいていない。

 俺がそう思った時、何かを感じたのかパッとウサギが顔を上げた。

 その顔に玉が見事に命中する。

 ウサギの体が後ろに弾き飛ばされて、そのまま木にぶつかって止まった。

 俺はホゥッと大きく息を吐き出してから立ち上がると、そのままゆっくりとウサギに向かった。

 ウサギがぶつかった木の5メートルほどの位置で立ち止まってウサギを見たが、絶命しているようでピクリとも動かない。

 俺はそれを確認してから、腰の解体用のナイフを取り出してウサギのすぐ横に跪いた。

 念のためナイフでツンツンとつついてみたが、やはりピクリとも動かない。

 『即死です』

 「お、おう」

 淡々としたスミレに俺は一言だけ返してすぐに解体を始める。

 まずは手近な木に足にロープをくくりつけて吊るす。

 それから頭を切り落としてから、手足の付け根の部分にくるっと切り込みを入れる。それから腹を縦に尻尾の部分まで切れば、あとは引っ張るだけで鶏の皮を剥くように剥けるのだ。

 それから今度は皮だけでなく腹身の部分にナイフを入れて内臓を取り出して放置。

 血抜きをしている間に簡単に皮をパタパタと振ってから、ポーチから取り出した大きめのゴミ袋サイズの皮袋に詰める。

 この袋はスミレ特製で見た目はただの皮袋なのだが、内側に染み出し防止の加工を施してあるので外に血が滲み出るなんて事はない。

 いや、だってさ、血が滲み出た袋なんて触りたくないじゃん。

 そこまでにかかった時間は20分。初めての時は1時間かかった事を思えば随分と慣れたもんだ。

 地面に落とした内臓はその横に穴を掘ってそこに埋めてしまう。

 『コータ様も随分と慣れてきましたね』

 「うん、そうだなぁ。といっても解体できるのはウサギだけなんだけどさ」

 ウサギしか仕留めた事がないので、他の動物の解体はした事がないのだ。

 内臓を埋めてしまってから吊り下げられたウサギを見ると、血は殆ど滴っていない。

 「ん〜、もう十分かな?」

 そう言いながらロープからウサギ肉を外すとポーチから別の皮袋を取り出してそこに入れる。

 『コータ様っ』

 「ん?」

 いつにないスミレの声に顔をあげたのと同時に、ドン、という音がした。

 「へっ? なんだ?」

 『結界に大型の獣がぶつかってきました。いきなり気配を感じたんです。探索が遅れて申し訳ありません』

 「大丈夫だよ。スミレが結界を展開してくれてたから」

 俺は皮袋をポーチに仕舞うとパチンコを手にして音がした方にゆっくりと移動した。

 どうやら音は少し葉が茂っている向こうから聞こえてきたようで、茂みを揺らさないように気をつけながら近づいたところで、もう一度ドンという音がした。

 「白い・・・・鹿?」

 頭の角を振り回している獣の姿は、元の世界で見た事がある鹿そのものだった。

 ただその大きさは牛並で、おまけに角はどう見てもポイントが帯電しているかのようにスパークが飛び散っている。

 『ライティンディアーですね』

 「ライ・・なんだって?」

 『ライティンディアーです。魔獣です。角から雷撃を飛ばして相手を麻痺させてから角で突き刺して止めを刺して食べます』

 「えっ? でも鹿だろ? 鹿って草食じゃあ・・・?」

 『獣である鹿は草食ですが、魔獣であるライティンディアーは雑食です。冬の間は冬眠するので、今の時期は体力を取り戻すために肉を食べる事が増えますね』

 肉食の鹿?

 そんなもんがいるのかよ、この世界。むっちゃこぇーじゃん。

 ビビって見ていた俺とライティンディアーの目があった。

 途端にヤツの角がビリビリっと静電気を角と角の間でスパークさせたのは俺の目の錯覚じゃないはずだ。

 「ス、スミレ、どうすりゃいいんだ?」

 『どうやらコータ様を獲物と認識したようですね』

 「そりゃ見りゃ判るって。だから、どうするんだよ」

 『もちろん、仕留めましょう』

 俺を振り返ったスミレはとってもいい笑顔で答えた。

 が、スミレの言葉を聞いた後では、その笑顔が黒く見えるのは気のせいじゃないだろう。

 「どっ、どうやって倒すんだよっっ。俺には無理だぞっっ」

 『大丈夫です。コータ様ならできます』

 笑顔で大丈夫と言われても、俺には全く倒せる自信はない。

 『コータ様のパチンコを使えば大丈夫ですよ』

 「いやいやいやいやいや、それは無理があるだろ? 俺の武器、ただのパチンコだよ? あんな雷を落としてくるような化け物に効くわけないじゃん」

 全く根拠のないスミレの言葉を全身で否定するが、それでもスミレはにっこりと笑って頭を横に振った。

 『コータ様のパチンコはただのパチンコじゃありません。それに威力をもってすれば、ライティンディアーの頭蓋骨など撃ち抜けます』

 「・・・はぁ?」

 『それにコータ様はライティンディアーの真正面に立たれても結界があるから大丈夫です。こちらからするのはただ攻撃するのみ。防御の方は結界にお任せください』

 つまり、たとえあのバケモンが俺を襲おうとしてもスミレの結界が邪魔をして襲えない、って事か?

 で、俺がするのはあいつの頭を狙って1発撃てばいい、それだけ?

 俺はその場で目を閉じて大きく深呼吸をする。

 それから俺を見下ろしているスミレを見上げた。

 「ほんっとうに俺は安全なんだな?」

 『はい』

 「あの雷が俺の頭に落ちてくるって事はないんだな?」

 『大丈夫です。結界がすべての攻撃を無効にします』

 「もし俺が襲われてもスミレが助けてくれよ?」

 『それは無理です。私には攻撃能力は一切ありませんから』

 とんでもない事をサラッと言いやがった。

 スミレには攻撃能力はないのか・・・・俺も攻撃といえばパチンコしかない。

 これってまずいんじゃないのか?

 『コータ様、私には攻撃はできませんが、この結界は私たちを守ってくれます。この結界を抜ける事はあの程度の魔獣では無理です』

 「絶対、だな」

 『はい、絶対です』

 自信満々のスミレの言葉だけを信じて、俺は立ち上がるとそのままライティンディアーの真正面に移動する。

 ライティンディアーは片方の足で地面をひっかきながらも闘争心丸出しで俺を睨みつけてくる。

 なんか行動が牡牛だよ。本当に鹿なのか、あいつ?

 俺はポーチから鉄の玉を取り出すとパチンコのホルダーに設置するとそのまま顔の前に構える。

 ライティンディアーの角同士が帯電してバチバチという音を立てた。

 「このまま結界からあいつを狙って当たるのか? 結界が邪魔するんじゃないのか?」

 『大丈夫です。内部からの攻撃は通します』

 「そっか・・・・んじゃ、頑張りますか」

 頭蓋骨は固そうだな。かといって体に当てたんじゃあ即死は無理だろう。

 となると、口か目か。それとも鼻か。

 そこまで精密に当てる事が俺にできるのか?

 そんな自信、ある訳ない。

 でもやらなきゃ俺たちはいつまでたってもここで足止めだ。

 あいつは俺を獲物と定めた。絶対に俺を仕留めるまでは諦めないだろう。

 大きく息を吸い込んで、そのまま肺に息を止める。

 それから狙いを定めた俺に向かって威嚇するようにライティンディアーは頭を下げて角を全面に出す。

 今見えるのはあいつの目だけだ。

 俺は狙いをあいつの目に定めて狙うと、そのまま指を離した。

 まるでスローモーションのように飛んでいく玉にライティンディアーが放った雷撃が当たる。

 けれどそれで止まるような勢いの玉じゃない。

 そのまま真っ直ぐ飛んで行ったかと思うと顔を上げたライティンディアーの鼻に直撃した。

 弾かれたように後ろに頭を仰け反らせて動きを止めたライティンディアーから目を離さないまま、俺はポーチに手を入れて次の玉を設置するとそのまま晒されたヤツの喉めがけてもう1発撃ち込んだ。

 ライティンディアーは一瞬痙攣したかのように体を震わせて、そのままその場に崩れ落ちた。

 俺は念のためにもう1発の玉をホルダーに設置して構えたまま、ヤツが起き上がってくるのを待ったが、数秒たってもびくとも動かない。

 「・・やった、のか?」

 『はい、凄かったです。さすがコータ様です』

 嬉しそうにやってきたスミレはそのままライティンディアーに向かって飛んでいくと、両手を広げて結界の位置を移動させたようで、そのままヤツの直ぐ真上まで移動する。

 『すでに死んでます』

 近づいても大丈夫ですよ、と俺を振り返るスミレの元に行くと、喉からまだ血を流しているのが見えた。

 「このまま放っておけば血抜きできるかな?」

 『どうでしょう? できればコータ様のナイフで喉を切っておく方が早いと思います』

 「そ・・そっか」

 うん、そりゃそうだよな。

 俺は一瞬躊躇ったものの腹を決めて、腰からナイフを取り出してライティンディアーの喉を切り裂いた。

 さて、どうやってこいつを持って帰ろうか?






 読んでくださって、ありがとうございました。


 お気に入り登録、ストーリー評価、文章評価、ありがとうございます。とても励みになってます。


Edited 04/10/2017 @ 04:50 誤字訂正しました。ありがとうございました。

それを皮を合わせれば少しは → それと皮を合わせれば少しは

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