305.
目の前の陣から光が消えると、そこに残ったのは俺がデザインした白のキャデラックだけだった。
「おぉっっ」
すっごく無難な白色のせいか、キャデラックがごく普通の車に見えてしまう。
でも色はこれからみんなで考える事にしているから今はこれでいいんだ、うん。
「スミレ、ミリーとジャックに戻ってくるように伝えてくれないかな」
『判りました』
あっという間に2人の元に飛んでいくスミレを見送ってから、俺はスクリーンをタップして出来上がったばかりの新しい水陸両用車両、スキッパーを点検する。
「え〜っと・・・うん、特に問題はなさそうだな。あとは試運転をしてみて、そのデータを入力してから細かいところを変えていけばいっか」
とりあえず乗ってみれば、改善点とかも浮かび上がってくるだろう。
「コータ」
「なんだよ」
バギーから降りて俺のところにやってきた2人は、俺とスキッパーを交互に見ながら近づいてきた。
「これ、なに?」
「新しい乗り物だよ。スキッパーって言うんだ」
「スキッパー?」
「なんだそりゃ?」
スキッパーと言われても2人にはなんの事か判らないみたいで、仲良く頭を傾げて尻尾を揺らしている。
「ほら、ここは沼地だろ? だから水の上を走る乗り物を作ってみたんだ」
「へっ?」
「何言ってんだよ」
「もちろん、水から上がってそのまま陸地を走る事もできるんだぞ」
すごいだろと胸を張って言うと、ミリーからは戸惑うような視線が向けられた。
そしてジャックが冷たい視線を向けてきた。
「沼に入ったら沈む、よ」
「何バカな事言ってんだよ」
「バカってなんだよ、ジャック」
「沼の中を走る馬車なんてあるかよ」
呆れたような顔で俺に指を差すのは止めてくれないかな。
「走れるんだよ。ってか、乗ってもないのに、最初から走れないって決めつけるなよ」
「いや、無理だろ。普通さ、ちょっと考えれば判るじゃん」
「ほぉ。俺が嘘をついている、ってか?」
「嘘ついてるって言ってねえだろ。たださ、そんな乗り物ある訳ねえじゃん」
頭を振り振り言うジャックに、俺はニヤリと笑ってみせる。
「よし、じゃあ賭けようか。そうだな・・・・今夜の晩飯を賭けるか」
「はっ・・?」
「スキッパーが水の上を走れなかったら、お前に腹一杯の肉を食わせてやる。と言っても大した肉の種類はここにないからさ、今夜は食べたいだけ食べて、アリアナに戻ったら商店地域でお前の好きな肉をたっぷり買おう」
「・・・・マジかよ?」
どこか俺の言葉を疑っているようなジャックに、俺はうんと頷いてみせる。
「でも、だ。もしスキッパーが水の上を走ったら、おまえ、今夜は飯抜きな」
「えぇぇぇぇっっ」
「公平だろ?」
「飯抜きのどこが公平なんだよっっっ」
「あれ? じゃあ肉たっぷりはいらないのか?」
「いるよっ。そうじゃねえよっっ、なんで俺が飯抜きになるんだよっっ」
不機嫌そうに尻尾を振り、更に耳もピクピクと揺れている。
「自信、あるんだろ?」
「そりゃあ・・・でもさ、飯抜きはねえよ」
「自信があるんだったら、飯抜きって言われても関係ないだろ? おまえ、大体間違ってたら肉食べ放題はないぞ?」
「うぅぅぅぅっっ」
スキッパーは水の上を走れない、と思っている。でも、もしかしたら、とも思ってるんだろうな。
だからきっぱりと俺の賭けに乗れない訳だ、うん。
そんな俺たちを不思議そうな顔で見ていたミリーが俺のシャツを引っ張った。
「コータ」
「なんだ、ミリー」
「あれ、ホントに水の上、走るの?」
「うん、走るぞ〜」
「スミレ」
それからミリーはスミレを見上げた。
『何ですか、ミリーちゃん』
「コータの言ってる事、合ってる?」
『はい、スキッパーはちゃんと水の上を走りますよ』
「わかった。じゃあ、乗ろ」
さっさとスキッパーに向かって歩いていくミリーを見送ってから、俺たちはお互いの顔を見合わせてミリーの後を追ったのだった。
おかげでジャックから晩飯抜きの言質を取れなかった俺だった。
ブォオオオオーーーーッッッ
無茶苦茶うるさい扇風機ような音を聞きながら、スキッパーは快適に水上を走る。
時折バウンスするけど、それがまた楽しいみたいで、ミリーとジャックが嬉しい悲鳴をあげては両手を振り回している。
「ヒャッホーーッッ」
ジャックが大きな声で叫ぶけど、すぐにスキッパーのホバークラフト・ファンの騒音にかき消されてしまう。
「速いねぇ」
「楽しいか、ミリー」
「うんっ、おもしろい、よ」
振り返るとスミレ特製の赤い救助ジャケットを着たミリーが満面の笑みで答える。
そっかそっか、楽しいか。
ジャックは、と言うと青い救助ジャケットを着て周囲をキョロキョロと見回している。
車に比べるとスピード的にはそれほどでもないんだけど、馬車に比べると断然速いから流れる景色が面白いんだろうな。
俺はゆっくりとスピードを落として、そのまま沼の真ん中辺りでスキッパーを止めた。
「コータ?」
「なんで止めんだよ」
「あんまり騒ぐと馬車の連中に見つかるだろ?」
「えぇぇぇ」
「大丈夫だって」
いや、ジャック。おまえの大丈夫が一番信用ならないからな。
「スミレ、馬車の隊列は?」
『まだ移動中ですね。ですがそろそろ日が暮れ始めるので、野営の場所を選んで停まる筈です』
空を見上げると確かに日が暮れかけてるな。
「んじゃ俺たちも戻るか?」
「えぇぇぇ」
「もうちょっと、だけ?」
残念そうな2人に思わず笑ってしまう。
「俺たちだって野営の準備があるだろ?」
「寝るとこ、あるよ?」
「そうだよ」
「晩飯は? 遅くなると腹減るぞ?」
「だいじょぶ」
「大丈夫だって」
いつもならお腹が減ったと騒ぐ2人はよほどスキッパーに乗るのが楽しかったのか、珍しくすぐに飯に釣られなかった。
「まぁジャックは飯抜きだもんな」
「えぇぇ、なんだよ、コータッッ」
「あれ、さっきそんな話してなかったっけか」
「そ、それはっっ・・俺、飯抜きなんて賭けなかったぞ」
おぉっと、ちゃんと覚えてんじゃん。
『コータ様・・・・』
「スミレ、冗談だって。それより、あれ、出して」
『判りました』
冷たい目で見られたので、これ以上ジャックを揶揄うのはやめだ。
それよりもここに止めた理由を忘れるところだったよ。
「何するの?」
「釣りだよ」
「つり・・?」
釣り、と言われてピンとこないミリーに、スミレが簡易釣竿を手渡した。
これは竹みたいな棒に釣り糸が垂れ下がっているだけで、リールなんかは付いていない。
ちょっと迷ったんだけど、釣りをした事がないだろう2人にはこれが一番釣りやすいだろう。
「この針に餌をつけるんだ。それを水の中にポチャンって入れてほっとけば、魚がかかる・・・・筈」
「さかな?」
「魚っっ?」
「うん、今夜は魚だな」
そういや滅多に魚は食べてなかったなぁ。
いっつも肉だったからさ、たまには魚もいいと思うぞ?
「魚、嫌いか?」
「ううん、好き」
「俺も」
「そっか、じゃあ頑張って釣らないとな」
「わかった」
「おう」
俺はスミレからラッタッタの切れ端をもらってそれをミリーとジャックの釣り針につける。
肉なんかで釣れるのか、と俺としては不安なんだけど、スミレが大丈夫だと言うからさ。
もし釣れなかったらスミレのせいにしよう、うん。
「ほら、これで準備オッケーだ」
「どうするの?」
「そのままポチャンって沼に入れればいい」
「ぽちゃん・・?」
「うん、そのままほっとけば魚がかかるよ」
「・・ホント?」
「そんなんで釣れるのかよ」
疑わしい視線を俺に向けてくる2人に、俺は胸を張って答える。
「ホントだって、スミレがそう言ってたんだから、大丈夫だって」
「スミレが?」
「うん。だから大丈夫だよ」
「わかった」
「おう」
スミレが言うなら大丈夫、とミリーとジャックは素直に餌のついた釣り針をポチャンと沼に入れた。
俺の言葉だと釣れるか心配そうだったくせに、スミレが太鼓判を押したら安心するのか、おまえらは。
う〜ん、なんか納得いかないのは俺だけか?
ちょっと引っ掛かる気持ちを抑えながら、俺も釣り針を沼にポチャンと入れたのだった。
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