304.
ゥウウーーンという静かなモーター音が遠くに聞こえる。
ガリガリザリザリッッッという音はザワザワという茂みが揺すられる程度の音になっている。
それもこれもスミレのおかげだ。
スミレは熊手の採取範囲を熊手の先の部分から5センチまで有効にしたのだ。
そのおかげで直接地面を掻き毟る必要はなくなり、耳障りな音もなくなったという訳だ。
あ〜、うん、俺もそれくらいは考えついた・・・・と思う。
多分、時間をかければ、だけどさ。
『楽しそうですね』
「うん、そうだな。2人とも結界の中なんだろ?」
『もちろんです。さすがに結界の外に出させる訳にはいきませんよ』
だよなぁ。特にあんな風に夢中になっている状態だと、周囲を警戒するなんて無理だよ。
『そちらは出来上がりましたか?』
「ん? あ〜、もうちょい、ってとこかな」
『何か手伝える事は?』
「大丈夫じゃないかな。それよりスミレの方はできたのか?」
『はい、ミリーちゃんとジャックが一生懸命素材を集めてくれてますからね』
ふふふ、と笑うスミレを見て、俺もつられて笑う。
そうなんだよな。
さっきからずっとミリーとジャックがバギーで素材集めをしてくれてるおかげで、俺とスミレは本家本元の作成に取りかかれたんだからさ。
『でもミリーちゃんたちは知らないんですよね?』
「知らないなぁ。でもいいんじゃね? きっと2人が集める素材が必要だって言ってたら、あれ以上にバギーを乗り回していると思うぞ?」
「・・・それもそうですね」
スミレはミリーたちに何も言ってない事に罪悪感があるみたいだけど、俺が言ったみたいにさらに張り切って乗り回す事になるのは目に見えてると思うんだ。
だから言わない方がほどほどに乗り回すから丁度良い気がするよ、うん。
「で、スミレの方は仕上がったんだよな?」
『はい、サイドキックとアラネアの両方に取り付ける事が可能な大きさとして、熊手の幅は3メートルとしました。もう少し広くしても大丈夫ではないかと思ったのですが、あまり広くすると使用する場所を選んでしまうので、使い勝手の良い大きさという事で3メートルにしたんです』
「うん、その方がいいよ。草原みたいなところでしか使えない熊手よりも、山の中でも荒野でもどこでも使える方がいろいろな種類の素材を集める事ができるからさ」
今いるような草原だったら幅を5メートルとかもっと広くしても使えるけどさ、俺たちが進むのはこんなところばかりじゃないからな。
『もちろん、3メートルでも広すぎる場合を考えて、熊手の隙間を狭める事で幅を1メートルまでにする事もできるようにしてあります』
「なんで・・・って、ああ、そっか。洞窟みたいなところに入った時のためか」
『はい、そういった場所のためですね。ほかにも岩が多い場所などでも使えるように、とも思いましたので』
「おっ、ありがと、確かにその方がいつでも使えるから助かるよ」
さすがスミレだなぁ〜。痒い所に手が届くって、こういう事か? って違うか。
『コータ様の方は?』
「ん? 俺?」
『はい、まだ作成まではいってないんですよね?』
「うん、まだね。いろいろ考えたり訂正変更したりするところがたくさんあるからさ」
そうなんだよなぁ、まだ納得がいかない部分が多すぎて作成までいってないんだよな。
『ホバークラフト、ですよね?』
「ん?」
『コータ様が作ろうとしているのは?』
「ああ、ホバークラフトもどき、かな?」
俺は目の前のスクリーンをタップしてさっきまで考えていたデザインを呼び出した。
そこには浮き輪がついたような車が映っている。
『これ、ですか?』
「あ〜、うん・・・まぁな」
『確かに・・・ホバークラフトもどき、ですねぇ』
返事に困るスミレ、なかなか貴重だな。
って、ちっとも褒められてないよな?
「水陸両用車両を作りたかったんだよ」
『ボートでは駄目なんですか?』
「ほら、ここって沼地だろ? だから水の中に浸かるプロペラエンジンだと、水位が低いところだと走らせる事ができないじゃん」
『そうですね』
「だからホバークラフトを基本スタイルにしたんだよ。あれだったらプロペラエンジンじゃないからさ、水位が低くったって草ぼうぼうでもなんとかなるじゃん」
ホバークラフトだとうるさいんだけど、その辺はまぁ我慢するしかない。
『では普通のホバークラフトを作るのでは駄目なんですか?』
「あ〜、うん。俺もそれは考えたんだよ。でもさ、それだと陸に上がったら乗り換えなくちゃ駄目じゃん。もしかしたら乗り換える時間がない状況に陥った時の事を考えると、水陸両用車両にした方が安全かなって思ってさ」
『なるほど・・・・確かに乗り換える時に無防備になる事もあるかもしれませんね。ですが、私の結界が周囲を取り囲んでいるんですよ?』
「うん、判ってる。でもさ、その乗り換えるだけの時間さえ惜しいって思う状況に陥ったら? 周囲を一気に囲まれたりしたらどうしようもないだろ? そうじゃなくても俺たちには強力な攻撃手段はないんだからさ」
いや、スミレだったら最終兵器とか作れそうだからあると言ってもいいのかもしれないんだけど、そんなヤバいものなんて周囲に人がいたら使えないじゃん。
目立ちたくないって言うのが1番なんだけど、今までやらかした事を考えたらそんな事は言えないからさ。
それでもできれば目立たないように、というのが一番なんだよな。
『でしたら、ホバークラフトの周囲を取り囲むゴムボートの部分を伸縮自在にすればいいんじゃないですか?』
「伸縮自在って?」
『陸を移動する時は空気を抜いて収納できるようにするんです。もちろん水上を移動している時は反対にタイヤを収納できるようにすれば邪魔になりませんよね?』
「なるほど・・・それで見た目は車のままでも大丈夫って事か?」
『そうですねぇ・・・どうせならオープンカーみたいにすればどうでしょう?』
オープンカー、かぁ・・・・確かにアラネアもサイドキックもクローズドカーだしな。ホバークラフトだったら水上を移動するから吹き抜ける風を感じられるのもいいかもしれない。
「じゃあさ、どうせオープンカーみたいにするんだったら、古いキャデラックみたいなのはどうかな?」
『キャデラック、ですか? 検索します・・・・終了しました。なるほど、なかなか面白い形ですね。それに頑丈そうなのでホバークラフトとしてもいいかもしれません』
だろだろ。ピンクキャデラックなんて言うのはどうかな〜。って古すぎるか、俺?!?
『それにキャデラックでしたらホバークラフトのゴムボート部分を収納するスペースも取りやすそうですね』
「後ろのトランクの上にファンを設置すれば十分俺たちの乗る場所も確保できるしな」
おぉっっ、なんか乗ってきたぞ〜〜。
「じゃあさじゃあさ、エンブレムもつけていいかな?」
『エンブレム・・・ああ、あれがエンブレムなんですね。いいんじゃないんですか? でも気になるんだったらミリーちゃんたちにも聞けばいいんですよ』
「そっか、そうだよな」
俺はウキウキしながらスクリーンに触れて、ついでに呼び出したキーボードを叩きながら、さっきまでのダッサいホバークラフトもどきのデザインをどんどん変更していく。
いや、だってさ、さっきのホバークラフトもどきってビートルもどきにゴムボートをつけたみたいなデザインだったんだよ。
あれはさすがに俺もダッサいな〜って思ってたんだ。
あれに比べればさすがキャデラック、気品もあるよ、うん。
ま、俺の気のせいかもしれないけどさ。
『色はどうしますか?』
「ピンク?」
『・・・・はっ?』
おっと、冷たい視線を向けられてしまったぜ。
「いや、ちょっと思っただけだよ。色はカモフラージュがいいかなって思うんだけど、どうかな?」
『カモフラージュですか? でもあれだと森の中や藪の中なら目立ちませんけど、水上だとどうでしょうか?』
「ここの沼地には背の高い水草が生えてるから、その中に入った時に目立たないかなって思ったんだけどさ」
『ああ、なるほど、確かに生えてますね』
沼地に視線を向けると、葦のような背の高い草が生えているのが見える。
そういやさ、あれが葦だったら、紙が作れるんじゃね?
もし本当に紙を作れるような植物繊維だったら、ホバークラフトもどきの後ろに熊手を取り付ければいくらでも素材を手に入れられるって事になるな。
いや、それだけじゃいぞ。沼地って事は泥濘も集める事ができる。ここじゃないけど、違うところの泥濘で燃料もどきの素材を見つけた事があったよな?
もしかしてあれもここで集められるだったら、俺たちの火力が上がる事になるのか?
ああっ、どうしようっっ。
いろいろなアイデアが溢れすぎて、どこから何を考えればいいのか判らなくなってきてるぞ、俺。
少しだけ正気に戻った俺は、脱線した話を戻す。
「ついでに幌もつけらえるようにしようか。高速で走る時に水しぶきがかかるかもしれないしな」
『そうですね。それに幌があれば何もないよりは安心できますしね』
「そうだよな。オープンカーって開放感もあるけど、反対に安心感は減っちゃうんだよな」
『そのためにもシートベルト着用はきちんとさせましょうね』
「うん、あれを締めてたら気分的にも安心できるだろうしな」
俺とスミレならそれほど心配しなくてもいい気がするけど、うちのお子ちゃまたちがいるからついつい過剰なほどに安全面を考えてしまうんだよな。
『ファンの前にはちゃんとカバーを取り付けてくださいよ』
「あったりまえだって。ちゃんとそれも考えてるよ」
なんかさっきからアイデアが湧き上がって湧き上がって困ってるんだよ、俺。
そんな俺の様子に、スミレが小さく溜め息を吐いたけど、俺のせいじゃないよな?
『どうやらこれ以上の助言は必要なさそうですね』
「あっ、うん。ありがとな。なんかいろいろと思いついてきたよ」
『お役に立ててなによりです』
「うん、ホント助かったよ」
『では私はホバークラフトもどきに乗る時のための救助ベストを作りますね』
「えっ?」
『もし万が一沼に落ちた時のための安全確保のためですよ』
救助ベストってボートなんかに乗る時に身につけるっていう、あれか?
「ミリーとジャックって泳げないかな?」
『泳ぐ練習はした事ないですよね』
「あ〜・・・うん」
した事ないな。ってか、泳がなくちゃいけないような状況に陥った事がないから、2人が泳げるかどうかなんて知らないぞ。
『でしたら泳げない事を前提に考えたほうがよろしいかと』
「そうだよなぁ。俺は少しは泳げるけどミリーとジャックは猫だからな、水に浸かる事自体を嫌がるかもしれないって事か」
『いえ、水が嫌いという事はないと思いますよ?』
「そうか?」
『水に濡れる事が嫌いでしたらお風呂にはいりませんよね?』
「あ〜、うん、そりゃそうだ」
確かに2人とも風呂は好きだな、うん。
『ですが、風呂が好きだからといって泳げるとは限りませんからね』
「うん、じゃあ頼むよ」
『ついでにコータ様の分も作っておきますね』
「そうだな」
俺も泳げるけど、距離を泳げるかって話になると自信がないからな。
ついでに作ってもらっておいた方がいいだろうな。
俺の横でスクリーンを呼び出して救助ベストを作り始めたスミレを横目で見てから、俺はさっきまでのホバークラフトもどき製作作業の続きに戻るのだった。
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