303.
ゥウウーーンという低いモーター音と、それに続くガリガリザリザリッッッという地面を掻き毟る音。
むむむっっ。地面から2−3センチほど浮かせるようにすれば良かったか?
いや、それだったら地面からようやく顔を出したような素材には当たらないからなぁ。
俺は少し離れた辺りでバギーを乗り回す2人を眺める。
『楽しそうですね』
「だな。まぁあれだけ楽しんでもらえれば作った甲斐があるってもんだよ」
『ただ、うるさいですね』
「だよなぁ・・・バギーから繋がれた部分を工夫すれば地面から2−3センチくらい浮かせる事もできるんだけどさ、そうすると地面すれすれにいい素材があった時に回収できないよなって思ったんだよ」
『ああ、それはありますね。私も時々探索で地表すれすれのいい素材を見つける事がありますからね』
「だろ? だからまぁ、あの音は我慢してもらおう」
うるさいけど仕方ない、って事にしておこう。
何より楽しそうだから、それでいっか、って思っちゃうんだよな。
でもスミレを振り返ると少しだけ眉間に皺が寄っているのが見えた。
あれ? と頭を傾げると俺を振り返る。
『でも、あれ、いいんですか?』
「ん、何が?」
『熊手が当たる部分の素材を回収してますよね?』
「うん、それが目的だからな」
『ミリーちゃんたちが走り回ったあとに何も残ってないですよ』
「へっ・・・?」
どういう意味だ? と改めて2人がバギーを走り回っているのを見ると・・・・
「あっ・・・ヤバいかな?」
『さぁ・・どうでしょう? 私たちだけでしたら気にしませんけど・・・』
うん、俺たちだけなら違和感はない、っていうかさ、原因を知ってるから気にしないって事なんだけど、そうじゃない部外者から見たら、あれはおかしいだろ。
「あ〜・・ははは」
『笑って誤魔化せませんよ?』
「うっ・・・判ってるって」
『とりあえず2人には戻ってくるように言いますね』
「頼む」
あっという間に2人のバギーのところに飛んで行くスミレを見送って、俺はスクリーンを展開した。
手直しタイムだな・・・・・・はぁ。
遠目にも2人がバギーを止めてスミレと話しながら俺を振り返ったのが見えた。
うんうん、きっとスミレに文句言ってるんだろうな。
なんせすっごく楽しそうに乗り回していたんだからさ。
でも、だ。問題点が判った今、それを訂正しない訳にはいかないんだよ。
俺が見ている間に、2人はバギーをこちらに向けて走らせた。
その前をスミレが先導するように飛んでいるのも近づくにつれて見える。
『2人を連れ戻しました』
2人より一足先に戻ってきたスミレは、後ろを振り返りながら俺に報告する。
「コータ」
「なんだよ、戻れって」
残念そうなミリーと、不機嫌全開のジャック。
「ちょっと問題点が判ってな、それを直さないといけないんだ」
「あとでいいじゃん」
「駄目だ。今直さなかったら、これから二度と乗れなくなるぞ」
「あぶない、の?」
「うん、危ないんだ」
2人が危ないんじゃなくって、俺たちの秘密がバレるから危ないんだけどな。
「じゃあ、しかたないね」
「ちぇっ」
素直に俺の言葉を信じたミリーがバギーから降りると、ジャックもしぶしぶといった感じで降りてきた。
「すぐに済むから、そんなに気落ちすんなって」
「ほんと?」
「うん。多分・・・スミレ?」
『10分程度の訂正で済みますよ』
「だってさ」
10分程度、と聞いてホッとした顔をした2人は、その感情が尻尾に出ていて嬉しそうに左右に揺れている。
『私が訂正しますから、その間コータ様たちはお茶でも飲まれたらどうでしょう?』
「ん? そうだな。お茶でも飲むか?」
「オヤツ付き?」
「そうだな・・・・オヤツもつけるか」
「やった」
「やるな、コータ」
「だから、なんでそう偉そうなんだよ、お前は」
ジャックの頭に軽いゲンコツを落としてから立ち上がると、コテージの中に入ってお湯を沸かす。
あ〜、やっぱ、外にもいつもの魔石コンロがあると便利だよな。
外で作業する事の方が多いからさ、いちいちコテージの中に戻らなくちゃいけないのが面倒だ。
それでも手早くお茶でもの用意をしてから、さて茶菓子は何にしようか、と考える。
ま、考えたって大したチョイスはないんだけどさ。
アリアナで買ったオヤツか、セレスティナさんがもたせてくれたオヤツの2択だもんな。
そのどちらも俺のポーチに入っているから、お茶を持って行った時に聞けばいっか。
トレイに3つのカップを置いて、できたお茶を注いで、と。
それを手に外に出ると2人はすでにベンチに座っていて、スクリーンを展開して作業に入ったスミレをじ〜っと見ている。
2人の目は高速で動くスミレの手の動きを追っていて、まるで獲物を狙う猫のようだな、おまえら。
思わず吹き出しながら、俺は2人の前にお茶の入ったカップを置いた。
「ほら、オヤツは何がいい?」
「なに、って?」
「露店で買ったのと、セレスティナさんが作ったの、どっちがいい?」
「えっとね・・・どんなのだったっけ?」
「俺も覚えてねえよ」
どんなのって、覚えてないのかよ。
仕方ない、と肩を竦めてからポーチから2つの袋を取り出した。
「ほら、こっちの揚げたのが露店で買ったやつ。んでこっちの焼いたのがセレスティナさんが作ってくれたやつだよ」
露店で買ったのは親指ほどの太さの5センチくらいの長さのドーナツもどき。もどきっていうのは砂糖がかかってなくてあんまり甘くないからだ。商品名は・・・・忘れたよ。
セレスティナさんがくれたのは直径が5センチほどの丸めた生地をを押しつぶしたような形のクッキーもどき。こっちもほんのりと甘さを感じるかなぁ、って感じなのでもどきって呼んでる。確かポッケだったかポケットだったか、とにかくそんな名前だった気がする。
「えっとね、わたしは・・・これ」
「俺はこれ」
悩んだミリーが選んだのは焼き菓子で、ジャックが選んだのは揚げ菓子だった。
俺は自分用に焼き菓子を1個取り、ミリーとジャックの前にはそれぞれ3個ずつおいてやる。
バギーを下された時はブーブー文句を言っていた2人だけど、オヤツとお茶を前に今は本当に嬉しそうに尻尾をフリフリしながら食べている。
「スミレ、変更は終わったのか?」
『もうすぐ終わります。終了次第すぐに訂正変更を始めます』
「魔法陣の術式書き換えだけ、だよな?」
『そうです。他にも変更する事はありますか?』
「ないよ。ただ聞いてみただけだからさ」
頭を横に振ってから、ふと思いついて目の前でオヤツを食べている2人に目を向ける。
「ミリー、ジャック。あれの乗り心地は?」
「いいよ」
「いいぜ」
「何か直して方がいいな、って思う事なかったか?」
「ん〜・・・・ないよ」
「あれでいいぜ」
なんとなくおざなりな返事の気がしたけど、オヤツに夢中になっているお子ちゃまたちだから仕方ないな。
「じゃあ、これからでいいからさ、もしあったら教えろよ?」
「わかった」
「おう」
「って事だ、スミレ。今の所は術式訂正変更十分みたいだな」
『判りました』
まぁ乗り回して30分程度じゃあ判らないのは仕方ないもんな。
頷いたスミレは訂正変更を済ませたようで、早速2台のバギーに向かって飛んでいくとそのままバギーの下に陣を展開する。
それを見て慌てて食べ始める2人。
「ほら、急がなくてもいいから」
「で、でもねっ」
「バギーは逃げないって。それよりも急いで喉に詰まらせるなよ」
「しねえってっっ」
慌てて手に持っていたオヤツを全部口に入れようとした2人。
「急いで食べると乗せないぞ」
「えっ」
「そりゃねえぜっ」
「あと5分はそこに座っている事。それからじゃないと乗せないからな」
この2人の事だ。5分もあればオヤツとお茶はお腹に収まるだろう。
「急いで食べると5分じゃなくて10分に変更するぞ」
「だめ」
「いやだぜっ」
慌てて手に持っていたオヤツを置いて、カップを手に取りゆっくりと俺の顔を見ながら飲む2人。
そうそう、ゆっくりしような。
オヤツとお茶は楽しんで口にするもんだよ。
「スミレ、結界の位置を少しだけ変更しておいてくれるかな? さっきまでの場所を外して違う場所で素材採取してもらうからさ」
『判りました』
「そうだな・・・もう少し先に進んだ場所がいいかな」
『沼沿いに、ですね』
「うん、そう。頼むよ」
さすがにさっきまで2人がバギーを乗り回していた辺りは地面が剥き出しになってるからな、場所を変えないと何も採取できないって事になりそうだ。
「おまえらもあんまりスピードを上げるなよ? スピードが上がると採取できない素材も出てくるからな」
「わかった」
「おう」
素直に返事をする2人だけど、本当に俺の言ってる事が判ったのか疑問は残る。
でもまぁ、返事をしただけでよしとするか。
俺はチラチラとスミレを見ながらも、俺の言うとおりにゆっくりとオヤツを食べる2人を見ながら笑みを浮かべた。
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