300.
ふぅわぁぁ、と思い切り背伸びをしながら大きな欠伸をする。
ソファベッドはなかなか快適で、昨夜はよく眠れたと思う。
今までのベッドもそれほど悪くはなかったけどさ、それでも横幅が広くなっただけで快適さが倍増するとは思わなかったよ。
たかがベッド、でも侮れんな、うん。
上半身を起こしてコキコキと首を鳴らし、それから周囲を見回すけど静かなままだ。
チラ、とロフトに視線を送るけど、そこからも全く音は聞こえてこない。
まぁな、昨夜は結構遅くまでジャックは頑張ってたもんな。
思わず遠い目になりそうになるのを頭を振ってごまかし、俺は静かにベッドから降りると用意してあった服に着替えて外に出る。
『おはようございます、コータ様』
「おはよう、スミレ」
ドアを開けてポーチに出ると、ポーチの端に吊り下げられているブランコに座っていたスミレが声をかけてきた。
どうやらブランコは気に入ってもらえたみたいだな、うん。
俺も結構気に入ってるんだよな。なんかさ映画に出てくるようなブランコみたいでカッコイイじゃん。
俺はブランコに座っているスミレの横に腰掛ける。
『コータ様』
「ん?」
『あとで出来上がった商品をポーチに入れてくださいね』
「おっけ、でも急がなくてもいいぞ?」
『知ってますよ。でも私のストレージにいれてあると、予想外の状況の時に困るでしょ?』
「ん〜、まぁな。じゃあ、あとで頼むよ」
スミレのいう予想外の状況、っていうのはさ、別に大した事じゃないんだよな。
たまたまギルドに行ってる時にすでに完成している物が入用になった、とかっていう程度の状況なんだけど、それでもそうやってスミレとしてはいる時に取り出せないという事は苦痛のようで、いつだって俺が寝ている間に作った物は俺のポーチに入れるようにって言ってくる。
まぁ俺もせっかくスミレが頑張ってくれたんだからさ、それを評価する意味も込めてポーチに移動する事に文句は言わない。
ってか、言えない、だな。
「そういや、昨夜、どうだった?」
『特にこれといった事は起きませんでしたよ』
「対岸でも、かな?」
『はい、静かな物でした。というより、まだ対岸まで辿り着けていないんじゃあないんでしょうか?』
あ〜、そういやそういう可能性は考えなかったな。
でもあっちはのんびり運転の馬車だからなぁ、まだ辿り着いていないって事は有り得るかもしれない。
「広範囲で探索、できたっけ?」
『そうですね・・・・魔物1匹を探す訳ではありませんからその分範囲を広げる事ができるので、おそらくはできるのではないかと思います』
「じゃあさ、悪いけどあとで馬車の隊列がどの辺りにいるか確認してくれるかな?」
『仕方ないですね、判りました』
俺たちの扱いが粗雑だったせいで、スミレは馬車組のために何かを率先してしようとは思ってないみたいだな。
それでも俺が頼むとちゃんとやってくれるから、本当に助かってるんだ。
物別れした形になったけど、やっぱりローガンさんの事も気になるからさ。
『今日はどうされますか?』
「今日? そうだなぁ・・・・何かしたい事とかある?」
『特には・・・ああ、でもできれば素材を採取したいですね』
「素材?」
『はい、昨夜いろいろ作ったので、結構使ったんですよね』
なるほど。昨夜、俺たちが寝てからスミレはいろいろ作ってたもんな。
「何を採取するんだ?」
『コータ様たちが朝食を食べている間に、私は馬車の探索とこの周囲の探索を済ませておきます。探索結果を見てから何を採取するか決めてもいいんじゃないんですか?』
「そうだな。この前ここにきた時は採取どころじゃなかったもんな」
『そうですね。ですからとりあえず探索でどんな物があるかの分布図を作成しようと思っています』
「おっけ、じゃあ頼むよ」
スミレがマップを作ってくれるんだったら大丈夫だな。
まぁそんな物がなくても移動中に、あれだこれだ、ってスミレの指示で採取はしてたんだけどね。
ただ今回は馬車と一緒の行動だったから、採取はあまりできなかったんだよなぁ。
「あっ、その前に罠の回収をしなくちゃいけないだったっけか?」
『そうですね。朝食のあとに出かければ丁度いいでしょうね』
「判った。じゃあ、俺は中に戻ってソファベッドを片付けてから朝飯を作るよ」
『判りました』
頷くスミレをその場に残して、俺はコテージの中に戻る事にした。
「うわっっ」
「おっきい、ねぇ」
罠に近寄った途端、バシャっという水音がしてジャックが飛び上がる。
その後ろを歩いていたミリーは、飛び上がったジャックの背中越しに前を覗き込んで罠にかかったシトエロンを見て、のんびりと感想を口にする。
そんな対照的な2人の様子がおかしくて、でも笑うと怒られるからなんとか噛み殺してごまかしている俺。
スミレが用意してくれた罠はでっかいネズミ捕りみたいな罠だった。丸いお盆のような物の上に呼び餌を置いて、シトエロンがそこに乗り上げて餌を食べるとバチンとバネ仕掛けの罠が落ちる、という仕組みだ。
簡単な仕組みではあるものの、小柄なジャックには作りにくかったようだ。
俺やスミレはスキルを使って作れるからセッティングさえ済ませればボタンを押すだけだ。
でもジャックは俺のスキルを使えないから手作業になる。
スミレも意地悪だから部品を作って、それをジャックに組み立てさせようとしたんだよな。
それじゃあ可哀そうだってんで手伝おうかと思ったんだけど、スミレから手伝うのは組み立てだけと言われてしまい、言われた通り組み立てを手伝ったよ。
俺が全部スキルで作ってもよかったけど、あとで文句を言われるのはちょっと、な・・・ははは。
でもまぁなんとか罠を3つ作れてよかったよ。
そんな事を考えながら、俺は罠にかかったシトエロンを見下ろす。
「デカいけどさ、色がなぁ・・・」
「きれい、だよ?」
「あ〜、うん。そうだな」
綺麗と言えば綺麗と言えない事もないよなぁ。
俺は目の前の罠にかかってもがいているシトエロンを見下ろす。
スミレはカエルの魔物だと言っていた。
確かにカエルだな、うん。それもイボガエル。
表面はデコボコしているのに、なぜかツヤツヤと光を反射するんだよ、こいつ。
しかも表面の色は虹色と言えばいいのか?
ほら、水に軽油みたいなのを落としたら、表面に虹色の油膜が広がるだろ?
あんな感じの色なんだよ、このカエルの魔物は。
んで、だ。そのままで直径1メートルのお盆にぴったりと合う大きさだと言えば、どれくらい大きいか判るだろう。
足なんて俺の腕よりも太い気がするぞ。スミレの話だと足以外は食べられないって言ってたけど、あの足なら1本でも多すぎる気がするよ。
カエルの足なんてばあちゃんちで1度食ったきりだ。
見た目はグロいけど、それでも食べた事があるからかそれほど抵抗はないな。
「でもなぁ、これ、どうやって仕留めるんだ?」
『簡単ですよ』
「いや、だから、それが判らないから聞いてるんだけどさ」
『火を使います』
「・・・・はっ?」
今、火を使う、って言ったのか?
『ミリーちゃん、弓矢を用意してくださいな』
「弓? わかった」
スミレに言われて頭を傾げたものの、ミリーは素直に頷いてポーチから弓矢を取り出した。
『ちょっと貸してくださいね・・・・っと、これでいいですよ』
ミリーから矢を受け取ったスミレは、鏃の表面に少しぶ厚めのスポンジシールみたいなのを貼り付けた。
「それ、何?」
『これでシトエロンにトドメを刺すんですよ〜』
「ふぅん」
聞いていると歌うような口調に聞こえるスミレの返事だけど、言ってる事は物騒この上ないぞ。
『これをですね〜、シトエロンが口を開けたところめがけて射ってくっださ〜い。中に入ったらそのまま火を吹きますから〜、外しても安全を確保するためにも離れてくださいね〜』
うん、火を噴くってか? そりゃ物騒だ。
「外したら、あぶない?」
『火を噴くだけですからね、それほど危ないものではないんですけど、シトエロンの体表には油が滲み出ていますから、それに点火すると危ないんですよね』
心配そうな顔でスミレを見上げるミリーを見て、スミレは真面目な顔で返事を返す。
うん、さっきまでの歌いながらの説明の続きだったら、ミリーはきっと不安倍増になってたな。
「おい、体表に火をつけるつもりか?」
『いいえ、口の中を狙いましょう、って言いましたよね、私』
「あ、ああ、うん」
『口の中を狙えば、体表を焼け焦げにしないで済むんですよ』
なるほど、つまりいるのは足だけだから、口の中を狙えば足にダメージは入らないって事か。
『それに動きは罠のせいで阻害されているんですから、ミリーちゃんだったら失敗はしませんよ。ねっ?』
「あぅ・・・頑張る」
ほら、最後に『ね』って念押しするから、余計にプレッシャーになってるじゃん。
「俺のパチンコだと駄目なのか?」
『パチンコ玉だとダメージが入りにくいです。それに弓ほど的中率はよくないですよね? じゃあ駄目です』
「ちぇっ・・」
仕方ないな。じゃあ、やっぱりミリーに頼むしかないか。
ミリーはスミレに言われて、15メートルほど後退してから、ゆっくりとスポンジシールがついた矢をつがえる。
それからゆっくりと構える姿はいつもよりも大人びて見えるなぁ。
『はい、じゃあ次はジャックの出番ですね』
「お、俺?」
『はい、ミリーちゃんから離れた位置に立って、罠にかかっているシトエロンを怒らせて口を開けさせてくださいね』
「お、おう」
困ったような顔をしたジャックだけど、彼は彼女が引く様子がないのを見て取って、仕方ないと言わんばかりに頷いた。
「で、でもさ、どうやって怒らすんだよ」
『それは自分で考えてくださいね』
無理難題をジャックに突きつけるスミレ。
ありゃあなんとなくだけど、昨日の事を根に持ってるきがするな。
『コータ様も、ですよ』
「えっ、俺も?」
『もちろんです。コータ様とジャックの2人がかりで怒らせれば、ミリーちゃんも楽に仕留める事ができますよ』
そぉかぁ?
思わずジト目でスミレを睨むが、全く効いてないなあいつには、ったく。
『ほら準備してくださいね。ミリーちゃんは矢を構えてください』
「わかった」
「おう」
俺みたいにスミレは胡散臭いと思わない2人は、彼女の言うとおりにすぐに頷いてそれぞれがシトエロンを仕留めるための位置についた。
「仕方ないな。ジャック水鉄砲で適当に嫌がらせをしろよ。俺はパチンコで嫌がらせをするからさ」
「おう」
ぐっと唾を飲み込んでから、俺はミリーとジャックと2人並んで結界越しだけど、シトエロンの関心をこちらに向けるべくそれぞれの武器を手に適当にシトエロンを攻撃する。
多分そばから見ると適当さばかりが目立ってるんだろうけどさ、俺たちの武器じゃあどうしようもないんだから仕方ないだろ。
それでもシトエロンに俺たちの嫌がらせは通じたのか、威嚇するようにこちらに向けて大きく口を開いた。
よし、今だっっっ!!
俺の掛け声が聞こえたのか、ミリーは開かれたシトエロンの口めがけて矢を放ったのだった。
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