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29.

 ボン爺の家はスミレには面白かったようだ。

 家に入るなり俺の肩から離れてフラフラと飛び回っては色々と見ていたようだ。

 時々ゴツンと音がする度にそちらを見ると、よそ見しすぎて壁なんかにぶつかって床に落ちているスミレがいた。

 思わず助けに行こうと浮かしかけた腰を元の場所に戻しては、同じく音だけは聞こえるボン爺が音の出所でどころを目で探すところで彼の気を引く事に苦労していたのは言うまでもないだろう。

 スミレはその度に俺に済まなそうに頭を下げてくるのだ。

 「なんか今日は物音がするのう。ネズミでもおるんじゃろうかのう?」

 「かもしれないですね。ネズミって本当にいつの間にか家に入り込んでますからね」

 「あいつらはタチがわりいから、気がつくとなんか噛まれとんじゃ。全く腹が立つ」

 どうやらスミレはネズミ認定されたらしい。

 まぁ、怪しまれるよりはマシなんだが、チラリと見えたスミレの顔は不服そうだ。

 「そういや今朝ヒッポリア用の引き車の仕上がりがいつになるか聞きに行くって言っとったけど、ちゃんと話はできたんか?」

 「あ、はい。丁度鍛治師さんの手が空いているらしくって、すぐに取り掛かってくれるので3日くらいでできるみたいですね。一応明日もう一度確認に行くつもりです」

 「もう少しのんびりうちのおってもええんじゃぞ?」

 「ははは、そう言ってもらえるとありがたいです。ボン爺には色々と教えてもらったから助かりました」

 この世界の常識は彼に教えてもらったと言っても過言じゃないと思う。

 確かにスミレも色々と知っているけど、知識として知っているスミレでは俺に教えられない事だってあったのだ。

 それに最初の頃は俺のスキルレベルが低すぎたせいで、その辺りの知識を引き出す事もできなかったしな。

 「残念じゃのう。まあじゃが仕方ないのう」

 「今すぐじゃないですよ。まだあと3日はここにいますし、もしかしたら引き車ができてなくてもう少し滞在する事になるかもしれないし」

 「いんや、ヴァンスはきっちりと仕事ができる男じゃ。あいつが5日って言ったんじゃったら、5日できちんと引き車を仕上げるぞ」

 「そうなんですか? じゃあいい人に頼んだって事ですね」

 「おうよ。まぁこの村にはヴァンスの他にはおらんがの」

 なんだよっ、上げて落とすのかよ。

 全くこの爺いは、とジロリと睨みつけたが、彼はすっとぼけた顔で食後の白湯を飲んでいる。

 今夜は途中で寄った雑貨屋に新鮮な肉が入ったと言っていたので、それを少し買ってきたのだ。

 ボン爺は肉を見て「でかしたっ!」と言って、俺を入り口に置き去りにしたまま肉だけ持って家の中に戻って行ったのだ。

 まぁ確かに安くなかったから、あまり肉を食べる機会はないのかもしれない。

 そして俺たちは囲炉裏を囲んでそこで夕飯のスープを飲みながら、直接肉を焼き焼き食べている。

 「で、明日はどうすんじゃ? また薬草採取か?」

 「多分ね。でも獲物を見つける事ができたら鳥でも狩ってくるよ」

 「鳥ぃ? お前に獲れるんか? 逃げられるんがオチじゃろうが」

 どうやらボン爺は俺に鳥が獲れるとはこれっぽちも思っていないようだ。

 「鳥が獲れなかったら代わりにウサギを獲ってくるよ」

 「ウサギも鳥もすばしっこいぞ?」

 「知ってるよ。でも多分大丈夫」

 「大丈夫なヤツが多分なんて言うかよ。全くお前は自信がないのう」

 頭を振り振り呆れたような顔をするボン爺を見て、俺は苦笑いを浮かべる。

 自信がないのは昔からだ。

 っていうか、俺にはできる! と堂々と言い切れる日本人って珍しいと思うぞ。

 謙虚なのが日本人の美徳だからな、うん、多分。

 そんなボン爺の背後にいつの間にかスミレが移動していて、両手を握りしめてプルプルと震えている。

 どうやら俺がバカにされたのが悔しいらしい。

 だがここで彼にゲンコツを落とすとスミレの存在がバレるので、ぐっと我慢しているようだ。

 「じゃあ、もし明日お土産に肉を持って帰ってくる事ができたら、ちゃんと俺だってできるんだって事を認めてくれよ? もし捕れなかったら雑貨屋で一番高い肉を買って帰ってくるからさ」

 「ほぉ。自信満々じゃのう? よし判った。もしコータが獲物を持って帰ってきたら、お前は一人前じゃと認めて前言撤回するわい。その代わりできんかったらでっかい肉の塊を買ってこいよ」

 「約束だな」

 「おう」

 ボン爺の後ろでシャドウボクシングを始めたスミレに苦笑いを浮かべる。

 それでも手を出さないだけ良しとするか。

 それに今の話もちゃんと聞いていた筈だから、明日は何があっても俺が獲物を獲るために全力を尽くしてくれるだろう。

 そんな事を思いながら、俺は焼けた肉に噛みついた。






 次の日はいつものようにボン爺の作った朝ごはんを食べてから出かけた。

 最初にヴァンスさんの仕事小屋に行って、俺の頼んだ引き車は明後日の午後にはできるだろうという返事をもらった。

 って事は明日もう1日ギルドの依頼を受ける事ができそうだ。

 明後日は旅の間に必要なものを準備する日にしようと思う。 

 とはいえ、用意しなくちゃいけない物は食料くらいなもんなんだよな。

 それも多めに買ってポーチに入れておけば、傷んで駄目にする心配はない。

 それよりも今きになるのはスミレだ。

 昨日の夜からどうにも様子がおかしい。

 ヴァンスさんのところを出てから、俺はいつものように門番に挨拶をして塀沿いに歩いて森にやってきた。

 いつもなら森の浅い部分にしか入らないのだが、今日は狩りをしようという事でいつもよりも深い場所まで入り込んでいる。

 それでもここは森というよりは林といった感じで、木はまばらに生えていてそれなりに見通しがいい。

 これなら獲物を見つけても狙いはつけやすいだろうな。

 俺としては何が何でも獲物を持って帰りたいので、森の状態を見て少しだけホッとする。

 できれば鳥がいいなぁ。

 ウサギでもいいけど、難易度が上がる鳥を捕まえてボン爺をびっくりさせてやりたい。

 『鳥を捕まえますよ。無理ならウサギで我慢します』

 耳元で呪詛のようにつぶやくスミレの声が聞こえてくる。

 『絶対に獲物、見つけますからね。それを見せつけて土下座です』

 周囲に注意しながらも獲物を探している俺の肩にとまったまま、スミレはぶちぶちと文句を言っている。

 それが地味にうるさくて探索に集中できない。

 『いいえ、土下座だけじゃヌルいです。そのまま晩御飯抜きですね。彼の土下座を見ながらコータ様だけが焼きたての肉を食べるんです』

 「スミレ」

 『できれば私も見せびらかして食べたいですけどそれは無理なのが残念です』

 「ス・ミ・レ!」

 『はっ、はいっっ』

 「お前、心の声がだだ漏れだぞ」

 『えっ・・・・?』

 「さっきからずーっと喋ってるんだけど、気づいてる?」

 『えぇぇ・・・気がついてませんでした』

 うん、そうだろうなって思ってたんだよ。

 でもいい加減聞き飽きたから声をかけたんだ。

 「そろそろ探索を手伝ってくれないかな? じゃないと獲物無しで帰る事になるだろ。それに危険な魔獣なんかと遭遇したくないからな」

 『そっ、それは駄目ですっっ。コータ様を危険な目に遭わせられませんっっ! すぐに探索開始します』

 「俺も武器のパチンコを用意しておくな」

 『はいっ』

 慌てて俺の肩から飛び立って1メートルほど前を飛びながら周囲を見回すスミレ。

 俺はちょっと考えてから鉄で作ったパチンコ玉を取り出した。

 鳥やウサギだったら石ころで十分なんだけど、もしかしたらでかい獣や魔獣が出てこないとも限らない。

 それなら鉄の玉で攻撃すれば、少しは威力が上がるだろう。

 そんな事を思っていると、スミレが両手を左右斜め上にあげるのが見えた。

 『コータ様、ちょっと止まって下さい』

 「お? オッケー」

 『ありがとうございます。それでは範囲半径20メートルの結界展開します』

 「結界? なんで?」

 『結界の中の気配と音を消すために展開するんです。こうすれば獲物に気づかれる事なく近づく事もできますし、もしなんらかの大型の獣に見つかった時も安全ですから』

 「結界ってそんな事できたっけか?」

 俺の知ってる結界っていうのはラノベの世界の結界だけだから、スミレのいうような結界はありえない、とは言えないんだけどさ。

 『結界とはその言葉通り、完結された界域という意味です。つまりその中で起きた音はその中で完結されて外に出ない、という事ですね』

 「へぇ、なるほどね」

 『ですので、聞かれて困る話は結界を展開してからする事を推奨します。ただ、視界までは完結されていませんので外からは見えますが、それでも物理的な攻撃は防御する事ができます。ただ、この結界は固定式なので、20メートル移動する毎に新しく張り直す必要があるので立ち止まる事になりますが、その点はご了承くださいね』

 「ああ、いいよいいよ。安全が確保されるんだったらそのくらいは全然平気」

 身の安全確保のためなら20メートル毎に立ち止まる事なんて気にもならない。

 それに宿の部屋を結界で包めば誰かに話を盗み聞きされる事はないって事だから、この先旅に出た時に宿の部屋でスキルを展開して色々と作る事もできるわけだな。

 「スミレって便利な能力をたくさん持ってるなぁ」

 『私、じゃなくてコータ様ですよ』

 「あ、そっか、スミレって俺のスキルだったっけ」

 特に俺が何かをするわけじゃないから、すっかり忘れちゃってたよ。

 『それでは探索を再開します』

 「うん、よろしく」

 そういいながら俺も周囲の気配を探る努力をする。

 いやだってさ、探索能力を持ってるスミレに叶うわけないじゃん。

 でも多少は気配に敏感になれると助かるから、こういう安全が確保されている時に練習をしたい。

 『この先100メートルほどのところにウサギが隠れていますね。行ってみますか?』

 「ウサギ? うん、いいね」

 できれば鳥が良かったが、獲物は多ければ多いほどいい。

 ボン爺のところに世話になるようになった最初の頃にウサギは獲れるって自己申告した事があるからさ。その時にウサギは金にならないって言われてショックを受けた記憶があるんだよ。

 つまり誰にでも獲れる獲物だって事だろ?

 それよりは、お前には無理だって馬鹿にされた鳥をとって帰りたいじゃん。

 俺が左手に持っているパチンコをぎゅっと握りしめて先を飛んでいくスミレの後をついていった。






 読んでくださって、ありがとうございました。


Edited 02/23/2017 @ 20:55CT 訂正しました。ご指摘ありがとうございました。

あいつが3日 → あいつが5日  2日も間違えてました、すみませんでした。


Edited 04/10/2017 @ 04:47 JT 誤字訂正しました。ありがとうございました。

ショックを受けて記憶があるんだよ → ショックを受けた記憶があるんだよ

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