298.
馬車の隊列が見えなくなるのを待ってから、俺たちは一気にアラネアを走らせた。
アラネアはサイドキックに比べて小さいとはいえ、俺とスミレが俺の記憶データ・バンクを駆使して創り上げたものだ。
しかも洞窟向けにでこぼこ道仕様になっているから、サイドキックよりもこういう草原だと乗り心地がいい気がする。
なんせタイヤがでこぼこ道に呼応して上下に動くんだもんな。
なので馬車だと丸1日は軽くかかって到着は明日になっただろう距離も、アラネアの快走のおかげで夕方にはあの場所に着いた。
「今日はここで野営だな〜」
「ここ?」
ここはニハッシュに襲われた場所だからあんまりいい思い出はないんだけどさ。
でも目的地はここだから、他の場所に移動するわけにはいかないんだよな。
もちろん、今は、だけどさ。
「晩御飯を作る前に、今夜の寝床を用意するか」
『でしたら、あれを使いませんか?』
「あ〜、そういやそうだったな。んじゃ今日はテントじゃなくってコテージにしようか?」
「こてーじ?」
「え〜っと、小さな家、だよ」
「テントじゃねえのか?」
小さいながらも寝床が『家』と言う俺の顔を頭が悪いんじゃね、みたいに見てそんな事言うなよ、ジャック。
「後で見せてやるから、とにかくアラネアから降りろ」
「わかった」
「おう」
とっととアラネアから降りる2人の後ろ姿を見て、俺はこっそりと溜め息を零した。
『コータ様?』
「ん? ああ、俺も降りるよ」
不思議そうに俺の顔を覗き込んでくるスミレに頷いてから、俺もアラネアから降りると沼地がよく見える辺りに移動する。
アラネアを停めた場所からでもよく見えたけど、アラネアは出しっぱなしにするつもりだからさ。アラネアが陰になって見えないようだと困るもんな。
「コータ、こてーじ」
「ん? おう、すぐに出すよ」
スミレが、だけどな。
「スミレ、この辺でいいから出してくれるかな?」
『判りました』
ふわっと飛びながらスミレは周囲をくるっと見回してから、片手をあげてストレージからコテージを取り出した。
「おうち、だね?」
「家だなぁ」
スミレが取り出したのは、小さなポーチがついたロフト付きのコテージだ。
階段が3段ほどついていて、そこを上がると玄関だ。もちろん、ポーチにはベンチ型のブランコが設置されている。
俺は2人を引き連れて階段を上がるとそのままドアを開けた。
中はワンルームになっていて、一番奥の左半分がキッチンで右半分にはトイレとシャワー室がついている。
本当は風呂にしようと思ったんだけど、そうするとコテージを大きくするか部屋を狭くするしかなかったからさ、スミレと話し合って今回はシャワーで我慢する事にしたんだよな。
そして手前にはソファベッドが置かれていて、そこの前にはコーヒー・テーブルが置いてある。
と言ってもコーヒーはないんだけどなっ。
でもまぁこれならのんびりとくつろぐ事もできるし、そこで飯も食えばいっか、って思ってこうしたんだよ。
とはいえ部屋の中をキョロキョロと見回したミリーは、少し神妙な顔をして俺を見上げてきた。
「なんだ、ミリー?」
「わたしはここで寝る、の?」
「はっ?」
「ここ、ベッド、ないよ?」
「ん? ああ、そっか。ここで寝るのは俺だよ。この椅子はこうやって・・・と、伸ばしたらベッドになるんだよ」
俺はソファの座る部分を引っ張って伸ばしてベッドにしてみせる。
大きさ的にはフルサイズのベッドになるんだよ。だから今までのシングルベッドよりも寝やすいに違いない、うんうん。
思わず口元が緩むのを我慢して、真面目な顔でミリーを振り返る。
「ほら、な。あとはシーツをかければいつでも寝れる」
「でも、わたしの寝る場所、ないよ?」
へにょん、と耳が頭に張り付いて尻尾も垂れてしまったミリーが途方にくれたような顔をしている。
「ミリーとジャックの寝るところはあそこ、だよ」
「あそこ・・・?」
俺が指差す方向にはロフト部分がある。
部屋の端っこに梯子のような階段があるから、そこから上がれるようになっているんだ。
「うん、ほら、そこの階段を上がってごらん」
「わかった」
「おう」
期待に満ちたキラキラした目で階段を見上げた2人は、尻尾を左右に振りながら階段を上がっていく。
「コータッッ」
「すっげぇぞっ」
そして上がると同時に上がる2人の歓声?
「ベッドがある、よっ」
「俺のもベッドだぞっ」
俺は苦笑を浮かべたまま、狭い階段を上がっていく。
といっても階段を半分ほど上がっただけで、俺はロフトには上がらない。
なんせ狭いし天井が低いんだよ、うん。
ロフトの広さは畳2畳ちょっと分くらいで広くはないが、ただ子供用のベッドを2つ置くくらいなら十分スペースはある。
ミリーはピンク、ジャックはグリーンのベッドにしたんだけど、どうやら喜んでもらえたようだ。
「俺もベッドでいいのか?」
「なんだ、ジャック。ベッドは嫌なのか?」
「い、嫌じゃねえよっ」
今まではでっかいクッションで寝ていたジャックだけど、今回は彼にもベッドを作る事にしたんだよな。
俺のそんな考えは間違っていなかったようで、嬉しそうにベッドに寝転がるジャック。
多分だけどさ、今までパンジーの引き車で寝ていた時も自分のベッドが欲しかったんじゃないかな、って思ってるんだ。
たださ、引き車にはジャックのベッドを入れるだけのスペースがなかったから、ずっと我慢していたんだと思う。
「じゃあ、今夜はそこで寝るんだぞ?」
「うんっ」
「おうっ」
尻尾をビュンビュンと振っている2人を見て思わず吹き出す俺。
「ま、今は降りてこいよ」
「えぇぇぇぇぇ」
「いいじゃねぇかよぉ」
ベッドの上でゴロゴロしていた2人は、尻尾をヒュンッと振ってから文句を言う。
なるほど、そんな事を言うのか。
俺はチラ、と2人に視線を向けてからがっかりとしたような顔を見せてから、階段を2段ほど降りて白々しく2人を見上げた。
「んじゃ、2人は晩飯はいらないんだな」
「ダメッッ」
「食うっっっ」
ガバッと音がする勢いで起き上がった2人は慌ててベッドから起き上がった。
「でもさ、降りてこないと晩飯は食べられないよなあ」
「食べるっっ」
「すぐ行くっっ」
階段を降りるために俺の前にやってきた2人は、俺が降りるのを待ちきれないと言わんばかりに階段を降りてきた。
「これから作るから手伝えよ?」
「わかった」
「おう」
腰に手を当ててミリーとジャックを見下ろすと、2人とも期待に満ちた目で頷く。
「じゃあ・・・何が食いたい?」
「お肉」
「肉に決まってんだろっっ」
ああ、そうだな、うん。聞いた俺がバカだったよ」
「でも今回は途中で狩りもしてないからさ、ラッタッタしかないぞ?」
「えぇぇぇぇ」
「マジかよぉ」
落胆を隠しきれない2人に思わず苦笑いが浮かんだ。
「アリアナで買った肉、ねえのかよ」
「お前ら、昨日食っただろ?」
「のこってない、の?」
「残ってないな」
なんせ2人とも毎回すっげえ食うんだもん。
俺としては3人で1週間分の肉を買ったつもりなんだけど、持たなかったよ、うん。
まぁ、何かって言うと肉肉〜って言う2人だから仕方ないとは思うけどさ。
それに今までだと途中で狩りとかもできたから、ここまで肉がなくなるって事はなかったんだよなぁ。
「今日はここまで真っ直ぐ来たから狩りもしてないだろ? だから、ラッタッタで我慢しろ」
「・・・・わかった」
「・・・・うぅぅ」
尻尾と耳がへにゃんと垂れ下がっているのを見ると罪悪感がたまんないんだがこればっかりは仕方ないと諦めてもらうしかない。
『そのかわり沼地に罠を仕掛けておきましょうか?』
「スミレ?」
『沼地だとおそらくですがシトエロンがいる筈ですよ』
あまりにも意気消沈している2人が可哀そうになったのか、スミレが口を挟んできた。
「シトエロン・・・?」
『はい。見た目はカエルの魔物ですね』
「カエルかぁ・・・って事は足肉か?」
『はい』
カエルの足肉って確か鶏肉っぽいんだったっけか?
「スミレ、おいしい?」
『シトエロンですか?』
「うん」
『ブガラ鳥みたいな肉ですよ』
「ブガラ・・・・おいしかった、ね」
「美味いのかっっ」
「うん、おいしい、よ」
スミレにブガラ鳥と言われて、途端に目がキラキラしてきたぞ。
『では今夜はラッタッタで我慢してくださいね。みなさんが食事をしている間に私は罠を作りますから』
「わかった」
「おう」
よっし、これで今夜はラッタッタでも文句は言わないだろう。
俺は目線だけでスミレに礼を言うと、そのまま2人を伴ってキッチンのある奥へ移動したのだった。
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