297.
待つ事10分ほど。
思ったより早くローガンさんが戻ってきた。
ただまぁ、うしろから神官さんらしい白い衣装の男が付いてきている。
あ〜、また面倒事かなぁと溜め息がでかけたものの、この距離だと俺が溜め息を吐いたらバレバレだからぐっと我慢する。
「コータ、待たせたな」
「大丈夫ですよ。それでどうなったんですか?」
「いや、こちらの神官、様がお前と話をしたいって言うんでな、連れてきた」
それ、面倒事を連れてきた、って言った方が合ってると思うんだけどさ。
それに、様をつけて呼ぶ事に抵抗があるみたいで言葉が詰まってるよ、ローガンさん。
「はじめまして」
「はじめまして」
俺の前で立ち止まった神官にとりあえず軽く頭を下げて挨拶をすると、同じような挨拶が返ってきた。
ただまぁ俺たちを見る目つきは胡散臭そうだったけどな。
「あなたがたが隊列を乱して勝手な行動をしようとした方達ですね」
「はぁ・・・・」
「全く、こちらは限られた時間で命じられた仕事をこなさなければならないというのに、忙しいのに面倒な仕事を増やすのはやめていただけますか?」
「・・・はっ?」
あれ、一方的に文句をいうのか?
「それはどういう意味でしょう?」
「私たちはきちんと地図を見て移動しているんです。それなのに訳の判らない主張をして勝手な行動を取られると迷惑なんです」
「俺たちもちゃんと地図を見て移動していますけど?」
「あなたたちのような素人が地図をきちんと見れる訳ないでしょう」
カチン、ときたぞ。
「そちらこそ、現場を見てもいないのに、よく自分たちの方が正しいと言い切れますねぇ」
「なっ」
「俺たちはその場にいたんです。ですのでどの辺りでニハッシュと顔を合わせたのか、という事はあなた方よりも詳しいですよ」
「生意気な口をきかないでいただきたい。私たちは神の使いでもあるのですぞ。あなたの勝手な行動の尻拭いなど押し付けないでいただきたい」
神の使いがナンボのものだっつーの。
俺は目だけを神官の背後に立つローガンさんに向けると、済まなさそうに目だけで謝っているのが見える。
「じゃあ、別行動にしましょう。正直、どうして俺たちが呼ばれたのか全く理解できないんですよね」
「我々はあなたたちなど呼んでませんよ」
「そうみたいですね。それにもともとあなたたちから排除されたような形でしたからね」
馬車の輪から追い出された恨みは忘れてないからな。
「俺たちはニハッシュを発見したところでのんびりと野営でもしていますよ。そちらもあちらこちらをウロウロしてから、現場の視察を頑張ってくださいね」
「なっ、失礼だな」
「そうですか?」
どっちが失礼だって言うんだか、全く。
「我々神官は、神から与えれた素晴らしい力があるのだよ。今回のメンバーの中にはニハッシュの残した魔力の残滓を辿る事ができる者もいるのだ。その者が地図を見ながらニハッシュの残滓を辿っておるからには、我々が間違う筈がないだろう」
「へぇ・・・すごいですねぇ」
「当たり前だろう。我々神官は君たちのような一般人とは持っている力1つとっても違うのだよ」
嫌味を込めて言った言葉を心からの賛辞と受け取ったのか、神官は胸を張って諭すように言う。
あ〜、はいはい、ってか。
『コータ様のスキルの方が遥かに素晴らしいですよ』
ムッとしたようなスミレの声がして思わず周囲を見回すと、俺の頭上でホバリングしている。
「おや、何かおっしゃいましたか?」
「いいえ、何も言ってませんけど?」
「そうですか? いや・・・」
もしかしてスミレの声が聞こえたってか?
シェリ以外にもそういうスキルを持つ神官がいてもおかしくないけど、できればスミレの事は知られたくないんだけどな。
「しかし、君たちは我々とは別行動がしたいらしいからね、残念だがそれを認めよう」
「ありがとうございます・・?」
「あとで間違っていた、といって我らのところに戻ってこない事を祈っているよ」
「はぁ・・・」
なんでこう上から目線なんだろう?
これってさ、神官、いや、神殿にいる人間は上から目線で話すべし、というように決められているんだろうか?
そういやシェリも最初っから上から目線のセリフ全開だったもんなぁ。
「だがまぁ、我らは神の使いとして力のない一般人ですら庇護下にいれる、という行為を常としているのだよ。もし困った事があれば我らに助けを乞いにくれば考えないでもないよ」
「そうですね。もしどうしても、って事があれば考えますよ」
「考えなくてもすぐにくればいい。神はいつでも手を差し伸べるように、と仰られているからね」
神、という言葉に思い浮かぶのはあの神様だ。
でもあの神様がそんなカッコいい事をいうとは思えないんだけどなぁ。
なんせあの神様、不注意で俺を殺したんだもんな。
「心に留めておきますよ。そちらも俺たちの助力が必要な時は声をかけてくださいね」
「ははは、大丈夫だよ。一般人の君たちの力を必要とするような事などないからね」
「あまり過信しない方がいいですよ? ニハッシュ討伐ができたのは、運が良かっただけです」
「なんだい? 我々が君よりも劣る、と言いたいのかね?」
俺が良かれと思って言ったアドバイスを神官は嫌味とでも受け取ったのか、不機嫌そうな顔で俺を睨みつけてきた。
「違いますよ。ニハッシュはとても強力な魔物です。常に警戒するくらいでも足りないんじゃないか、と思うほどなんです」
「ははは、なるほど。君は自分を基準にして考えるからそう言うんだな。だが我らの事はそのように心配する事はないぞ。なんといっても我らは選ばれた者、神よりも特別な力を与えられた者なのだからな」
いや、だからさ、それが過信だっつーの。
でもそう言ったら怒るんだろうなぁ。
ほんと、面倒くさいおっさん、いや、神官だ。
「いや、いつまでも君と話していると時間が無駄だからね。我らは使命のために先を急がせていただこう」
「はぁ、そうですか」
「いやいや、普段あまり君のような一般人と話す機会はないからね。とても有意義な会話だった、と言っておこうか」
嘘つけ、ちっともそんな事思ってないくせにさ。
「いいえ、こちらこそ。神官、様と言葉を交わしたのはこれが初めてでしたので、いろいろと勉強になりました」
タカビーの上から目線っていうのがこの世界にもいるんだな、っていい勉強になったよ、うん。
さっと神官服の裾を翻して、さっさと馬車に向かって歩いていく神官を見送ってから、俺は視線をローガンさんに向けた。
「という事ですよ、ローガンさん。俺たちはここで別行動ですね」
「コータ、しかしだな」
「もともときちんと依頼の契約を交わした訳じゃないですからね。口約束ですから契約違反なんてこと、言わないでくださいよ」
「それは言うつもりはないが・・・」
「もしどうしても俺たちの助けが必要になったら・・・・・これを地面に投げつけてください」
俺はこの前作っていた玉シリーズの1つを取り出した。
「これは?」
「それは地面に投げるとその衝撃で火を噴きます。だからできるだけ遠くに投げてくださいね」
「おまえ・・なんでこんなヤバそうなもん、持ってんだよ」
「作ったんですよ。ほら、俺たちのチームって攻撃能力が低いですからね」
うん、それは嘘じゃないぞ。
ただ、それは試作品で、いらなくなったヤツだけどな。
新しいのはカラーガンと言って、無理せず距離を飛ばせるようになってるんだ。
別に飛距離が短い俺のためだけじゃないんだ。できるだけみんなの安全を考えて、だな。
「コータ?」
「えっ?」
「大丈夫か?」
「は、はい、もちろんですよ」
しまった、思わず心の中で言い訳していてローガンさんの事を忘れてたよ。
「それ、赤玉って呼んでるんですけど、一応念のために3個差し上げます。ちょっと落としたくらいじゃあ爆発しませんが、取り扱いにはくれぐれも気をつけてくださいね?」
「お、おう。できるだけ衝撃を与えないようなところに仕舞うよ」
「ああ、そっか。じゃあ、これをあげますからここに入れてください」
「なんだ、それ?」
「その玉を入れておく筒ですね」
そう言いながら俺は蓋つきの筒を取り出した。
ちょっと大きいんだけど、赤玉をバックパックにそのまま入れるよりはマシだろう。
「ここにこうやって・・・ほら、こうです。それでこう・・・ちょっとスペースが空いちゃうか。じゃあもう1個増やしますね」
筒に赤玉3個入れるとちょっとスペースが空いたから、もう1個ポーチから取り出して入れると丁度良かった。
「これは神官には見せないでくださいよ。結構な威力がありますからね」
「お、おう、判ったよ」
恐る恐る俺から筒を受け取ると、ローガンさんは蓋がちゃんとしまっているかを確認している。
「沼地は細長いですから、俺たちからなら対岸にいても見える筈です」
「そうなのか?」
「多分もういないと思いますけど、警戒はちゃんとしていてくださいね」
「当たり前だ」
他に何かあったっけか?
チラ、と視線だけをスミレに向けると呆れたような顔をしている。
どうせお人好しとでも思ってるんだろうな。
でもさ、知り合いが危険な目に遭うのって、やっぱ嫌じゃん。
肩を竦めて馬車の方を見ると、さっきの神官が馬車の前に立ってじーっとこっちを見ている。
「あっ、ローガンさん、行った方がいいですよ?」
「なんだ?」
「さっきの神官がじーっとこっちを見ています」
「やべっ」
慌てて振り返ってから頭を下げたローガンさんは、そのまままたこちらを振り返った。
「じゃあ、気をつけろよ」
「そっちこそ。無理しないで下さいよ」
「大丈夫だって。その分あいつらに無理させるよ」
できないくせにニカっと笑ってそう言うと、ローガンさんはそのまま後ろ手に軽く手を振ってから馬車に向かって歩いていった。
「って事で、スミレ、赤玉に気をつけてな」
『コータ様・・・お人好し過ぎですよ』
「はははっ、そう言うと思った」
思った通りの言葉を口にしたスミレに思わず笑ってしまった。
『コータ様・・・』
「ごめんって。ただスミレだったらそう言うんじゃないかなって思ったんだよ」
先頭の馬車がゆっくりと動き出したのが見え、ローガンさんはゆっくりと動き出した馬車に乗り込む。
俺はそれを見送ってから、アラネアに戻る。
さあ、俺たちも出発だ。
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