294.
「あ〜、スミレさん。よく判らないんだけど?」
『何がでしょう?』
「だから、さ。スミレの言ってる事、理解できてないんだよ」
どうしてこんな簡単な事が判らない、と叱られるんじゃないかとビクビクしながら尋ねると、意外にもにっこりと笑みを浮かべて説明を始めた。
『つまり、ですね。こちらのミストリアシェリニアンと言われる方の持つスキルは、結界を見る事もできると同時に無効化もできる、という事です。そしてそのスキルの力を使う事で私の事も認識できる、という事ですね』
「へっ? じゃ、じゃあさ、そのスキルのせいでスミレが見えるっていうのか?」
「それだけではないぞ」
俺の問いにスミレが答える前に、巫女様が口を挟んできた。
「えっ?」
「おぬしらの事も判ったぞ」
「えっと・・・?」
「おぬしら、いや、この2人は違うがな、お前とお前の2人がこことは違う場所から来た、という事も判ったぞ」
「・・・・・マジ?」
更にでっかい爆弾が目の前に投下されたよ。
「我にはよく判らんが、おぬしらがここではないどこかから来た、という事はこうして顔を合わせた事ではっきりと感じる事ができたのじゃ。我自身、最初はなんの事か判らんかったのじゃがな、こうして話をしているうちに色々と視えてきたものがあるんじゃ」
あ〜、うん。何が視えたのか気になるぞ。
この巫女様の言葉でどんな反応をしているのか気になってミリーとジャックを見ると、2人は話がよく判っていないのか頭を傾げている。
「神殿にある書物で読んだ事があるのじゃ。じゃから、そういうものがいるという事は知っておる。まぁ我としてもこうして自身の目で見るまではただの言い伝えじゃと思っておったがな」
「・・・・他にはいない、って事か?」
「それはどうか判らん。我は神殿から滅多に出る事がない故な。我の世界は狭いのじゃ。神殿とそこからの依頼で出かけた場所のみ。世間の噂話でさえ耳に入らんわ」
どこか自嘲気味な巫女様。おそらくその言葉通り神殿から出る事は滅多にないんだろう。
「じゃが、そこの2人はその事を知らぬのか?」
「言ってませんからね」
「それは・・・余計な事を口にしたか。すまん」
「いいですよ。多分2人とも巫女様が何を言ったのか判ってませんから」
そうじゃろうか、と呟いて隣に座るミリーとその向こうに座るジャックの顔を覗き見る。
でも俺のいう通りと思ったのか、ホッと息を零していた。
一応そういった気遣いはできるようだな、ビックリだよ。
「コータ?」
不思議そうに頭を傾げてから俺を見上げるミリーは、少しだけ不安そうに見える。
まぁ、な。そのうち話そう、と思いながら今までずっと話す事もなく過ごしていたんだもんな。
やっぱりそろそろけじめをつけて話すべきなんだろう。
「それで、とにかく巫女様の能力を行使した事で、スミレが見えるようになった、という事なんですね」
「そうじゃな。間違っておらんじゃろう」
「巫女様は、その能力故に今回の浄化に呼ばれたんですか?」
「我が居ればどこに淀みがあり、どこに害意を持つものがおるか判る故な」
つまり、探知機って事だな。
スミレの探索にも似たような能力って事か。
「巫女様がいたら俺たちなんかいなくてもいい気がするんだけどなぁ・・・なんで帰らせてもらえないのかなぁ・・・」
「我とて全てを視る事ができる訳ではないのじゃ。それを心配したのではないか?」
「う〜ん、そんなのって他の神官にやらせりゃいいのに」
「我ほどの力を持つものはおらんぞ」
「だから巫女様?」
「そうじゃ。視る事ができるのは我だけじゃ」
なるほどなぁ。俺たちには迷惑だけど、仕方ないって事か。
「それより、なぜ巫女様などと呼ぶのじゃ?」
「えっ・・・?」
「我の名はミストリアシェリニアンじゃ」
「あ〜・・・」
うん、知ってるよ。ミストなんとか、だろ?
覚えらんないよ。
「ミスト・・・なんだっけ」
「・・・ミストリアシェリニアン、じゃ」
「・・・・」
なぜ言わぬ、と言わんばかりの視線が突き刺さってくるが、言えねえよっっっ!
「ミス・・・ながいね」
「ミリー」
「長くて、むずかしい、よ?」
「だよな」
頷きたいのを我慢してミリーの言葉を聞いていると、あっさりとジャックが同意した。
俺だって同意したいよっっ。でもさ、いい年した大人が覚えれらない、なんて恥ずかしくって言えるかよっ。
「・・・・仕方ない。おぬしらにはシェリと呼ばせよう」
「シェリ?」
「そうじゃ、それなら言えるであろう?」
「うん、だいじょぶ」
「ただし、忘れるでないぞ。我の事をそのように短くして呼ぶものはおらぬのじゃ」
「そ、なの?」
「そうじゃ。じゃがおぬしらには世話になったからの。特別に我の事をそう呼ぶ事を許そう」
なぜに上から目線?!?
そうつっこみたいのだが、ここでヘソを曲げられるとあの長ったらしい名前を言わさせられそうだから、ぐっと文句を飲み込んだ。
スミレはきっと彼女の名前を覚えてくれているだろうから、そのうちこっそりと練習して言えるようになろう、うん。
そんな俺の決心を横に、ミリーが興味津々といった感じで隣に座るシェリの顔を覗き込んだ。
「シェリ」
「なんじゃ?」
「シェリ、スミレ、見えるの?」
「はっきりとは見えんがな」
どうやらシェリにスミレが見える事がきになるようだ。
「わたしは見えなかった、よ」
「そうか?」
「うん。コータがこれ、作ってくれるまで、わかんなかった」
左腕をあげてブレスレットをシェリに見せるミリー。
「ほう・・・これはまた珍しいものを。なるほど、ヴァイパーの魔石か」
「すごい、シェリ、わかったね?」
「魔石から流れる魔力で判るぞ」
「まりょく?」
「そうじゃ。おまえのブレスレットとそっちのケットシーのブレスレット、それにあやつのブレスレットの魔力が流れ交わっているのが見える」
へぇ? そんなものが見えるのか?
思わず自分のブレスレットに視線を落としてみるけど、俺にはさっぱりなんにも見えない。
「目で見えるもんではない。そうじゃな、おぬしらの感覚でいうなら、魔力は感じるものじゃ」
「感じる? なにも感じない、よ?」
「そりゃそうじゃ。感じるための能力がなければ何も判らんじゃろう」
「つまり、それがシェリの持つ能力って事か」
「ふむ・・・スキルとな。そう言ってもよかろう」
顎に手をやって頷きながら答えるシェリは見た目によらずおっさんみたいな仕草をする。
あれは育てられ方がそうだったのか、それとも元々の性格なのか?
「それをうまく混じり合わせておるのが、あの精霊か」
『私は精霊ではありませんよ』
「む? そうなのか?」
『私はコータ様のスキルのサポートシステムです』
「さぽ・・・? なんじゃそれは」
「あ〜っと、スミレは俺の手助けをしてくれる存在なんだ。最初からずっと一緒にいてくれたから精霊などうかも判らないけど、俺とは切っても切れない存在だな」
さすがにサポートシステムという言葉までは通じなかったか。
「じゃが、スミレとやらが3人のブレスレットの魔力操作をしておるのじゃろう?」
『魔力操作というほどの事はしていませんけど、私が管理しているのは確かですね』
「なるほど、管理、か」
ふむふむ、と小さな声が漏れてくる。
うん、やっぱりおっさんっぽいというかじいさんっぽいな。
「さて、そろそろ我の馬車に戻るか」
「本当に大丈夫なのか?」
「何がじゃ?」
「いなくなったのがバレて、みんなが探してんじゃないのか?」
「そんな訳なかろうが。ほれ、騒ぎなど起きとらんぞ」
言われて馬車の円陣の方に視線を向けるけど、確かにいつも通り静かだな、うん。
「我の馬車に近寄るものはおらん。誰も知られたくないものを持っておるからな」
「ふぅん・・・・」
「我の馬車は中が2つに分かれておってな、前半分は我の世話をするものたちが乗っておる。後ろ半分は我しか乗っておらん。じゃからの、扉をきちんと締めて中から鍵を締めておれば、誰も入る事はできんのじゃよ」
中から鍵を締めているって事は誰も入るなってサイン、って事か。
あれ、でもどうやってここにきたんだ?
そんな疑問が顔に出ていたんだろう。シェリが悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「我の座席の下にいざという時の出口があるんじゃ。そこは内側から鍵を開ける事はできん」
「でも外に出たらバレるんじゃないのか?」
「誰が馬車の下まで見張るか。せいぜい向かい側の馬車からならみる事が出来るかもしれんが、そこに乗っておる神官などさっさと中に入って休んでおるじゃろう」
あ〜、そういやあんまり護衛っぽい人達はいなかったよな。
ローガンさんたちもいるけど、あんまり神官たちに近づけないみたいな事言ってたもんなぁ。
俺たちほどじゃないけど、それなりに邪険に扱われてるって愚痴を零していたっけか。
「それに、我の力を使えば周囲のものたちの意識を違う方に向ける事もできる。じゃから見つかるような事はないのじゃ」
相手の内を見通す力もあるけど、同時に相手の注意を逸らす力もあるって事か。
なんか多彩なスキルだな、おい。
「シェリ、帰る?」
「長居をしたからのう」
「おやすみ、だね」
ミリーは立ち上がったシェリを見上げて片手をあげた。
片手をあげたミリーを見下ろしたシェリの表情は、なぜか戸惑っているようだ。
それでもあげた片手をひらひらと振るミリーを見て、ホッとしたような顔になってから同じように手を振る。
どうやら片手をあげたミリーが何をするか判らなかったみたいだな。
神殿の奥であまり人と関わらない生活をしているシェリの姿を思い描く。
なんとなく微笑ましい気がしてふっと口元に笑みを浮かべると、振り返ったシェリにジロリと睨まれた。
「気をつけてな」
「なんじゃ、送ってくれぬのか?」
「送って欲しいのか?」
「いや、人目を集めるじゃろうからな、いらぬ」
「そう言うと思った」
だから送っていくなんて言わなかったんだよ、と付け足すと、ふんっと鼻を鳴らされた。
「また、くる?」
「そうじゃな、おぬしらが歓迎してくれるなら、また来てやっても良いぞ」
「なんでそう上から目線で偉そうなんだか」
「やかましいぞ、コータ」
「来たいなら来てもいいよ」
「うぬぬぬ・・・」
「ま、無理すんな」
ぽん、と頭を叩くと、あっという間に叩き落とされた。
「気軽に触るでないぞ」
「はいはい」
白い服の裾をひらめかしてドシドシと馬車に向かって歩いていく後ろ姿は、どう見ても14歳の女の子のものじゃなかった。
やっぱり育て方、間違えてんじゃないのかなぁ。
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