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異世界で、のんびり趣味に走りたい  作者: チカ.G
大都市アリアナ 孤児院
288/345

287.

 いつものように引き車の前で焚き火を焚いているんだけど、今夜はいつもと違うんだ。

 それは誰も引き車の中で寝ていないって事だ。

 ミリーとジャックは、野営で使った事のあるテントの中で寝ている。

 今夜はついにパンジーの引き車を改良するつもりだ。

 「スミレ、結界は?」

 『ちゃんと張ってありますよ』

 「じゃあ大丈夫かな?」

 『パンジーちゃんも納得しているってミリーちゃんが言ってましたから、ちゃんと協力してくれるでしょうしね』

 そういや前の時はパンジーが嫌がったんだったっけか。

 「んじゃ、始めるか」

 『はい』

 「ついでに荷車もやるぞ」

 『そうですね、それがいいでしょう』

 およ、スミレがあっさりと同意したぞ。

 俺はスクリーンを展開して、セーブしてあった【引き車改】のプログラムを呼び出した。

 『中から除けておくようなものはありませんか?』

 「あ〜、いいよ。どうせ全部一度分解してから作り直す事になるんだろ?」

 『そうです』

 「じゃあ、いるものがあったらその時に作ればいいよ」

 『判りました』

 引き車の中にはベッドとかもあるけど、そこで使っているクッション材はベンチのクッションに再利用する予定だし、他の部品も全部再利用して新しい【引き車改】を作るつもりだ。

 出てきた設計図を再確認して、俺は製作開始ボタンを押した。

 「どのくらいでできる?」

 『そうですね・・・・今の引き車を分解してから作成に入りますから、おそらくは30分ほどでしょうか』

 「30分か」

 長いような短いような、よく判らない時間だな。

 普通に作る事を考えればあっという間にできあげるんだけど、魔法なんてものがあるこの世界では時間がかかるのかもしれない。

 俺は魔法が使えないからその辺はさっぱりだ。

 「じゃあ、出来上がるのを待っている間に荷車改良も始めるか」

 『やる気満々ですね』

 「おう。明後日には出発だからな、今のうちにできる事は全部やっておきたいんだ」

 「そうですね」

 浄化のメンバーが揃ったって事で、ついに明後日沼地に向けて出発する事になった、という連絡が入ったのは今朝だ。

 それを聞いた俺たちは慌てて商店区域に行って、思いつく限りのものを買ってきた。

 食料はもちろん、雑貨なんかもいろいろ買い込んだ。

 帰りに生産ギルドの方に行って、これから出かける事を報告してから、俺の登録商品に関しての報告をしてもらった。

 それぞれ1つ1つの使用料は微々たるものだったけど、それでもとにかく数が多いからかなりの金額になっていた。

 まぁ今は金が必要な訳じゃないから、全部預けたままにしてもらったんだけどさ。

 そのうちその金でミリーやジャックになんか買ってやろう。

 服でもいいし、新しい武器でもいい。もちろん食物でも構わない。

 とにかくあの2人がやりたい事、とか欲しいって思うものがあれば手に入れてやるさ。

 そんな事を考えていると、自然と視線がテントに向いた。

 きっと今頃2人ともぐっすり寝ているんだろうな。

 フッと口元に笑みが浮かぶ。

 そんな俺の前にスミレが飛んできた。

 『良かったんですか?』

 「何が?」

 『明後日の事ですよ。あの2人の事が心配なんでしょう?』

 「あ〜、うん。そりゃ心配だよ。あの2人も一緒に解体やってたから、アレを見てるからさ」

 何度解体を1人ですれば良かった、って思った事だろう。

 『でも、行くんですよね?』

 「仕方ないさ。2人がどうしても一緒に行くって言うんだからな」

 『でも、留守番しろって言えばここに残ったんじゃあ--』

 「スミレ、俺だって連れて行きたくないさ。でも、2人が置いていくなって言ったんだ。頑張るから一緒に連れて行け、ってな。あんな風に言われたら残れって強く言えないよ」

 不安そうだったミリー、動揺を隠せないジャック。それでも2人は一緒に行くと言い張ったんだ。

 そんな2人を無理矢理置いていったりしたら、後を追いかけてこないとは言い切れない。

 だったら最初から目を光らせる事ができる側に置いておくのが一番だろう。

 「スミレ、大丈夫だって。俺もいるし、なんってったってお前がちゃんと2人の事は守ってくれるだろ?」

 『それは当たり前です』

 「うん、だから心配してないよ」

 『はぁ・・・コータ様はずるいです』

 テーブルの上に立つと、そのままジロリ、と俺を上目遣いで睨みつけてきた。

 「俺? 何もしてないだろ?」

 『コータ様にそんな事を言われたら、何があってもミリーちゃんとジャックを守るしかないじゃないですか。もちろん、コータ様の事も守ります』

 「うん、信頼してるよ」

 俺よりもいろいろと高性能なスミレの事だ、言葉通り何があっても2人を守ってくれるだろう。

 口元を緩めて見下ろしていると、スミレがムッとしたように唇を尖らせた。

 どうやら俺が笑っているのが気に入らないらしい。

 「それにさ、あれってものすごいトラウマだったと思うけど、なんとか克服する機会をあげたいとも思ったんだよ」

 『また見せる、とか?』

 「まさか、そんな事はしないって。ってか、それってどれだけ酷いヤツなんだよ、俺って」

 鬼とでも思ってるのか、お前は。

 「そうじゃなくって、あの場所に行ってニハッシュがいなければ、あれは終わった事なんだ、もう怖がる事はない、って思う事ができるんじゃないかなって期待してるんだよ」

 『もしかしたらまた出てくるかもしれませんよ?』

 「スミレ・・・・おまえ、鬼だな」

 『コータ様ほどじゃないですよ』

 ツン、と顎を上げて横を向くスミレはそれ以上俺と視線を合わせようとしない。

 全く、とおもわず呆れた目を向けるけど、見ていないスミレには俺がそんな目で見ている事も知らないだろうと思うと無駄な行為だと思うよ、うん。

 「とにかく、明日と明後日の出かける前に再確認すればいいさ。その時に少しでも躊躇うようだったら、その時はここに残るように言えばいい。だろ?」

 『・・・はい』

 「それより、明日納品する分はできてるんだったっけ?」

 『できてますよ』

 「んじゃ、明日は生産ギルドだな」

 ついでに明日もう1度商店区域に行ってみてもいいか。

 「明日、出かけたついでに商店区域に行こうかと思ってんだけどさ、なんかいるものあるかな?」

 『いるものですか? ないと思いますけど』

 「そういう意味じゃないって。必要なものがないか、っていうんじゃなくって、なにか欲しいものがないかなって思ったんだよ」

 『欲しいもの、ですか?』

 頭を傾げるスミレにはよく判ってないようだ。

 「ほら、このところ結構忙しく動いてもらっただろ? だから、何か欲しいものがあれば買えばいいんじゃないかな、って思ったんだよ。もちろん、ミリーやジャックにも聞くつもりだよ」

 『あの2人なら屋台で肉の串焼きを買うのが一番喜ぶと思いますけどね』

 スミレの言葉に、俺はおもわず吹き出した。

 確かにその通りだな。肉さえあればあの2人は幸せそうだよ、うん。

 「肉は十分買っただろ? あれで足りないって言われたら、その時は狩りでもすればいいさ」

 『ふふ、そうですね』

 「他に何か欲しいものってあるのかなぁ・・・・スミレには何も言ってなかったか?」

 『そうですねぇ・・・ジャックは新しいブーツが欲しいとかって言ってましたね。作りますか、と聞いたら靴屋でいろいろ見てから作って欲しい、って言ってましたよ』

 なるほど、ブーツか。

 そういやジャックの履いているブーツは俺たちと出会って少ししてからスキルで作ったものだったから、そろそろ新しいブーツが欲しいっていうのは判る気がする。

 ミリーのブーツも結構くたびれているし。

 「じゃあ、明日はブーツを見に行こうか。いいのがあればその場で買えばいいさ」

 『そうですね。喜ぶと思いますよ?』

 「スミレは? 特注でブーツを作ってもらうか?」

 「何考えてんですか、コータ様?」

 「えっ、いや、もしかしたら、作ってもらえるかもしれないじゃん」

 『私は自分のものは全て自分で作りたいです』

 「・・・はい」

 人形用のブーツを買われるとでも思ったんだろうか?

 ま、考えてなかったって言えば嘘になるけどさ。

 にっこりと笑ったスミレの目は笑ってなかった。

 なんていう器用な笑い方すんだよっっ!

 反対に俺の方が涙目になって、スミレに頷いた。

 俺、絶対にスミレには勝てそうにないよ、うん。

 「ま、まぁ一緒に行ってどんなブーツがあるか見てみればいいよ。参考くらいにはなるんじゃないかな」

 『そうですね。私のデータ・バンクのデータだと古いものか、コータ様の世界のものしかありませんからね。どんなブーツがあるかを見るのもいいかもしれません』

 うん、そうそう、と頷いていると呆れたような目を向けられたけどさ、仕方ないよ。

 「じゃあ、ミリーとジャックのブーツを選ぶのも手伝ってくれよな」

 『もちろんです』

 俺が選ぶよりもセンスがいいだろうスミレに任せた方が安心だ、うん。

 俺はそんな事を考えながらも、目の前の陣の中にゆっくりと出来上がっていく引き車改を眺めたのだった。









 読んでくださって、ありがとうございました。


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