286.
孤児院の庭先でパンジーが曳く荷車が土埃を立てている。
その荷車に乗った子供たちやその周囲を走り回る子供たちの歓声の中、俺は黙々と引き車改良のために頑張っているところだ。
引き車以外を曳く事を嫌がるだろうと思ったパンジーは、やはり自分のものであるそれ以外を嫌がった。
でも、だ。ミリーをはじめとした孤児院の子供たちに頼まれて、渋々ながら荷車を曳く事に頷いた。
やっぱり子供パワーってのはすごいよな。
そしてそれを大歓声で喜んだ子供たちを乗せたパンジーは、どうやら子供たちのために曳く、という行為が気に入ったようでそれ以来は特に気にする事なく曳いてくれるようになった。
『ちょっと大きすぎませんか?』
「いいんだよ、あとであの荷車を少しだけ大きくするからさ。状況によって使い分けられるようにしようと思ってるんだ」
『なるほど』
展開したスクリーンで改良点を変更している俺の肩で頷くスミレの視線は、そのまま子供たちが乗って遊んでいる荷車に向いている。
それを目の端に止めて、俺は更にスクリーンを触って新しい引き車の設定を打ち込んでいく。
俺が考えている新しい引き車は、幅が2.5メートル、長さが6.5メートルの細長い台車の上に幅一杯の長さの背もたれ付きベンチが5列ついていて、前と左は手すりが取り付けられて、右側は乗り降りする時に開けられるような柵型のドアが付いている。それでもって最後尾のベンチの背もたれは箱型になっていて、その中に物を収納できるようにする予定だ。もちろん、御者台の下も物入れだけど、こっちはパンジーの餌と道具類を入れるだけで一杯になるだろうな。
一応1列に4人、合計20人が乗れる計算だ。
んで、一番先頭のベンチは御者が乗るので、後ろのベンチよりは1メートルほど高くなっている。そして御者台のベンチの背もたれの両端から柱が伸びていて、そこから最後尾の両端から伸びている柱の間には幌がかかっている。これで日差しも大丈夫だろう。
御者台は後ろから折り畳み式のシェードが伸びてくるようにするつもりだ。
『20人も乗るんですか?』
「うん。大勢で移動する時に使えるだろ? 荷車の方は荷台の両端にベンチを並べるだけにして、背もたれも付けるつもりなんだ。で、ベンチの下は物入れにして市場で買ったものを収納すればいいかな、って思ってる。これなら6−8人くらいは載せられるだろ?」
『そうですね、その大きさなら普段使いに丁度いいでしょうね』
うん、おそらくは荷車を使い機会が一番多いだろう。
だから改良荷車はより頑丈に作るつもりだ。
『それでいつこれを作るんですか?』
「もちろん、今夜」
『夜まで待てますか?』
「待てるかって、さ。待つしかないだろ?」
まさか孤児院の子供たちが見ている前でスキルを使って物を作る訳にはいかない。
いや、まぁスキルだって言えばごまかせるかもしれないけど、俺がそんなスキルを持っている事を知られたくない。
そんな事が知られたら、それを利用しようとするヤツは必ず現れるだろうからな。
「もちろん、スミレにも手伝ってもらうぞ。不可視の結界を張ってもらわないとな」
『もちろんです。私はコータ様のサポートシステムですからね。コータ様を手助けする事は当然の事です』
「ありがとうな」
『いいえ、頑張ってお手伝いさせていただきますね』
いや、そんなに張り切らなくてもいいんだぞ?
スミレが張り切るとちょっと怖いんだよ。なんせ自重しないもんな。
『それにしても思い切りましたね』
「あ〜、うん。そうだな」
スミレが俺を振り返る。
アリアナに戻ってきてから1週間になる。
その間にシュナッツさんと一緒に役所に行って、ニハッシュに関する事の顛末をもう1度説明した。
前日に地図は作ってあったのでそれを見せながらの説明だったので、最初にローガンさんやシュナッツさんたちに説明した時よりは楽だった。
その時に話し合いで、ギルドを通した指名依頼という形にして、既に用意されていた報酬を受け取った。
いっや〜、この報酬がすごかったよ、うん。
まさかあんなにもらえるとは思わなかった。
役所が提示した金額は50万ドラン、大金貨5枚分だよ。それって500万円だよなぁ。
1回の討伐で500万円なんて、破格すぎる気はするけど、つまりはそれだけ危険な魔獣だったって事だ。
でもその後があまり良くなかった。
その場で俺たちのチーム・コッパーに指名依頼を言われたのだからさ・・・・・
「指名依頼、ですか?」
「うん、できれば受けてもらえると助かるよ」
シュナッツさんが腰も低めに頼んでくる。
でも何を依頼するんだ? もう既にニハッシュは仕留めてるのになあ。
「受けるかどうかは話を聞いてからでもいいですか? それを聞かない事には、その依頼ができるかどうか判りませんから」
「もちろんだよ。無理を押し付けるつもりは全くないんだ」
「はぁ・・・・」
本当だろうか?
心底済まなさそうな顔をしているけど、シュナッツさんが強かな人だって事は既に身をもって知っているからな。
「ニハッシュを見つけた場所までの案内と、沼地の浄化の手助けをお願いしたいんだ」
「・・・はっ?」
「昨日話したから覚えていると思うけど、もう1度説明するとだね、ニハッシュが発生する条件は死体が大量にある事、なんだ。ニハッシュが発生したからあらかたの死体はなくなっている筈なんだが、もしまだ十分残っていればまたの発生を促すきっかけになるかもしれない。だから死体がない事の確認と、念のためにその地域を浄化する事は必須事項なんだよ」
ああ〜・・そういや、そんな話を聞いたような気がするなぁ。
なんか疲れてたから、俺の脳はさっくりとスルーしたのかもしれない。
「道案内は判りますけど、その、浄化ですか? それには手助けはできない気がするんですけど」
「いやいやいや、君が一緒に来てくれればそれだけで心強いよ」
「そうですか?」
「もちろんだよ。そりゃ、まぁ、君が持っている結界魔法具にも期待しているがね」
なるほどなるほど〜、そっちが本命なんだろうな。
おそらくないとは思うけど、もしニハッシュがいたら一飲みだもんなぁ。
「それに君が使っていたという乗り物にも期待しているよ。ニハッシュの攻撃をものともしなかった乗り物だからね」
そこに来るか。
俺はチラ、と視線を肩に落とす。そこにはスミレがいるからだ。
目だけでお互いの意思を確認してから、俺は少し考え込むふりをしてから頭を横に振った。
「俺の乗り物に関しては無理ですね」
「それはどうしてだね?」
「ニハッシュから受けたダメージが大きいからですよ。まだ修理できてません、というか、修理できるかどうかも判りません」
言葉を濁しながらも、乗り物は使えないぞ、と伝える。
「おや、コータさんたちが使ったという乗り物は使えないんですか?」
「無理ですね。直すのにおそらくは2−3週間はかかるでしょうね」
「そうですか、それは残念ですねぇ・・・」
俯いたままチラリと上目遣いで俺を見るシュナッツさん。
悪いけどこんなオッさんに上目遣いで見られてもちっとも嬉しくないよ。
「その代わり、結界魔法具はお貸します」
「おお、それは助かります」
「結界魔法具があれば、別に俺が行く必要はないですよね」
乗り物は提供できないからさ。
それにあそこには正直行きたくないぞ、俺。
「地図があるから、別に俺がいなくても大丈夫ですよね?」
「確かに地図があればなんとかなりますが、ニハッシュの目撃者であり討伐者であるあなたたちが来てくださるととても心強いんです」
「心強いって・・・あれ、本当に偶然、運が良かっただけなんですよ」
「そのように謙遜しなくても。コータさんたちはグランバザードを生け捕りにできるほどのハンターなんですよ? この大都市アリアナでもトップのハンターと言ってもおかしくありません」
自信満々に言いながら、自分の言葉に頷いているシュナッツさん。
いや、それは俺の実力じゃないんです。全部スミレのおかげなんです。
そう言えたら、と思わないでもないけどさすがにこれは言えないなぁ。
「今回は調査だけではなくそのまま浄化も行う予定なので、かなりの人数で行く事になるんです。ですからその護衛も兼ねてコータさんたちに来てもらいたい、という要望がありました」
「いや、でもですね。うちのチームは俺と子供が2人ですよ? ちょっと護衛というには無理があると思うんですけど?」
「いえいえ、グランバザードを捕獲したチームに護衛を頼んでいる、と言ったところとても安心だと喜んでいましたよ」
いや、喜んだって言われてもさ。俺、まだ依頼を受けるなんて一言も言ってないよな?
「シュナッツさん・・・・・」
「いえいえ、まだ本決まりとは言いませんでしたよ? 私はただ指名依頼の打診をしている、と伝えただけです」
「でも向こうはそう思ってないですよね?」
「いや、ははは」
わざとらしく頭を掻いてごまかそうとしているシュナッツさんだけど、全くごまかしきれてないぞ。
「俺のチームは俺と子供2人の3人だって事もちゃんと言いましたか?」
「もちろんです。トラ獣人の女の子とケットシーの男の子の3人だと言いましたよ。ケットシーと言った時に頭を傾げてましたけど、ハンター・カードを持っているんだと言ったら、それはすごい、と大喜びでした」
あ〜、なんでそこで大喜びなのか俺には判りかねるが、嘘は付いていないと聞いてほっとする。
チラ、とスミレを見下ろすと、なぜか彼女は承諾しろというように頷いている。
あれ、いいのか?
「なんとか了承していただけませんか? もちろん、報酬は護衛と案内、それに結界魔法具の貸出料もお支払いするつもりです」
「いえ、でもですね」
「どうかお受けしていただけませんか?」
「あ、その・・・とりあえず保留にしていただけませんか? 俺1人では決めかねるので、帰って3人で相談してから決めたいと思います」
「前向きに検討していただけると助かります」
「はぁ・・・」
俺としてはミリーとジャックの事を考えると受けたくないんだけどなぁ。
でも現場を知っている俺たちが適任だっていう事も判るしなぁ。
「もしかしたら俺だけ、となるかもしれませんがそれでもいいですか?」
「はい、コータさんがお2人の事を心配なされる事も理解できますから。私としても小さな子供たちに無理を強いるつもりはありません」
ほんとか?
ちょっと猜疑心いっぱいの視線を向けたけど、シュナッツさんは笑みを浮かべて俺を見返しているだけで、俺には彼の内心なんかさっぱり判らない。
なんか言い込められた気がしないでもないけど、それでも帰ったら2人と相談しよう、と肩を落としたまま部屋を出るのだった。
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Edited 06/07/2018 @ 20:25HST 誤字のご指摘があり訂正しました。ありがとうございました。
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