282.
って事は、俺たちが見たのは・・・・・
思わず口を抑えてしまった俺は悪くない、と思う。
「コータさん?」
いきなり叫んだ俺を訝しげに見るシュナッツさんを前に、俺は慌てて椅子に座った。
「すみません」
「いえ、構わないのですが、どうかしましたか?」
「その、ちょっと思い出した事がありましたもので」
言葉を濁しながらも、ミリーとジャックを見下ろしてみる。
どうやら2人はまだシュナッツさんが言っている話の内容がよく判っていないらしく、特に表情や態度に変化はない。もちろん、尻尾や耳もそのままだ。
その事にホッとしながらも、どうするか、と考える。
さすがに2人の前ではしたくない話なんだよなぁ。
「シュナッツさん」
「はい」
「あのですね。その件の事で話したい事があるんですが、ここではちょっと」
そう言いながらも視線をミリーとジャックに向けて見せると、得心したように頷いてくれた。
「ああ、なるほど。ですが私としてもきちんと話は聞きたいので・・・そうですね、ハンターズ・ギルドに場所を移しませんか?」
「ハンターズ・ギルドですか?」
「はい、依頼の件についても話があるものですから。ミリーさんとジャック君は私の部下が責任を持って宿に送りますよ」
ハンターズ・ギルドかぁ。あそこだと2人もつまらないだろうしなぁ。
でも宿は取る気がないんだよな。なんせ2人は孤児院が気に入っているし、パンジーも俺たちの帰りを待ってるだろうからさ。
とはいえ、一緒にハンターズ・ギルドに連れていくのもな、疲れているから可哀そうだ。
「じゃあ、お手数ですが2人を孤児院に連れて行ってくれませんか?」
「孤児院、ですか?」
「はい、懇意にしている孤児院があって、そこに俺たちの引き車とヒッポリアを預けてあるんです。そこなら2人もヒッポリアの様子を見る事ができますから」
あそこだったらセレスティナさんもいるから、2人の様子も見てもらえる筈だ。
「ミリー、ジャック、それでいいかな?」
「コータ、一緒に、行かないの?」
「うん、ちょっとまだ話があるんだってさ」
「お、俺たち、待っててもいいぞ」
「でもつまらないぞ? それよりも2人には先に戻ってパンジーの様子を見てて欲しいんだけど?」
「パンジー?」
「うん。ずっと孤児院に預けっぱなしだっただろ? きっと2人に会えなくて淋しかったと思うぞ?」
2人だけで先に戻る事を渋る様子だったミリーは、パンジーの事を俺が言うと迷うような表情を浮かべた。
「俺とシュナッツさんが話している間、多分時間つぶしするものもないからつまんないだろ? それにパンジーだってずっと淋しかったと思うからさ、きっと2人に会えると喜ぶと思うよ?」
「でも、コータ、1人だよ?」
「そうだよ。俺たちも一緒の方がいいんじゃねえのかよ」
「大丈夫だって。俺はちょっとシュナッツさんたちと話をするだけだからさ」
それでも心配そうな2人は俺を見上げたままだ。
「ミリー、セレスティナさんに俺たちが無事にアリアナに戻ってきたって言わなきゃな。きっと心配していると思うよ?」
「でも・・・」
俺はしゃがんでから、ミリーのブレスレットを触る。
「これがあるから、みんなが無事かどうか判るだろ?」
「・・・」
「もしミリーたちに何か起きたら、スミレがすぐに教えてくれるからさ」
『そうですよ、ミリーちゃん』
そっと耳元で俺とスミレが囁くと、ようやく小さく頷いた。
ミリーたちが俺の事を心配してくれるのは嬉しいけど、さすがにニハッシュの顛末を2人の前で話す気にはなれないよ。
「じゃあすみませんが、2人をよろしくお願いします。南門のそばの孤児院です」
「ああ、コータさんたちが連れてきた子供たちがいた孤児院ですね」
「はい、そうです」
ああ、そうか。
そういやシュナッツさんもオークションの時、グランバザードの出資をしてたんだったっけか。
「ミリー、パンジーにはちゃんと留守番のご褒美のおやつをあげるんだよ?」
「・・・うん」
「ほらほら、一緒に外までは行くからさ」
「そうですね、では出かけましょうか」
頷くシュナッツさんが先に立ち上がり、俺は2人が立ち上がるのを促した。
それから俺は不安そうな2人と一緒に部屋を出て、そのまま2人が馬車に乗り込むのを見届けてから、シュナッツさんと一緒にハンターズ・ギルドに行くために別の馬車に乗り込んだ。
シュナッツさんと一緒に乗り込んだ馬車はすぐにハンターズ・ギルドに到着した。
それから俺たちは真っ直ぐに個室にと案内される。
なんか最初っからここに来る事が決まっていたみたいだな。
まぁ指名依頼だとかなんだとか言ってたから、あらかじめ連絡を入れてたのかもしれない。
「そちらにどうぞ」
「はい、ありがとうございます」
シュナッツさんに勧められるまま座ると、その正面にシュナッツさんが座る。
それからなぜかハンターズ・ギルドのギルド・マスターであるローガンさんもやってきて、シュナッツさんの隣に座った。
あれ?
「よう、コータ。元気そうだな」
「はい、ローガンさんもお変わりなく」
「おう、忙しいけどな」
うん、確かに忙しいというローガンさんは少し疲れたような顔をしている。
「で、依頼を受ける事にしたのか?」
「それがですね、私もきちんと話を聞いた訳ではありませんが、どうやらコータさんは既に討伐を終えているようなんです」
「・・・・はっ?」
驚いたように目を見開いてからマジマジと俺を見るローガンさん。
「とにかく、話を聞きたいと思ってここに連れてきたんです。おそらくこちらでも話を聞きたいでしょうし、コータさんも2回も説明するのは面倒でしょうしね」
お気遣いありがとうございます、と気持ちを込めて頭を下げるとシュナッツさんは軽く手を振って気にするなと伝えてくれた。
「コータ、おまえ、ほんっとうに殺ったのか?」
「あ〜・・・ニハッシュ、でしたよね?」
「おうよ」
「それって、でっかいトカゲ、じゃないや、サンショウウオみたいなのですか?」
「サンショウウオ? なんだそりゃ」
ありゃ、さすがにサンショウウオじゃあ伝わらないのか。
「えっと、ノッペリとした鱗の付いていないトカゲ? ああ、なんて説明すればいいのか判らないので、これ見てもらえますか?」
サンショウウオっていうのは意外と説明が難しいものだ、という事は判ったよ、うん。
仕方ないので諦めた俺は背負っていたバックパックに手を突っ込んで、いかにもそこから取り出しましたよという顔をしてニハッシュの手を1本取り出した。
「これが俺たちが討伐した薄気味悪い生き物の手ですね」
「これか・・・・」
「大きいですねぇ・・・」
でん、とテーブルの上に出したのは、長さ1メートルほど、手のひらは広げた状態で80センチくらいありそうなニハッシュの手だった。
「討伐部位が判らなかったので、とりあえず手足と皮、それ肉を持って帰ってきました」
「すげえな、コータ」
「それから・・・そのですね。仕留めてから解体をする時に、その・・・ニハッシュの腹の中から・・・」
言いたくないし、思い出したくもない情景が、言葉にした途端頭に浮かんで、俺は思わず口元を抑える。
「コータ」
「コータさん」
「す、すみません。あの、ですね。とにかく、ニハッシュの腹からこれを回収しました」
吐きそうになって顔色が悪くなった俺を心配してローガンさんとシュナッツさんが声をかけてきたけど、2人が知りたい事だろうとポーチから3枚のカードを取り出してテーブルに置いた。
これはハンターズ・ギルドで発行しているギルド・カードだ。
ただ、溶けかけていて歪になっている。
「残念ながら飲まれていた人は既に・・・それに状態がものすごく悪かったので、その場で焼却処分させていただきました。その時にそちらのカードを見つけたので持って帰ってきたんです。それから3人分まとめてで申し訳ありませんが、骨も持って帰っています」
そう説明しながら、俺はバックパックから大きな皮袋を取り出して、それもテーブルの上に置いた。
「もともと報告に来るつもりだったんですよ。カードはどう見てもギルドが発行したものでしたから、もしかしたら行方不明者として連絡が入っているんじゃないかな、って思ったんです」
「そうか・・・わざわざありがとうな」
「いえ・・・・」
頭を下げるローガンさんに、俺は小さく横に頭を振ってみせる。
「そのですね、聞きにくいのですが・・・その、見つけたのは3人だけですか?」
「ニハッシュから見つけたのは3人ですね」
「そう、ですか・・・」
いなくなったって筈の人の数が違うから聞いたんだろうけど、さすがに俺たちもあれ以上あの場には留まっていたくなかったからなぁ。
シュナッツさんは6人のチームだって言ってた。帰ってきたのは1人、俺が見つけたのは3人、あと2人がどうなったか判らない事になる。
もしかしたら既に消化されていたのかもしれない。
さすがに消化されていたら、俺には判らないからなぁ。
「とりあえずこのカードを調べてくるよ」
「はい、お願いします」
カードを手に部屋を出て行くローガンさんを見送ってから改めてシュナッツさんを見ると、彼もまっすぐ俺を見ていた。
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Edited 06/07/2018 @ 20:20 誤字のご指摘があり訂正しました。ありがとうございました。
手足と皮、それにを → 手足と皮、それ肉を




