279.
【ひとしくん】はボロボロだけど、それでもじっと立ったまま囮エサの役をしてくれている。
でももうその周囲には動くラッタッタは1匹もいない。
「スミレ、結界を解除するのか?」
『いいえ、結界を伸ばして【ひとしくん】の周囲も取り囲みます』
「おっけ」
うに〜んと結界を伸ばすようだな。
「ミリー、ジャック、スミレが結界を伸ばしてくれるから、それを待ってから回収に行くぞ」
「わかった」
「おう」
【ひとしくん】の周囲にはこんもりと盛り上がったラッタッタ。
う〜ん、一体いくつあるんだろう?
手を上げて何か操作して結界に薄く白い色が付いた。そしてそれがどんどん【ひとしくん】に向かって伸びていく。
それから今度は横幅も広がっていくのが判る。
多分【ひとしくん】の周囲から離れた場所で仕留められたラッタッタが回収しやすいように、だろうな。
「よっし、行くぞ。回収だ」
「わかった」
「おう」
歩きながらパチンコを仕舞い、それから長さ1メートルほどの短槍を取り出した。
「お前らも出しておけよ」
「うん、そだね」
「おう」
短槍をポーチから取り出してそれを杖のように突きながらラッタッタのところに着くと、俺はポーチからリヤカーもどきを取り出した。
「よ〜し、これに乗せろよ」
言いながらも短槍でラッタッタの死骸を突いて持ち上げる。
「おっと、結構重いな」
「そ、かな?」
ちょっとだけフラッとなってからなんとか持ち上げたラッタッタを前にブツブツ言う俺の横で、ミリーも同じように短槍を突き刺したラッタッタをひょいっと持ち上げてる。
「まぁ、獣人だしな」
「なに?」
「なんでもないよ」
別にひ弱な自分を正当化するために言った訳じゃないぞ、うん・・・・多分だけどな。
だから俺の独り言まで反応しないでくれよ、ミリー。
気を取り直して、俺は最初から腰にグッと力を入れてからラッタッタを持ち上げる。
そうしたら、最初からそうすりゃよかったと思うくらい軽々と持ち上げる事ができてホッとしたよ。
そうやってラッタッタを短槍で刺してからリヤカーもどきに載せて、を繰り返しているとミリーが俺のシャツを引っ張った。
「コータ、もう乗らない、よ?」
「ん、そうか?」
振り返ると確かにリヤカーもどきはラッタッタで満載だ。
「んじゃ、俺がスミレのところに引いていくから、ミリーたちは離れたところのラッタッタをこの辺に集めといてくれるかな?」
「いいよ」
「おう」
元気な2人の返事を聞いて、俺は短槍をポーチにしまってリヤカーもどきを引く。
「ぅおおっ」
思ったより重くて思わず声が出てしまった。
「コータ、だいじょぶ?」
「大丈夫だよ。思ったより重かったんで声が出ちゃっただけだ」
「手伝お、か?」
「いいっていいって、それよりミリーはジャックを手伝ってラッタッタ集め、してくれるかな?」
「わかった」
最初の数歩はヨタっていたけど、一旦動き出すとあとは結構楽に引く事ができた。
なのであっという間にスミレのところに移動できた。
『あら、リヤカーもどきを使われたんですか?』
「手で1匹ずつ持ってくるより楽だろ?」
『それはそうですけど・・・私はてっきり、いえ、なんでもないです』
「なんだよ、言いかけて止めるのは」
リヤカーもどき以外に手段なんかあったか、俺?
頭を傾げながらも、リヤカーの上のものを全部スミレが用意した陣の上にぶちまけた。
『いえ、以前作った荷車をアラネアに引かせるのかと思ってたんです』
「・・・あっ」
『それでしたら1度で全部運べたでしょうからね』
「うっ・・・」
その通りです、確かに荷車だったら全部載せられたよなぁ。
リヤカーもどきは孤児院で手伝いの時によく使ってたからすぐに思い出せたけど、荷車は滅多に使わなかったからなぁ。
「あ〜・・・じゃあ、残りはそうするよ」
『そうですね、リヤカーもどきでしたらあと2−3回は運ばないといけないでしょうからね』
「・・うん」
がっくりと肩を落としたまま、俺はリヤカーもどきをポーチに仕舞ってからアラネアを出した。
「んじゃ、行ってくる」
『はい、こちらはちゃんと処理しておきますね』
「うん、よろしく」
アラネアに乗り込んだ俺はそのままミリーたちがいる場所まで一気に移動する。
うん、スミレの言う通り、こっちの方がはるかに楽だよ、うん。
ミリーとジャックは【ひとしくん】の前にラッタッタを積み上げているようだから、俺はその手前で方向転換して止める。
それから荷車を取り出して、アラネアの後ろに繋げた。
「コータ、これにのせるの?」
「うん、これだったら一気に積めるだろ?」
「そだね」
にっこりと笑ってからミリーは短槍を使って、手近のラッタッタとひょいっと荷車に載せた。
俺もポーチから短槍を取り出すと、同じようにラッタッタを積み込む。
ジャックは、と見ると彼は遠くに転がっているラッタッタを拾い集めているようだ。
どうやらミリーとジャックの間で役割分担ができているみたいだな。
クスクス笑いながら手を動かしていると、不意にスミレの声が届いた。
『コータ様っっ!』
ドゥゥッッン
そしてスミレが俺の名を呼ぶのとほぼ同時に、地面がぐらっと揺れた。
「コータッッ!」
「コータッッ!」
ミリーとジャックが叫ぶ。
なんとかバランスを取り戻した俺が周囲を見回すと、結界にへばりつく巨大な何かが目に入った。
「なんだ、あれ・・・」
ぬめっとした体はそのままヌルヌルしているようで、結界にその滑りがくっついているのが見て取れる。
大きさは5メートルほどだけど、頭だけで全体の3分の1くらいはある。
「サンショウウオ・・・?」
うん、ぱっと見はサンショウウオみたいだな。
でも尻尾がないぞ。だからものすごくずんぐりむっくりに見える。
『コータ様っっ!』
もう1度スミレの声がしたかと思うと、目の前に飛んできていた。
「スミレ、あれ、なんだ?」
『あれはニハッシュという魔獣ですね』
「サンショウウオじゃないのか?」
『似たようなものです。水陸どちらでも動く事ができますから』
ふぅん、でも魔獣かぁ。
「あれ、仕留めた方がいいよな?」
『そうですね。でないとどこまでも付いてきますよ』
「えっ、マジ?」
『はい、そういう性質です。そして能力に透明化があります。そのせいで気づきませんでした、申し訳ありません』
ああ、それでスミレは気づかなかったんだな。
いつもだったらもっと早くに教えてくれるのに、って思ってたところだよ。
『それに、ニハッシュは高級食材ですので、持って帰ると喜ばれます』
「えっ、お肉?」
「美味いのか?」
『はい、美味しいですよ。それにあの皮は撥水性能がが高いので、高額で取引されます』
「よし、殺ろう」
肉は美味くて皮は高額で売れる。
一石二鳥じゃないか、これは絶対に見逃せないな。
「赤玉?」
「燃やしちゃダメだろ?」
「じゃあ・・スミレ?」
早速どうやって仕留めるかの算段を始めたミリーとジャックだけど、どの玉を使えばいいのか判らないからそのままスミレに聞いている。
ってか、玉を使うのか?
『使うんでしたら青玉ですね。さすがに直接燃やすと皮が痛みますからね。電撃でしたら痛みは少ないと思います』
「だってさ」
「わかった」
「おう」
2人はポーチから信号弾打ち出し銃、改めカラー・ガンを取り出して、青玉を詰め込む。
と言っても銃口から詰め込むんじゃなくて、撃鉄をあげてそこから詰め込むので楽だな。
大きさは長さ30センチほどの直径3センチの筒と引き金が付いただけの超シンプルな銃もどきだけど、これを使えば投げるよりも安定して飛距離を稼ぐ事ができる。
今朝もらったそれを2人は嬉しそうに受け取って、練習したいと大騒ぎしてたせいか、2人とも尻尾がビュンビュン揺れていて嬉しさを隠せてない。
そんな2人の後ろで俺も一応準備はしたけど、2人で仕留められるかどうかを確認してから撃つつもりだ。
『カラー・ガンの丁度いい訓練になりますね』
「まぁなぁ・・・」
いいのか、そんなので?
そりゃ元々練習をしようなって言ってたけどさ、これって練習っていうんじゃなくてぶっつけ本番っていうんじゃないんだろうか?
『2人とも、もっと近づいても大丈夫ですよ、結界がありますからね。それよりも外さないように気をつけなさい』
「わかった」
「おう」
「スミレ、どこ狙う?」
『そうですね・・・ジャックはお腹を狙ってください。ミリーちゃんは上の少し開いた口を狙えますか?』
「たぶん」
「できるぜっ」
結界にへばりついているからジャックは狙いやすいだろうけど、ミリーの方は高いだけじゃなくて頭をすぐ上に向けるから口を狙うのは難しいだろうな、と思う。
でも2人ともやる気満々だから、多分大丈夫だろうな。
『はい、では狙って』
カシャ、と音を立てて構える2人。
『カウントダウンします。まずはジャックが撃ってください。ミリーちゃんはジャックが撃った後、タイミングを見て狙ってください、判りましたか』
「うん」
「おう」
元気な返事をした2人を満足そうに見てから、スミレはカウントダウンを始めたのだった。
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