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一体どれほどの魔力を使ったのか判らないけど、陣の中にできあがったのは直径が15センチ、長さが40センチほどの砲弾だった。
「これ、どうやって打ち出すんだ?」
『ちゃんと考えてますよ』
そう言ってスミレがストレージから取り出したのは、俺が打ち上げ花火に使っていたようなチャチなものじゃなくて、がっしりとした金属製のバズーガ砲発射機だった。
「スミレ、いつの間にそんなの作ってたんだよ」
『コータ様の打ち上げ花火を見た時に、つい好奇心で』
「あ、そう」
ただの好奇心にしちゃあ随分と用意がいい気がするけど、まぁスミレだしな。
「それで打ち出して、トラ族の村まで届くのか?」
『届かせるんですよ。この砲弾自身にも飛行術式が付与されているので、一旦上空へ打ち上げる事ができればあとは勝手に設定した場所まで飛んでいきます』
「でもさ、穀物庫を狙い撃ちするんだろ? 穀物庫を設定したって事なのかな?」
『サーチング・スフィアからの映像もありますので、位置設定と映像からの確認があれば目標を外す事はないと思います』
ああ、そういや飛ばしてたな、サーチング・スフィア。
まぁおかげであの時はリアルタイムで、金虎がやってくるのが判ったから助かったけどさ。
『この砲弾は2段発火するようになっています。最初の発火により大量の爆竹が投下され、トラ獣人の気を引いてくれるでしょう』
「あ〜、まぁな。1000発だったっけ?」
『はい、でもこの程度では足りないでしょうか?』
「いやいや、十分だと思うよ、うん」
頭を傾げて、真剣に足りないだろうかと考えているスミレ。
おまえ、判って言ってんじゃないのか?
『そうですか? まぁ足りない時はもう1発撃てばいいだけですしね』
「いいからさ、2段発火の2段目の事教えてくれよ」
不穏な事を言い出すスミレを急かすようにして話を進めさせた。
これで不穏な事を忘れるといいなぁ・・・・
『ああ、そうですね。1段目は爆竹1000発で、2段目は火炎弾です。これは目標に当たると同時に火を噴くように設定してあります。これはうまくいけば穀物庫を燃やし尽くす事ができます』
「でもさ、当たったら発火するって事は、中身が燃える前に消火される可能性もあるって事だよな?」
『いいえ、そんなに簡単に消えませんよ。特製の燃料を使ってますから水をかけた程度では消えませんので、ご安心ください』
いや、ちっとも安心できないよ、俺。
できれば消火してくれるといいなぁ、とスミレには言えない事を思う。
『とにかく私の方の準備はできましたので、早速やっちゃいましょう』
いそいそとバズーガ砲発射機をストレージから取り出した取り付け台にセットして、その中にたった今作り上げた砲弾を差し込んだ。
「これ、どのくらいで目標の到着するんだ?」
『そうですね・・・・目標であるトラ族の村はここから40キロほどしか離れてませんから・・・・10分弱ほどでしょうか?』
「そんなに早いのか?」
驚いた。40キロを10分って事は、時速240キロ?
いや、10分弱って言ったから250キロは出るって事かよ。
確かに打ち上げはバズーガ砲発射機を使うけど、そこからは自力で飛ぶんだよな。
それなのにそのスピードっていうのは凄いよ。
俺は思わずスミレをガン見してしまったが、これは仕方ないだろう。
スミレはテキパキとスクリーンを使って設定をしているようだ。そこには昼間見たトラ族の村の映像があるから、それも使って目標を定めているんだろう。
『では、発射します』
シュポン、と俺の打ち上げ筒と同じような音を立てて砲弾が夜空に向かって飛んでいく。
『私は念のために砲弾をもう1つ作っておきますね』
「別にいらないだろ?」
『いらないと思いますけど、念のためですよ』
「あ、そう」
せっかく話を逸らしたつもりだったのに、スミレにヤツちゃんと覚えてやがった。
『コータ様はもうお休みになられますか?』
「あれが気になって寝れるかよ」
見上げたままの夜空には既に砲弾の姿はない。
10分って短いようで長いんだよな。
暇を持て余すぞ、俺。
「あれ、そういや、映像を流すって言ってたけど、それはどうやるんだ?」
『さっきの砲弾に仕込んでますよ?』
「でもあれ、2段構えで発火するって言ってたよな? 燃えたら映像なんて映せないんじゃないのか?」
『その部分は発火しませんよ。発火するのは最初の2段の部分だけです。映像を投射する部分はそのまま空中で待機する事になってます』
あれ? そうなのか?
「でもさっき2段構えだって言ってただろ?」
『はい、でもそれは攻撃部分の事ですね』
う〜む、なんか騙されたような気がするのは俺の被害妄想か?
『あの砲弾の中は3つに分かれていて、1つ目が爆竹、2つ目が火炎弾、そして最後尾の部分にカメラと映写機があります』
「映写機って、どこに映すんだ?」
『いちおう爆竹の時に発生する煙を使おうと思っています』
それって3Dホログラムみたいなのって事かな?
「でもさ、煙だったらあっという間に拡散してしまうんじゃないのか?」
『もちろん普通の煙でしたらそうなりますね。ですが、そのために少しだけ仕掛けをして周辺に漂うようにしてあります』
「なんだよ、それ?」
『科学的に説明した方がいいですか?』
「あ〜・・・結構です」
文系の俺に理解できる気がしない。
『それより、そろそろですよ』
「えっ、もう?」
スミレに言われるまでもう10分過ぎたなんて気づかなかった。
喋ってたらあっという間だったな。
『スクリーン展開します』
「うぉっ、でっかい」
『どうせですから、じっくりと見ましょうか』
なるほど、そのために高さ1メートル、横1.5メートルのデカいスクリーンを展開したのか。
これだけ大きかったらよく見えるな、うん。
「でも何も映ってないぞ?」
『まだ映像が送られてきてませんから』
「なんだ」
見る気満々だったのに、拍子抜けだよ。
『そう落胆しないでください。もうすぐ送られてきますから』
「って事はもう上空に到達したって事だよな?」
『はい。今第一部分を切り離して投下しました』
スミレの言葉が終わるのと同時に、今まで青かった画面が暗くなる。
でもまだ何も見えない。
と思った時、無数の小さな明かりが画面に広がり、パンパンという音が響き渡る。
「おぉっ」
『爆竹の発火ですね』
「音、小さくないか?」
『小さくしているんです。ミリーちゃんたち、寝てるんですよ』
はい、そうでした。大きな音にしてたらまた慌てて起きてくるだろうから、スミレの配慮は当然の事だな、うん。
爆竹の音は今も聞こえるけど、どんどん煙が出てきて画面が薄墨色になってきた。
それでも人の動きがなんとなく煙を通して見える。
どうやら村の住人が起きてきたようだ。
「なぁ、あんな小さな砲弾の中によく1000発の爆竹が入ったな」
『爆竹といったのはそれが一番説明しやすかったからで、本当に爆竹が入っていた訳じゃないですよ。類似品です。なのであの容量の中に1000発入れられたんです』
なるほど。そう言われたら納得かな。
だってさ、スミレが見せてくれた砲弾だと、砲弾全部の容量に爆竹を入れても1000発は無理じゃね、って思ったんだよな、うん。
『火炎弾、投下します』
スミレはそう言いながらカメラをズームさせて、ある建物の屋根が大きく映り込んできた。
ドゥン、というくぐもった音と同時にパァっと赤い炎が広がった。
そしてその炎はあっという間に屋根中に広がっていく。
「あれ、油でも入れてんのか?」
『それもありますけど、砕いて粉にした魔石も混ぜてありますから火の廻りも早く、そう簡単には消えないようになってます』
「魔石ってそんな事もできるのか?」
『魔石は燃料みたいなものですからね』
あ〜、うん、そうだよな。確かに魔石があれば魔法具を簡単に動かす事ができるもんな。
おっ、穀物庫の火を消そうとして水をかけてる。
でも全く火力が落ちてないな。
『映像投影します』
映像が遠景になり、煙に何かが浮かび上がるのが見えた。
『少しだけ音を大きくしますね。その方がコータ様にも聞こえるでしょう』
「助かるよ」
実は今3Dホログラムの金虎が何か言ったみたいに口が動いたけど、全く聞こえなかったんだよ。
〔でも生まれた時から他と毛色が違い、おまけに幼いまま成長まで止めてしまう銅虎は、周囲がその子が銅虎であるという事を知らなければ薄気味悪い存在でしかありません〕
スミレの声が聞こえてきた。
ああ、俺、これ覚えてるぞ。あいつらわざと銅虎に関しての情報を隠蔽してたんだったよな。
〔異論はありますか?〕
黙ってしまった金虎がアップで映される。
こんな映像、一体いつ撮ったんだ?
そんな事を考えていると、スミレの姿が映し出されてその時のセリフが聞こえてきた。
〔何も言わないという事は、私の想像通りなんでしょうね。だからこの子のように保護されて満足している銅虎は、無理矢理その保護対象から引き離してトラ族の村に連行する事になる、という事ですね〕
スミレが話終わったところで、ざわざわというざわめきが遠くに聞こえてきた。
これ、もしかして村のトラ獣人たちは知らなかった、って事か?
そして、最後に2度と手を出すな、と金虎に向かって指を突き出しているスミレの姿が映し出された。
もちろん、指差された金虎も映ってる。
『右を見てください、金虎がいますよ』
言われて見ると、中央に映し出されたホログラムの右あたりに、苦虫を噛み潰したような顔の金虎が映っている。
『見ててください、ここからです』
スミレが楽しそうな顔で振り返る。
ここから時代劇の締めに入るってか。
そんな事を思いながら見ていると、3Dホログラムの金虎に指を突き出していたスミレがスッと動いて、そのまま本物の金虎のところに飛んでいく。
金虎はまさか映像のスミレが自分のところに飛んでくるとは思っていなかったようで、驚いた顔で目の前でホバリングするスミレを見ている。
〔私は言いましたよね。手を出すな、と〕
〔いや、俺は何も・・・〕
〔銀虎と彼に率いられたトラ獣人がやってきましたよ。もちろん返り討ちしまして、草原に放り投げたままですよ。意識を刈り取って放置したので、無事に生き残って戻ってくるといいですね〕
〔なっっ〕
夜の草原がどれだけ危険な場所であるか、さすがに金虎でも知っているようだ。
そんな場所に意識を無くした状態で放置されていると聞かされたのだ。
〔自業自得ですよね。私は手を出すとどうなるか判らない、と警告をしたのですから〕
〔しかし、それは・・・〕
〔あなたたちも私に手を出しますか?〕
言い訳を口にしようとした金虎を無視して、画面の中のスミレは周囲を見回した。
〔私に逆らうのであれば、いつでも来なさい。必ず返り討ちにしてあげましょう。今回は最初という事で意識を刈り取っただけですが、次は容赦しませんよ〕
つまり次は意識を刈り取る以上の事をする、と宣言した訳だ。
画面に映っているトラ獣人たちの1人がスミレの前に片膝をついて頭を下げた。
そしてそれに続いてその場にいる全てのトラ獣人が同様に片膝をついて頭を下げる。
その中で頭を下げていないのは、金虎ただ1人。
いや、その後ろに見える銀虎も頭を下げてないな。
〔私と私の主様に手を出さないでくださいね。今回はちゃんと警告しましたよ? 次回からは容赦はありません。必要とあればこの村を滅ぼしましょう〕
〔それはっっ〕
〔言い訳はもう十分です。既にあなたは信用を失いました。もう2度と信用する事はありません〕
キッパリと言い切ったスミレは、そのまま頭を下げている周囲を見回してから、3メートルほど上に飛んでいく。
〔このままここで平穏に暮らしたいのであれば、2度と私たちの前に現れない事です〕
手をあげたスミレの周囲に煙がまとわりつく。
それを片膝ついたまま顔をあげたトラ獣人たちがじっと見ている。
そしてそんな彼らの前で、スミレの姿は消えた。
俺はそれらを全てデッカいスクリーンで映画のように見ていた。
「すっげー・・・」
スミレ、むっちゃカッコイイじゃん。
『今の映像は全て記録してあります。もし次があれば、これをアリアナで上映しようと思います』
「えっ?」
『村に住んでいないトラ獣人たちの信頼も失墜させましょう』
えげつねぇ、スミレ。
そんな言葉をぐっと飲み込んで、俺はヘラっと笑ったのだった。
読んでくださって、ありがとうございました。
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Edited 06/07/2018 @ 20:16HST 誤字のご指摘があり訂正しました。ありがとうございました。
では、発車します → では、発射します




