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26.

 自分の容姿の事でショックを受けた俺が我に返るのに要した時間は15分ほどだった、というのはスミレから聞いた話だ。

 暫くの間俺は鏡を持ったまま固まってしまって、スミレの声も届いていないようだったらしい。

 それでもなんとか立ち直った俺は、とりあえず気を取り直して今日の予定をこなすために村に戻った。

 まず向かったのはヴァンスさんの小屋で、俺の予想通り鉄の延べ棒は5本で大丈夫だろうという話だった。

 けれどもし余分があるのであれば、それを売れば依頼料と少しは相殺されるだろうとの事で、10本全部を預けてきた。

 それから今度は俺はギルドに向かった。

 そこでケィリーンさんに売りたいものがあるんだけど、と声をかけたところ、あっという間にいつもの部屋に連れて行かれた。






 いつもの席に座った俺の前にはお茶の入ったカップ。

 それをとって早速1口飲んでみる。

 うん、いつものお茶だ。

 なんとなくその味にホッとしながらも、俺はもう1口飲む。

 お茶のおかげでようやく気持ちが落ち着いてきた気がするよ。

 「それで、コータさん。何を売りたいとおっしゃるのでしょうか?」

 「あっ、はい。大したものじゃないんですけど、これが売り物になるかどうか教えていただけたらと思って」

 俺は背中のリュックを膝の上において、中からマッチセットを取り出した。

 「あのですね、俺は魔法が使えないのでこういったものを使って火を熾すんです。それで、もしかしたら俺と同じように魔法で火を熾せない人がいれば役に立つんじゃないかなって思って」

 テーブルの上においたずんぐりとした筒を見て、ケィリーンさんはマッチと俺の顔を交互に見てからそれを俺の前に押しやるので、俺はそれを手に取って蓋を外す。

 「これはマッチというものです。この中にマッチ棒が入っていて、それをこうして蓋の部分で擦ると・・・このように火がつきます」

 「えっ?」

 シュボっという小さな音とともにポッと明るく火が点いたのを見て、ケィリーンさんは小さな声を漏らした。

 「こうやって火を点ける事ができれば野営の時も便利だと思うんですけど・・・どうでしょう?」

 「・・・」

 「えっと、ケィリーンさん・・・?」

 ケィリーンさんは黙ったままで、彼女の視線は目の前の俺が持っている火に釘付けになっている。

 この反応はどうとればいいんだろうか?

 俺がフッとマッチの火を吹き消すと、はっとしたようにケィリーンさんは顔をあげて俺を見る。

 「どうでしょう、売れると思いますか?」

 「・・・これはコータさんが作ったんですか?」

 「あっ、はい。そのですね・・・ここだけの話ですが、俺のスキルを使いました。大したものは作れませんが、ちょっとしたものは作れるみたいです」

 これが作れるようになるまで随分苦労したんですけどね、と白々しいセリフを付け足す。

 もちろん、どんなスキルかは口にしない。

 ボン爺の話では人間は誰でも1つスキルを持って生まれてくるのだが、どんなスキルであるかは他言しないのが普通だそうだ。

 そりゃそうだろう、どんなスキルかを他人に言うなんて自分の秘密を暴露するようなもんだからな。

 それよりは隠しておいて、それを使って上手く立ち回る方が断然良いに決まってる。

 ケィリーンさんもその点は判っているのか、俺のスキルがどんなものかを聞いてはこない。

 「いえいえ、これは凄いですよ。コータさんもご存知の通り魔力は誰しもが持っていますが、魔法が使える人となると3割弱しかいません。それも属性魔法ですので、運良く火の属性を持っていなければ火を熾す事は出来ませんからね」

 「そうなんですね。俺も魔法は使えませんから、確かにちょっとした事でも不便だと感じてました」

 「ですので魔法の使えない人たちは魔法具を買ってそれに魔力を注いで使う事になるんですが、魔法具は本当に高いですからねぇ。おまけに魔石も永続的に使えるわけではないので交換は必須です」

 そうなんだ、それは知らなかったよ。

 俺が知ってるのは魔法具は高い、それだけだ。

 やっぱり誰かに頼んで色々と教えてもらうのが一番なのかなぁ・・・でも、あまりにも物事を知らなさすぎると怪しまれるかもしれないしなぁ。

 ボン爺に貨幣の仕組みとか教えてもらったけど、それは俺がローデン出身で他の人間と関わらないような生活をしていたっていう設定だったから怪しまれる事はなかっただけで、世間一般の常識を知らないとなるとそうはいかないだろうって事は俺にも予想できる。

 「これ、いくらで売れると思いますか?」

 「そうですね・・・これは中に何本入っているんですか?」

 「15本入っています。俺としては10ドランくらいで売れたら良いなぁ、って思っているんですけど」

 「たった10ドランですか? もっと高くても売れますよ」

 「いえいえ、俺がもらうのが10ドランで、ギルドで15ドランで売ってもらえたらって思ったんです」

 マッチ1本10円なら高くないと思うんだ。

 そりゃ元の世界でマッチに1本10円なんて出せるかよ、って言われそうだけどここは異世界。ケィリーンさんの反応を見る限りマッチはこの世界には無いようだから、このくらいもらえると嬉しい。

 「それはハンターズ・ギルドに委託、という形をとるという事ですか?」

 「はい。できれば、ですけどね。これは魔法が使えない俺が火を熾す事に苦労したから作る事ができたと思っています。ですので、同じように苦労をしているであろうハンターたちが火を熾す事だけでも楽ができると良いな、と」

 「うちとしてはこういう便利なものを売らせていただけると助かりますが、コータさんはそれで本当にいいんですか?」

 「もちろんです」

 にっこりと頷くと、ケィリーンさんは顎に手を当てて少し考えるように視線を空に向ける。

 「そうですね・・・ちょっと待っててください」

 「えっ?」

 「ボーライトを呼んできます」

 すっと立ち上がるとケィリーンさんは部屋から出て行く。

 俺はよく判らないまま、そのまま座って待つ事にした。

 ってかさ、プリントを買う時は即決で買ってくれたのに、マッチは責任者を呼ばないといけないっていうのがよく判んないよ。

 俺がそんな事を考えながら頭をひねっていると、ケィリーンさんが戻ってくる。

 もちろん彼女に続いて入ってきたのはギルドにきた当日に会ったギルドの責任者のボーライトさんだ。

 「お久しぶりですね、コータさん」

 「はい、お久しぶりです、ボーライトさん」

 差し出された手をとって握手をしてから、ボーライトさんは俺の目の前の席に座った。

 ケィリーンさんは俺とボーライトさんの間の席に座る。

 「それで早速ですが、ケィリーンの話では変わったものをギルドで売りたいとか?」

 「あっ、はい。これです。これはマッチと言って火を起こす事ができる道具です」

 「魔法具ではないのですか?」

 「いいえ。魔法が使えない人でも魔力があんまりない人でも、誰でも簡単に火を熾す事ができる道具です」

 俺はそう言いながらもマッチを1本取り出して、ボーライトさんの目の前で擦って見せた。

 「おぉ、これは火魔法・・・ではないですね。魔法具・・でもないですね」

 「俺、魔法は使えないんですよ。ですので魔法じゃないです。それから魔法具でもないです。これは使い捨ての火を熾す道具です。この筒の中には15本のマッチが入っていて、この膨らんだ部分を蓋のこの部分で擦る事で火を熾す事ができるんです」

 「ああ、なるほど・・・これは良くできてますね」

 「そう言ってもらえると嬉しいです。それで、これをこのギルドで売ってもらえないかな、と思ったんです」

 「値段は?」

 「値段は15ドランで売っていただけたら、と思います。俺の取り分は10ドランで結構です」

 「そんなに安くて大丈夫ですか?」

 おぉっっと、マッチ15本で150円で売れって言ってるのに、安いって言い切っちゃったよ。

 「俺の方は大丈夫です。でもギルドの方はどうでしょう?」

 「うちは委託されるだけですから、入る分は全部儲けになりますから十分ですよ。それでコータさんはいくつくらい持ち込まれるつもりですか?」

 「それよりコータさんはジャンダ村を出て行くんですよね? それまでにいくつ用意できますか?」

 ボーライトさんの言葉を遮るようにして、ケィリーンさんが体を乗り出して聞いてくる。

 「えっと・・・いくつくらい入り用でしょう?」

 「あと1ヶ月もすればここにはたくさんのハンターがやってきます。森の恵みの季節になりますからね。そうなるとかなりの数が動くと思うんです」

 「は、はぁ・・・・」

 「ですので、ジャンダ村を出る前に作れるだけ作っていただきたいです」

 「こらこら、ケィリーン、ちょっと落ち着きなさい。コータさんがビックリしてますよ」

 苦笑いを浮かべて、ボーライトさんはケィリーンさんの肩に手を置いて上体を下げさせる。

 「それで、ですね。私もケィリーンと同じ意見です。ハンターが来れば森で野営するものたちも出てくると思います。そうなるとこういう便利な火を熾す道具は売れると思いますので、できるだけたくさん用意していただけると助かりますね」

 「あ〜・・そうですね。実はヒッポリアを買って、それ用の引き車を注文しているのでもう暫くはここにいると思います。だから1000くらいは作れると思います」

 ま、作るのはスミレだけどさ。

 1000もあれば1万ドランになる。

 なんて考えたんだけど、ボーライトさんは何も言わない。

 「その・・・多すぎますか?」

 「あっ、いえいえ、そんな事ないですよ。それだけの数を作ってもらえると助かります。でも、そんなに作れるんですか?」

 「大丈夫ですよ。まぁそれにかかりきりになって、薬草の依頼を受けられないかもしれないですけど」

 というか、スミレが作り始めるとそこから遠くに離れる事ができないから、なんだけどさ。

 「いえいえ十分ですよ。こちらとしてもハンターが喜ぶ商品を用意する事ができるので助かります」

 「コータさんが用意できるだけ全部購入させていただきますね」

 「だからケィリーンは、あんまりプレッシャーになるような事を言わないように。まぁあとは任せるよ。私は他の仕事があるからね」

 そう言ってボーライトさんは立ち上がると、もう一度手を差し出してきた。

 俺はそれを見て同じように立ち上がると、ボーライトさんの手をとって握手をする。

 これで交渉成立、って事だな、うん。

 俺は部屋を出て行くボーライトを見送ってからまた椅子に座った。

 「じゃあ、とりあえずここで数を決める事はしないで、コータさんが持ってきた分をギルドが購入という形でいいですね?」

 「あ、はい。それでいいですよ。でもどうして今回はボーライトさんが出てきたんですか?」

 「どうして、どは?」

 ケィリーンさんは頭を傾げて聞き返してくる。

 「えっと、ほら前回は絵を買ってくれたじゃないですか? その時はケィリーンが決めてましたよね? でも今回はわざわざボーライトさんを呼んできたのはどうしてかな、ってちょっと不思議に思って」

 「ああ、そういう意味ですか。それは今回の件はギルドで売る商品だからですね。前回の絵はギルド本部に送ってそこで図鑑製作時に使用するものです。ですがマッチはギルドが間に入ってコータさんの商品を売る事になりますので扱いが変わってくるんです」

 なんとなくケィリーンさんがいう事が判る気がした。

 つまりマッチは商品としてギルドに置くから、責任者であるボーライトさんの認可が必要だった、って事だろうな。

 「でもコータさん、本当に1000個も作れるんですか?」

 「多分大丈夫ですよ。俺が頼んだ引き車は早くても5日、時間がかかれば7日はかかるって言われたので、その間はこの村にいますからね。それまでの間毎日頑張ります」

 「そうですか? でも無理はしないでくださいね。できるだけで結構ですから」

 「ありがとうございます」

 なんかこんな風に気にかけてもらえるってくすぐったいな。

 社畜だった頃を思えば雲泥の差だよ。






読んでくださって、ありがとうございました。

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