267.
目の前の銀虎は金虎がやって来る事に気づいていたんだろう。
門を出てきたところで振り返ると、そのまま地面に片膝を付いて頭を下げる。
金虎は銀虎の前までやってくると、彼の前で足を止める。
彼の後ろに付き従う3人の銀虎も足を止めたけど、彼らが周囲を見回して警戒しているようだ。
もちろん、時々こちらに視線を向けてくるから、一番警戒している相手は俺みたいだけどな。
でも金虎は俺に視線を向ける事なく、膝を付いている銀虎に声をかける。
「何事だ?」
「はっ、あの者が銅虎の君を連れて来てくださったとの事です」
さっきまで横柄な態度だったくせにさ。
連れて来てくださった、なんてちっとも思ってないだろ?
「そうか。それはわざわざご苦労だったな」
「はっ、今あの者に銅虎の君をこちらに連れてくるように言っているところでした」
「それはどういう意味だ?」
「その・・・銅虎の君が慣れないこの村に来る事を不安に思っているようなのです」
「そうか」
頷いた金虎はそのまま視線を俺に向けた。
「おまえがそこの銅虎を連れて来たのか?」
「そうです」
「ご苦労だった。褒美は取らせよう」
はぁ?
なんだよ、それ。まるで俺が金目当てにミリーを連れて来たみたいじゃん。
ってか、さっきも似たような事をいわれたよな?
つまり、なんだ? そういうヤツが多いって事かよ。
もしかしてセレスティナさんのところの孤児院にやってきたトラ族の2人組も、報奨金目当てにミリーを連れて行こうとしたって事か?
いや、でもあの2人はトラ族の村からきたって言ってなかったっけ?
「いつまでもそうしているつもりか?」
「・・・えっ?」
「そのようなただの人種になどしがみついて、銅虎としてみっともないぞ」
「・・・はっ?」
カチンときて金虎を見たけど、そいつは俺じゃなくミリーしか見てない。
チラ、と視線を落とすとミリーは金虎を睨みつけている。
「早くこっちに来い」
「銅虎の君、金虎様のおっしゃる通りにしてください」
傲岸な態度で金虎は手を差し出した、と言っても膝から先だけって感じだけどさ。
ミリーはそれを見て頭を横に振る。
「行かない」
「何を言っている?」
「さっき、その人にも言った。わたしがここに来たのは、ほっといて、と言うため」
「おまえは自分が銅虎だという事が判って言っているのか」
「わかってる。でも、そんなの関係ない。わたしはあなたたちとは一緒に、いたくない」
キッパリと言い切ったミリー。
そして表情を歪める金虎と銀虎。
「おまえは銅虎としての義務を放棄するというのか?」
「ぎむ、なんかない。決めるのはわたし。あなたじゃない」
「なんだと?」
ドゴゴゴゴォオオ、という効果音が聞こえてくるように表情を怒りに変える金虎。
「わたしはどうこ、かもしれない。でもわたしにも自分の生き方を決めるけんり、あるよ。わたし、ここで生きない事、えらんだ」
「そんな事をすれば全てのトラ族から排斥されるぞ、判っているのか?」
「平気。だって、わたしとおとさん、もうおいだされた」
「・・・なんだと?」
追い出された、というミリーの言葉に、金虎の表情が変わった。
「どういう意味だ?」
「トラ族のしゅうらくで、わたし、のろわれてるって、いわれた。ノロイがうつると困る、えらい人がくるから、おいだす、そういわれた」
金虎はミリーの言葉を聞いて、目の前に今なお膝をついている銀虎に視線を落とした。
「今の話は本当か?」
「はっ、その、先ほどそのように言ってました」
「それはトラ族の集落から、か?」
「そう。おとさん、わたしを1人で行かせない、そういって一緒においだされ、たよ」
金虎は顎に手を当てて、何か考え事をしているようだ。
それから後ろに控えている銀虎3人を振り返る。
「あの銅虎の言っている意味が判るか?」
「いいえ、我らには何の事かさっぱり判りません」
「私にも判りかねます」
「ふむ・・・・・では、そこにいるヒト、おまえには判るか?」
いきなり俺に振ってきた金虎だけど、どうするかなぁ・・・
「ミリー、自分で説明するか?」
「なにを?」
「ミリーが集落から出るように言われた経緯だよ」
「・・・ううん、コータ、せつめいして」
少し考えてからミリーは、俺に丸投げする事にしたようだ。
じゃあ仕方ない。
「スミレ、俺が言い忘れた事があったら補足してくれよ?」
『判りました』
あとで、しまった! って思いたくないからさ、スミレにはその時々で付け足してもらおう、うん。
「あくまでも俺の推測ですが、いいですか?」
「うむ、よかろう」
偉そうに頷く金虎に思うところはあるものの、どうせそのように育てられたんだろう、とスルーする。
「彼女は森の奥の小さな虎族の集落で生まれたそうです。生まれた時から他にいない毛色のせいで呪われている、と言われて育ちました。それでも父親が腕のいい狩人だったから、集落に住ませてもらえたそうです。けれどある日、トラ族の偉い人がやってくるという事になって、その前に呪われた子供を追い出せ、という事になったようですね。父親は腕のいい狩人だったから、この子を捨てれば留まっていい地言われたそうですが、彼女と一緒に集落を出ました。けれど森の中には危険な魔物が跋扈していて、彼女を守るために戦い命を落としました」
なんで、ミリーが苦しむような思い出ばかり繰り返して説明しなくちゃいけないんだろう?
何度も同じ事を説明しているけど、話が話だけにこれ以上の説明はしたくないと思う。
「たまたま採取依頼で森に入っていた俺は、衰弱しきっていたこの子を見つけました。そのままにしておく事もできず保護して、今に至っています」
「・・・そうか、大儀であった」
「ですから、今は俺がこの子の保護者です。俺はトラ族じゃありませんから、この子に無理強いをするつもりはこれっぽっちもありません。俺はこの子が望む道を進めるように手助けするだけです」
だから、おまえらにミリーは渡さねえからな。
言葉にそういう意味合いを含ませて、俺はキッパリと言い切った。
「しかし、ヒトと共にいるよりも同じトラ族と一緒の方が銅虎も暮らしやすいのではないか?」
「トラ族から追い出される前ならそうでしたでしょうね」
「・・・・うむ」
「この子は自分がトラ族である事は否定していません。ですが、トラ族のしきたりに従う事に抵抗があるんですよ。それにここに来る前にお世話になったセレスティナさんが、銅虎が金虎に仕えるのは義務ではない、そうしたいのであればそうすればいい、という程度のものだと聞いています」
トラ族に対していい感情を持っていないミリー。
それを伝えると、銀虎たちが小さな声でいろいろ言っているのが聞こえるけど俺には何を言ってるのかまでは判らない。
『セレスティナのヤツ余計な事を、トラ族のくせにしきたりに従わないのか、銅虎のくせに、なんて事をいっていますね』
頭を傾げていると、スミレが教えてくれる。
しかし銀虎は金虎が腕をあげるとすぐに黙った。
「では、ここに留まらない、という事か?」
「わたしのことは、ほっといて。ここはぜったい、いや」
「しかし、我には銅虎は必要だ」
「ほかにもいる、でしょ?」
「確かにな。ほかにもいる。しかし、1人でも多い方がいい」
どうせ子作りのため、とかっていうんだろうな。
おまえの毒牙にミリーをかけるかよっっっ!
思わずそう口を開きかけたところで、ミリーが口を開いた。
「じゃあ、ほかのどうこ、さがして。わたしはもう、用ない」
「行かすと思うか?」
「かんけいない。わたしたちは、行く」
「おまえは知っているか? 銀虎は攻撃特化だと」
金虎があげていた手をすっとおろすと、途端にすごい速さで銀虎が動いた。
あまりにも早くて俺には動きが見えなかったくらいだ。
でも銀虎には残念ながら、俺たちにはスミレの結界があるんだよ。
ガンッッッ! ドゴッッッ! ガッシーンッッッ! バシッッッ!
4人の銀虎が結界にぶつかり、そのまま弾き飛ばされた。
それを見た金虎は目をすがめ、そのまま睨みつける。
「なるほど。既に防御の力には目覚めておるのか。その見た目に騙されたわ」
えっ? 防御の力? なにそれ?
「なかなか素晴らしい防御の力だな。ますます手放すのが惜しい」
「これ、わたしの力、ちがうよ」
「なに?」
1人で納得していた金虎は、ミリーが自分の力じゃないと言った事に疑問を抱いたようだ。
「気づいていないのか? 銀虎は攻撃特化、銅虎は防御特化の力を持つ。今銀虎たちを跳ね飛ばしたのはおまえの力ではないか。もしかして気づいていないのか?」
「だから、わたしの力、ちがう」
「そこのヒトの力だというのか? ヒトがそのような硬い防御能力を持っている筈がないだろう。おまえは気づかないうちに自分の力を使っているのだよ」
「だから、ちがう、言ってる」
ミリーの言葉に聞く耳を持たない金虎に、ミリーは焦れたように尻尾をヒュンッと左右に振っている。
「これはスミレの力。わたしにこんな力、ないよ」
「・・・スミレ?」
『は〜〜い、私で〜〜す』
眉間に皺を寄せて、ミリーの言葉を繰り返した金虎の耳に、明るいスミレの声が届いたのだった。
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